初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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心に芽生えし想い

 送り出したスノーゴーレムが全滅したのを感じ取り、外を眺め窓に手を当てる。砂漠の世界でも適応出来る様にと眷属の為に降らせ続けている雪は家主の居ない家屋を押し潰す。その様子を私は無感情に見詰めていた。

 

「今日か明日、遅くても明後日ね。それで終わるわ。……かはっ!」

 

 それは勇者が到着するであろう日であり、私の命が終わるであろう日だ。最悪なまでに相性が悪いこの世界に居るだけで私の命は削られ続けている。更には減衰した力を無理に使っての目の前の光景。例えるならば熱し続けている鉄板の上に巨大な氷を置き、溶けている横合いから削る様な物。咳と同時に赤い氷の結晶が次々に口から吐き出される。凍った血は極寒の城内で溶けずに床に転がった。

 

「……これも報いなのかも知れないわね」

 

 死を前にして悟ったでも言うべきなのか少し考えが変わっていた。人を苦しめる事に罪悪感を覚えた訳では無い。只、自分が中途半端な決断をした結果、親友も失い自らの死期を早めたのだと思った。

 

 本当に親友を助けたかったのならば派遣された場所とは他の世界に派遣可能な眷属を貸し出すのではなく、裏切り者になったとしてもルルを連れて逃げるべきだった。魔族の繁栄の為と言い訳をしないで、逃げろと言っていればあの子は死なずに済んだかも知れないのに。私が戦いを後押ししたから逃げずに戦ったのだ。

 

 そして、親友を捨て駒にする事に反発し、下に就けども逆らわずの意志を示した結果、見せしめにされて自分の命をすり減らした。親友の為に全てを投げ出す事も、割り切って従属する事もしない中途半端。散々あの子に馬鹿だと言ったけど、一番の馬鹿は私ねと自嘲し苛立つ。八つ当たりで窓を叩き割れば冷たい風が入り込んで来た。

 

「一度帰ったのに何用かしら? 今の私は虫の居所が悪いのよ」

 

 自分への苛つきを感じている時に嫌いな相手の気配を感じて更にイライラが増して行く。ついさっきまで確かに誰も居なかった場所にビリワックがお辞儀をした姿で立っていた。相変わらずの神出鬼没だが、どうも感覚も鈍くなって来たらしい。この世界に来る前ならば現れる前兆で存在を関知出来た筈だ。

 

「先程主の(メェ)を受けまして。ディーナ様が死に掛けているのは心が痛むので、魔王様に再び忠義を誓うかどうかの確認に参りました次第で御座います。あの御方は全ての同胞を想っていらっしゃいますので」

 

 相変わらず何を考えているのか分からないが声からは主と仰ぐ奴への敬意と忠義が感じ取れる。魔王でさえ主が仕えているという理由で従っている程だ。それが腹立たしい。彼奴の、ルルを捨て駒にする様に進言したのは目の前の男の主なのだから。

 

「その同胞には下級魔族は含まれないのでしょう? 残念だけどお断りだわ」

 

 ビリワックの主と私とでは同族に対する考え方が違い過ぎる。魔族であるならば個人的な好き嫌いや上下関係こそ有れど全てが仲間だと言うのが私。ルルを侮辱していた氷柱でさえ死んでも良いとは思ったが積極的に殺そうとは思わない。だが、彼奴は違う。魔族の繁栄の為の犠牲と銘打って下級魔族を使い潰して消そうとしている。同じ魔族である事さえ腹立たしいとしてだ。

 

 そんな奴が魔王様からの信頼が一番厚いのだから厄介な話だ。現に反発する私を死地に追いやったのだから。

 

「……それは残念。主もさぞ嘆かれる事でしょう。ですが、このまま勇者に打倒されれば功績を挙げさせ封印に一歩近付いてしまう。なので特別な贈り物をご用意しました。門前をご覧下さい」

 

 白々しいと睨みながらも言われるがままに門の方に視線を送る。其処には怪物が鎮座していた。城の内部に入れば天井に頭の角が刺さってしまいそうな巨体。獅子の頭に山羊の角、ドラゴンの翼と両足、胴体は熊で尻尾は蛇。何よりも内包された呪いの力が凄まじい。

 

「どうでしょうか? 名をカースキマイラ、勇者打倒の一助となるでしょう。……まあ、実は未完成で、ある()()を食べさせて完成となります。さあ、どうぞ近くでご覧下さい」

 

