初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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見た目と言葉と必要な物

 王都メリッタの周囲に点在する小さな村、私の住むチコイ村もその中の一つ。砂鮫を使った保存食が主な収入源で、この日の私は捕まえる為の網の整備をしていた。細く伸ばした金属を編んで作った網で、返しが付いたトゲトゲでおびき寄せた砂鮫を逃がさない。始めた頃は指先を怪我したけれど、慣れた今では一度も怪我をしていない。絡んだ場所を解いてトゲが欠けている部分や錆びている部分をチェックして使用に問題が有るなら取り換える。

 

 でも、最近は使っていない。窓の外を見れば降り続いている雪の影響なのか砂鮫が一匹残らず他の場所に行ってしまったとお父さん達が困っていた。今もお母さんと今後について話をしている所だ。

 

「……村を捨てる必要が有るのかもな」

 

「ちょっと待ってよ!? ほら、これって魔族の仕業なんでしょう? なら、勇者様が原因の魔族を倒せば……」

 

「勇者は何時来る? 倒したとして、住処を変えた砂鮫が戻ってくる保証は? ……糞っ! 勇者だっつうなら魔族なんて直ぐに倒してくれよ。雪がどれだけ前から降ってると思ってやがるんだ!」

 

 最近、お父さんは昼間からお酒を飲んでイライラしている。きっと不安なのね。異変は雪だけじゃない。村の外の大地を分厚い氷が覆っているのだから。途中で止まっているけれど、何時村まで氷が来るか分からない。住み慣れた村を捨てるにしても、決断を急がなかったら手遅れになるかも知れない。でも、新しい場所で生活が出来る保証も存在しないのが不安でたまらないんだ。

 

「勇者様、本当に何をしているの……?」

 

 今、勇者様は何をしているんだろう? 休んでいるの? 遊んでいるの? 神様に選ばれた勇者なら、苦しんでいる私達の為に少しでも早く世界を救ってよ。そして真綿で首を絞められる様にジワジワ襲ってくる恐怖に耐える日々が続くある日、事態が動く。より最悪な方向に……。

 

 

「……寒い」

 

 雪が降り出してから続いていた寒さだけど、その日の朝は特に異様な寒さだった。まるで冷たい水に全身浸かっているみたいで、体がガタガタ震える。布団から出るのが躊躇われる寒さだけど何時もなら起こしに来るお母さんの声が聞こえない。言い表せない不安が過ぎり、外に出ると寒さの理由を知った。

 

 壁だ。氷の壁が村全体を囲んでいた。首が痛くなる位に見上げたら漸く上が見える高さ。私以外にも家の外に出て不安そうに氷の壁を見る人達の姿が見える中、誰かが壁の上を指さす。釣られて見上げると誰かが立っていて、その誰かは壁の上から飛び降りた。誰かに悲鳴が上がり、私は咄嗟に目を逸らす。でも、次に視線を向ければ平然とその人は立っていた。白い服を着た少し露出の多いお姉さん。

 

「……絶対に来たら駄目だ。決して近寄るな」

 

 お姉さんと大人達が何かお話をするらしいけど、私達子供は除け者で話し合う集会所に近付くのも禁止された。ちょっと気になるけど怒られたら怖いし、私は友達と遊ぶ事にしたの。特に仲が良いのはプルアちゃんとマゴン君。お父さんは砂鮫漁で死んじゃって、お母さんは二人が生まれて直ぐに死んじゃったから村の皆でお世話をしている。お外は寒いから家の中で遊んでいた時、大人達がやって来て二人を連れて行ったの。

 

 次の日、氷の壁は綺麗に消えて、二人も何処かに行ってしまった。お父さん達は大切なお仕事を任せたって言っているけど偉いわね。お仕事を頑張って、帰って来たら一緒に遊びたいな……。

 

 

 

 

 

「やって来た魔族が言ったんです。年に一度、順番で村から二人ずつ生け贄を出せば襲わない、断るなら村を滅ぼすって」

 

「僕達は悲しむ家族も居ないし、村にはお世話になったから。死ぬのは怖いけど、それで村が助かるならって」

 

 アンノウンから話を聞いて私は話を俯いて聞いていた。馬車の中の一室、見た目よりもずっと広い内部と居心地の良い暖かさに戸惑いながらも二人は言葉を続けて、覚悟を決めたと言っているけれど手が震えていた。

 

