初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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○○さんじゅうろくさい、とかって元ネタが気になる


迷子の狼ちゃんと痴女

 誰にだって苦手な物が有る。楓さんはゴキブリが苦手らしいし、私は蜘蛛が苦手。何処が嫌いなのか例を挙げる為に姿を思い浮かべるのも嫌な位。それと、多分女神様は頭を使うのが苦手だと思う。

 

「だから私は悪くない……と思う」

 

 賢者様が何故が唱えたがっていた呪文をアンノウンに横取りされて入った遺跡で急に遭遇した巨大蜘蛛。急じゃなくても嫌なのに不意打ちだったから慌てて逃げ出して来た道を戻っていたのだけど、気が付けば見慣れない場所に居た。

 

「迷子になってしまったわ。……どうしようかしら、みっともない」

 

 来た道が分からないから賢者様達の所に戻るのは無理だけど、あの人なら私を魔法で探し出して迎えに来てくれるのは簡単だけど、出来れば避けたい。もう十歳だし、これでも自立して暮らしてたのだもの。それに、絶対に弄られる。アンノウンが馬鹿にして来るのが目に浮かんだ私はどうにか戻ろうと模索する。

 

「匂いは無理ね。大分離れているわ」

 

 鼻を働かせて匂いを探すけど砂と岩の匂いしかしない。幸いと言うべきか言うべきでないのか魔族が降らしている雪のお陰で照りつける猛暑は無いけれど、少し走り過ぎたのか賢者様達と大分離れているらしい。救世紋様まで使ってたし、何食わぬ顔で戻るのは無理ね。

 

「このまま待ってたら迎えに来てくれると思うけど……」

 

 賢者様は人目を憚らずイチャイチャするのは問題だけど、それ以外なら気持ちを察してくれるし直ぐに迎えに来てくれると思う。イチャイチャするのに対しては、愛する人に愛を語り行動で示すのは恥ずかしい事では無いですよ、位言いそうだから止める様に言うだけ無駄だろうけど。

 

 水筒も持っているし、モンスターが来ても倒せば良いだけだと適当な岩に座って雪を眺める。オレジナでも雪は降っていたし、厳冬の時は羊毛が高く売れるからご馳走が食べられて嬉しかった。奮発して買った本で食後の優雅な読書の時間を堪能して、一度寝落ちして風邪を引いた事もあった。

 

 昔を懐かしみつつ魔本を取り出して作成中の魔法の構想を練る。時々やって来るモンスターを倒していたら汗が滲んで少し冷えたけど迎えは未だ来なかった。

 

 

「……あれ? 遅い気がするわね」

 

 賢者様が探し出せない筈が無いと疑問に思い首を傾げていると少し嫌な予感が浮かんだ。私の位置を把握した上で迎えに来ない気じゃないのかと。

 

「あ…有り得るわ。実際最初は迎えに来たら恥ずかしいと思っていたし……」

 

 変な風に走り回っていて実はそれ程離れていない上に私がそれに気が付いていると思っていたら気を使って迎えに来ないかも知れない。気持ちを察してくれるだけに可能性は高く、このまま遅くなると余計恥ずかしい事になる。

 

「まさか本当に迷子だとは、なーんて言われたら顔から火が出る位に恥ずかしそう。これは絶対に戻らないと……」

 

 どうにか目印になる物が見つかる様にとキョロキョロ周囲を見渡していた時、急に新しい匂いが漂って来た。甘い匂いと言うよりは甘ったるい匂い。風邪を引いた時みたいに頭がボーッとなりそうなので咄嗟に鼻を手で塞いで匂いが漂って来た方を向く。鬼が出るか蛇が出るか、少なくても普通の匂いではないからと心臓が高鳴って警告する。

 

 

 

 

「あの、其処の可愛いお嬢ちゃん。ちょっと良いかしら?」

 

 出たのは鬼でも蛇でもなく、露出度が高い着物姿のお姉さんだった。

 

「痴女が出たっ!?」

 

「初対面で酷いわねっ!? 子供が好きな私でも怒るわよっ!?」

 

 思わず指さして叫んでしまったけど、よく考えれば失礼だったと気付く。服装なんて文化によって様々だし、このお姉さんは露出が高い服を着る文化圏の出身で着物を取り入れただけかも知れなかったのに。

 

「えっと、ごめんなさい」

 

