初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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途中まで胸糞注意


滅びに向かう国 神にとっては最近の話 ②

 優れた魔法技術で栄華を極め、民の顔にも笑顔が溢れていたタンドゥール、今はその面影が僅かに残るだけだ。何時になるやら分からない神の救済への不安は周囲へ不満という形で向けられ、他の町や村から救いを求めてやって来た者達による備蓄品の消耗速度の増加はそれを駆り立てる。

 

「おい! お前、俺の配給品を盗もうとしただろ!」

 

「お前の後ろを見てただけだよ。因縁付けるな!」

 

「お前達、何をやっている!」

 

 彼方此方で今日も喧嘩が起きる。理由は些細な事であり、警備兵達が止めに入るも、王族への不信感からか互いに向けていた暴力が兵達にも向けられた。必要物資は国が管理し、定期的に配給していたのだが、徐々に量が目減りしていく配給品への不満は王への不満へとすり替わった。

 

「……なあ、聞いたか? 王と懇意にしていた学者の所は俺達より多くの物が届けられるってよ」

 

「矢っ張りな。怪しいと思ってたんだよ。となると、生産量が少ないってのも疑わしいぜ。どうせ偉い奴らの為に貯めているんだぜ、絶対」

 

 噂が噂を呼び、王への敬意が失われつつある中、今日の配給品を受け取った小男が足早に路地裏に向かっていた。最近では他者の配給品を奪う者も増え、喧嘩や小規模な暴動によって全ての解決とは行かないのが現状。そして、それが更に民の不満を募らせ、治安の悪化の一途を辿っていた。

 

 

 

「おーい。今帰ったよー。へへっ! 今日は僕から奪おうとした奴が三人も居たから結構稼げたぜ」

 

 未だにタンドゥールに留まっていたジャックが途中で手に入れた品も含めて持ち帰ったのは路地裏の奥の奥、ゴミの臭いが漂う狭い住処。後からやって来た貧しい民や落ちぶれた者が身を寄せ合って住むスラムの様な場所であり、ボロ板を張り合わせて作った家の中には既に誰かが居た。

 

「……じゃっく、おか…えり……」

 

 彼を出迎えたのはシラミだらけのボサボサの髪の幼い少女。服も顔も汚れており、周囲と同じ様な臭いがした。舌足らずな言葉で話すが、彼女の年齢ならばもう少し上手く喋る事が出来る筈。但し、マトモに育った場所に限るが。

 

 このご時世、孤児となる子供は珍しくもない。数年前までは手厚く行われていた支援も現状では滞っている。だが、彼女が元からタンドゥールの住民だった事に変わりはなく、騙されて家を奪われたとしても繁栄していた頃の記録から身元は確かだ。魔法の記録簿で都市で暮らしていた者達は照合可能なのだ。

 

(へへっ! 僕も運が良い。ちょっと優しい言葉を掛ければ騙されて、僕が遠縁の親戚だって証言するんだからな。お陰でこうして詳しい検査もされずに済んでいるんだからな)

 

 ジャックは内心でほくそ笑みながら食事の準備を行う。彼から奪おうとした者達から奪った物の一部を取り置き、早く食べないと痛む物を二人分に取り分ける。

 

「おい、僕は大人だからお前より食べるけど、文句は無いよな? じゃないと此処から出て行かなくちゃならないぞ」

 

「……いい…よ」

 

「悪いな。じゃあ、早速……」

 

 取り出したのは二人分だが、明らかに量に差が有る。小さいとは言え大人と子供にしても差が有りすぎだ。その上、干し肉やチーズは殆ど彼が食べていた。彼女に与えられるのは野菜くずやパンの欠片、精々が肉の切れ端だけ。それでも彼女は不平不満を態度にすら出さずに食べ続けている。

 

「おい、食べ終わったら寝てろ。僕は出掛ける用事が有る」

 

「かえって…きてくれる?」

 

「毎回しつこいぞ。ちゃんと帰っているだろ」

 

 不安そうな少女に煩わしそうに対応するジャックは先程取り分けた物資の幾らか、それも食料は彼女に与えた物より量も質も上であり、全て支払いに使われる。街に到着したばかりで登録が済んでおらず配給が受け取れない者や、配給品に無い高価な薬を必要とする者など、体を売って稼ぐ者も居て、今からそれを買いに行くのだ。

