初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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希望のち絶望、時々不審者

「生け贄を出したんだから氷の壁は消えてたのにな……」

 

「チコイ村の奴らが出した生け贄が逃げたんじゃ……」

 

 時はゲルダ達がチコイ村で歓待を受けた日の真夜中で、此処はチコイ村南西部のヨレト村。今回は生け贄を出す村には選ばれなかった事に安堵し、生け贄に同情する様な事を口にしていたが、消えた筈の氷壁が復活したのを不安そうに見ながらその様な会話をしていた。

 

 最初から生け贄を出せば助けるという約束が嘘だったとは思っていても口にしない。未だどうにかなるという希望を手放したくないのだ。故に彼らは生け贄が逃げ出したと決め付け、勝手だと責め立てる。可哀想に、どうにかしてやりたい、その様な事を口にして犠牲の上で生き延びる事から目を逸らしていながら、いざ身に危険が迫るとこれだ。

 

 結局、人は他人よりも自分と身内が大切で、それは悪ではない。犠牲となる者からすれば醜悪な存在だとしても、それを悪とは言ってはならないだろう。何故ならそれは当然の事なのだから。

 

「……おい、あれば何だ?」

 

 当然の事と言えばもう一つ。生け贄を出させる為の約束が嘘ならば、今後は続ける事は無理だという事。ならば生け贄を要求した村を放置している筈も無い。今夜は久々の快晴、最初からこれが目的であったかの様に遠目でも月明かりに照らされたその姿を目視出来た。

 

「……騎士?」

 

 足並みを揃え(ランス)や大槌や大楯を手に村に迫り来るのは見慣れぬ騎士鎧の集団。少なくともイエロアの騎士ではなく、他世界からの援軍かと淡い希望を抱くも直ぐに叩き潰される。村に一直線に向かう騎士団はその身を氷で構成されていた。輪郭が明確になれば雪が辛うじて人に似せて固めていると分かる。それともう一つ。彼らは距離を見誤った。もっと遠くに居ると思っていた騎士達は近くに居て、その全長は5メートルに届く。その身と鎧を氷で構成した氷の巨人だ。

 

「っ! 敵襲! 敵襲だぁー!」

 

「全員起きろ! 敵は氷のモンスターだ!」

 

 鐘が鳴らされ篝火が周囲を照らす。夜中に見慣れぬモンスターの襲撃を受けながらも装備を整え出て来た者達の数は多く、見るからに場慣れした様子だ。

 

「者共、よく聞け! 敵は未知のモンスター。恐れ逃げ出すべき相手か!」

 

「否! 打倒可能な相手なり!」

 

「我々は何だ!」

 

「王都を守る最終防壁! 砂鯨の侵攻を幾度となく食い止めた誇り高き騎士団なり!」

 

 魔族とは人にとって抗う事が不可能とされる脅威。何百年も前から心に刻み込まれた恐怖は振り払う事は不可能。ましてや村を囲む高い氷壁を作り出す敵を相手に立ち向かう事は出来なかった。だが、姿を現し向かって来る相手は別だ。助かるかも知れない場合なら兎も角、戦わなければ生き残れないのなら彼らは立ち向かう。この村は彼らが口にした通り、騎士が常駐する場所。戦う為の準備は常にされていた。

 

「引き付け……放て!」

 

 巨人への初撃投石機が選ばれた。但し、放つのは石ではなく壷。大きな壷が次々と飛び、紐を結び付けた小さい壷を振り回した騎士が前方に向かって放つ。避ける事も防ぐ事もせずに只前進する巨人に命中して中身が飛び散る。入っていたのは水ではなく油。それでも一切の反応をせずに進軍する敵に対し、次手に選ばれたのは火矢であった。

 

「放て! 放てぇええ!!」

 

 声を荒げて叫ぶ団長の指示の元、巨人達に火矢が降り注ぐ。単なる氷ならばさほど効果が無かったであろう火矢は降り掛かった油によって巨人の体を燃え上がらせ、前方から溶けて崩れ出した。

 

「勝てる! 恐れるに足らぬ者達だ!」

 

 砕けた仲間を踏み越えるも足が溶けて前のめりに倒れ、後方から来る仲間に踏み砕かれる。機械的に進み倒れ続ける相手に村の騎士団から歓声が上った。勝利の希望が見えて来た。敵は未だ数多く居れど負けはせぬと志気が上がったその時……。

 

 

「おい、何か様子が変だぞ……」

 

