初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる 作:ケツアゴ
女神様だけでなく、アンノウンまで居なくなっているからチキポク迄の移動手段は空飛ぶ絨毯。何故かは知らないけれど、イエロアならこれしかないと賢者様が乗り気だった。地球って砂漠は空飛ぶ絨毯で移動するのが憧れの的なのかしら。
「あっ! そもそも、アンノウンは何をしに女神様に同行したのかしら? どちらかと言うと賢者様の方に懐いているわよね?」
少しそれが気になっていた。何時も近くで鬱陶しいと思う時が有る位に存在をアピールしているアンノウン。私をからかうのがお気に召したらしいにも関わらず、少し怖いと思っているらしい女神様に同行するのが疑問だった。
(いや、別に居ないなら居ないで良いのよ。だって悪戯ばっかりするのだもの)
「大丈夫。直ぐに戻って来ますよ。予備のヌイグルミが有りますけど抱きますか?」
「いえ、要らないわ。ヌイグルミを抱っこして現れる勇者って情けないもの」
本当に寂しくはないのに賢者様は寂しいと勘違いしたのか私の頭に手を乗せる。否定はしないでおこう。
「あの子はお仕置きのお手伝いですよ。イシュリア様のやらかしに対するね」
どうも私が思っている以上に神が人に与える影響は大きいらしい。だからこそ最高神の判断で魔族の封印が神から勇者の手に委ねられて、女神様も神の力の殆どを封印して同行している位に。
なら、愛の神であるイシュリア様の下着が何時までも人の世界に存在した場合、どうなるか分からないらしい。……下着でどうにかなってしまうって言うのも情けない話だと思う。魔族も呆れるかも知れない、下着で狂った世界を見たら。
「あのまま元の持ち主の手元に残った場合、女神像に着せて信仰の対象にした宗教が始まる所でした。でも、一応下賜した物を横から奪うのも問題ですから少し操ってオークションに出品させたと昨日連絡が有りました。事前に知らせなかったのは余計な気を使わせない為だとか」
凄く嫌な未来を想像してしまう。下着を着た女神像の前で大勢が平伏すの。ちょっとだけ人間が滅んでも良いと思ってしまった私は変ではないわ、絶対に。
「……そうなのね。じゃあ、下着欲しさに大金を出す変態扱いしたのは失礼だったわ」
頭の捻子が外れていると賢者様に言われたり、イシュリア様もちょっと変な方だった。でも、人間らしい所がある女神様でさえ人間とは感覚が違うって思う時が有るのに人間の変態と一緒にするべきではなかった。
「ノリノリで落札していたから見なかった事にしたのだけれど演技だったのね。まあ、下着を欲しがるなんて変態にも程があるものね、賢者様」
「……ええ、そうですね」
(……あれ? 賢者様の反応が少し変だわ。これじゃあ回収しに来たのは本当だけど、欲しがったのも本当みたいじゃない)
よくよく思い出せばエッチな本や裸婦像にまで大金を出していた気がするけれど……私は何も知らない。
「所でアンノウンはどんなお手伝いなの? あの子、魔法が得意だしそっち方面かしら? でも、今日の担当のアンノウンまで来ないって大変そうね」
「いや、パンダが正座で説教されているイシュリア様を指差しながら笑い転げ、七頭に分かれたままのアンノウンが周囲を踊り明かすと聞いています。可愛らしい光景ですね」
「いえ、腹が立つ光景よ。あの子、本当に煽るのが得意ね」
少し想像してみる。妹に三日間のお説教を受けている間、可愛らしいパンダのヌイグルミが笑い転げ、猫っぽい獣が周囲を囲んでダンス。実際に目にした訳でもないのに腹が立つ気分だ。普段から馬鹿にされているから当然だと思うわ。
「ムカつきますかね? まあ、私はあの子を使い魔よりもペット寄りで扱っていますからね。ほら、見えて来ましたよ」
