初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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遣り残した仕事

「それで故郷では食事の際も毒味だ何だと言って中々出て来ない上に冷めた物を出されてな。更に粗相があったと口にすれば腹を切る者が出る事さえ有る。……正直、此処に輿入れして良かったのじゃ」

 

 七百年前に砂漠に沈んだ大都市の伝説について話して貰う筈だったけど、先ずは互いの話でもと言われたから楓さんのお話を聞いたのだけど、実家に対する不平不満が次々に出て来る。獣人差別以外にも身分の差が激しいパップリガでは楓さんみたいな自由な人には息苦しいし、身分が高い家の娘として嫁いだ以上は気軽に愚痴を話す事も許されない。偉い人も偉い人で大変なんだと知らされた。

 

「さて、妾の話はこの様な物じゃな。では、ゲルダも語るが良い。お主はどの様に暮らし、何故旅に出たのかを」

 

「えっと、私は羊飼いをやっていて……」

 

 何故か私に興味津々といった様子で身を乗り出して来る楓さんに言われるがままに私は今までの人生を話し出した。両親の手伝いをしながら暮らしていた頃の話、二人が死んで周囲の人に手伝って貰って羊飼いを何とか続けていた時の話、特にお世話になったトムさんとか、その息子が意地悪だから顔に羊の糞をぶつけた時の話を聞いた時には楓さんは一瞬目を丸くした後で可笑しそうに笑い出した。

 

「それで、そんなある日に賢者様がやって来て……」

 

 気が付けば私は自分が勇者である事を口にしていた。別に隠す事じゃないけれど、私の年齢とか老人として伝承されている賢者様のお姿とか信じて貰えない理由が多いのに女神様の正体以外は包み隠さずに。楓さんは一切口を挟まず、時々相槌を打ったり驚いたりするだけで、勇者としての武器が鋏だって聞いた時には笑い出しそうになっていた。多分私でも笑ってしまうと思うけど、どうして私はこの人に自然と話をしているのだろう? 会ったばかりなのに知っている人みたいな感じがして、気が付けば楓さんと出会うまで話し終えていた。

 

「……ふむ。その歳で勇者の重責を背負うなど大儀である。いやはや、妾は少し己が恥ずかしくなったぞ。斯様な娘が如何に賢者の手助けが有ろうとも魔族との戦いの日々に身を置いているのだからな。異界であっても民草の生活の日々と比べても妾の苦労など甘えであったわ」

 

「あの……疑わないのですか? 自分で言っていて嘘臭い話ですけど……」

 

 何度も思った事だけど、自分でも信じがたい話だと思う。巨大な鋏を振るうツナギ姿に麦わら帽子の女の子が勇者だなんて冗談にも過ぎる話。多分自分なら嘘だと思うし、今までだって力を見せてもすんなり信じては貰えていない。だけど、私を見る楓さんの瞳には疑いの色は籠もってなくて、そっと伸ばされた手は私の頭を撫でていた。

 

「嘘ではないのじゃろう? なら少しは堂々とするのじゃ。お主は凄く頑張っている勇者であると妾が認めてやろう。もう一度言うぞ、大儀であるとな」

 

「……有り難う御座います」

 

 旅に出て未だ一ヶ月も経っていないけど、今までの頑張りを誉めて貰えて、勇者として認めて貰えて凄く嬉しかった。自然とお礼の言葉が口から出て楓さんの顔を見れば静かに笑っている。この時、この人に自然と心を許していた理由が分かった。同じ世界の出身だからかも知れないけれど、楓さんはお父さんに少し似ているんだ。男の人と似ているって言ったら失礼だから口にはしないけど。……お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな?

 

「別段礼を言う事でもあるまいに変な子じゃな。では、お待ちかねの本題じゃ。遺跡について語ってやるとしよう。まあ、妾が知るのは童に読み聞かせる寝物語程度の内容じゃがな……」

 

 楓さんは静かに伝説を語り出す。それは神によって伝えられた。神になろうとした王様と、親子の愛の物語。魔術王国と称されたタンドゥールが如何にして滅びたのか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上だ。何と言うか遣り切れん話じゃな」

 

「はい……」

 

 この話には明確な悪意を持って行動した人達は出て来ない。只、それぞれの正義や愛の為に行動した、それだけだ。最初は本当は何があったかを女神様に聞く積もりだったけど、神様が伝えたというのなら大きな違いは無いのだろうとも思う。だから、その遺跡に深く関わらないのならこの話は此処で終えよう。