 最初に気が付いた男が前方を指さす。火によって融解した氷は水溜まりとなって点在していたのだが、それが水蒸気の様に宙を漂い後続の巨人に吸い込まれる。鎧は更に分厚くなり、芽生えた希望の芽を踏み潰そうとせんとばかりに膨れ上がった鎧を目にし、誰かが弓を手落とした。

 

 巨人の名はスノーゴーレム。他者を犠牲に得た仮初めの希望を絶望へと変えるべく魔族ディーナ・ジャックフロストが放った精鋭の眷属だ。

 

「臆するな! 勝てぬ敵ではないぞ! 背後を見ろ。傷付けてはならぬ者が居る!」

 

 挫けそうな騎士達を団長が一喝し、背後を指し示す。其処に存在するのは暮らしている村、居るのは家族だ。消えかけた闘志の炎が再び燃え上がり、巨人に向けて再び油が入った壷が放たれる。続いて降り注ぐ火矢。巨人達の体は再び激しい炎に包まれる。

 

「やった! そうだ、このまま押し切れば勝てる!」

 

 例え倒した巨人の体を吸収して強くなろうとも火が弱点ならば勝ち目は十分ある。村には一歩も踏み込ませないと気合いを入れた時、巨人達の足下の雪が盛り上がって新たな巨人が現れる。そして、炎に包まれた巨人が身震いすると炎が消えた。表面が僅かに溶けているだけだ。

 

「未だだ! 火が通じぬなら押し潰せ!」

 

 だが、騎士達の心は挫けない。信頼する団長の号令で次々と岩が運ばれ投石機で放つ。巨人に比べれば小さいが命中すれば十分な損壊を与えられると誰もが確信していた。

 

 

「……え?」

 

 巨人が片腕で岩を受け止め投げ返す。肉が潰れる音が耳に入り騎士が横を見た時、団長が立っていた場所に岩がめり込んで血が飛び散っている。思わず間抜けな声が出て、心が折れる音がした。

 

「終わった、もう駄目だ……」

 

「今すぐ逃げれば……でも、何処に?」

 

 立ち向かう気力は残っていない。何せ一度折れた心だ。その上、信頼していた団長を失って倒せる見込みの無い相手に誰が立ち向かえると言うのだろうか。揃った足音は空気を振るわせながら村へと近付き、既に半狂乱になって巨人に無謀な突撃を行う者、何とか家族と逃げる為に家へと駆ける者、その場で膝を折る者に別れる。彼らに共通するのは村が滅びると認識している事。そして、自暴自棄になって武器を振り回す騎士に対して巨人が大槌を振り上げ……左右に両断された。

 

 

 

 

 

「……ほほぅ。矢張り核が存在したか。さて、全て同じ場所に有れば良いのだが」

 

 左右に分かれ倒れる巨人の内部から出現した白い球体。二つに割れた核はボロボロと崩れれば両断された雪の体も崩壊する。静かな声で告げる彼に助けられた騎士が腰を抜かした状態で異様な物を見る目を向ける中、漠然と前進するだけだったスノーゴーレムの動きが一変する。三体のスノーゴーレムが大槌を振り回し、驚異となる彼へと襲い掛かった。

 

 それを彼は僅かに後退しながら避けて行く。小指一本の長さにも満たない距離を鋼にも匹敵する強度の大槌が通り過ぎるも臆した様子は見られず、逆に腰を抜かした騎士が動けないと見るや彼から遠ざける様に誘導して動く余裕すら有る。中央の一体が一歩前に進み出し真上から振り下ろせば凍り付いた地面が衝撃でひび割れる。懐に潜り込んで突き出された刀の切っ先が分厚い装甲を貫き通し核まで届いたのは同時だった。

 

 直ぐ様崩れる雪の肉体を突きを放った姿勢の彼が被る中、左右から大槌が挟み込もうと振るわれる。激突音が重く響き、跳んで避けた彼は大槌を振るった二体の間をすり抜けて着地、前方へと向かい後方の二体には一切意識を向けない。一迅の風が吹き、全身に切れ目が入った二体は崩れ落ちた。

 

「……さて」

 

 前方から突き出された槍の上に飛び乗って胴体を両断、前方に跳躍しようとするかに思えた彼は突如後退する。彼を迎え撃とうとしていたスノーゴーレムが前進し、上空から矢が降り注いだ。一体が矢が向かって来た方向に頭を向ける。月光を背にした所で眩む目は存在せず、弓に矢をつがえた相手を認識するのだが、もし彼に人と同様の思考回路と目が有ったならば目を見開いて固まっていた事だろう。

 

