初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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誘惑と憤怒

 私の目の前には今、凄く打ちひしがれた人が膝を折って居る。何かショックな事が有ったと言えば有って、未だ起きていないと言えば起きていない。少し説明が面倒な状況だった。

 

「……そうだ、死のう」

 

「早まっちゃ駄目よっ!? それと既に寿命で死んでいるわ……多分」

 

「多分、多分か。はははっ、その通りだな。僕が今も尚、汚く生き足掻いて生き恥を晒している可能性も有る訳だ。……賢者様に訊ねて、生きているならトドメを刺して貰えないか?」

 

 落ち込んでいるのは髪を丁寧に整えた真面目そうなお兄さん。私にとっては過ぎ去った過去、彼にとっては未来の事に絶望して特徴的な武器を取り落としたままで私に無茶を要求する。

 

「絶対無理っ! だって王族殺害とか凄い罪になっちゃうものっ!」

 

 そもそも私が何処に居て、お兄さんは誰で、今はどんな状況なのか。それは少し時間を遡って説明した方が早かったわ……。

 

 

 

 

 

 

 地下なのに空気の淀みも無くて、外と違って涼しくて快適な部屋に私を含む三人の話し声が響いていた 

 

「君も此処のご飯食べただろうから分かるよね? 正直言って酷いにも程があるよ。年に数度のご馳走が他の街では子供のお小遣いで買えるって知った時のショックがどれだけだったか分かるかい?」

 

「チキポクには一切の娯楽が有りませんからね。本も絵本以外は難しい内容の物ばかり。恋愛小説や演劇を初めて目にした時は悪魔の誘惑かと思った程です」

 

「えっと……大変だったのね……」

 

 清貧を由とする宗教中心の街で清女という重要な役目に就くキュロアさんとニオーナさん姉妹。会った時の印象は清廉な淑女だった。だけど、清女としての用事で外の街でバニーガールの格好でアルバイトをして遊ぶお金を稼ぐ普通の女の子。

 

 バニーガールが普通かどうかの議論は放置するとして、今は儀式の間に続く部屋でお茶とお菓子を楽しみながら話に花を咲かせていた。もう言葉使いを誤魔化す必要も無いからと砕けさせ、私も畏まった話し方は封印中。だって折角の楽しい時間だから損はしたくないわ。

 

 

 

 秘密のアルバイトを知られたからと被っていた猫を脱ぎ捨て、隠し持っていたクッキーと高価な茶葉を楽しむ姿からは普段の抑圧が感じられたわ。きっと、楽しい事や美味しい物を知った後では我慢の日々だったのでしょうね。抑圧が更に欲求を高めても無理が無いわ。あのアルバイト、お給料が高そうだもの。

 

「いやいや、君みたいに勇者じゃないだけマシさ。まあ、僕達も三代目勇者シドーとは血が繋がっているんだよ?」

 

「まあ、一応妹だとは伝わっていますが、百年も前ですからね。幾ら故郷でも我慢して居続けるのは別の理由……信仰心ですわ。これでも信仰心は人一倍ですの、私達。だから旅先でヌビアス様のお声が届いた時は注文した料理を食べずに慌てて戻りました」

 

「うんうん、素晴らしいお方だよね。熱病や疫病が発生しても祈れば直ぐに対処法を神託でお教え下さるのですから。神は人と時間感覚が違うにも関わらずですよ。ああ、一度お姿を拝見したいですわ」

 

 両手の指を組んで祈りを捧げる姉妹の姿を目にし、ヌビアス様について教えて貰った私は賢者様に聞かされた神の感覚で起きる問題を思い出して感心する。

 

(人間が好きな神様なのね、きっと。二人が不自由を感じながらも清女を続ける理由が分かるわ)

 

 だけれども、絶対に言えない事がある。その願いは既に叶っていると、オークションで卑猥な事を叫んでいたお客こそがヌビアス様と他の神様だとは言えなかった。

 

「まあ、言っても誰も信じないけど。私だって信じたくないわ」

 

「あれれ? どうしたんだい?」

 

「気にしないで、二人の為よ」

 

 言葉の意味が通じた様子は無いけれど、意味が通じて理由を知られたくないから口を閉ざす。信仰対象がスケベ親爺だったと知らないなら死なない方が良いから……。

 

 それは兎も角として、少しお喋りが過ぎた気がする。賢者様も待っている事だし、早く儀式をしたいと思った。

 

「あの、そろそろ儀式の方をしない?」

 

「え~? 僕、もう少しお喋りを楽しみたいな。お仕事中は私語禁止だし、同年代は殆どが出て行っているからさ。……実際、この街って敬虔な信者が移民して来るから保ってるんだ」