 私も孤児で村の人達にお世話になって育った。この二人は少し運命が違っただけの私なんだろう。だから目を逸らしても、耳を閉ざしても駄目だ。二人の話を聞くのは私の義務で、二人を救うのが私の使命だ。そして、今直ぐにでも二人を安心させるのが……。

 

 

 

「……勇者様がもっと早く魔族を倒しに来てくれたら良かったのにね」

 

 ……うん、そうだよね。二人と同じ子供の私の姿と言葉で誰を安心させられると言うのだろう。私には勇者と名乗るだけで人を安心させられる何かは持っていない。やるべき事は今だけの安心を与える事じゃなく、魔族を倒して本当の安心を与える事なんだ。

 

 それでも無力を噛みしめざるをえない。頭で分かっていても心は別だから。勇者に憧れていた私はどうしても勇者に理想を求めてしまう。だから自分が情けなくなった時、肩に何かが置かれた。賢者様が手を置いたのかとかと思って振り向いた時、私の顔面に肉球が押し当てられる。犯人は当然アンノウンだ。

 

「……もう」

 

 何時も平然と行ってくる悪戯だけど、今だけは安心出来た。結局、私の事を気遣って……いや、無いわね。だってプルアちゃん達が笑い出しそうだもの。まさかと思ってアンノウンの肉球に触ったら指先にインクが付く。鏡を見たら顔面に肉球マークがベッタリ付いていたの。……でも、場は和んだわね。

 

「少し気になったのだが構わないか? お前達は村を救う為に死ぬのだな?」

 

 折角場が和んだのに、女神様がそんな質問を投げ掛けた途端に空気が元に戻る。和らいだ二人の顔が強張るけど、当の女神様はちょっと気になった程度の口調だ。女神様って矢っ張り空気が読めないのかしら?

 

「だって僕達さえ生け贄になれば村が救われるって。確かに約束が守られるとは限らないけれど信じるしかないんだ……」

 

 二人は目に涙を蓄え、恐怖を必死に抑え込んでいた。きっと今直ぐにでも逃げ出したいんだろう。助けて、嫌だ、そんな風に叫びたいんだろう。でも、この二人はお世話になった村の人達の為だからって耐えていた。

 

(……許せない)

 

 そんな覚悟を二人に強いた大人達が。今直ぐに勇気付けられない自分が。人の弱さに付け込んだ魔族が。生け贄の役目を押し付け合わせ、次は自分の家族かもと恐怖を与え続ける。そんな卑劣なやり方をする魔族に憤りを感じる私だけど、女神様は本当に理解出来ないという顔と声で言葉を続ける。

 

「いや、約束を守る守らないの話ではなくてな。お前達が死んで約束が守られたとして……次は?」

 

「……次?」

 

 首を傾げる女神様の言葉に首を傾げるプルアちゃん。そっか、女神様が言いたい事が分かった。今から私が何をすべきなのかも。女神様が機会をくれた。だから此処から先は私の役目、勇者の出番だ。

 

 女神様の言葉に戸惑う二人に対し、私は前に乗り出して正面から目を見る。

 

「貴女達の次はどうなるの? 結局次の生け贄が必要なのでしょう? 貴女達が死んでも誰も救われないわ。魔族が律儀に約束を守ったとしても」

 

「でも、私達には何も出来ない。抗う力なんて……」

 

 魔族は怖い、それは分かる。心が折れるのも、諦めるのも仕方無い。だからこそ私が勇者が存在する。俯く二人は私の体に出現した救世紋様に目を見開いて驚いていた。

 

「これは勇者の証。驚いた? 私、実は勇者なの。あのお兄さんは伝説の賢者様。今まで遅くなってごめんなさい。でも、安心して。私が貴女達を助けるから。私達が魔族を倒すから」

 

 自分の無力は受け入れた。だから次は勇者だと名乗る番だ。たとえ信じて貰えなくても、名乗る事で安心を与えられなくても、それでも私は勇者だから。

 

「……勇者? 貴女みたいな子供が?」

 

「うん、勇者。……それを今から証明してみせる。ちょっと付いて来て」

 

 疑いの眼差しを向け、戸惑った様子で私を見ている二人を誘って外に出る。言葉だけじゃ意味がない。姿だけで人を安心させられない私に出来るのは、私なら大丈夫だという姿を見せる事だけ。だから今から戦う姿を見せる。二人が自分が死ねば良いだなんて思わなくても良いように。