 

 

 この時の私は知らなかった。その遺跡に本当に深く関わる事になるだなんて……。

 

 

 

 

 

「此処の様ですね。……これはまた何とも」

 

 トルトレさんから大体の場所を聞き、高い場所から探して漸くサンドローズゴーレムが出て来たという穴を発見したのですが、予想以上に穴が大きい。予想では一体が這い出るのが漸く程度だったのですが、直径十メートル程。この下に有る物を考えれば只の地盤沈下だとは思えなかった。

 

 大きく開いた穴に周囲の砂が流れ落ち、底が見えない程に深い。迷わず飛び降りれば暫くの間浮遊間を味わい、石造りの床に着地した。忽ち周囲から這いずる音が聞こえ、石の茨が襲い掛かる。十体を越えるサンドローズゴーレムが侵入者である私を排除しようとしていた。

 

「此処の天井が落盤した……だけでは無いらしい」

 

 私の体に触れるより前に全ての茨が砂になって崩れ落ち、崩壊は本体まで到達して砂が舞う。風を操り積み重なった砂を退かせば床の一部が大きく傾いていた。……まさか。

 

「……師匠に大目玉を食らいますね、絶対に」

 

 これは正直言って私の落ち度だ。床に手を当て、更に地下の空間を調べれば柱の幾つかが斬られている。どうも侵入者が居たらしいのですが戦闘の痕跡が見られますし、防衛装置が作動したのでしょう。二百年程前、酒の席で師匠に暇があったら処分しておけと頼まれたのをズルズルと何もしないまま放置、それがこの結果を招いてしまった。

 

「と…取り敢えず穴を防いでおかないと。そうすればこれ以上は外に出ませんし……」

 

 師匠の事ですからサンドローズゴーレムの出現を知れば自ずとこの事に行き着くでしょう。今回の魔族の討伐が終わるなり即座に向かいませんと、不死のこの身が嫌になるレベルの修行をやらされる。少し想像しただけで顔が青ざめるのを感じた私は穴を通って外に出ると即座に穴を防いだ。夜の砂漠は寒いのですが、別の理由で体が震えるのを感じながらシルヴィアの所へと戻る。彼女への愛でこの恐怖を忘れ去りたかった……。

 

 

 

 

 

 アンノウンが引く馬車の中、私が用意した緑茶と饅頭を食べていた楓さんですが、急にこんな事を言い出しました。

 

「しかし珍しい使い魔じゃな。此方の言葉を解するだけでなく、戦闘力も中々で主にも忠実。……賢者殿、一匹譲って貰えぬか?」

 

 シルヴィアの元へと戻り、思う存分イチャイチャする前にしたのが別の日担当のアンノウンの召喚でした。楓さん達の甲虫車を引いていたキングビートルはサンドローズゴーレムに殺されてしまったので代わりに車を引いて欲しいと頼んだのですが、夜も遅く既に寝ていた所を起こしたらしく不満顔。ですが私だって主ですし、甘やかさずに命令をして翌朝からちゃんと働かせています。さて、ご褒美は弾むと約束しましたし、私のお小遣いの七割は消えそうですが仕方無いですよね。玩具にお菓子に今後シルヴィアを怒らせた時にご機嫌取りをして……ペットに厳しくするのって大変ですよ。

 

 取り敢えずチャイの村まで同行し、待機して貰っている間に私が近くの街までキングビートルを借りに行くと約束したら感謝されたのですが心が痛みます。道中、サンドスライムや小型のサボテンワームに襲われるもアンノウンが放った魔法で消し去り、偉く感心した様子の楓さんから譲渡の交渉まで持ち込まれました。視線の先には順番で引っ張るからとクッションの上で寝転がっているアンノウンが数匹。今は猫サイズになっていましたが、彼女の声を聞いて耳だけを動かします。

 

「いえいえ、確かにアンノウンは素直で良い子ですが、認めた相手以外には別でして。それに子供ですから冗談でも譲ると言えば拗ねてしまいますよ」

 

「……良い子? アンノウンが? 有る意味素直なのは認めるけど……良い子?」

 

「ならば仕方無い。妾とて恩人に其処まで無理は言わんのじゃ」

 

