初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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使い魔と女神

 ゲルちゃん、本名ゲルダは面白い子だ。打てば響くし、悪戯のしがいがある。最初はマスターやボスとの生活に知らない子が入って来るのが嫌だったけれど、今は別に嫌じゃない。だからマスターも寝ているゲルちゃんの様子を見る役目を僕に任せてくれたんだ。

 

「……」

 

 チラリと壁の向こうに視線を送る。今、とある神がマスターとボスを尋ねて来ているんだけど、僕は彼奴が好きじゃない。マスターの魔法の師匠だからって自分がしたくない仕事をマスターに任せるんだから。

 

「むにゃむにゃ、もう食べられないよ」

 

 ベタベタ過ぎて逆に本当に言う人が居なさそうな寝言を呟くゲルちゃん。君は本当に強くなった。たった一人で魔族を倒しちゃうんだからマスターも驚いて喜んでいた。これなら助けが遅れた事を責められる回数も少ないだろうって。世界の命運を個人に背負わして、助けが遅れた事を責める奴は死んで良くないかな? ゲルちゃんが責められない事を第一に喜ぶマスターは優しいから良いとは言わないだろうけど、僕には分からなかった。

 

「ガウ……」

 

 体内の空間に閉じ込めた三人だけど、魂の芯まで魅了されていてマスターでも治すのが大変らしい。でも、沢山の神が力を貸して生み出した僕なら後遺症も残さずに治せるし、次の勇者の時の為にも練習しておけって言われたけれど、マスターに攻撃したんだ、僕の子分にしちゃえ。取り敢えず一人はゲルちゃんが苦手な蜘蛛のキグルミにするとして、他は何にしようかとなやみながらゲルちゃんのほっぺを前足でグリグリしていたら目が合った。

 

「えっと、どの位寝てた?」

 

 パンダのヌイグルミが持つスケッチブックに三百年と書いて見せる。全然信じてない顔でスルーされた。ちょっぴり悲しい。じゃあ、半日って本当の事を教えておこう。

 

「……そんなに?」

 

 うん、そんなに寝ていた。マスターが言うには救世紋様は疲れるし慣れない魔法戦の結果らしい。もう少し寝ていた方が良いと伝え、取り敢えず一度起きた事を伝えにマスターの所に向かう。テーブルを挟んでマスターと向かい合って話をしていた彼奴は未だ帰っていなかった。

 

 

 

「……師として君を心配している。神に毒され人間らしさが失われてはいないか? あの様な少女が魔族と単独で戦うのを良しとするなど……」

 

「今も昔も私は私ですし、気には病んで無力を感じています。ですが、目の前の少女一人を危険から遠ざける為に大勢の人を危険に晒す訳には行かないのですよ」

 

「その考えが人から外れつつあると感じているのだよ、キリュウ。……そもそも、私は人に魔族の対応を投げる事に反対だったのだ。神からの自立を促すにしても、少しずつ段階を設けるべきだった」

 

 マスターと話をしているちびっ子は魔法を司る神ソリュロ、もう一つ司る物が有ったけど忘れた。だって、此奴嫌いだもーん。ゲルちゃん位の女の子の見た目の癖に中身も実年齢も凄い歳で、それなのに服装は白いフリルの甘ロリドレス。偉そうに頬杖をついて焼酎のビール割りを飲んでいる、しかも大ジョッキ。神って見た目の成長が止まるのに個人差が有るけれど、子供で止まったから不良っぽい。

 

「大体、私は異世界の住人のコピーを連れて来るのにも反対だったのだ。まあ、コピーであるが故に帰る場所も無く、存在を無視する訳にも行かなかったから、せめてと思い力を貸したがな」

 

「相変わらず人が良いですね、師匠。だから後始末を私に任せますし、他の神からは変わり者扱いされるのですけど」

 

「お前には負担を掛けて悪いと思っている。全ては私の弱さが招いた……おや、黙示録の獣(アカポリプスビースト)が来たという事はゲルダちゃんは起きたか。……では、私は帰ろう。私が居ては人の子は心が安まらぬだろうからな」

 

 ……僕の呼び名は三つ有る。マスターやボスが呼んでくれるから一番お気に入りのアンノウン。仲の良い神もこれで呼んでくれるのさ。

 

 二つ目の666(トライヘキサ)はイシュリアとか特に仲が良くなかったり、僕を苦手にしている神が使う呼び名。まあ、別に好きでも嫌いでもないかな?

