初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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滅びに向かう国 神にとっては最近の話 ①

「……へぇ。見込みがないなら正式に就任する前に殺せって命令していたけれど……うん、甘さから庇った訳じゃなくて何よりだよ」

 

 神が住まう無色の世界クリアス。神聖な空気漂うこの地にて最も高貴で神聖で、同時に禍々しい空気漂う城の中にて一人の少年が呟く。玉座に座った彼の周囲には宙に浮かぶ無数の報告書。数ヶ月分にも及ぶその全てを一瞬で読み終え、満足そうに頷く。

 

 少年の名はミリアス。頭の捻子が外れている者が多い神々を束ねる最高神。勇者のシステム運用を決定したのも彼であり、キリュウには傍迷惑な相手と思われている。

 

「うふふふ。あの子の事だもの。私は信じていましたわよ、ミリアス様」

 

「フィレア、何か用かい?」

 

「あらあら、ミリアス様のお顔が見たくなったから来ては駄目でしたか? それなら悲しい事ですわね」

 

 ミリアスの前に現れた女、彼女を一文字で表すなら相応しい言葉は唯一だ。美、それ以外の言葉は彼女には不要であろう。おっとりとして少し天然が入ってそうな美貌、肉体は豊満や魅惑的よりも完全なる黄金比。装飾品の類も豪奢なドレスも身に付けていないが、彼女の美の前では石ころやぼろ布と同等になり果てていただろう。

 

 下劣な悪人さえ無粋な視線を送る事を躊躇わせる芸術性すら感じさせる彼女に対し、ミリアスは何事も無い様に微笑んでいた。

 

「それは美と恋の神としての勘かい?」

 

「いえいえ、母親として息子を信じているだけですよ」

 

「……は?」

 

 この時、ミリアスの余裕が崩れる。目の前の女神が何を言ったのか理解出来ない、そんな感じだった。だが、最高神としての誇りなのか直ぐ様に余裕の有る表情に戻る。だが、目は完全に泳いでいた。

 

「それは……彼が娘の旦那だから義理の息子って意味で言っている……んだよね?」

 

「ええ、その通り! でも、ちょっと違いますわね」

 

「あっ、うん。多分理解不能だけど一応言ってみて。気になって六百年位不眠症になりそうだから」

 

 本心を言えば一切興味は無い。寧ろ聞きたくない。だが、それを伝えれば目の前の女神は拗ねて泣く可能性がある。見た目は大人でも、中身は子供じみた実に神らしい女神なのだ。それがどの様な面倒に繋がるかを最高神であるミリアスは熟知していた。人は兎も角、神々は彼女の美によって足りない捻子が更に不足する。故に我慢するしかない、それでも本音が混じってしまうが……。

 

「ほら、私は美しいでしょう? どれだけ愛する人が居ても、私を見れば愛を捨てる程の恋に落ちてしまうの。でも、キリュウは違ったわ。一途にシルヴィアを愛していた」

 

「……あー、そうだね。僕もそれには感心するよ。でっ、それがさっきの話にどう繋がるんだい?」

 

 目の前の女神には伝えていないが、キリュウがシルヴィアの方が美しいと述べたのを報告書に記された惚気話で知っているミリアス。これまた面倒なので伝えないでおく。勿論誰かが見る前に書類は処分する予定だ。

 

「そこまで愛した相手なら、最早自分自身と同一。なら、私の娘と同一のあの子は実の息子同然になりますでしょう? ああ、早く孫の顔が見たいわ。まあ、仲が良いから五千年後には見ているでしょうけど」

 

「うん、そうだね。じゃあ、帰れ。僕は忙しい」

 

「ええ、私もこの後はディスハやセイポスとデートの約束ですから」

 

「……おい。全員既婚者だろう。君もシルヴィアとイシュリアって娘が存在するのだから夫だって存在するだろうに。神が修羅場とか面倒事しか浮かばない」

 

「大丈夫。妻ともデートの約束をしていますので」

 

 結論としてフィレアの持論を微塵も理解出来ず、する気も無いミリアスは彼女が去った後で深い溜め息を吐く。少年の姿にも関わらず哀愁が滲んでいた。

 

 

 

「……誰も居ない所でのんびりしたい」

 

 だが、その願いをあざ笑うかの様に誰かの訪問を告げる声が聞こえてくる。十中八九頭の捻子が外れている神が問題事を持ち込んだに違いない。キリュウには面倒な相手と思われている彼だが、最高神という立場が彼を神随一の苦労人にしている可能性が有った。