 ビリワックやその主が何を考えているかなんて分からない。どうせ下らなくて吐き気のする内容だろうけど構わなかった。どうせ中途半端な行動の末に何もかも失おうとしている落ちぶれた身だ。せめて同胞の為にならん事を。私は無表情のままカースキマイラの所まで進んで行った。

 

 

 

 

 

 キグルミはこの六色世界では祭事の時に纏う特別な衣装になっている。その始まりは三百年前、この世界で(実際は異世界の人だけど)最初に神様に選ばれた勇者キリュウ、つまり賢者様が自らの故郷に存在する風習だと口にしたのが始まりだと聞いているわ。人でも獣でもない存在になって神に祈りの舞を捧げる、そんな特別な衣装なのだけど……。

 

「あの人達、何時までキグルミ姿なのかしら?」

 

 アンノウンの部下になったらしい三人だけど、そのアンノウン自体が賢者様と六百六十五人の神様が創り出した存在だからキグルミ姿になる事自体は不思議では無いのだけれど、脱いで食事をする様子もお風呂に入る様子も無いのよね。……いや、どっちにしろキグルミ姿のままなのは変よ。

 

 なので賢者様に訊いてみたわ。だってアンノウンだと真面目に答えてくれないだろうし、女神様は理解しているかどうか疑問だもの。……本人達は色々な意味で話し掛け辛いし。

 

「あの三人ですか? アンノウンが許可しない限りは脱げませんよ。キグルミ自体は食事時には口の部分が開きますし、体も自動洗浄、トイレも自動的に体内から転移する優れ物ですから大丈夫ですよ。因みに快適な温度と湿度を保ちます」

 

「何ですか、その一家に一体の便利なキグルミは? ……まあ、絶対に要りませんけれど」

 

 ヒーコちゃんに私の決意を伝え、そろそろ出発時刻が迫る頃、アンノウンが無茶苦茶な存在だと改めて理解させられた。うん、流石は賢者様の使い魔ね……。

 

 これから三人は私達の旅の手伝いをしてくれるらしい。あまり転移をしていたら直ぐに来なかったと責められるし、私達が行けない場所や危険だけど残れない場所の防衛や情報収集、勇者が向かうって伝言を頼む事も有るし、偶に召喚して私の稽古相手をするとも聞いている。正直、同行するんじゃなくて安心しているわ。蜘蛛とか以前に近寄りがたいもの、あの人達って。

 

 

 

「あの、今更ですけどあの人達はどうしてキグルミ姿なんですか?」

 

「あの三人は一度私を襲っていましてね。それに対するお仕置きと趣味だそうですよ。アンノウンは良い子ですから主の私を傷付けようとした相手が許せないらしいです。まあ、心を入れ替えて働くならば恩赦も有り得るそうですが」

 

「お仕置きと趣味の割合はどっちが多いのですか?」

 

「きっとお仕置きの方でしょう」

 

 絶対違うと思う、とは無駄だから言わない。そんな風に会話をしながらも出発の準備を進めていた時だった。手に包みを持ったヒーコちゃんが来て私に差し出して来たのは。

 

「……私は食べ飽きたからあげる。お腹が減って力が出なかったら困るし、オヤツにでもすれば?」

 

「うん! ありがとう」

 

 包みの隙間からはドライフルーツが沢山入った焼き菓子が見えていて、焼き立てなのか温かいし美味しそうな香りがしている。ご飯は馬車の中で食べる予定だけど今直ぐ食べたら駄目かしら? チラリと賢者様の方を見れば仕方無いとばかりに溜め息を一つ。

 

「……ご飯はちゃんと食べるのですよ?」

 

「はい!」

 

 今日のお昼ご飯は大好きなクリームシチューだし残すはずが無い。馬車の中で食べる前に改めてお礼を言おうとしたのだけれど、ヒーコちゃんは既に遠くに行ってしまっている。大きな声でお礼を言ったけど、聞こえているはずなのに反応が無かったわ。これ作り立てだし、わざわざ持って来てくれたのは責めた事を気にしてだからと思うけど、別にそれ程気にしていないし謝らなくても構わないから素直になれば良いのにと思った時、一つ思い出した…

 

「……ああ、ツンデレって奴ね」

 

 賢者様が広めたのはキグルミの他にもあって、ツンデレもその中の一つ。どうも恋愛対象に素直になれずに刺々しい態度を取る人の事らしいけど。

 

「……あれ?」

 

 その場合、ヒーコちゃんにそう言った感情を向けられている事になるのかしら? いやいや、幾ら何でも違うでしょう。今まで恋愛対象にされた事がないし、誰も対象にした事が無い私からすれば結構重要な問題になる。此処は私の勘違いだとしておこう。……恋愛とかよく分からないし。