 

 でも、三つ目は嫌い。だって、僕を危険視する神が使う呼び名だから。トライヘキサの理由になった僕の制作者に関わった神達総勢六百六十六人が一切の自重をせずに創ったからだってさ。でも、生まれたからには僕は僕の物。自由気ままにさせて貰うのさ!

 

「では、励めよ、愛弟子? ……シルヴィアも正座を止めて良いぞ」

 

 最後に最近少し暴れ過ぎだからって部屋の隅で正座をさせられていたボスとマスターに声を掛けて消えて行く。本当に変わった奴だよ。神の中で誰よりも人と人の営みが好きな癖に、人の前に姿を現すのが誰よりも嫌いだなんてさ。本当は他の神みたいに正体を隠して人の輪に入って遊びたいのに意地っ張りな奴。だから僕は彼奴が嫌いなんだ。折角の不老不死の生涯、もっと楽しむべきなのにさ。

 

 

 

 

「あ…足が痺れた。おのれ、ソリュロ様め。重力を操って負荷を増すなどしよって。……キリュウ、運んでくれ」

 

 あっ、取り敢えず今の面白いボスの姿を絵にしておこうっと! ぷぷぷー!

 

 

 …えっと、僕とソリュロが初めて出会ったのは何時だっけ? あっ、思い出した思い出した。確か僕が生まれて三ヶ月目の事……。

 

「……ガファ」

 

 暖かい日差しが差し込むクリアスの森の中、マスターとボスの家の前で僕は何度か目になる欠伸をしていた。お昼前で家からはお昼ご飯のミートパイの香ばしい匂いが漂い、鼻をヒクヒク動かして呼ばれるのを待つ。七つの頭の一つの耳に青い鳥が止まっていたけど、近付いてくる気配に気が付いて動かしたら逃げてしまった。

 

「やっほー! 相変わらず呑気そうね、トライヘキサ」

 

「ガウ」

 

 下着姿の痴女神イシュリアがやって来た。ファッションセンスは神によって様々だけど、此奴は特に個性的。更に上は全裸の奴しか居ない。それで何か用? また図々しくご飯食べに来たんだね。連絡位しなよ、イシュリア~。

 

「あ……あんたねぇ。私も創造主の一人だし、其処まで言われる頻度で来てないでしょ?」

 

「……フゥ」

 

 うん、そーだね。たった二ヶ月連続だし、昨日は今日は来ないって言ってたよね。そのパターン五回目だよね。腰に手を当てて不満そうに抗議してくるイシュリアに僕は困り果てる。

 

 それに、僕はイシュリアを創造主とは認めていないんだ。僕は六百人を越える神とマスターに創られたけど、明日も来るって言いながら途中から全員来なくなったし、最後まで僕を創ってくれたマスターだけが創造主なのさ。

 

 そんな僕の心情なんか知りもしないでイシュリアは家へと向かって行く。

 

 

 

「まあ、良いわ。それよりご飯ご飯。キリュウのミートパイは美味しいの、よねっ!?」

 

 そして予め用意していた落とし穴に落ちた。覗き込んだら中に沢山入れておいた納豆の中に腰まで浸かって睨んで来ている。生卵も沢山入れておいたからネバネバが凄くて出るのが大変そうだ。お昼前でお腹減ってイライラしているだろうし、悪い事しちゃったかも……。

 

「ガウ」

 

 だかミキサーに掛けたクサヤを入れてあげよう。穴が埋まるくらい沢山用意しておいたクサヤを入れた容器を取り出す。臭いがキツい? 大丈夫大丈夫、特別臭い奴だけど一ヶ月で消えるから。

 

「ちょっ!? それ、流石にシャレにならないからぁ!? ってか、大丈夫な部分が少しも無いわよね!? 止めなさい、止めてってば!」

 

 少しずつ掛けても悪いから一気にクサヤを入れようとして、急に容器が軽くなる。ついさっきまで確かに入っていたクサヤは陰もか達も残り香さえも存在しなくて、代わりに見知らぬちびっ子が落とし穴の上からイシュリアを眺めていた。

 

「……お前は戦神でもあろうに罠に掛かって恥ずかしくないのか?」

 

「うっさいわよ、ソリュロ! 妹の所に昼御飯を食べに来たら落とし穴に落ちるだなんて思ってなかったの! それに巧妙な隠蔽魔法が掛けられたんだってば!」

 

 心の底から呆れ果てた目を向けられて怒るイシュリアだけど納豆に浸かっているから威厳が激減している。いや、元からゼロかな?

