初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

46 / 251
滅びに向かう国 神にとっては最近の話 ③

「おお! お前が墓守のゴーレムか! デカくて強そうだな!」

 

 タロスの記録に残るシムシムの初対面の時の姿は幼い少年の頃。王族として歴代の王の墓参りをした際にタロスの姿を見に来たのだ。歴代の誰とも違う反応にタロスは戸惑わない。この頃、その様な心は持っていなかった。

 

「ああ、この前は夢中になり過ぎて爺やに叱られたが、その時にお前の名前を聞いていなかったな。僕はタンドゥール王国第一王子シムシム・タンドゥールだ。お前は?」

 

「墓守用護衛兵RーⅡト申シマス」

 

「……面白くないな。父上達がゴーレムとしか呼ばない訳だ。……良し! 今日からお前の名前はタロスだ! 僕の命令だからな!」

 

 何が琴線に触れたのかシムシムに気に入られ、タロスは今の名前を得た。合理的な理由が見付からないが、王族の命令故に反論は無い。シムシムはタロスが気に入っていると思ってか満足そうだが、タロスにとっては指令に従っただけでしかなかった。

 

 

「おい! 暇だから遊び相手になれ!」

 

 名前を付けた事で更に気に入ったのだろう。シムシムがタロスの所に頻繁に顔を見せる様になった。

 

「ふっふっふ! 他の世界のゴーレムを見たんだが、お前の方が強そうだったぞ、タロス!」

 

「光栄デス」

 

 時に公務先での土産話を語る。一度相槌位は打てと命令されたので返事をする。時折、大臣の息子のカシムが苦言を呈したがシムシムはタロスの所に通い続けた。

 

「見てみろ! エルフ達を描いた名画だ。僕もこんな逞しい戦士になりたいな」

 

 何度も……。

 

「……友との付き合いは良いのかって? 僕じゃなくって僕の背後の父上ばかり見ている連中なんて友じゃないさ。僕の友達はお前だけだよ」

 

「私ハ道具デス」

 

「……違う。僕の友だ」

 

 何度も……。

 

「母上が亡くなった……。僕は王子だ、臣下の前で何時までもメソメソしていられない。でも、友達のお前の前なら良いよな、タロス?」

 

「私ハ……」

 

 何度も……。

 

 

「父上も亡くなり、今日から私が王だ。お前にも今までの様に会いに来られなくなるな」

 

「メソメソ泣ク暇モ無サソウデスネ」

 

「お前も変わったなぁ……」

 

「陛下ノ、友ノ影響カト」

 

 やがて幼い少年は青年へと成長し、王子から王になる。道具でしかなかったゴーレムも何時しか心を持つ存在へと変わっていた。元よりそうなるだけのスペックを持ち合わせていたのか、それとも奇跡が起きたのかは分からない。だが、シムシムが語り掛けるのを止めなかったのが理由なのは間違い無いだろう。

 

 シムシムはそれからも幼き頃の輝く目を失わず、民に慕われる名君となる。時折タロスの所を訪れては愚痴をこぼすのだが、タロスはタロスで偶に毒を吐くなどの対応で返し、シムシムは表情をコロコロ変えながらも最後は笑顔で戻って行く。

 

 やがて彼が年老いてもそれは続くと、タロスは疑いもしなかった。合理的でない思考であり、心を得た故に願望が混じっている。本当はそれを理解しているタロスだが、それで良いと思う。何せ今の自分はシムシムの影響でかたちづくられているのだからと。

 

 

「……悪いな、タロス。暫くは会えない。お前に自分の姿を見せたくないのだ」

 

「ソウデスカ……」

 

 だが、此処数年でシムシムに何かが起きた。海千山千の化け物揃いの政敵を相手にしながらも失われなかった目の輝きは鈍くなり、体力的にも精神的にも疲れた姿にタロスは強い不安を感じる。この時ばかりは心を得たのが辛かった。

 

(無力ダ……)

 

 友であり主であるシムシムの窮地に何も出来ない事への歯がゆさでタロスが拳を握りしめる中、もう戻る時間なのかシムシムが背を向けて歩き出す。言葉を掛けたいタロスだが、掛ける言葉など浮かばない。

 

「……ああ、そうだ」

 