 

 

 

 

「急に訪問して悪かったな、ミリアス様」

 

 だが、幸いな事に今回の訪問者は比較的良心的存在なソリュロだったらしい。その姿を見たミリアスは思わず胸をなで下ろし、彼女はそれを見なかった事にする。

 

「……良かった、ソリュロか」

 

「うん? ……いや、大体察した。言わなくて良い。今度五十年程飲み明かそう。さて、忙しいだろうから本題に入ろうか。我が弟子……キリュウが情が湧いたかタンドゥール遺跡の破壊をしていなかったが、今回はするだろう。私が責任を負うから責めないで欲しい」

 

「……いや、最初から責めないよ? 君が彼に頼んだのは二百年程前、先日の事だ。その程度で罰しはしないさ。……しかしタンドゥールか。懐かしい……と言う程に昔の話でもないか」

 

「ああ、七百年程度前の出来事だ。人にとっては悠久の時に感じられても、我々神にとっては大した事がない。……あの国が滅んだ……私が滅ぼしたのも、そんな価値観の違いが理由だったよ……」

 

 人間に対し、友好的な感情を抱く神は多い。その中で種としての人間が好きか、特定の相手のみ好意を向けるか等は様々だが、ソリュロもその様な神の一人。いや、その中でも特に人間が好きな神ではあるのだが、同時に最も人から恐れられる神であった。死神よりも疫病神よりも人は彼女を、魔法と神罰(・・)を司るソリュロを恐怖する。

 

 

 ミリアスとソリュロが思い出すのは七百年前の事、禁忌を犯して滅びた大国タンドゥールに起きた悲劇。神に近付き過ぎた愚かであると同時に決して邪悪ではなかった人間の物語である。

 

 

 

 

 

「陛下! グリエーンにおいて封印が完了したとの報告が入りました!」

 

「そうか。ならばイエロアの封印も間もなくなされ、タンドゥールにも平穏が訪れるだろう。急ぎ神殿に供物を届け、神託を得るのだ!」

 

 人の世界は人に任せるべきと、ミリアスによって勇者の選定が始まるより昔、人の負の感情の集合体である淀みから誕生した魔族の対処は神の手によって行われていた。

 

 魔族や強力なモンスターに対抗出来る英雄が居なかった訳ではない。だが、どれだけ強くても腕が届く範囲は限られ、声も届かない場所の危機は知る事も出来ない。精々が一カ所に集めて守り易い様にするのが精一杯であり、権力者によっては自分達の護衛に貴重な戦力を集中させる。

 

 幸いな事に彼、魔法王国タンドゥール国王シムシムは若くして王となった善良な名君であり、王城が存在する首都であり国と同じ名の大都市タンドゥールに国民を集めていた。

 

 民を思い、平和を愛する彼を民は慕う。当時は淀みの発生した場所から影響の薄い世界に順番に封印がされており、例年ならば三日も経てばイエロアも封印が完了される筈だ。

 

「では、儂は民に知らせねば。もう不安に思う必要は無い。世界は直ぐに救われるとな」

 

「陛下、それなら看板で知らせても良いのでは? 国王自らが民の前に知らせに出るなどと……」

 

「構わんさ。追い詰められて自暴自棄になった魔族が暴れ、故郷を追われて不安な日々を過ごす民も多い。なら、最も安全な場所で過ごしていた儂が出向き、晴れやかな笑顔の民を見たいのだ」

 

「はっ! 了解致しました。では、準備に取りかかります」

 

 大臣であるカシムはシムシムの言葉に従い、王より発表があると国民に知らせる。それから数日後、予定の時刻には城門前広場に数多くの民が集っていた。

 

「陛下っ! 少しお待ち下さい! 城門から出ずとも城から広場を見渡せる場所は有るのですから、そこで話をすべきです!」

 

 その民の前に姿を現す……そこまでは良かった。だが、シムシムが城門から出て姿を見せると聞いてカシムが慌てて止めるべく動く。だが、説得を試みるも聞き耳を持つ様子が無かった。

 

「私が告げても告げなくても間もなく世界は救われる。これは只の自己満足だ。なら、儂は民の顔がよく見たい。なぁに、我が国の英雄は優秀だ。悪さする者など居まいて」

 

「それもそうですが……おや?」

 

 王としての面目よりも民の笑顔を大切にする彼の言葉にカシムの制止の手が弛む。そんな彼の前に一羽の鳩が現れる。鳩には一枚の手紙が結わえ付けられ、広げればチキポクの神殿の紋章の印がされていた。カシムはそれを一読し、恭しくシムシムへと差し出す。