 

 

「いって…らっしゃ…い」

 

 毎回返事は帰って来ない。だが、彼女はそれでもジャックに言葉を投げ掛ける。彼が自分を利用する気だと知っていても、自分の名がナテスだとさえ忘れていると分かっていても。人は孤独に耐えられない。彼が側に居てくれる、それだけでナテスは嬉しかったのだ。

 

 情勢が悪化し、社会の機能が働かなくなった事でナテスは不幸になり、機能しない事で彼女にとっての幸せは続いている。少しでも何かが違えばジャックが魔族だと判明し、既に退治された事だろう。この幸せは薄氷の様に危うい。

 

 

 そして、それが壊れる日は確実に近付いていた……。

 

 

「おっ! 今日は有るな。……にしても、何処で盗んで来ているんだ?」

 

 今日は好みの相手を抱けたので随分と機嫌を良くして帰ったジャックだが、ボロ布を被ってスヤスヤと眠るナテスが偶に何処かで調達して来る酒が有ったので更に機嫌が良くなった。何処で手に入れたのかは知らないが、勝手にリスクを犯すのならすれば良いと思っているので訊きはしない。只、このご時世故にマトモな店では買える筈も無く、彼女が家から持ち出せた物も殆ど売ってジャックの懐に入れたので買える筈もない。

 

「まぁ、良いか。僕が知っても盗みに行くリスクを犯したくないしね。此奴が勝手に用意するならさせておけば良いさ」

 

 既にナテスの偽証で登録を済ませ、配給品は受け取れる。仮に彼女が死ねば配給品の量が減り、酒が手に入らなくだろう。だが、どうせ神がその気になれば呆気なく消え去る身だからと気にしない。居れば都合が良く、居なければ居ないで構わない。彼にとってナテスはその程度の存在であった。

 

 

「最近は来ないなあ。あの餓鬼を人質にでもすれば良いのにさ」

 

 

 だが、そんなある日の事だ。流石に最近は力の差を察してか恐喝を行ってくる者達と会わず、リスクを避けたいジャックからすれば絶好のカモだったので少し残念な気分だ。表沙汰に出来ないのは向こうも同じ故に逆に物資を奪えたのにと思い、ならば助ける気は無いけれどナテスを狙うという手を取れば良いのにと平気で口にしつつ何時もの場所へと向かう。そこには客待ちの女性達が立っていた。

 

「ジャックちゃん、遊ばない?」

 

「いやいや、私と遊ぼうよ」

 

「いやー! どうしようかなー?」

 

 絡んで来るチンピラから奪った金や物によって払いの良いジャックは彼女達に人気だ。少し煽てれば食料や金品を沢山払う。今のタンドゥールでは対価を払わず逃げたり出し渋って値切る客が増えているだけに都合が良いのだ。無論、彼が人気な理由はそれだけだ。体が子供並に小さく、下品な小物の本性を見抜かれている。愛想を振りまいているが、内心では馬鹿にしている事にジャックは気付く素振りも無い。

 

「じゃあ、今日は君にするよ。ほら、先払いで三日分のパンと……菓子も付けちゃうぜ」

 

「やーん。ジャックちゃん、太っ腹ー! じゃあ、私の部屋で楽しみましょう。……あっ、お菓子だけど本当に良いの?」

 

 彼女が疑問に思うのも無理は無い。配給でお菓子が貰えるのは子供がいる家庭だけなのだ。不安を抱える子供の慰めになればとシムシムが貴重な砂糖を使った菓子を用意させており、闇市では高値で取り引きされていた。ジャックはリスクを恐れて闇市には買い物にすら行かず、菓子はナテスに与えていた。優しさではなく、菓子でも与えれば大人しくなるだろうという適当な考えからだったが。

 

「良いって。彼奴も毎回食べているんだし……」

 

「え? あの子、お菓子を売っていたわよ? あめ玉とかクッキーとかを売って……まあ、買い叩かれていたけど」

 

「……ふーん、そっか」

 

 なら、自分に隠れて金を貯めているなと思い当たったジャックは帰った後で奪う方法を思案する。自分勝手な事に自分を騙していたと腹を立ててさえいた。そんな彼の様子に情報を与えた女性は訝しげにしつつ、折角の上客の機嫌を損ねまいと愛想笑いを忘れない。