 

 

 

 雪が降りしきる中、轍を残しながら駆ける。向かって来るのは巨大な氷の体を持つ雪見蟷螂(ゆきみとうろう)。このカマキリのモンスターが鎌を振れば薄い氷の刃が発生し、生半可な攻撃じゃ周囲の冷気を吸収して傷を癒す。レッドキャリバーを真下からすくい上げて振れば向こうも真上から鎌を振り下ろした。正面から衝突する刃、寸の間の拮抗も無く鎌は砕け、そのまま頭を砕けば雪の中に倒れる。その死骸は周囲の仲間が冷気を吸収して傷を癒した事で消え去り、万全の状態の雪見蟷螂が三匹並んで私に飛び掛かった。

 

 一匹目、さっき投げておいたブルースレイヴを引き寄せて真ん中の一匹の体を砕き、振るわれた鎌を体を低くして交い潜ると左右の剣を振り抜いて腹を打ち砕く。胴体を砕かれ上半身と下半身が分かれて尚、強い生命力で生きている二匹は背中に飛び掛かろうとして振り向かずに突き出した切っ先で頭を砕いた。

 

「……どう? 少しは信じる気になった?」

 

 私の周囲には雪見蟷螂やスノースライム、ホワイトウールの死骸が転がっていて、私には殆ど傷が無い。その姿を見る二人の眼差しからは疑いの色が消え去っていた。

 

 

「私達を助けてくれる? 勇者様」

 

「魔族を倒してくれる? 勇者様」

 

「勿論! だって私はとっても強い勇者なんだから。賢者様が言っていたけど、二代目や三代目の勇者よりも勇者らしいわ」

 

 私は二人に向かって笑ってみせる。だって私は世界を救う勇者だもの。二人は抑えていた感情が溢れ出して泣き出した。……きっと私の旅路には今回みたいな事が有るのだろう。でも大丈夫。その時はその時、勇者に相応しいって結果で示せば良いだけだわ。

 

 

 

 ……それにしても運が良かったわ。格好付けて外に出たのにモンスターが一匹も居なかったりしたら赤っ恥だったものね。

 

 

 

 

 

「成る程これは確かに怖かったでしょう。……生け贄を要求されれば出す訳だ。非常に腹立たしい」

 

 二人に案内されてチコイ村を眺められる場所にやって来た私達だけど、出入り口になる一部を除いて村を囲む消えた筈の高い高い氷壁を見ながら賢者様は静かに呟く。それは魔族に対してなのか、魔族に怯えながらも身寄りの無い子供二人を生け贄に選んで自分達の安寧を優先した事なのか。

 

「流石に二人は村に戻るのは辛いでしょう。シルヴィア、二人の事を任せますよ。ゲルダさん、次は村の皆さんに安心を与える番です」

 

「……はい」

 

 未だ不安を感じるけど賢者様が一緒なら安心出来る。二人で一緒にチコイ村の中央に空から降り立てば注目が集まり、賺さず賢者様が片腕を掲げれば氷壁は瞬きの間に消え去った。騒然となる村内、騒ぎを聞き付けて更に人が集まる中、賢者様の声が静かに、そして強く響き渡った。

 

 

「皆の者、聞きなさい。私は偉大なる武と豊穣の女神シルヴィア様の下僕にして勇者を導く賢者なり。安堵せよ、この世界は私達が救おう!」

 

 少しの間の沈黙の後、一斉に歓声が上がる。目に見えて直ぐ側に存在し、ジワジワと迫る恐怖や不安、生け贄を出した事への罪悪感が賢者様の力を見た事で一気に反転、喜びに変わって溢れ出したのね。中には泣きながら万歳をしている人の姿も。騒ぐ声が耳が痛い程の大きさになる中、私の耳には賢者様の声が聞こえていた。

 

 

「居るだけで安心させる見た目程度なら魔法なり仮装なりでどうとでもなりますし、勇気付ける言葉程度なら誰でも口に出せる。重要なのは安心を一時的な物ではないものにして、言葉を現実に変える、そんな力と、それをやり抜く力です。その点、貴女は十分ですよ」

 