 

「伝統や格式は上の人間が好む物ですからね。もう少し柔軟性を持って欲しいわね」

 

 ヌビアス様の実情が知られていない以上、厳しい戒律も仕方無いのかも知れない。正直言って食事も物足りなくて娯楽も制限されている場所で育ったら、外を知った事で耐えられないのでしょうね。私が魔族を倒しても、モンスターだって消える訳でもないし、悪い人が善人になったりもしない。

 

 世界間の戦争は流石に神様が止めているそうだけど、魔族とは関係無しに滅びそうな場所も存在するのね。少しだけ勇者として戦う事が虚しくなった。手からこぼれ落ちる人達、私の力が足りないから救えない事、力の有無は関係無い事、世の中は本当に残酷だわ……。

 

「あっ! 暗い話をしちゃってゴメンね! ほらほら、どうにもならない事よりもどうにかなったり、どうにかした事を見ようよ」

 

「ほら、キュロア。儀式をするなら言葉はちゃんとしなさい」

 

「そうですね。勇者様、大変失礼を致しました」

 

「……ぷっ!」

 

 急に清女としての顔になって丁重に頭を下げるキュロアさんだけれど、被っていた猫を数秒前まで脱ぎ捨てていたのだから違和感しか無かったわ。失礼なのだけれども吹き出してしまったら落ち込んだ気持ちも消え去った。

 

 

「未だ駄目ね。私、自分が子供だって忘れていたわ」

 

「お酒でも飲みましたか?」

 

「ふふふ、違うわよ。こんな小さな背中で全部背負おうとしないって自分に言い聞かせていたのに、それを忘れちゃってたの。でも、貴女のお陰で思い出せたわ」

 

「そっか! ……じゃなかった。そうですか。よく分かりませんが良かったです」

 

 少しだけ分かっていてやったのかもしれないと思うけれど、キュロアさんとは知り合ったばかりだから判断出来ないわ。それでもこの人の言葉で楽になったのは間違い無い。だから感謝はしておきましょうか。私は誰かを助けるだけじゃなくて、誰かに助けて貰っているって思い出せたのだもの。

 

 

「……この儀式でどれだけ力を得られるかしら?」

 

 誰かを助ける為にも力が欲しい。その人に私が助けて貰えなくても、何時か誰かが助けて貰えると信じているもの。

 

 

 

 神殿の地下の最奥に用意されたのは、四角い部屋の四隅に飾られた真っ赤に光る水晶の明かりに照らされる魔法陣。私は勇者としての装備のままだからツナギ姿で、二人は薄布の法衣を身に纏っている上に水を頭から被っているから体型が丸分かりになっていた。

 

 もしかしたら詰め物かと思っていた胸は実際に大きくて、濡れた布が張り付いている姿はバニーガールよりエッチな感じがする。そんな格好の二人が私を挟んで立ち、聖なる意味が込められた歌を歌いながら互いの指を絡ませて、間の私に体を密着させた。

 

(不思議な歌ね。耳には入って来るのに歌詞が聞き取れないわ)

 

 歌が進むにつれ、私の体に救世紋様が浮かび上がる。二人の胸にも光る模様が現れたのが透けて見えていた。徐々に意識が沈み、瞼がゆっくりと閉じて行く。これから試練が始まるのだと分かっていたけれど、私にはどうしても気になる事が一つ有る……。

 

 

 

 

「……どうして此処まで差が有るのかしら?」

 

 身長差のせいで私の頭に左右から押し当てられる二人の胸。キュロアさんは張りが強くて力を込めても押し返されそう。ニオーナさんは柔らかくて触ったら指が沈みそう。合計四つのお山が有って、そして私は断崖絶壁。

 

「垂れろ……」

 

 意識が落ちる瞬間、自分の胸をペタペタと触りながら呟く。誰の何が、とは言わない。只、この儀式を考えた神様に一言文句が言いたかった。

 

 

 

 完全に沈んだ意識が戻り、頭がハッキリとする。周囲の景色は一回目と同様に地下ではなく外の森。但し、今回はこの道を進めとばかりに洞窟に向かう綺麗な一本道があった。

 

「あの洞窟が本番かしら? ……いえ、違うわね。何かが居るわ」

 

 鼻が洞窟の前に鎮座する見えない何かの匂いを察知する。姿を消す能力の相手なら鼻を頼りにしたいけれど、ごく最近嗅覚を潰されたばかりだから慢心は良くないと心の中で呟いた。

 

「もしかしたら木の蔭や地面に隠れているかも知れないし……」

 

