初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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聖都

 私が両親に何度も読み聞かせて貰ったり仕事の合間を見付けて少しずつ読んでいる勇者様の物語には必ずと言って良い程に同じ名前の都市が出て来る。聖都シュレイ、初代勇者様に力を貸し、淡い恋心を抱いたって伝わる聖女シュレイ様によって作られた町。六色世界に同名の町が一つずつ存在する、通称六聖都。淀みの影響が最も少なくて勇者様が誕生する世界のシュレイが次の魔王の誕生まで聖都になるって本に書いていた。

 

「そのシュレイに向かうのですが、私が初代勇者だとは内密に。あくまで勇者を導く賢者として扱って下さい」

 

 賢者様は屈んで私と視線を合わせると人差し指を口元に当てて秘密だと動作で示す。この方、三百年以上生きているけどお爺さんみたいな性格じゃないんだな。うーん。神様と一緒に暮らしていたらこうなるのかも。

 

「え? どうしてですか? 賢者様が初代勇者様だって知ったら皆安心するのに……」

 

 思えばとっても不思議な事だよね。今まで賢者様が初代勇者様だなんて言い伝えは聞いたことも無いし、魔王を倒した事が有るんだから偶に力を貸すだけじゃなくって仲間として力を貸したら良いのに。それに私みたいな子供が勇者だなんて聞かされたら絶対不安になるよね?

 

 私は賢者様のお願いに戸惑い、初代勇者様だって事を知らせるべきだって主張しようとしたんだけど、賢者様は困り顔で肩を竦める。えっと、何か変な事を言っちゃったのかな?

 

「その場合、ゲルダさんの活躍じゃなくて初代勇者の功績だって思われちゃうのですよ。勇者が世界を人助けを続けながら旅をする事で封印が発動するので旅の主役は嘗ての英雄ではなくて未熟ながら成長中の勇者の活躍だと民衆に認識させる必要が有りましてね。……正直、魔王を倒せば良いだけなら私が転移で城に乗り込んで魔法で吹き飛ばせば数秒で済みますし、シルヴィアと過ごす時間の為にもそっちの方が良いです。でも、封印しないと次の世界に淀みが移って新たな魔王が誕生するだけなので」

 

「そ、そうですか……」

 

「それに勇者に取り入って仲間になれば褒美で自分も不老不死になれるかも、そんな考えの者が逆に足を引っ張る可能性も有りますしね。無闇に混乱を招くのは宜しくないでしょう?」

 

 世界を危機に陥れる魔王相手に楽勝だと言わんばかりの賢者様には驚かされた。でも、魔王を倒した勇者様がずっと頑張って来たんだからその位強くても当然だよね。寧ろ私が活躍しなくちゃ駄目っていっても賢者様が仲間なんだから凄く心強いよ。……私が活躍かぁ。

 

 正直言って自信無いよ。羊飼いの仕事は体力が必要だし、狼とかなら追い払って来た。思えばジャッドが狼に襲われそうになっていた時に助けてあげてから意地悪する回数が増えたよね。一匹だけとはいえ命の恩人に失礼だよ、まったくさ。お漏らししたのを見ちゃったから私が嫌いになったんだよ、きっと。

 

 それはそうとして私はちゃんと戦いの訓練を受けた事も無いし、世界の命運を背負うだなんて不安に圧し潰れそう。きっと顔に出てたんだね。私の頭に賢者様の手が置かれて優しく撫でられた。

 

 

「大丈夫、私とシルヴィアが共に居ます。それに勇者だと告げられて逃げる道を選ぼうとしなかった貴女は強い。少なくとも右も左も分からず犬とさえ戦った事の無い当時の私よりもずっと……」

 

 頭に触れる手は暖かくてお父さんを思い出す。そっか、私だけで背負うんじゃないんだよね。賢者様と女神様のお二人が居てくれるんだもん、大丈夫だよ。私は心に重くのし掛かった不安が消えて行くのを感じていた。でも、ちょっと直ぐに立ち直るのは惜しかったかも。だって賢者様撫でてくれるのは気持ち良かったもん。心がポカポカして、もう少し撫でていて欲しかったと思う。