賢者様に促されてチキポクの方角に目を向ければ確かに建物が見えて来た。一回目の儀式を受けた街は女同士のカップルが多いのが特徴的で、露天が多いお洒落で華やかな街だったけど、何か地味だと思う。
砂漠の街だからかも知れないけれど、オアシスに隣接するチキポクは飾り気の無い素朴な建物が多く、間違えて別の所に来たと言われれば信じてしまいそう。一番奥の古くで大きな神殿が有るから前の聖都だって信じられるけど、本当に地味ね。ちょっと残念な気分だった。
「おや、既に神から知らせが届いているだけあって迎えが来ていますね」
「……少し質素ね」
遠目に見える出迎えの人達の服装は染料すら使っていない様子の飾り気の見られない服。今回の聖都を目にしているだけあって、前回の聖都だったチキポクとの差が大きく目立った。
「因みにあの街では風と砂の神のヌビアス様です。ゲルダさんもオークションで姿を見たでしょう? ほら、裸婦像を全て落札していた方ですよ。まあ、一度は見なかった事にしたのですけどね」
「なら、今も見なかった事を継続して欲しいわ。……偶に賢者様がどうして賢者様って呼ばれるのか疑問に思うわね」
もう少し伝える情報は選んで欲しいと強く思う。失礼だとは思いつつも言わずにはいられなかった。
「暇だわ……」
チキポクに到着した賢者様と私だけど、本当に神託が街の全員に有ったらしく大勢に出迎えられた。でも、直ぐに儀式とは行かずに今は神殿の一室で暇を持て余している。一番偉い人が申し訳無さそうに話したのは儀式を行う為の特別な存在、シュレイで勇者継承の儀を行う聖女に値する
修行の為に偶に街を留守にするらしく、帰って来るのは今晩辺り。頭を下げられたけど、私はこの街の人達が悪いとは思わない。でも、悪い人が居ないとも思っていない。
「これも全部、前日の夜に神託を下したスズバ様が悪いのよ。賢者様もそう思わないかしら?」
「まあ、ヤクゼンに遊びに行くのが楽しみで数日前から伝えるのを忘れていたらしいですからね。しかも、ちゃんと伝えたのか聞かれた時に伝えていると誤魔化したのだと連絡が有りました。罰として競り落とした下着を没収されたとか」
「……最低なのだわ。この旅に出てから憧れていた歴代の勇者様や神様に幻滅する事が増えたわね」
窓の外を見ればイエロアで最も信仰されている砂と風の神スズバ様の石像が目立つ場所にあった。とても立派な石像で、近くを通る人達が一礼しているのを見ると少し悲しくなる。何故かは知らないけれど。賢者様が下着がどうとか言ったけれど、詳しくは絶対に知らないし知る気も起きないわ。
外を見るのも嫌になり、今度は前を向くと賢者様が笑っていた。微笑ましい物を見る目を私に向けてながら。でも、何故かしら?
「ゲルダさん、気が付いていますか? 勇者様ではなく、勇者と言った事に。自分も勇者であると自信が付いた証拠です。実際、貴女は既に立派な勇者だ」
「……そんな事を言われたら照れるのだわ」
……本人が目の前に居るから口には出さなかったけれど、憧れが崩れた対象は賢者様も含まれる。でも、それで良いと思う。
「ですが、忘れないで下さい。ゲルダさんの幸福は世界を救う為に放棄して良い物ではありません。ちゃんと自身の幸せを考えて行動するのを私は望んでいます。まあ、世界を救って幸せにもなった先輩からのアドバイスですよ」
何故なら憧れは自分が抱く理想を挟んで相手を見る行為。確かに私が抱いていた理想像と賢者様は別物だけれど、この人はこうやって優しくて温かい人。だから、それで良いのよ。
だって、恥ずかしいから言わないけれど、私が憧れていた賢者様よりも目の前に居る人間らしくて少し変で温かい、そんな賢者様の方が何倍も素敵だと思っているから。
「……もう読み終わっちゃったわ」
話を逸らす様に本を閉じて呟く。修行の成果か集中力が上がって読む速度も随分と上がった。持っている本で読んでいなかったのは今持っている本で最後。
「神殿に置いてある他の本でも借りに行きます?」