 ゲルダさんが信じられない事を聞いたみたいな顔をする中、楓さんは私の言葉を素直に受け入れてくれる。パップリガでも上の方の地位の白神家の娘らしいので不安でしたが、どうも一般的な武家の娘とは違うらしい。これで駄々を捏ねるのなら譲れと聞いた途端に楓さんの急所に狙いを定めたアンノウン達のどれかが動いたでしょうからね。ホッと一安心した時、手綱を引いていたトルトレさん達の慌てる声が聞こえて来ます。何だろうと思い外に出てみれば半ば予想していた光景が目に入って来ました。

 

「雪だ、雪が降っている……」

 

「馬鹿なっ!? 気温が下がる夜でさえ雪が降った記録などイエロアには存在しないのにっ!」

 

 他の世界の出身でイエロアに来て間もないゲルダさんや楓さんは雪を見ても特に反応しませんが、この世界で長く暮らしている方達は別です。雪という存在を知っていても実際に見て触れるのが初めてらしく、異常事態が起きたと狼狽している。昨夜に見知らぬモンスターの襲撃を受けたばかりなのもあって彼らが慌てる中、楓さんの声が響きました。

 

 

「落ち着け! お主達は何だ? それでも誇り高きカイエン家の臣下か! 我が君は腑抜けに妾の護衛を任しはせん!」

 

「っ! そうだ、落ち着けお前達! 異常な事態だからこそ平静を保つのだ!」

 

 強く響いた声にトルトレさんが一番先に我に返り、続いて彼の声で他の人達も落ち着いたのを見て楓さんも満足そうに笑う。そんな中、彼女達に聞こえない程度の声でゲルダさんが話し掛けて来た。

 

「賢者様、これって魔族の……」

 

「ええ、そうでしょうが今は秘密で。またパニックになっても困ります。彼女達とは村で別れますからね。しなくて良い心配の必要は無いでしょう?」

 

 静かにゲルダさんが頷いた時、チャイの村が見えて来た。行商人も滅多に来ない不便な山の中にあるだけあって小さく、物見櫓の上から此方を見るのも老人だ。どうやら過疎がが進んでいるらしいですが、村の様子を見る限りではモンスターに襲われて甚大な被害が出た様子は見られない。流石に知らない間に起きている事まで止められませんし、これで被害が出て、それがサンドローズゴーレムの様に遺跡から出て来た存在なら良心の呵責を受けたでしょう。これで一安心、周囲を魔法で調べでも強いモンスターの気配も有りませんでした。

 

「まさかこんな辺鄙な村に人が来るとは。一応商人の為の宿は有るのですが……」

 

 最初は見知らぬ集団相手に商人とは違うと判断して警戒した様子の村人も、モンスターに追われて迷い込んだと説明し、貴族の家紋と幾許かの金を見せればそれも薄らぐ。見張りの老人の一人が村を案内してくれたので道中見渡せば店はあるが商品は少ない。商人が寄りつかなくなったのも影響しているのでしょう。……久々に記憶操作をフル活用して出入りの商人がまた訪れる様にする事を心に誓いつつ魔法で必要になりそうな物を出して渡せば随分と喜ばれた。

 

(しかし、何処の誰が地下を崩落させたのやら。それさえ無ければサンドローズゴーレムが外に出るなど有り得ないのに……)

 

 二百年間もの間忘れていたのは私だが、直ぐに手出ししなかったのには理由がある。一度調査に来た際に見付けてしまった存在。無意味な時を過ごし続ける彼の事を知った以上はパッと終わらせるのが躊躇われ、迷っている間に時が過ぎてしまった。ですが、本来ならば外に出る筈が無かったのも理由の一つだ。

 

 ですが、もう潮時だとも思う。一度起きた以上は別の場所でも今回の犯人の手で起きる可能性もあり、一部が壊れた影響が他の場所にも出ているかも知れない。終わらせる時が来たのでしょう……。

 

 

「気にする事はない。どの様な場所でも住めば都、長居する予定も無いしの。ほれ、何をしているのじゃ、者共。さっさと荷物を運び入れんか」

 

 老人が言い淀んだ理由を目の前の古くて小さな宿屋を目にして察した楓さんですが、恐縮した様子の老人相手に笑って返しています。この様な所に泊まれるかと怒り出すと思ったのでしょう。自分も耳を疑っているという顔だ。