 

 

 

 

「ああ、貴女を撫でる事が出来るなど私は本当に幸福です。もっと撫でても?」

 

「お前に撫でて貰える私の方が幸せだ。……肩も抱き寄せろ」

 

 ……見ない事にしていたのですが、私を撫でている間も片方の手で女神様を撫でていて、満更でもないって顔だった女神様は賢者様に抱き寄せられて凄くご機嫌です。賢者様も本当に幸せそう。私を励ます傍らでこんな事をするとか神様に近付き過ぎたらこうなるのでしょうか? ……私にも影響が出ないか少し不安になって来た。

 

 あっ、優良なる差し歯って名乗っていた盗賊の人達は縛った状態でトムさん達が見張ってるよ。魔法使いの人は杖や魔本が無くっても魔法は使えるからその辺の布を噛ませているんだけど、あれってトムさんの所の牛舎の雑巾だったんじゃ……。

 

 そんな事を考えていたら大切な事に気が付いた。私、綺麗な服って持ってない! 仕事が仕事なだけに丈夫で動きやすい服は有るけど、聖都に勇者として行くのに相応しい服は無かったわ。体が羊臭いのはお風呂に入れば大丈夫だろうけど、どうしようかしら?

 

 

 

「あの、賢者様、女神様。私、大切な儀式に相応しい服なんて持ってないの。どうしたら良いかしら?」

 

 子供なだけでも疑わしいのに羊臭さが染み込んだツナギなんて着て行ったら誰も勇者だと信じてくれないわよね。武器だって鋏だし。笑い物になったら賢者様や女神様まで把持を掻かせちゃうし、そんなの絶対に駄目よ。でも、新しいのを買うお金なんて私には無いし……。

 

「大丈夫。私に任せなさい」

 

 綺麗な服を着た人達の前に汚れた服で現れて大笑いされる姿を思い浮かべたら不安が押し寄せて来て顔が真っ赤になる。でも次の瞬間、賢者様の指先から光の帯が飛び出して私を包んだかと思うと私の体からお花の甘い香りがして、服も絵本のお姫様が着るみたいな真っ白なドレスに変わっていたの。

 

「凄い、凄いわ! とっても素敵。賢者様、有り難う!」

 

 スカートの端を摘まんでその場で一回転。とっても触り心地が良い布で作られていて羽みたいに軽いわ、このドレス。これならお城の舞踏会にも出れそうね! 流石賢者様、詠唱もせずに素晴らしい魔法だわ。

 

「いえいえ、構いませんよ。ああ、どうせなら好きな男の子にでも見せに行きますか? とっても似合っていますよ、その姿」

 

 

 

「うーん。この村には好きな子は居ないの。ジャッドは私が嫌いだから意地悪ばかりするから私も大嫌いだし、他の男の子は私入り小さいかずっと年上なの」

 

「おや、それは残念。恋は良いですよ、恋は。私の初恋はシルヴィアなのですが、初めて会った時に雷が落ちた感覚でして。まあ、その想いは旅を共にする事で更に強くなり、今も日に日に強くなっているのです」

 

「甘いな。私など秒単位でお前への愛が増しているぞ」

 

 本当にこのドレスは素敵だわ。賢者様達みたいに人前で平気でイチャイチャするみたいになるのは絶対に嫌だけど、私もこんな凄い魔法を使える様になるのかしら? だったらとっても素敵なのだけど。……あっ、キスしている。

 

 

 

 

 賢者様が召喚した大きな獣さんに乗って目的地まで来たのだけど、私はつい目を輝かしちゃったわ。

 

「凄いわ、素敵だわ! 此処がシュレイなのね!」

 

 大きな市場がある町にまで連れて行って貰うことは有るけれど私がシュレイに来るのはこれが初めてなの。村でも成人した都市に受ける儀式だってその町の教会で受ける人ばっかりだから市場の人から話に聞いていたのだけど、想像よりずっと素敵でついつい声が出ちゃう。クスクスと笑い声が聞こえたから恥ずかしくなって俯いたけど、目は街並みに向けたままだった。

 