 

(……此奴、そんな事も分かって無かったのね。矢っ張り馬鹿だわ)

 

 但し、内心では元から低かったジャックへの評価が更に下がっていたのだが。

 

 

 

 

「……さて、どうやって金を出させるかな。彼奴、僕を信頼していると思ってたのに金を隠すなんてさ。……まあ、出て行くと脅せば出すでしょ」

 

 女を抱いた事で上機嫌になったジャックは鼻歌交じりに帰路に就く。そろそろ酒を手に入れる頃合いかと思っていた時、道端に汚らしい塊が落ちているのが目に入る。少ない通行人は我関せずと横を通り過ぎ、ジャックも同じ様に横を通って路地裏へと続く道に向かおうとしていた。その固まりが怪我をした子供だと分かっていてもだ。だが、通り過ぎ様とした彼の足を子供の手が掴み、顔が見える。

 

「じゃ…っく……」

 

 その子供はナテスだった。元から汚れていた服は彼女の血で更に汚れ、体中が痣だらけの上に左目が腫れ上がっている。そんな姿を見たジャックは……何も感じなかった。

 

「なんだ、お前かよ。何やったんだよ、一体さ」

 

「ごめ…ん…なさい……。せっか…く…、かった…おさ…け……とられた……」

 

「……は? 酒を買ったって?」

 

 この時、ジャックは理解した。彼女がどうやって酒を手に入れていたのかを。そして酒を奪おうとした者達によって暴行された事を。このまま見捨て様と思ったジャックだが、自分が飲むはずだった酒を盗られたままなのは気に入らないと気を失ったナテスを連れて家に戻って行った。

 

 

「さてと、残った金が有ったら嬉しいけど……」

 

 戻ったジャックだが、ナテスに手厚い看護を行いなどしない。中途半端な知識で適当な手当を行い、後は目を覚ませば酒を奪った者達の情報を得ようとしつつ、もしもの場合に何時でも逃げられる様に金を探す。だが、金など出て来ない。出て来たのはボロボロのペンと使い古されたノート。ナテスがこれだけは絶対に手放そうとせず、価値も低いので放置していた物だ。

 

「……これって。僕の絵か……うん?」

 

 ノートからは下手な字を練習した様子が窺え、途中からスケッチブックになっていた。子供らしい下手な絵で描かれているのはナテスと家族の絵、それが途中から別の人物、絵の下に、じゃっく、と書かれていたから辛うじて自分だと理解したジャックは何となくページを進め、途中で手が止まる。そのページには南瓜の頭を持つ本来の姿のジャックが描かれていた。

 

 どうやら寝ている途中で変身が解けたらしく、イビキをかいている様子が描かれている。元が可愛らしい姿だけにほのぼのとした絵だが、当の本人は穏やかな心境では居られなかった。

 

「此奴、気が付いていたの? それなのに騒ぎもせず僕を置いて……クソッ! 一旦姿を隠すしかないな」

 

 予想外の自体に慌て、ジャックは急いでナテスを放置して飛び出した。無償の善意で匿っていた、とは思わない。元より人への敵意を強く持つ魔族であり、他者を利用する事ばかり考えている男がその様な結論に行き着く筈が無かったのだ。

 

 人目を避け、広大な面積を持つタンドゥールを駆け抜けるジャック。彼にとって幸いな事に今のこの街には至る所にスラムめいた場所が点在し、表立って動けない者達が多く住む。隠れ潜むのには絶好の場所だった。

 

「……ふぅ。にしても酒が飲めなかったのは惜しかったな。……うん? 酒の香りがするぞ……」

 

 魔族の鋭敏な五感が酒の香りを捉え、彼は匂いに誘われる様にして歩く。その先には酒を酌み交わすガラの悪い数人の男達。

 

(やった! 彼奴等程度なら簡単に奪えるぞ!)