 

「……なんと! これは民への良い知らせが出来たな」

 

 手紙を読むなり顔を綻ばせる様子から随分な吉報な様子。一応は面目を立てる為の護衛の騎士を引き連れ城門から彼が姿を現すと歓声が響き渡った。

 

「陛下ー!」

 

「シムシム様ー!」

 

「私達をお導き下さーい!」

 

 民のこの反応こそ彼がどの様な王であるかの証明になるだろう。シムシムは彼らに手を振り、言葉を告げるべく手を挙げて静まらせる。彼の声は静かに、それでも確かに全員の耳に響き渡った。

 

「聞け、私の愛する民よ! ヌビアス様より神託が下った! これより僅かな日数の後にイエロアの封印を行うとの事だ! 不安に過ごす日々から解放される日々は近い!」

 

 再び上がった歓声は先程の比ではない。嬉し涙を流し、抱き合って喜び合い、誰もが幸福な日々を思い浮かべる。その姿を見るシムシムも同様に幸せを噛み締める。

 

 

 

「……冗談じゃない。こんな所で終わってたまるもんか」

 

 だが、人混みから離れ、喜びの喧騒を耳にしながら苦虫を噛み潰した様な顔の小男が一人。シムシムの話に随分と慌てた様子の彼だが、顔が人の物ではなくなった。子供位の背丈にマント姿の彼の頭は南瓜そっくり……いや、南瓜その物。ハロウィンの飾りの様な南瓜の目の奥には青白い炎が灯っている。

 

 

「おっと、危ない危ない。折角正体を隠して潜り込んだのに……ひゃわっ!?」

 

 慌てて顔を戻そうとする彼だが、背後から聞こえた物音に驚いて路地裏から転がり出る。受け身も取れずに顔面から地面にぶつかって、何とか人に戻した顔の鼻から鼻血をボタボタ流した彼が恐る恐る振り返る。

 

「にゃあ」

 

「何だ、猫か……驚かせるなっ!」

 

 怒った彼は道に落ちていた石ころを猫に投げ、猫に当たらず壁に当たって跳ね返る。先程転んで強かに打ち付けた鼻に今度は石がクリーンヒットした。

 

「うぅ、ついてないや……覚えてろ!」

 

 幸運なのはシムシムの演説に夢中で誰も彼の醜態に気が付いていなかった事。すっかり涙目になった彼は赤くなった鼻を手で押さえながら捨て台詞を叫ぶ……猫に。

 

「……お腹が減ったな。ポテトフライでも食べよう」

 

 グリエーンの封印の事を噂で聞いたのは昨夜であり、不安で食事を忘れていた彼は空腹に耐えかねて歩き出す。歓喜に湧いた人間達と違い、彼の心中は暗く淀んでいたのだ。

 

 

 この時点で分かる事だが彼は魔族だ。それも本来ならば淀みの影響が最も低い最初の世界、今回はオレジナに派遣されるレベルの最下級。意地とプライドだけは一丁前だった彼は仲の良い魔族に頼んで周囲を見返す為にイエロアに来て、その魔族が神に浄化されて帰るに帰れなくなった。

 

 名をジャック・ジャックオアランタン。魔族の意地を見せようと、もしくは自暴自棄になって暴れる事もせず、こうして一般人に化けて日雇いの仕事でのその日暮らし。その内終わりが来ると分かっていながら目を逸らし、どうにかなるとの楽観視すら出来ていない。

 

「……僕、何をやっているんだろ? ”お前みたいな無気力な奴は嫌いだ”なんて大勢から言われたけどさ……僕が世界で一番僕を嫌っているよ」

 

 変わる気は無く、変われるとも思っていない。彼にとって自分は誰の役にも立たない出来損ないでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「おーい! 未だ洗い物は残ってるぞー!」

 

「糞っ! アンラッキーだよ、全くさ」

 

 猫に捨て台詞を吐いた後、食事をしようとしたけれど王の言葉を聞きに行った者ばかりで店が開いておらず、漸く見つけた店で苛だちと空腹の限界とでバカ食いを決行。尚、財布を落としていたので代わりに雑用の真っ最中である。

 

 

(あーあ、何か良い事無いかなぁ。どうせだったら人間を思いっきり困らせる様なチャンスが回って来るとかさ……)

 