 

「元がゼロでも減れば負債となろう。……成る程な。馬鹿共が大勢一切の自重も考慮も制限もせずに創っただけあるか。その上、危険な力を悪戯に使うとはキリュウの奴め、ペットの躾が出来ないのとは訳が違うだろうに……」

 

 今度はマスターの事を呆れた様子のちびっ子にムッとする。ソリュロだかソムリエだが知らないけどさ。……あれれ? そう言えば心を読まれている? 僕、喋ってないのに。

 

「今頃気が付いたか。ふんっ。力は強くても中身は子供か。逆に厄介が過ぎる。封印でもしろと言っておくべきか。……それと、ソリュロとソムリエは無理が有りすぎる」

 

 僕を鼻で笑ったソリュロは何やら不穏な事を考えている。何か悪戯をしてやりたいけど、此奴なんか嫌な感じがするんだよね。全身の毛が逆立つというか、悪戯がバレた時にボスに感じるプレッシャーに似ているというか……。

 

「……そうか。神でないお前は感じ取るか。安心しろ。貴様が無闇に力を振るわんのなら私とて姿を現さないさ」

 

 まあ、それはそうとわざわざ口に出さなくても会話出来るのは便利だね。じゃあ、勝手に心を読んだ慰謝料ちょうだい。って言うか何かちょうだい。

 

「私を臆さぬのか、貴様は。……そうか、では、これをくれてやろう」

 

 ソリュロが手を前に出すと僕の前にパンダのヌイグルミが現れる。魔法で操るのに便利そうな力を感じるし、これは嬉しい。ありがとう! 所で何の神なの?

 

「魔法と……秘密だ。聞かせて怖がらせては悪いからな」

 

 疫病? 争乱? それとも死神?

 

「……そのどれでもないさ。人に恐れられる物を司り、それ故に神以外は私を本能的に恐れる。……私自身は人が好きなのだがな」

 

 僕の問い掛けに自嘲気味の笑みを浮かべるソリュロ。楽しい事が大好きで、好きな事は沢山したいし嫌いな事は一切したくない僕からすれば理解出来ない話だった。この日から魔法の弟子であるマスターに会いに来る度に僕にも話をしてくるけどお説教が多いし、好きな事を自分から遠ざけるなんて気に入らない。だから僕はそんな事をするソリュロが気に入らないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法の力が籠もった針に同じく魔法の力が籠もった糸を通してチクチク縫って行く。パンダのヌイグルミが空を飛び、宙に浮かんだツナギの腹ポケットの真ん中に羊のアップリケを縫い付けていった。

 

「私も縫い物は習っているけど……」

 

 ゲルチャンは目の前の光景を絶句した様子で見ている。あの後、マスターの診察を受けたゲルちゃんはご飯を沢山食べてお風呂に入って、今は装備品である魔法のツナギの強化を眺めていた。たった一人で魔族を倒した彼女だけど、雪は降り続けて止む気配すら無い。戦っていた魔族が口にしたディーナって名前が多分犯人だろうから、現在勇者の装備を強化しているのさ。

 

 因みにこの中で裁縫が一番上手なのは僕、ボスとゲルちゃんが同じ程度でマスターは最下位。ゲルちゃん、ヌイグルミに負けるってどんな気分だろう? 聞いてみたいから後で聞こう。さて、完成! ……所で勇者の装備が麦わら帽子にツナギに鋏ってどうなんだろ? 後世にどう伝わるのかが気になるね。

 

「じゃあ私は一旦退室するので着てみて下さい。その後で外の様子を見に行って、それから出発しましょうか」

 

「遺跡は抜けていますよね? 蜘蛛はもう居ませんよね?」

 

 不安そうに訊ねるゲルちゃんの姿を見ていたら、早速蜘蛛の玩具で驚かしたくなったけど、別の僕がクオリティの高い奴を製作中だから我慢我慢。それに暫くは警戒しているし、直ぐにやっても楽しめない。楽しくない事は出来るだけしない主義の僕なのさ。

 