 だから素直に謝る。それにお母さんが言っていた。誰かを指さして馬鹿にする時は人差し指以外の指が自分を向いているから、それは自分を馬鹿にしているのと同じだって。私が素直に謝るとお姉さんはムッとした顔から一転して笑みを浮かべ、私の顔をジロジロ眺め始める。お父さんがパップリガ出身だし、この辺の人とは顔の作りが違うからかもと思っていたけど、何故か少し不気味な感じがした。

 

「……ねぇ、お嬢ちゃん。私の物にならない? ずっと可愛がってあげるわ」

 

「子供が好きってそっちの意味っ!? それに、矢っ張り痴女だっ!」

 

 陶酔した顔を見せられた瞬間、怖気が全身に走った私はデュアルセイバーを構えてお姉さんに向かって踏み込み、切っ先を鳩尾目掛けて突き出す。一切構えない状態から一瞬で攻撃動作に移り、救世紋様も発動。

 

「勇者……!?」

 

 思った通り、この人はこれが勇者の証だって知っていた。甘い匂いに混じって漂って来た魔族特有の体臭を嗅ぎ取った私は一切手加減せずに先手を取るけど、お姉さんに届く寸前に現れた氷の壁が行く手を遮る。

 

「甘いっ! ……でも、浅い」

 

 分厚い氷を貫き通した鋏の先端は確かに届いたけれど勢いが殺されて、当たりはしたけど後ろに飛んで距離を開けた事もありダメージは其れほど与えられていない。鳩尾を押さえて苦しそうにしているけれど、不意打ちが失敗したせいでお姉さんの周囲に雪風が渦巻いて臨戦態勢を取らせてしまった。

 

 

「そう、お嬢ちゃんは勇者なのね。……雪女 氷柱(ゆきめ つらら)よ。貴女のお名前は?」

 

「……ゲルダ・ネフィル」

 

 賢者様の話では戦士として誇り高い武人も、策謀が好きで正々堂々とした戦いを好まない性格でも、魔族は共通して勇者との戦いの前に名乗りを上げるのを礼節として守るらしい。そして魔王から与えられたモンスターを従え絶対に襲われないという力を名乗りを上げた戦いでは横槍を入れるのを防ぐ事にしか使わない。……そんな風にミリアス様が行動を制限しているらしい。

 

「……どうせなら出現しない様にしてくれたら良かったのに」

 

 私が憧れた物語の勇者に倣って名乗りを上げるけど、つい思い起こした事に感想を呟いてしまう。それは戦いの場では隙となるのに。腕を振ると同時に出現して、見えない何かに固定されているかの様に空中に並ぶ無数の氷柱。その真後ろで氷柱が広げた手の平を口元に当て、フッと一息すると同時に吹いた雪風に乗って飛んで来た。

 

 吹き荒れる風に乗って不規則な軌道で襲い来る氷柱に対し、レッドキャリバーとブルースレイヴに持ち替えて打ち払う。速度も来る方向もバラバラだけど一本たりとも私に届かず全て砕け散った。

 

「あら、思った以上ね。愚図で馬鹿とはいえ魔族であるルルを倒したのは本当らしいわ。……益々欲しいくなった」

 

「……確かにあの人より強いと思うけど、私はあの時よりずっと強くなった。あの時の私はルルより弱かったけど……今の私は貴女より強いよ」

 

 打ち落とした時に感じる一本一本の攻撃の重さも自在に変わる軌道も速度も初めて戦った魔族のルルの羽根より上。多分、あの頃の私ならなす術無く殺されていた。

 

 欲情すら感じる瞳を向けられて矢っ張り色々な意味で危ない相手だと思いつつ、女神様との特訓の成果を感じていた。飛び道具に対応する特訓と言って女神様が放つ投石は速度も威圧感もこれの比じゃなかった。生きているみたいに軌道を変え、空気摩擦で燃え、急加速やUターンをして、時に分裂する。それに比べれば止まって見えた。

 

「心外ね。言っておくけどイエロアでは力の半分も出せないのよ? ルルみたいな馬鹿でディーナ様のペット同然だった女とは格が違うの」

 

「……そんな不利な場所を選んだ時点で貴女の方が馬鹿だと思うわ」

 

 私の挑発に肩を竦める姿には余裕を感じる。私みたいな子供の挑発なんて気にした様子も無いけれど、続けての挑発には少し反応が有る。口元が微妙にヒクヒクと動いていた。

 