「うーん、止めておくわね。ちょっと難しい本しかなかったもの。……賢者様、チキポクってどうして此処まで地味なのかしら?」
少し恥ずかしかったから賢者様から目を逸らし、もう一度最初から本に集中するのだけれど直ぐに読み終えてしまう。今日は女神様が居ないから基礎的な修行しか出来ないし、賢者様の座学や魔法の修行も終えて今の時刻はお昼過ぎ。でも、散歩に行く気にはならない。だって、この街は本当に最低限の物しかないもの。
食べ物のお店がちょっとだけ固まっていて、服屋も似た様な物しか置いていなかった。街を歩く人も必要最低限の地味な服装で、一番大きな建物は神殿。其処も装飾品を飾ってもいない古い建物。シュレイは色々見て回りたい気分になったけれど、此処は別ね。ヤクゼンで過ごしていたから一層退屈に思えるわ。
「この街は清貧を尊んでいますからね。経済の中心のヤクゼンと比べれば退屈でしょう。あの街は私も気に入っていますよ。何せ、街作りに携わった身ですから」
懐かしそうな顔をする賢者様。この人は私が思っていた以上に多くの人と触れ合い、影響を残しているらしい。もしかしたら神様と人との違いを感じ、例え愛しい女神様と一緒でも人寂しいと思うのかも知れない。でも、初代勇者が不老不死になったのが賢者様だと知られれば不老不死を求める人によって勇者の旅に支障が出る可能性から正体は明かせない。
本名も素性も隠して人と付き合い、仲良くなれても相手は老いて自分を置いて行く。それはきっと寂しい事なのだろう。それでも人と関わるのを止めない賢者様は本当に人が好きらしい。
「そうなの? 賢者様が手伝っただなんて初めて聞いたけど。……まあ、理由は分かるけど。自分達は手伝って貰えなかったって遺恨を残さない為でしょう?」
「正解です。花丸をあげましょう。実は二代目勇者の仲間もイエロアの出身でしてね。故郷から別の街までが遠いから街作りをしたいけど資材の運搬を手伝って欲しいと頼まれたのですよ。……街の名前を付けて欲しいと言われたのに、いざ付けたら満場一致で否決されましたけど」
「それは流石に……」
人の住んでいる所を地味だ退屈だと言う私も失礼だけれども、その人達も失礼だと思う。賢者様が手伝わなければ完成したかどうか分からないのに。
だけど、それを口に出そうとした私が思い出すのはデュアルセイバーの名前を決める時に賢者様が提案したアメリカンレインボー鋏というセンスの欠片も無くて女神様でさえ反対した名前。……否決された理由が分かったわ。
「……えっと、どんな名前なのかしら?」
「カジノの建設計画があったので知っているカジノの有名な街を参考にして『アナザーラスベガスΩ』です」
「私でも反対するわ」
「ええっ!? どうしてですかっ!? ……ラスベガスを使うべきじゃなかったですかね?」
「ダサいからに決まっているじゃない。ラスベガスは関係無いわ」
一応聞いたけれども、聞いて損した気分になる。賢者様のは本当にネーミングセンスに関わる呪いを受けているのではと思う程だったわ。あのセンスは昔からなのね……。
(もう、呪いでも受けているんじゃないかしら? ソリュロ様に会う機会が有れば調べて貰う価値有りね)
この日の午後はこの様な感じで過ぎて行く。無意味にも思えたけれど、女神様抜きで賢者様とじっくりお話が出来たのは良かったのかも知れない。そして、夕暮れ前に清女の姉妹が帰還したとの報告があった。
私の勇者としての成長が試される時が差し迫る……
「勇者様、賢者様、お食事の準備が整いました。どうぞお越し下さい」
夕暮れ時、漸く清女の姉妹が戻って来たと聞こえて来たけれど、今度は急いで儀式の準備をしているらしい。私はゆっくりしても構わないけれど、一刻も早く世界を救って欲しいから、そんな風な事を言われた。
「……夕ご飯かぁ。文句は言いたくないけれど、少し物足りないのよね」