 恐れていては何も進まないけれど、慎重にこうどうするのも必要だわ。レッドキャリバーとブルースレイヴを両手に構えて周囲に気を配って進む。拍子抜けな位に何も無く、順調に洞窟まで辿り着いた。

 

 それを待ち構えていた相手の声が響き渡る。それも遠目に見た時には誰も居なかった場所からだ。

 

 

「よくぞ来たな、勇者よ! 答えよ、我が問い掛けに答えよ! 我が名は()フィンクス! 洞窟の守護者なり!」

 

「あっ、近くに来たら何となく見えるわ」

 

 ガラス窓みたいとでも言い表せば良いのか、透フィンクスは透明だけど見えない訳ではなかったわ。近くなら猫っぽい体と人みたいな顔、そして鳥の翼の持ち主の姿が見えたもの。

 

「それで問い掛けってナゾナゾかしら? 私、結構得意よ」

 

「ならば難易度を最高に上げよう!」

 

「嘘よ、嘘っ! 見栄を張っただけよっ!」」

 

 口は災いの元、とはよく言ったものね。透明だから分かりにくいけれど透フィンクスの顔付きが鋭くなったもの。とんだ失敗をして、言葉には注意すべきだと私が学ぶ中、透フィンクスから出題が行われた。

 

 

 

「私は毎日姿が変わる。だけれど本当は変わっていない。制限時間はお前が負けるまで。さあ、答えを行動で示せ!」

 

「ちょっ!? ヒントは!?」

 

「既にヒントは与えているぞ!」

 

「……え?」

 

 問題を出すなり透フィンクスは翼を広げて私に襲い掛かる。鋭い爪の生えた前足を振るい、避けた私の背後に有った木を切り裂いた。巨体なのに思ったよりも素早いわ。それに当然だけれどもパワーも有るわね。

 

「答えよ! 答えよ!」

 

「そんな事言われてもゆっくり考えないと……行動で示せ?」

 

 ヒントは与えたと言っていた。なら、これがヒントなのは間違い無い。つまり出来る行動と問題の答えが同じな訳で、さっぱり分からないわ。

 

「わっ!?」

 

 考えながらでは戦闘もままならない。爪を躱したと思ったら高く飛びすぎてしまい、着地の瞬間に突進を食らってしまった。咄嗟に武器を交差させて防ぎ、踏ん張って動きが止まった瞬間に顔を蹴り飛ばすと少し後退した。今の蹴りならもっとダメージが通ると思ったのに。

 

「ぐ、ぐぉおおおおおおっ!?」

 

「いや、効いているのかしら? 透明なせいで分かりにくいわ。ペンキでも持っていたら浴びせかけてやれたのに」

 

 私が蹴った所を前足で押さえて悶絶する透フィンクスの姿にやりにくいと感じてしまう。つい無い物ねだりをしてしまうけど、今の自分だけで倒すべき相手よね。

 

「早く答えよー!」

 

「じゃあ、少しは落ち着いて考えさせて!」

 

 透フィンクスの口から吐き出された炎を横に避け、先程爪で切り裂いた木を次々に蹴り飛ばす。大きな口を閉じる前に木の固まりが次々に飛び込み、透フィンクスは声も出ない様子でゴロゴロ転げ回って苦しんでいた。弱点であろう腹がさらけ出されるけれども、此処で問題を解かずに倒しても意味が無い。

 

「時には逃げる勇気も必要だけど、今はその時じゃないわ! 絶対に答えて見せるんだから!」

 

「ぐぁあああああああっ!」

 

「……さっきのが随分と堪えたのね。私が答えても聞いていなさそう。あっ、ダジャレっぽいわ。堪えると答える……んっ!?」

 

 一つもしかしてと思う内容が浮かぶ。だけれど、少しくだらないと思えた。仮にも勇者の試練として神様が用意した儀式の中で出された問題。流石にそれは……。

 

 

「いえ、神様って問題児が多いのだったわね」

 

「問題に、答えろぉおおおおおおっ!!」

 

 透フィンクスが両前足を広げて襲い掛かって来る。両の爪を交差させるかの様に振るうのに対し、私は前に踏み込んで両手の刃を突き出した。

 

 

「……答えは突き()よ」

 

 武器二つの先端が透フィンクスの腹部にめり込んで強引に跳ね返す。そのまま洞窟の岩壁に激突した巨体は地面に転がり、起き上がろうとするも崩れ落ちた。

 

「それで正解かしら?」

 