「おい! 何をボーッとしてるんだ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 只願っても行動しなければ叶うのは幻想だ。だが、時に叶う事も有る。何をすべきか分からず、考えもしなくても。神の恩恵など絶対に受けられない魔族の身であったとしても……。

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、カシムよ。あれから一体どれ程の月日が流れた?」

 

「……三ヶ月に御座います」

 

「神託は下ったか?」

 

「……何度祈りを捧げても、”今良い所だ、もう少し待て”、とだけ」

 

「そうか……」

 

 あれから三ヶ月経った。もう少しで世界が救われるとの神託を広め、タンドゥールが歓喜に湧いてから三ヶ月、その時は一向に訪れない。

 

 三ヶ月前は国中に希望が広まった。今広がっているのは絶望と猜疑心。神が自分達を見捨てた……とは思わない。例え思ったとしても自分を誤魔化す。それだけは認めたくなかった。

 

 故に民の不信は、怒りは王へと向く。可愛さ余って憎さ百倍、愛しいと思っている程に憎くなれば一層憎くなるという意味だが、信頼され慕われていただけにシムシムへの怒りは強くなっていた。

 

「……俺の故郷が残った魔族に滅ぼされたってよ」

 

「昨日、タンドゥールの周囲の砦が陥落したらしいの。……私の息子が居たわ」

 

「俺達、どうなるんだろうな……」

 

 物資の蓄えは十分だ。食料も、水も、薬も服も、暮らして行くには足りている。……今は。

 

 だが、モンスターが暴れ、自棄になった魔族が八つ当たりとばかりに暴れる事によって生産拠点も補給路も壊滅的な被害を受ける中、使い続ければ何時しか不足する。もし神が封印を終わらせても、復興の最中に物資が枯渇すればどうなるか、誰もがそれを心配していた。

 

 

「……陛下。例の禁術を使うべきでは?」

 

「いや、あれは駄目だ。人として許される事ではない。今は少しでもタンドゥール内で生産拠点を増やし、モンスターの襲撃に備えるべく兵を募るのだ。……少しだけ一人にしてくれ。父の墓参りに向かう」

 

「承知しました……」

 

 カシムの提案は即座に却下されるも、彼自身も何処か安堵した様子が見受けられる。その禁術はこの状況を打破出来る可能性が高いと分かっていても、彼らの持つ善良さがそれを阻む。このままではどうにもならないとしてもだ……。

 

 

 

 

 

「なあ、私はどうすべきだ? 分からない、分からないんだ……」

 

 タンドゥールの地下深く、街の面積よりも広い建物の最奥に造られた歴代の王達が眠る場所、その一ヶ所に存在する宝物庫の前にてシムシムはうずくまって弱音を吐く。側近であるカシム以外には見せない姿を見せ、問い掛けた先には青い装甲を持つ金属製の巨人が立っていた。

 

「申シ訳有リマセン、陛下。只ノ番人デスノデ」

 

「……別に良い。お前に話を聞いて貰いたかっただけだ。私にとってお前は大切な友人なのだよ、タロス」

 

 どうやら彼の巨人はタロスと名付けられているらしい。只、それは本来の名ではなかった。記号と数字が並ぶだけの名だったのを面白くないと思った幼き頃のシムシムが付けた名こそがタロスなのだ。

 

「何度モ申シマスガ、私ハ道具。王ノ友ニハナレマセン」

 

「ははは! 相変わらず頭が固い奴だ。……また会いに来る。それまで、ちゃんとこの場所を守ってくれよ?」

 

「ハッ!」

 

 シムシムがタロスと言葉を交わしたのは僅かな時間。それでもシムシムの顔は晴れやかになり、溌剌とした様子で去って行く。後にはタロスのみが残された。

 

 

「……任務再開。内容、王家ノ墓ノ守護。……陛下ノ要望ニヨル会話ノ為、話題ノ選考ノ必要性計算……必要性大」

 

 本来、タロスには優れた魔法技術によって高い知能は与えられても自由意志など存在しない……筈だった。道具としてではなく、大切な墓と宝を守る者として接し、名前まで与えて何時しか友に認定したシムシムの行動が何かしらの影響を与えたのだろうか? その答えはタンドゥールの誰にも出す事が出来ない。

 

 

「頭ガ固イ、ソノ返答ニ、金属ダカラ、トデモ言ウベキダッタカ?」

 

 

 

 ……そして、神託が下ってから四年と半年が過ぎ去ろうとしていた。神は未だに動かないままだ……。

 

 

 


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