 

 ジャックは男達の事をよく知っている。何度も何度も人数を増やして襲い掛かって来て、その度に返り討ちにした相手。手慣れた態度から訴え出る可能性は低く、どうせなら殺してでも奪おうとさえ思っていた。何時もなら避けるリスクだが、正体を知られていた事を知っての動揺が冷静さを奪い、強襲の好機を狙う。その時だった……。

 

 

「しかし、あの小男と暮らしている汚い餓鬼で憂さ晴らししようとしたら酒を持ってるなんてラッキーだったな」

 

「そうそう。あの餓鬼も馬鹿だよな。ジャックが楽しみにしているだとか、大切な家族のお酒だとか言って抵抗するんだから」

 

「腹が立ったから奪った後も殴っちまったぜ。はははははっ!」

 

 健全に生きている者達ならば嫌悪感を感じる会話だが、生憎と彼らと同類であるジャックは感じない。男達と似た事など平気で行って来た身だ。

 

「……腹が立つな」

 

「うん? 誰が……」

 

 只、何故か無性に腹が立った。思わず呟いた声に反応して振り向く男達。彼等が目にしたのはカボチャ頭の魔族の姿、そして数瞬遅れて現れた青白い炎。この日、スラムの一角で焼死体が発見される。だが、場所と現在のタンドゥールを取り巻く情勢によって碌々調査がされる事が無く、やがて忘れ去られた。

 

 

 

 

「……じゃっく? ど…こ……?」

 

 全身の痛みに耐えながらナテスが目を覚ます。何時もの鼻が曲がりそうな悪臭漂う小屋の中、たった一人でだ。同居人の名を呼び、必死に探そうと首を動かすも見付からない。出て行くと何度も言っていた彼が本当に出て行った、幼い少女はそう感じてしまう。

 

「やだ……やだよ………」

 

 込み上げて来た孤独感と悲しみによって涙が流れる。今にも叫んで泣き出しそうな少女だが、彼女にそれだけの力はない。少ない食料で耐え続けた空腹と栄養不足が叫ぶ体力など奪っていた。

 

 

 だが、啜り泣く声が響く中、突如扉が開く。扉の前にはジャックが立っていた。

 

「何が嫌なの? まったく、怪我人が動かないでよ。ほら、闇市で色々仕入れて来たからご飯だよ。結構な値段がしたんだから残さないでね」

 

「じゃっく……?」

 

「僕が他の誰かに見えるのかよ? さっさと食べたら薬塗ってやるからな」

 

 何時もは絶対に行かない闇市に行った事も、妙に優しい態度もナテスの知っているジャックではない。ぶっきらぼうな言葉は変わらないが、もしかして偽物かもと一瞬思った程だ。

 

「しかし君は本当に臭いな。飯が不味くなるよ」

 

「……ほんもの」

 

 だが、直ぐにその考えを否定する。それでもこの日から接し方が変わったジャックに対し、ナテスは何度か偽物疑惑を持つのだが。

 

 今までとは違い食べ物を沢山くれて、今までとは違って酒は要らないと言って、今までと同じ様に側に居て、その時間は今までより長い。この日よりナテスの日々は少し幸せが増して行った。誰かが側に居てくれる、そんなささやかな幸せが……。

 

 

 

 

 

「妙だな……」

 

 それから更に時が過ぎ、シムシムが民に神託を告げてから五年になろうとした頃だった。夢中になって本を読み続け、三十年ぶりに外に出た女神が六色世界に違和感を持つ。

 

「本来なら既に終わっている筈なのだが……まさか!」

 

 白いフリルの甘ロリドレスといった格好には似付かわしくない言葉遣いの彼女が向かった先は神々が宴に使う会場場だ。そして彼女の嫌な予感は的中し、腹踊りをするイシュリアや樽を幾つも空にしているダヴィルの側で酔い潰れている神、今回の封印においてイエロア担当の筈だったヌビアスを発見した。

 

 

「おい、起きろ! イエロアの封印が未だだろう」

 

「うーん? あっ、ソリュロ様か。大丈夫、大丈夫。ちゃーんと少ししたら封印するって伝えてあるから。……もう少し寝かせてくださ……い」

 

 ヌビアスは酔いが完全に回っているのか目を覚ましても直ぐに眠り出す。この時、ソリュロの中で何かが切れた音がした。

 

 

 

 

「起きんか、馬鹿者ぉおおおおおおお!!」

 

 怒声と共に宴会場全体を覆う魔法陣。年単位で続いていた神々の酔いが一瞬で覚めた瞬間だった……。

 

 

 

 

 

 


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