「口の減らない子ね。氷漬けにすれば可愛い見た目だけになるから別に良いけれど……。でも、その服は田舎臭いわ。ほら、私なんて殿方の視線を集める服でしょう?」

 

「露出が多いだけよ、そんなの。谷間を見せないと注目して貰えないのかしら?」

 

「……見せる谷間も無いくせに」

 

「五月蠅いわ、痴女」

 

 私の服装を鼻で笑うから此方も指摘をしてあげる。あと、痴女で間違いなかったらしい。互いに相手に挑発の言葉を向け、同時に敵意を強める。氷柱が両手を広げると先程の倍の数の氷柱が出現し、両手で筒を作って息を吐けば吹雪に乗って更に速度を変え不規則さを増した動きで向かって来る。

 

「……で?」

 

 でも、私はその場から一歩も動かずに打ち落として行き、最後の一個を真下から蹴り上げて軌道を変えレッドキャリバーで弾き飛ばす。砕けた氷柱の破片は氷柱に向かって飛んで行った。咄嗟に腕で顔を庇った氷柱の白い肌は幾つもの傷を負って赤い血が滲んだ。

 

「私言ったわよね? 馬鹿だから理解出来なかったみたいだけど……」

 

 レッドキャリバーの先端を氷柱に向け、挑発の笑みを向けながら一歩前に進み出る。

 

「あの時の私にはルルが強くて怖く見えたけど、今の私にとって貴女は弱くて全然怖くないの。少しも負ける気がしないわ」

 

 言葉と同時に駆け出す私に対して氷柱は俯いて手を垂らした格好で白い息を吐いている。恐らく何かをやる気。なら、何かをする前に倒せば良いだけ。残り三歩で武器が届く距離まで迫った時、氷柱が顔を上げる。表情の消えた冷たい顔で、氷の様な冷たい声で呟くのが聞こえた。

 

「……侮るな」

 

「っ!」

 

 地面から逆向きに生える氷柱。前方に足を踏み出した私は避ける事が無理だと悟り、咄嗟に両手の武器を交差させる。足元や隙間から延びた氷柱の鋭い先端が肌を切り裂き痛みが走る。咄嗟に背後に跳べば追い掛ける様に次々と生えて来る。

 

「あら、弱くて怖くない私から逃げるのかしら? ふふふ、臆病ね。オムツの交換は必要?」

 

「……五月蝿い」

 

 足元から生える氷柱と空中から再び襲ってくる無数の氷柱。雪の積もった大地を駆け回り、氷柱を迎撃するけど何時までも続けるのは難しい。意を決した私はブルースレイヴを笑う氷柱に投げ、魔本を取り出した。

 

 

 

「大地よ、我が呼びかけに応え哀れな生け贄に神の鉄槌を!」

 

 

 詠唱すると同時に雪の下から出現する巨岩が回転しながら前進する。地面から生える物も、飛来する物も全て正面から砕き突き進む岩を避けようと駆ける氷柱だけど、岩は速度を落とさず軌道を変えて向かって行った。

 

「追尾魔法!? あら、その歳で凄いじゃない」

 

「……この魔本は私のじゃないわ。ある理由で私が使えるだけで、この魔法も別の人が開発したの」

 

 賢者様が凄いから見劣りするけれど、この魔本もそれなりの腕前の人が作ったらしい。少し変態みたいな魔法が有るから絶対に私が制作した魔法だって思われたく無いけれど。

 

 私が逃げるので精一杯だったのと同じで今の氷柱も岩に対応するのに意識を使って私への攻撃は疎かになっていた。

 

「攻めるなら……今!」

 

 魔本を頭上に投げてブルースレイヴを取り出すなり氷柱に向かって投げる。岩から逃れようとする彼女の足に迫った瞬間、元の大きさに戻ったブルースレイヴに躓き、動きを止めた無防備な背中に岩が迫る。でも、再び出現した氷壁が盾となり岩を阻んだ。一瞬動きを止め、激しい音を立てて砕け散る氷の壁は時間を稼ぐ役割を果たした。でも、防いだのは岩の接近。その隙に私がレッドキャリバーを振り上げ接近していた。

 

 右手で振り下ろし、今度こそ胸に直撃。息を吐き出して苦悶の表情を浮かべるけど、氷柱は再び私に氷柱を飛ばそうとする。でも、後ろに伸ばした手に向かって引き寄せたブルースレイヴが向かって来ていた。中に浮く氷柱は横に振り払ったブルースレイヴが砕き、再びレッドキャリバーを足に振り下ろす。体勢を崩し仰け反った彼女に対し、今度は左右の武器を交差させる様にして叩き付けた。