 

 育った村にも恋人同士だって人は居たけれど、人の恋愛に首は突っ込まなかったし、今一番身近な賢者様と女神様は極端な例。だから私の知識は精々が本で読んだ位。誰か同年代で格好良いと思った相手は居なかった、そんな風に思ったのだけど一人だけ思い当たる。

 

「いや、気のせいね。勘違いに決まっているわ」

 

 思い浮かんだのはイエロアに到着するなり遭遇した鎌鼬楽土丸、勇者の敵である魔族の顔。真っ赤になっているのが自分でも分かる顔を横に振って勘違いだと振り払おうとする。何時かは戦わなくちゃ駄目な相手だもの。変な事は忘れてしまわないと駄目ね。

 

 モヤモヤする気持ちを忘れ去ろうと包みの中の焼き菓子を口に運ぶ。ドライフルーツと砂糖が沢山入っていてとっても甘い。気を紛らわせるのには十分な味だった。

 

 

 

「……しかし思い出したら腹が立って来たな。ソリュロ様に軽く力を発揮して頂けないだろうか……」

 

 雪を降らしている魔族、恐らく氷柱が口にしていたディーナの所に向かう道中の事だった。外の寒さとは裏腹に暖かい室内で寛ぐ女神様が思い出した様に呟いたのは。女神様は随分と不機嫌な様子でテーブルに拳を叩き付ける。でも、この人に関する話を思えば仕方無いのかも知れない。数百年前に廃れてしまった神への生け贄だけど、最も生け贄を捧げられたのは最高神ミリアス様じゃなくて武と豊穣を司る女神シルヴィア様だもの。

 

 当時、飢饉やモンスターの襲撃に困り果てた人々は豊作とモンスターに立ち向かう為の力を欲して大勢の生け贄を捧げたらしい。そして大勢を生き埋めにしようとした時、降臨した女神が祭壇を破壊して生け贄の無意味さを説いた。だから魔族が出現した時にしか姿を現さないとされていた神様の降臨は今でも伝わり、女神様への信仰を集めているの。

 

 その慈悲深さが見られるエピソードは多くの演劇で使われて、教会には降臨して生け贄になった人達を救うシーンの絵が崇める神様の違いなく飾られている程。私も何度も感動したわ……。

 

「まったく、あの時を思い出すぞ。ちょくちょく遊びに言っている姉様から美味い酒があると聞いて向かってみれば生け贄を捧げようとしているのだからな。適当な事を言って納得させたが。別に私に届く訳でも無く、宴の席でネタにされて苛立っていたのだ。……なあ、ゲルダ。祭壇を壊したのはやり過ぎだったか?」

 

「いえ、大丈夫だと思います」

 

「そうか。少し気掛かりだったのだ。問題が無いのなら結構だ」

 

 毎回思うけど、真実は何時も綺麗なばかりじゃないみたい。憧れは憧れのままで終えていた方が良いのね。それと、気にするのは其処じゃなくって私に色々暴露する事にして欲しい。

 

「……ふぅ」

 

 鏡に映った私は遠い目をしていた。この旅に出てから伝説の知らない方が良い裏話とか、祈りを捧げていた神様達が色々ポンコツだった事を知ってしまったのだから仕方無いと思う。もうあの劇を観ても感動はしないわね。いや、生け贄を助けたのは間違いないのだけれど、何か釈然としないわ。

 

「相変わらず貴女は怒ったり笑ったりと感情豊かだ。私は貴女の全てを愛していますよ、シルヴィア。だから怒っている姿にも心奪われる。……ですが、願わくば笑っていて下さい。その為ならば何でも致しましょう」

 

「……そうか。ならば私を抱き締めていろ。今この時はそれで笑っていよう」

 

 特にこの人前でイチャイチャする初代勇者兼賢者様と初代勇者の仲間だった女神様。今この時は直ぐ側に私が居るのに本当にこの二人は……。

 

「それと、師匠に出張って貰うのは出来れば避けて欲しいです。あの人、優しい方ですから」

 

「お前も優しいよ、キリュウ。だから私はお前を愛したんだ。お前がそう言うならば従おう。お前の頼みならば何でも聞いてやりたいんだ」

 

「ちょっとアンノウンの所に行って来ます。お菓子を分けてあげなくちゃ」

 