 賢者様の言葉に勇気が湧く。私でもどうにかなるって自信が付く。賢者様は私が二代目や三代目より才能が上だって言うけれど、初代を超えるのは難しそうね。だって、私が一番憧れた勇者は賢者様なのだもの。自分の中にある憧れを再認識した私は空を見上げる。未だ降りしきり雪、これを絶対に晴らしてみせると心に誓った。賢者様みたいになれなくても、私は私がなれる最高の勇者になりたいから、絶対になって見せるから。だから私は負けない。こんな所で負けられないのよ。

 

 

 

 

 

「いやー! めでたい! 勇者様がいらっしゃるとはな!」

 

「これでイエロアも救われたも当然だ。二人共、よく勇者様達を連れて来てくれたな」

 

「この歳で大した物ですね。うちの子供に勇者様の爪の垢を煎じて飲ませたい」

 

 この日の晩、チコイ村では宴が開かれた。前祝いだと言ってお酒や食べ物沢山用意して私達を囲む。その中にはプルアちゃんとマゴン君の姿もあった。村の為に死ねと生け贄に出した事なんて忘れたかの様に振る舞う大人達に二人は戸惑いながらも笑顔を向けている。うん、そうだよね。二人にとって親の代わりに世話をしてくれた大人達は家族同然で、村は大切な生まれ故郷。だから何も言わないんだ。酷い事をされたって認めたくないから……。

 

 

 

「ねぇ、勇者様……」

 

「えっと、何?」

 

 少し悲しい気持ちになっていた時だった。大人達が周囲を囲んで子供は端の方に座って居たのだけれど、その中の一人が側に来る。私と同じ年頃の女の子。只、大人達と違って何故か少し不機嫌そうだった。理由が分からず戸惑う私。大人達が失礼だと言って引き離そうとするけれど、彼女は少し暴れながら私を指さす。

 

 

「皆だって言ってたよね!? 勇者は何をしているんだ、勇者はどうして早く来てくれないんだって! あの二人だって偶々助けられただけで、死んでいた可能性の方が高いんだよ!?凄い力を持っているなら休んだり遊んだりしていないで世界をさっさと救ってよ!」

 

「こら! 勇者様に失礼だろう! すみません、直ぐに追い出すので……」

 

「お父さん達だって二人を生け贄に出すとか酷いよ! これも全部勇者様が魔族を倒してくれないからじゃん!」

 

 慌てた大人達に羽交い締めにされて追い出されて行く彼女から目を離せず、追い出した後で愛想笑いを振りまきながら謝ってくる大人達に気にしていないと伝えた私は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 

「……そうだね。私が最強無敵で完全無欠だったら良かったのに。でも、そんな人は神様にさえ居ないから……」

 

 誰かに聞かせるのではなく、自分に言い聞かせる為に呟く。読んだ本にも似たシーンが有って、賢者様からも言われるだろうって忠告されていた言葉だけど、実際に向けられたら重さが違うって理解した。だから挫ける訳には行かない。無力を言い訳にしない為に、この言葉をこれからも背負って行こう。少しでも理想に近付く為に。

 

 

 

 

 

 

 

「……氷柱が死んだのね。ふーん、そうなの。別に構わないわ。問題は腕の一本でも奪っているかどうかだけど……っ!」

 

 メリッタ、既にこの街に人が暮らしていた時の面影は存在しない。王族の住まいに相応しい豪奢な造りの王宮も、活気溢れていた街中も凍った上で砕かれ、今は雪の建造物が建ち並ぶ。支配者である王族貴族はディーナが現れた日に氷像に変えられ、恐れながら彼女に仕えていた使用人も、見て見ぬ振りをしていた民草も彼女が君臨する城の飾りの一部に使われていた。

 

 周囲を舞う炎の如き冷気から部下の敗北を聞かされても彼女は眉一つ動かさず報告に耳を傾け、途中で煩わしくなったらしく腕で追い払う。

 

「もう良いわ。あの女がルルよりも簡単に倒された、それだけ知れば十分だもの。結局、世の中は成果で判断される。本当の無能は貴女ね、氷柱。ふふふ、あははははっ!」

 

 高らかに笑うディーナだが、その実、彼女の体には異変が起きていた。強い力を持っているが故に、合わぬ世界に存在するだけで大きい負担がのし掛かる。常に全身を刻まれるが如き苦痛に耐えながらも強い感情を持ち続けていた。

 

 

「……絶対に殺す。あの子を、ルルを死なせた奴だけは絶対に生かしておくべきか!」




なろうではゲルダの心情に少し加筆です 二十時予約

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