 月は毎日満ち欠けをする。だけど、実際の形が変わっている訳ではないのは賢者様が勇者時代に広めた知識の一つ。別にだからと言ってどうかなった訳でもなく、”へ~、そうなんだ”、程度の反応だけれども。

 

 それにしても月と突き、行動で示せと言われて正解だと思ったけれど、間違いなら格好付けただけに恥ずかしい。数秒後、問い掛けの反応が返って来る。

 

 

 

「正解だ。……ちっ!」

 

「今、舌打ちしたわね。……あっ、そうだった。問題に夢中で解析を忘れていたわ」

 

 明らかな舌打ちに正解の喜びも消え失せ、もう意味が無いだろうけど二匹目が居る場合に備えて情報を得る事にした。……結論を先に言えば止めておけば良かったわ。

 

 

 

 

 

 

『『透フィンクス』透明の体を持ち、クイズを出す自称門番。爪と口から吐く炎は強力だが打たれ弱く、クイズに答える必要は無い。正解なら不機嫌になり、間違えれば嬉々として煽る』

 

「……さて、新しい魔法の試し撃ちが未だだったわね」

 

「ひぇっ!?」

 

 あくまでも試し撃ち。だから何一つ問題は無いわ。だって透フィンクスは勇者の試練の相手、この程度は付き合って貰える筈だものね。

 

 これから暫くの間、轟音に混じって悲鳴が聞こえたけれど死人は出ていないと報告しましょう。一応手加減はしたし、きっと大丈夫ね。

 

 

 

 

「ふぅ。スッキリしたらお腹が減って来たわ。……だからかしら?」

 

 洞窟に入ると白い色の道が続いていて、道を外すべからず、そんなメッセージが書かれた看板が有った。そして、一定間隔で設置されたテーブルに置かれた料理の数々。物足りないチキポクの夕ご飯の後に賢者様が出したハンバーガーを食べたけれど、成長期の私は運動したからお腹が減ったの。その上、普段は役に立つ嗅覚が今は仇となっていた。凄く良い香りが料理から漂って来ていたわ。

 

 

「鶏の唐揚げ……」

 

 見るからにカリカリに揚がった衣に包まれて大皿に盛られた唐揚げからは濃厚なニンニクの香り。シンプルに塩胡椒とお酒、そしてニンニクだけで味付けしているらしい。きっと齧れば肉汁が溢れ出すのだと匂いが告げている。

 

「カニ鍋……」

 

 野菜と一緒に煮込んだカニから染み出した濃厚な出汁。殻の中には引き締まった身が詰まっていて、一口食べれば濃厚な味が口に広がりそう。最後は卵とご飯を入れた雑炊にして海苔をまぶすのを想像してしまう。

 

「……我慢よ、我慢! 儀式が終わったら賢者様に出して貰うわ!」

 

 あの人が言うには幾ら食べても太らない料理にするのも可能らしい。更に言えば食欲に負けて儀式に失敗したと知られればアンノウンが何を言ってくるか分からない。だから必死に誘惑を断ち切り、バニラアイスやチョコケーキ、グラタンにチーズたっぷりのピザを無視して進むと奥の方から光が漏れているのを目にする。同時に最後の誘惑も目に入った。

 

 テーブルの上には小さな小瓶。届きそうで届かない絶妙な距離に有るテーブルの横には看板。書かれているのは一言だけ。

 

「巨乳薬……はっ!?」

 

 気が付けばデュアルセイバーを伸ばして小瓶を挟んで取ろうとしていた。きっと何かの魔法の影響ね。

 

「恐ろしい罠だったわ……」

 

 我に返った私は何度も何度も振り返りながらも次の場所に足を踏み入れる。ドーム状になった明るい場所で、目の前には十代後半位のお兄さんが一人。真面目そうな人で服も聖職者の物だけれど、持っている武器が特徴的だった。

 

「その武器は確か……」

 

 チャクラムや戦輪といった武器に似た輪っか状の刃で、大きさはフリスビー程度で色は金色。中央の穴の中には持ち手となる銀色の輪っかが浮かんでいた。

 

 私はこの武器を知っている。何故なら本で読んだから。名をセイヴァーリング。それを扱っていた人物も私は知っている……。

 

 

「勇者シドー……」

 

「む? 僕の事を知っているのか、幼き少年(・・)! いや、君も勇者だ。ちゃんと一人前の男(・・・・・)として扱おう!」

 

 この失礼な男こそ贅沢を知って堕落して、ペラペラ重要な情報を口にした問題児、三代目勇者シドー・ヴェッジ。……取り敢えず目の前に居る理由を聞く前に殴って良いかしら? 貧乳の敵は死ねば良いわよ。

 

 

 


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