 

 

「しかし、何故わざわざ砂漠の世界に派遣したのでしょうか?」

 

 チャイの村を出発した私は村に被害を出しそうなモンスターを倒しながらオニオに向かったのですが、村を相手に商売をしていた商人のキャラバンは既に出発した後。聞いた話ではこの町にも降り始めた雪を見て商売になると判断したらしい。随分と商魂が逞しい……。

 

 防寒服や雪掻き用のスコップ、スパイクの付いた靴などを急いで発注した彼らは町を巡って商売をするらしく戻るのは何時になるか分かたないとの事。遺跡の件で出たであろう損失を穴埋めするだけの金額で買い物をした私は、オープンカフェで少し休憩しつつ降り続け積もり始めた雪を見てはしゃぐ子供達を眺めていました。

 

「すげー! 真っ白だ!」

 

「冷たい! 本当に冷たいぞ」

 

 大人達とは裏腹に子供達は初めて見る雪に無邪気な反応を示していて、私も早く子供が欲しくなった。この旅が終われば早速励もうと思いつつ茶菓子の追加を頼む。雪を見ながら飲むお茶も食べる茶菓子も乙な物だった。

 

 さて、この降雪も蠍猿の記憶で見た砂漠の氷結も先ず間違い無く魔族の仕業なのでしょうが、どうも腑に落ちない。確かに慣れない雪によって人々は戸惑い氷に覆われた住処から移り住んだモンスターの被害も出ている。ですが、それでも不可解だった。

 

「この世界に氷雪系の能力持ちを送り込むなど余程の馬鹿か自殺幇助か……パワハラ? いや、流石に……」

 

 手にした杖に登録された魔法であっても個人の資質と相性が悪ければ使えない様に、世界にも相性がある。例えばこのイエロアならば砂や土を使う魔法とは相性が良くて威力が上がり、反対に植物や水を使う際は威力が下がる。

 

 そして、魔族も同様だった。どれほど能力を使って今の様に雪を降らし氷で大地を覆っても相性の悪い世界に居るだけで力が削がれ命が磨り減って行く。今回の魔族は今までと違って単純な馬鹿ではないのは先日出会ったセドリックでも明らか。生きる事が嫌になった者に最後に一暴れしろと送り出したなら兎も角、反抗的な部下への嫌がらせなら明らかなパワハラだ。

 

「まるで何処かの最高し……さて、そろそろ行きましょうか」

 

 面倒な仕事ばかり押しつけてくる最高神が聞いていないとも限らないので言葉を途中で切って立ち上がる。しかし、本当にパワハラだったならばエルフを初めて見た時と同等の衝撃になりそうですね。六色世界のエルフは私が本やゲームで知っているエルフとは全然違う存在でしたから。

 

 

 

「……あれは。しめた!」

 

 オニオを出発し、少し気紛れで来た道とは違うルートを通る事にした私はシルヴィア達へのお土産を手に飛んでいたのですが、その道中にオニオでも見たマークが描かれた数台の甲虫車を目にしました。あのマークこそが探しに行った商人達の店のマーク。早速問題のモンスターを倒したのでチャイの村に今後も向かって欲しいと頼みに向かおうとした時、周囲を取り囲んでぐるぐる回る砂鮫の群れを発見、あれでは逃げられないので恩を売って交渉を有利に進めるチャンスだと少し派手な魔法を使います。

 

「やあ、大丈夫でしたか? 襲われていたので手出しをさせて貰いましたよ」

 

 動かない獲物に少しずつ距離を詰めていた砂鮫達が周囲の砂諸共浮き上がる。風は商人達を無風地帯である中央部に置いて砂と砂鮫を舞い上げる巨大な渦を巻き、そのまま竜巻は地面から離れて空高く上っていく。馬車とその周辺だけは何事も無かったかの様に動かないままで、私はにこやかにしながら近付いて行った。勿論、今のは私がやったとアピールしながら。

 

 だが、どうやら無駄だったらしい。何故なら彼らは凍り付いて死んでいたからだ。何故か全裸な上に性的に興奮した顔のまま……。

 

「これは一体何が……?」

 

 死人の記憶を覗くのは少し骨が折れる。ですが必要だとも思うのです。……彼らの姿を見て、頭は兎も角、心は止めろと言っているのですが。




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