 町の至る所に花壇があって、向こうの方には大きな噴水まで。水がハートの形に噴き出す仕掛けなのだけど、その中心には愛の女神イシュリア様の像が建っているわ。確かシルヴィア様とは姉妹だけど仲が悪いって伝わっていて、聖都では最高神のミリアス様の次に奉られてるのよね? うーん。賢者様が勇者だった頃に失恋したのと関係しているのかしら? でも聖女様だし、何か深い理由があるのよ、きっと。

 

 それにしても行き交う女の人達はお洒落ね。私も服は負けていないのだけど、クシャクシャの癖毛はどうにもならないわ。皆、ストレートだったりロールだったり髪型まで力を入れているもの。帽子もおねだりしたら駄目だったかしら?

 

「おや、姉上の像が新しくなっているな。実際はもう少し胸が大きいし、露出も多いぞ。それにもっと美人だ」

 

 女神様は少し不満そうだけど、仲の悪いお姉さんの像があった事じゃなくて出来映えに不満があるって様子ね。嫌っているって間違いなのかしら?

 

「……えっと、女神様……シルヴィア様はイシュリア様と仲が悪いって聞いていたのだけど違ったのですか?」

 

「うん? 仲ならすこぶる良いぞ。キリュウとの夜の生活について相談したしな。まあ、姉妹喧嘩だってするし、神なら百年単位で続く。それが変に伝わったのだろう。……偶に私のキリュウを誘惑しに来るのは許せんが相手にされていないので喧嘩には発展せんしな」

 

 ほへ~。神話やら伝説と現実の違いをまさか女神様から教わるとは思わなかったわ。じゃあ、清廉潔白にして勇猛果敢な剣聖王イーリヤ様についても何か伝説との違いはあるのかしら? 一度あの方が主役の演劇を本を我慢して観に行った事があるのだけど素晴らしかったわ。

 

「それにしてもこの町の人達って仲が良いのね……」

 

 周囲を見れば女の人同士で手を繋いだり何か美味しそうなお菓子を食べさせあったりしているわ。あわわわっ!?今の人達、女の人同士でキスしてたっ!?

 

「ゲルダは知らなかったか。他の場所では奇異に見られる同性愛だが、シュレイでは女同士の恋が普通とされているのだ。聖女自体が同性愛者になったから、加護さえ有るとされている。姉上を崇めているのも奴の方針だ」

 

 ……うーん。女神様、ちょっと棘がある口調だわ。聖女様が賢者様に恋をしていたって言うのは劇に使われる脚色だって噂だったけど本当だったみたいね。じゃあイシュリア様が奉られているのって……。

 

 

「あ、あれ何かしらっ!? えっと、お財布お財布……」

 

 向こうに何か美味しそうなお菓子の屋台があったのを見付けてバックの中を漁る。決して頭を過ぎった事は関係していないし、そもそも勘違いよ。だって聖女様が恋敵への恨みで敵対している女神様を崇めたりする訳ないもの。それよりも魚の形をしたパンケーキみたいなのが気になるわ。えっと、中身は粒餡とカスタードクリームの二種類で名前はタイヤキ? 初代勇者伝来って書いてあるけど、結構嘘が多い宣伝文句だからどうなのかしら……?

 

 

「……尻尾まで詰まっているのですか。私はカリカリの尻尾が好きなのですけどね。自分で魔法を使って作るとどうも同じ味になってしまいますし……」

 

 あら、本当みたい。甘い中身が沢山ある方が美味しいと思うのだけど賢者様は違うのね。ちょっと賢者様の方を見て道の真ん中で立ち止まっていた私だけど向こうの方、一番大きい教会からやって来る行列を見て慌てて横に下がる。見れば周囲の人も道の左右に割れてお祈りのポーズを取っているわ。あの先頭のお姉さんは偉い方なのね。

 

 鎧を着たお姉さん達に護衛をされて、シスターを後ろに引き連れているのは十五歳位のお姉さんなのだけど、宝石の付いた杖を持って金糸の刺繍がされた服を着ているわ。目も髪も吸い込まれそうな青空の色でとても綺麗。私のこんな風になりたいなって思っていたら周りの人の声が聞こえてきたの。

 

 

「シュレイ様、相変わらずお美しい」

 

「シュレイ様がどうしてこの時間に? 町を回る時間ではないのだけど……」

 

 あっ! 随分と偉い方だと思ったら聖女様なのね。正式に聖女となった時に町と同じシュレイの名を名乗るっていう。私が慌ててお祈りのポーズを取る中、聖女様は迷わずある方向、賢者様達の方に向かって行った。も、もしかしてお祈りをしていないからって怒られるのかしらっ!?