「助かりました。あれだけ倒して貰えば核の場所が分かる。全て同じで良かったですよ」

 

「お膳立てはしたのだ。そうでなくては困る」

 

 矢はスノーゴーレムの体を易々と貫通、外からは認識不可能な核を正確に射抜いた射手は突き出された刀の峰に着地。言葉を交わして即座に跳ぶと同時に刀が振り抜かれ彼自身が矢の如く迫り、空中でも矢を放ち続けた。限りがある筈の矢は矢筒から無尽蔵であるかの様に尽きる事は無い。同様に矢は一本残らずスノーゴーレムの核を正確に捉え、スノーゴーレムの陣形の中央に穴を開けた。

 

 地面に着地し、滑りながら勢いを殺した彼が居るのは開いた穴の中央。当然の如く包囲され、押し潰そうと殺到する。それに対して彼は逃げ出す事なくその場に留まり右足を軸に回転、速射の連発により前方向に矢を放った。包囲網を狭めれば当然の如く前方に出られる数は減る。スノーゴーレムの巨体ならば当然であり、瞬く間にその総数を減らし始めたスノーゴーレムが後退を始めた。

 

「な…何なんだ、彼らは……」

 

「敵ではないのだろうか? ……色々な意味で敵に回したくないな」

 

 そして、残念な事に騎士達には考える頭があり、目の前の物を見る目を持っている。だから突如現れてスノーゴーレムを蹂躙する二人の姿を認識する。何故かは不明だがキグルミ姿だった。

 

 

「只の木偶人形かと思いきや、思考能力が有るのか?」

 

 刀を水平に構える彼は猿。武者鎧に武者兜を装備した頭も胴体も丸く大きく、手足だけが本人の物だ。アンバランスさがコミカルさすら感じさせるも剣の腕に影響が出た様子は無く、彼にとってはこの程度障害ですら無いのだろう

 

「どうやら司令官が存在する様子。ですが、何度倒しても別の個体に指揮権が切り替わるらしい」

 

 弦を引き矢を放ち指揮官らしい個体を倒すも別の個体が全体を見渡せる場所に移動するのを見て溜め息混じりなのはヒトデのキグルミであった。指の一本すら存在しない真っ赤なヒトデのキグルミにも関わらず一切の曇りが見られない彼の矢の腕はどれ程の物なのかと思わせる。

 

 両名とも間違い無く英雄と称するに十分な力量の持ち主。村を襲うスノーゴーレムに挑む所を見れば内面も問題無さそうだ。

 

 

「……いや、どうしてキグルミなんだ?」。

 

 そう、それ程までに強い彼らだがキグルミ姿。それだけで色々と台無しになっていた。

 

 

「……ほぅ。奴ら、最後の攻勢に打って出る様子だぞ」

 

 猿が顎でしゃくった先では楯と槍を構えた個体を前方に、先程まで揃っていた足取りを荒々しく乱れさせながら突進して来る。それが真横から吹き飛んだ。

 

 

 

「はっはー! もう俺様の出番だよなっ! 出番でなくても暴れるけどな!」

 

「……また出た」

 

 現れた三人目の援軍、これもまたキグルミだ。発言からして機を見て突撃しろとでも言われていたらしく、身の丈よりも大きい戦槌を振るって大暴れする姿がその理由だろう。硬度と巨大な肉体からかなりの重量だと思われるスノーゴーレムが宙を舞い、凍った地面が激しく砕け散る。

 

 

「はっはー! 楽勝楽勝!」

 

「……奴も単独相手なら連携が出来るのだがな」

 

「相手が複数になった途端にあの有り様ではね……」

 

 キグルミ故に顔は分からないが二人が呆れ顔を向けているのは間違い無いであろう。既にスノーゴーレムは数を半分以下に減らしており、残りも縦横無尽に暴れる彼が直ぐに片付けるだろう。技量という点では二人が上だが単純な身体能力では軍配が上がるであろう彼の立ち位置はこの会話から把握出来そうだ。

 

 

 そんな彼のキグルミは二人に比べ些か異彩を放っている蜘蛛のキグルミだ。造形への力の入れ方が違い、色彩や全体のバランスに至るまで忠実に本物を再現している。わざとらしく背中に存在する巨大なチャックさえ無ければ蜘蛛のモンスターであると誤認されるだろう。まるで蜘蛛が苦手な相手を驚かせる為だけに用意した様なキグルミを着た彼の大振りの一撃が最後の一体を粉々に破壊し、村に一歩も踏み入る事無くスノーゴーレムの軍団は壊滅する。そして腰を抜かして動けなかった騎士も落ち着きを取り戻したらしく立ち上がり、ヒトデのキグルミが近寄った事で身構えた。