知らせに来た人が去った後、昼食の内容を思い出して呟く。味の薄い固いパンに野菜のスープ、魚が少しと僅かなドライフルーツだけの質素な食事。それでもチキポクでは普通より上の内容らしい。育ち盛りの上に修行で運動している私には満足出来る内容ではなかったわ。
「まあ、お肉は年に数度しか食べないらしいですし、菓子等の嗜好品も滅多に口にしない戒律の厳しさですからね。三代目も此処の出身ですが、贅に溺れて堕落した気持ちが分からないでもないですよ」
「……ペラペラ情報を話したせいで迷惑を受けているのは別だけど。ねぇ、賢者様。私、ハンバーガーが食べたいわ」
「ええ、構いませんよ。では、此処の食事を終えて待っている間に食べてしまいましょうか」
「やった! チーズとピクルスを多めでお願いするわね。シェイクとナゲットも欲しいわ!」
賢者様自身は同じ味しか出せないと言うけれど、私は彼が魔法で出した料理が気に入っている。お昼も文句があると思われても印象が悪いのでこっそりアップルパイを出して貰った。トロトロに煮込まれたリンゴが入ったサクサクのパイ生地はバターが香ばしく、ほっぺが落ちそうと言うべき出来映えよ。
だから、こうして質素な食事を子供の頃から食べ続けて他の美味しい物を知った三代目勇者の気持ちも分かる。私みたいに賢者様が用意した魔法の馬車の中で作った料理と違って保存食で作る野営時の食事には味に限度があるもの。
(だから、軽蔑はしないわ。憧れは壊れちゃったけど、彼も私と同じく人間だもの)
私自身が完全無欠の理想の勇者なら兎も角、今の私は未熟な勇者。それなのに他の勇者には理想通りの存在なのを要求するのは間違っていると思う。でも、賢者様達の三代目への評価が散々だし負けたくはないわ。三代目だけには絶対に負けない勇者を目指して頑張りましょうか。
「勇者様、大変お待たせしました」
「申し訳有りません」
「別に気にしないで欲しいです。予定も調べずに……いえ、何でも有りません。じゃあ、早速ですけどお願いしますね」
二度目の儀式だけあって緊張していた私を出迎えたのは少し目立つ髪の色の姉妹だった。妹でオレンジ色のキュロアさんと姉で金髪のニオーナさん。つい急に来た事を謝ろうとしたけれど、昨夜神託を慌てて下したのはこの街で信仰されているヌビアス様だったから、謝られても困ると思い慌てて誤魔化す。怪訝そうな顔もされず上手く誤魔化せたらしい。
(気付かれてない……わよね? あれ? この二人、何処かで見た事が……)
ゆったりとしたシスター服で体系は分からず、フードから僅かにはみ出た髪からは色以外の情報が入っては来ない。そもそも修行の一環で回っていた時に会ったなら分かる筈。でも、すれ違った程度の既視感でもない。声だってちゃんと聞いた気がする。
例えば、もっと別の服を着て化粧をした状態で喋る二人を目にした、そんな感じだ。でも切っ掛けが無いと思い出せない。今は神殿の地下に続く階段を三人で降りている途中。賢者様は男子禁制だと言われたので待っている。
(でも、向こうが何も言わないし反応も無いから気のせいかも。私達が顔を隠していたのなら兎も角……あっ)
思い出すのは昨夜のオークション。其処では顔を仮面で隠し、知人と会っても素知らぬ振りをするのがルールだった。でも、清女という重要な役目を任された二人とオークションであんなにエッチな格好をしていた司会のお姉さん達とが結びつかない。
「あの…お二人は昨日ヤクゼンの大オークションに参加していました?」
恐らくは他人の空似と判断し、否定されると分かっている質問を行う。その返答は当然ながら否定……ではなかった。
「どどどど、どうしよう、お姉ちゃん! 僕達の秘密のアルバイトがバレちゃったよっ!」
「ええ、バレたわね。貴女が今まさに疑惑を確信に変えたもの」
まさかのまさか。司会のバニーガール達は教会所属のお姉さん達だった……。