 

「こら! 急に飛び出すな」

 

 私は慌てて止めようとするけど後ろから警護のお姉さんに抱き上げられて手足をジタバタ動かすだけ。その間にも聖女様は賢者様と女神様に近寄って……あら? お辞儀をしているわ。

 

 

「お久しぶりです、賢者様。そろそろ来られる時期だと思っていましたが、来られたとの連絡を受けて慌てて参ったのですよ」

 

「元気そうで何よりですね、アミリー。あのお転婆娘が立派になりました」

 

「……もう。あの頃の私については言わないで下さい。……それと私はもうアミリーではなく、聖女シュレイですから」

 

 あれれ? どうもお知り合いだったみたいね。まあ、勇者を導く賢者様と勇者を引き継ぐ儀式を執り行う聖女様がお知り合いでも変な話ではないのだけれども。でも、最初は嬉しそうに見えたのに最後は少し寂しそうね。

 

「賢者様、積もる話は有りますが今の私は聖女シュレイ、なすべき事と取るべき態度があるのです。どうか職務を全うさせてください。……貴女が今回の勇者様ですね。どうぞ宜しくお願いします」

 

 聖女様はそう言って賢者様の隣の女神様に……ではなく、護衛のお姉さんに抱っこされたままの私に手を差し出した。流石は聖女様なのだわ。

 

 

 

「あの子が勇者?」

 

「まだ子供じゃないの」

 

「おいおい、大丈夫か……」

 

 ああ、矢っ張り不安の声が聞こえてくるわ。ヒソヒソ囁く人達の顔には不安が現れている。私だって自分と同じ年齢の子供が勇者だ、世界の命運を背負っている、そんな風に呼ばれていても不安になるだけだわ。

 

 

「皆さん、お静かに。最高神ミリアス様の決定なのですから、必ずや彼女は世界を救う事でしょう。それは私が保証いたします」

 

 だから私が不安になった時、澄んだ声が響いた。聖女様の声だ。決して大きい訳でもないのに周囲に広がって、それだけで誰もが黙った。何だか癒される声で、聞くだけで安心してきたわ。これが聖女に選ばれた理由なのね。胸に手を当てて真摯に告げる聖女様に皆さんも不安が取り除かれたって顔をしているわね。

 

 護衛のお姉さんも私を降ろしてくれて、聖女様は私に目の高さを合わしながら手を差し出した。私も慌てて手を取ったのだけど、聖女様の手は私と違って柔らかくてスベスベで、荒れている上に少し固くなっている私の手が恥ずかしくなってしまったの。

 

 

「素敵な手ですね。働き者の手です。勇者様、お名前は? 私はシュレイです」

 

「ゲ、ゲルダでしゅ……」

 

 か、噛んじゃった。でも、手を誉めて貰って凄く嬉しかったなぁ……。

 

 

 

 

 

「では、早速参りましょう。勇者継承の儀の準備は整っています。……賢者様はご遠慮頂くとして、えっと……勇者様のお仲間に選ばれた方ですよね?」

 

「ああ、その通り。名はシルという。生憎不調法者でな。礼儀がなっていないのは許してくれ」

 

 あっ、流石に女神の力を隠すだけでなく立場も隠すのね。力は世界への影響を考えて、立場は信者が集まるのを防ぐ為かしら?

 

 

「いえ、世界を守る戦いをなさる方に五月蠅い事は言いません。何せ危険な戦いを押しつけるのですから。では、シルさんもご一緒に」

 

 こうして聖女様に誘われて私と女神様は一番大きな建物へと向かって行く。まさかこの先であんな試練が待ち受けているなんて知る由も無かったわ……。

 

 




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