 

 

「安心してくれ。我々は怪しい者ではない」

 

「怪しい者でしかないから安心出来るかっ!」

 

 相手が村の、自分の命の恩人である事は認識している。だが、騎士は叫ばずにいられなかった。何処からどう見ても不審者でしかないのだから仕方が無い。キグルミ姿で現れる方が悪かった……。

 

 

 

 

 

 

「おいおい、人の店の近くで似た店を出さないで貰えるか?」

 

「別に良いじゃない。商売は自由って話だったでしょ!」

 

 チコイ村に到着してから三日後、村に随分と人が増えた。私達が魔族が陣取っていそうな王都で魔族を倒すまでに生け贄を要求されていた村が襲われる可能性があるからって周囲の村の人達をチコイ村に集めてたけれど、人が増えれば揉め事も増える。今もこうして元から村にいた人と余所から避難して来たお店同士で争っていた。

 

「……さっさと逃げよう」

 

 昨日はどっちが正しいか勇者様に決めて貰おうとか言い出した人が居て巻き込まれたし、同じ展開になる前に姿を隠す。住む場所は賢者様が魔法で用意したから今日の午後には出発する事になっていた。本当は昨日の内に出発する予定だったけど、不安からトラブルが絶えなくって今日まで予定が延びてしまったのは残念ね。

 

 それにしても視線が気になる。私が勇者だって聞かされて半信半疑なのは分かるけど、こうして村を歩けばヒソヒソと私を話題にするのが聞こえて来た。ちょっと心休まる場所を探して村外れまで行くと子供達が遊んでいたわ。

 

 

「神様を~待ち惚け~。王様慌てて探した生け贄、魔族が見付けて……」

 

 聞こえて来たのはイエロアに伝わる伝説を元にした歌。オカリナの演奏に合わせて皆が歌うのを木の陰から聞いていたけど、一人が私に気が付くと歌が止まって皆は別の場所に行ってしまう。多分だけど私が怖いのだろう。だって自分達と変わらない年頃なのにモンスターと戦えるのだから。

 

 

 

「貴女は他の場所に行かないの?」

 

「別に関係ないでしょ、勇者様?」

 

 只一人、歓迎の席で私を責めた女の子、ヒーコちゃんだけは残っていた。手にはオカリナを持ったままで私を睨んでいる。

 

「えっと、私が何かしたかしら?」

 

「言わなくても分かってよ、勇者でしょ。皆、不安なのよ。村がモンスターに襲われて、中にはふざけた格好の三人組に助けられた子も居るそうじゃない。そんな時に頼り無い貴女を見て怖い気持ちを思いだしたのよ」

 

 不機嫌そうに文句を口にするヒーコちゃんだけど気持ちは分かる。本当にあの三人組は何なんだろう。賢者様はアンノウンの部下になったって言ってたけど。私は少し前の会話を思い出す。

 

 

 

「彼らですか? 魔族に魂の芯まで魅了されていた方々をアンノウンが洗脳……ではなく説得して部下にしたらしいです。あの格好はあの子の趣味なので」

 

「あの変な格好に何の意味が有るんですか? 賢者様、もっとアンノウンの動きを見張っていて下さい。ちょっと自由が過ぎませんか?」

 

「私もそれなりに厳しく躾ているつもりなのですか、どうも難しい物ですね」

 

 ……賢者様はそう言うけれど、偶~にメッ! って叱る程度が厳しいのならペットを飼っている人の殆どが虐待扱いになると思う。あの人、妻とペットが絡むと本当にポンコツだわ。

 

 

 

 

「そっか、貴女も不安なのね。でも安心して。魔族を倒して世界を救うって信じて待っていて欲しいわ」

 

「貴女みたいな子供をどう信じろって言うのよっ!」

 

 ヒーコちゃんの手が微かに震えていた。他の子供の事を気に掛ける優しくて面倒見の良い子だけれど、この子も子供だから当然ね。だから私は彼女の目を見て告げる。少しでも安心して貰おうと口にした言葉には本音が返って来るけれど、私は静かに顔を横に振った。

 

 

 

「貴女が信じるのは私じゃなくて賢者様よ。あの人の力は見たでしょ? 私じゃなくて、私を信じてくれる賢者様を

信じて私に任せて。勇者の使命を必ず果たしてみせるから」

 




なろうは十八時に追記有りバージョンを投稿予定

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