 賢者様は女神様を背後から抱き締め、女神様はその手に自分の手を重ねる。私の頼みも一つだけ聞いて欲しい。頼みますから私の前では控えて下さい。でも、多分言っても無駄なので言わずに外に出る。結婚して三百年も経つのに少しは落ち着いたら良いと思うけど、神様だから三百年はそんなに長くないのかも。

 

 

 

「ねぇ、あの二人に注意してくれるマトモな神様って居ないのかしら? せめて私の前では控える様に言ってくれないかしら……」

 

「ガーウ」

 

 雪が積もって道が分からない中、凸凹道も坂道もアンノウンが引く馬車は平然と進む。時々ジャンプするけれど馬車はそんなに揺れず、投げた焼き菓子をパンダのヌイグルミがキャッチしてアンノウンの口に投げ入れていた。吐く息は白いけど賢者様が少し強化してくれた服は寒さを通さない。なので快適な気分のままアンノウンに相談するけれど、何を言っているのか相変わらず分からないので困る。……でも、無理って言われている気はした。

 

「……そう。アンノウンも大変ね」

 

「ガウ!」

 

 よく考えればアンノウンはずっと二人と一緒に暮らしていたし、私より長い期間あの光景を見せられているのだろう。私の言葉に頷いたアンノウンの姿に少し同情するけれど、普段の私への悪戯を考えればしなくて良いとも思う。

 

「それにしても綺麗……」

 

 視界に入る景色全てが真っ白で心を奪われそうな位に美しい。これが魔族の仕業じゃなければもっと素敵なのにと思いながら焼き菓子の最後の一個を食べようとした時だった。アンノウンが急に動きを止める。馬車も急停止して私が手にした焼き菓子が前に投げ出されたのをキャッチした時、目の前に女の子が立っているのに気が付いた。

 

「あの子は魔族……じゃないわよね?」

 

 猫の髪留めを金髪に付けた銀色のゴスロリ姿で私と同年代の女の子。ピンクの日傘で顔は分からないけれど、胸は私より大きい。こんな何時モンスターと遭遇してもおかしくない場所で一人佇む子供なんて怪しいと思う。でも、魔族特有の体臭もしないので大丈夫だと判断した私は取り敢えず安全な馬車の中に招き入れる為に近付こうとした。

 

「ガッ! ガゥウウウウウウウウウウッ!!」

 

 止めろとばかりにアンノウンが吠え、初めて聞くうなり声。目の前の女の子を明らかに警戒する姿は何時ものアンノウンからは想像も付かない。自然と私の足が止まる中、手にした日傘を傾けた事で彼女の幼さが残るけど爽やかな美しさを感じさせる整った顔が顕わになる。何処か育ちの良さを感じさせる気品のある顔だった。

 

 

「内包する力は凄いけど、未だ子供か。別に警戒しなくても構わないのにさ」

 

 幼さが残るのに達観した大人みたいな雰囲気がする声で彼女はアンノウンを見て微笑み、姿を消す。瞬きをした間に私に隣に座っていた。

 

「ほら、大丈夫だろう? 今の私は幻さ」

 

 そっと差し出された手が私の肩に伸ばされ通過する。肘まで入り込んだ所で引き抜いた彼女は見せびらかす様に手を振って私の体を通過させ、再び姿を消す。現れた場所に戻って居た。この時既に私は彼女への認識を改める。少なくても保護が必要な一般人ではなく、アンノウンが警戒するのだから危険な相手で少なくても味方ではないと。

 

「貴女、何者?」

 

「私かい? いやいや、自己紹介はもっと劇的な場面でしようじゃないか。今は秘密にしておこう」

 

 人差し指を唇に当て、少しおどけた様子で微笑む彼女は雪と合わさって凄く綺麗だと思う。だけど、それ以上に言い表せない不気味さも感じていた。

 

 

「今日はお礼を言いたくて来たんだ。ゴミ掃除をどうも有り難う。君と私の宿命が交わる日を楽しみにしておくよ。じゃあ、バイバイ」

 

「え? それは一体……」

 

「何時か分かるさ。まあ、数年先だろうけどね」

 

 最後まで一切敵意を向けず、寧ろ友好的でさえあった彼女。私が困惑しながら投げた問い掛けにもちゃんと答えず姿を消した。掴み所が無く、悪人には思えない。だけど私の勘が告げている。彼女は間違い無く敵であり、今の私では歯牙にも掛けない相手だと……。

 

 氷柱を一人で倒した事で知らず知らずの内に芽生えていた油断を捨て、遠目に見えて来た王都を睨む。決戦の時が近付いていた。

 

 




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