 でも、ちょっとだけ今のタイミングで驚かしたくなった。ボスが睨んでさえいなければ……後でやろう。

 

「大丈夫。既に抜けて外に出ています」

 

 また悲鳴を上げて逃げたら困るから、ルビースパイダーが生息している遺跡の中はゲルちゃんが寝ている間に通過済み。出る時も例の呪文が必要だったけど、ボスがうっかり言っちゃって出口が開いた時は笑ったよ。マスター凄く落ち込んでいたからね。

 

 ゲルちゃんも着替え、僕達は馬車の外に出る。目の前には一面の銀世界が広がっていた。見渡すばかりに白色ばかりで、岩山も雪を被って雪山に。この寒さに適応出来ていないからか砂漠に住むモンスターや動物の姿は見えなくて、遙か遠くにはサンドスライムの雪バージョンのスノースライムが僕達が近くに来るのを雪溜まりに化けて待っていた。

 

 

「ガゥ」

 

 だから即座にパンダビームで吹き飛ばす。ヌイグルミの目に魔力を集中させて一気に放てば極太の光線となってスノースライムを蒸発させて、物凄い音が響き渡って周囲が揺れる。

 

「ア…アンノウン、何しているの?」

 

「ガウ?」

 

 ゲルちゃんが驚いているけれど、モンスターを倒しただけって分からないかなあ? それにしても雪が大分積もっていてゲルちゃんの膝まで沈むし、此処は山の斜面だし歩きにくいよ。何か魔法を……あれ? もうビームを撃って何秒も経つのに振動が続いているし、変な音が聞こえるぞ。上の方から聞こえたので山頂を向いたら沢山の雪が押し寄せていた。

 

「雪崩だー!」

 

 へー! あれが雪崩なんだ。僕、初めて見たよ。慌てて逃げ出そうとするゲルちゃんだけど、その襟首を咥えた僕はそのまま馬車の中に向かって放り投げる。

 

「へぶっ!」

 

 ドアを閉めていたね、めんごめんご。反省してる、凄く反省しているよ。顔面からドアにぶつかって変な声を上げたゲルちゃんの姿が面白い中、雪崩は目前まで迫る。そのまま馬車を飲み込みそうになったけど、これってマスターが用意した馬車なんだから雪崩なんかに流されない。川の真ん中に岩が有るみたいに雪は馬車に当たった端から左右に分かれて流れるからね。あんなに慌ててゲルちゃんは面白いなあ。また今度やろっと。

 

 

「おい、アンノウン……暫くはオヤツ抜きだ」

 

「ガッ!?」

 

 無慈悲な宣告がなされる中、僕の耳に誰かの声が届く。よく目を凝らせば遠くで雪崩から逃げている子供達の姿があった。防寒具を着たゲルちゃんよりも年下の子供で、襲っているというよりは見張りと道案内を兼ねた様子のホワイトウールが一緒に行動していた。あの羊、体毛が冷気を吸収するから触ったら凍傷じゃ済まないけど触らなければ周囲は暖かいし、誰が何の目的で子供と行動させているんだろう?

 

「メー!」

 

 雪の上を駆ける僕に気が付いたのか、雪崩に巻き込まれない様に子供達を急かしていたホワイトウール達がうなり声を上げて威嚇する。うん、分かったよ。これ以上は近付かない。僕はその場に止まり、ホワイトウール達も僕をチラチラ見ながらも雪崩が怖いのか駆け出す。その背後からパンダの舌が伸びて子供達に巻き付くと僕の所まで回収した。

 

「メッ!?」

 

 何が起きたのか分からない様子のホワイトウール。でも、僕はそれを無視して雪崩を駆け上がる。背後では雪崩に飲み込まれるホワイトウールの悲鳴が聞こえたけど、ジンギスカンにしても美味しくないらしいから助ける気はなかった。……さてと、子供達を助けたし、僕に甘いマスターならご褒美をくれるかな? 

 

 

 そんな事を思っている時だった。子供達が恐る恐るといった様子で僕に話しかける。別に僕は親切で助けたんじゃないから止めて欲しいよ。

 

 

「あの、ホワイトウール達を助けて貰えませんか?」

 

「僕達、案内された場所で死ななくちゃいけないんです」

 

 ……うーん、面倒な事になったなぁ……。




なろうではイシュリアが更に悲惨な目に

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