 

「手応え有り!」

 

 真後ろに吹き飛んで雪の上を滑って行く姿に私は勝利を確信して動きを止めるけれど、未だ甘かった。降り出した雪は風と共に激しさを増し、吹雪となって視界を阻んで凍てつく寒さが増して行く。その吹き荒れる吹雪中に氷柱が浮いていた。

 

 

「……うん、殺そう。もう要らないわ、貴女。凍らせて砕いてドブに捨ててあげる。……毛皮すら持っていない人の身では太刀打ち出来ない自然の猛威に平伏しなさい!」

 

 先程までとは空気が一変していた。ダメージが大きいのかフラフラとしていて口からは血が垂れているけれど、もう先程までの何処か趣味や遊びを優先していた様子は感じられない。結局、私を明確な敵として見ていなかっただけだ。但し、今は違う。私を敵と認め、本気で殺しに来ていた。

 

「くっ!」

 

 手で顔を庇うけど吹き付ける雪は勢いを増しながら当たり、息をすれば体内から凍り付きそうな寒さ。これが目の前の敵の、雪女氷柱の本来の力。自然の力が人の姿をした様な相手に私の力だけでは心が折れて屈しそうになる。

 

 

「……うん、そうね。人だけじゃ寒さには勝てない。私の力だけじゃ貴女には負けてしまうわ」

 

「素直ね。もう遅いけど」

 

 私の言葉に降参の意思を感じ取ったのか氷柱の表情が少し変わる。多分、私を凍らせた物を砕かないでどうにかしようか迷っているのだけれど、それは大きな勘違い。だって、私は降参する気なんて無いのだから。震えて悴む手を動かし、そっと魔本を取り出す。ピンクの表紙に描かれた羊達のイラストを見ると心が安らいだ。

 

「私だけじゃ貴女に勝てないのなら、皆の力を借りれば良い! おいで、私の家族達。どうか私に力を貸して!」

 

 唱えるのは私が作り出した魔法。どんな魔法を作りたいか考えて、真っ先に浮かんだ魔法の詠唱をした時、空から雪じゃない白い物が落ちて来る。大きくフワフワで可愛くて暖かい。

 

「メー!」

 

「メー!」

 

「メー!」

 

 私を守る様に囲む羊達。皆、私が世話をしていた大切な家族。

 

「ワン!」

 

 最後に空中で一回転して着地したのは牧羊犬のゲルドバ。私に向かって尻尾を振りながら一度吠えると氷柱に向かって牙を剥く。凍てつく吹雪も羊達が温めてくれるから寒くない。一人では勝てない相手でも皆が居るから立ち向かえる。

 

「これが私の魔法、羊の宴(シープバンケット)! もう貴女なんて怖くないわ!」

 

「たかが羊を呼びだした程度で勝てると思うなぁああっ!!」

 

 更に吹き荒れる吹雪に対し、私は羊達と共に迷わず突撃していった。私を囲む羊の毛は一切の冷気を通さず、襲い掛かる氷柱はフワフワモコモコの羊毛に防がれる。牧羊神ダヴィル様の世話を受け、召喚した時に強化したこの子達は普通の羊なんかじゃない。先頭の一匹が氷柱に飛び付き、後続の羊がそれを踏んで更に高く跳ねる。彼女に激突する瞬間、羊達の表情が凶暴な物に変わり、羊毛が金属以上に硬化する。弾き飛ばされた先には更に別の羊が突進して、次々に跳ね飛ばし続ける。

 

「ワン!」

 

「有り難う、皆。……これで終わりよっ!!」

 

 ゲルドバが氷柱の腕に噛みついて振り回し、私に向かって放り投げる。飛んで来る彼女に対し、私はデュアルセイバーを両手で構え、力強い踏み込みと同時に振り下ろした。氷柱の体は雪に沈み動かない。やがて光の粒に変わって浄化された瞬間、吹雪が止んだ。

 

 

「か…勝った!……けど、もう限界」

 

 緊張の糸が切れ、疲労が押し寄せた私の体を羊達が支えてくれる。柔らかい羊毛に埋もれて睡魔の誘惑に負けた私は目を閉じたけど、最後の瞬間に賢者様の姿が見えた……。




今回もなろうで追記あり コピペ時に思いついたら書き足してます

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