 だが、遠ざかっていくシムシムの足が急に止まり、振り向きもせずに言葉を向けて来た。

 

 

「私が見せたくないのは今の私だ。罪を背負い、お前と向き合う覚悟が決まれば会いに来る。待っていてくれるか、友よ?」

 

「了解デス、友ヨ」

 

 約束を交わして去って行くシムシムは背中しか見えない。けれどタロスにはシムシムが笑みを浮かべているのが分かる。理屈ではなく、長い付き合いの友として感じ取ったのだ。

 

 

 国を統べる王と、本来は道具でしかなかったゴーレムの間に芽生えた奇妙な絆。この誓いは互いの心の支えとなり、果たされる日までの希望となる。

 

 

 

 その筈だった……。

 

 

「……今戻ったぞ、カシム。もう一度問おう。タンドゥールを、イエロアを守り続けるにはそれしかないのだな?」

 

「左様で御座います、陛下。既に生贄の適正を持つ者の探索に入っていますので暫しお待ちを」

 

「……そうか。しかし、本当にその者には非道な話だな。神の力の器にするというのだから。ああ、私は本当に罪深い王だ。だが、私が背負わねばならぬのだ」

 

 

 王と側近は覚悟を決める。例え外道に落ちようと守らなければならない物の為に。それが何時しか滅びを招くとしても、自分達は今を生きているのだと強く心に刻みながら。

 

 その時が予想以上に近いとは知る由も無く……。

 

「……じゃっく、おそい……」

 

 この日、ナテスは実に一年ぶりに鏡に映った自らの姿を眺めていた。罅の入った手鏡で、売っても仕方がないからとジャックが売らないで残していた物である。

 

 この日、彼女が着ているのは辛うじて服の役割を果たしているボロ布同然の物ではなく、古着ではあるが小綺麗なワンピース。先日の怪我が漸く癒えた時、服が使い物にならないからと買い求めた物だ。

 

 幸せだった事をナテスは覚えている。服を買った事ではなく、何時も置き去りにするジャックが外出に連れて行ってくれ、迷子にならない為にと手を繋いでくれた。まるで本当の家族の様だったと、ナテスは自らの手をジッと見詰める。

 

「また……でかけたい」

 

 何かを買わないで良いので、軽い散歩でも一緒にしたいと彼女は思う。今までは自分と一緒に行てくれさえすればそれで良かったのだが、怪我をした日から態度は一見変わらなくても妙に優しいジャックへの要求が増える。我が儘だと怒って居なくなるのが怖いから本人の前では決して口には出さなかったが。

 

「おとうさん……って、よんじゃだめ……かな? ……あれ? もうかえって……」

 

 食糧の配給に出掛ける際、ジャックは少し遅くなると言って出掛けた。きっと闇市に寄るのだと理解していた彼女は背後から聞こえた音を不審に思い、振り返ったテスマの目に恐怖が宿る。

 

「だれ……?」

 

「悪いが来て貰うぞ、少女よ。許せとは言わん。だが、この国を救う為なのだ」

 

 ジャックとナテスが暮らす家に入って来たのは見慣れぬ男。覚悟を決めた悲壮な表情で目の前の幼い少女を見つめる。

 

 

 

「あら、何か面白そうね」

 

 その姿を声も届かない遠くから見詰める誰か。声から分かるのは若い女という事だけで、声がした方向には誰の姿も見えない。隠れる場所も無く、水溜まりが一つ有るだけだった。

 

 

「おーい。今帰ったよー。……トイレでも行ったのかな?」

 

 食糧の配給を受け取り、闇市で運良く目当ての物を買えたジャックが帰った時、家にはナテスの姿はなかった。二人が暮らしている家にはトイレなど無く、周辺の住民が共同で使う排水溝を利用した簡易トイレを使っているのだが、何時まで経っても戻る様子が無かった。

 

「腹でも壊したのかな? 何処かで変な物でも……普段から食べてるか」

 

 一応は食料の生産も行っているが消費には到底追い付かず、配給品の多くは魔法によって保存された物だが五年も経てば腐敗が始まる。未だ腐っているとまでは言えないが嫌な臭いは漂って変色も始まっていた。

 

 当然、体の弱い子供や老人は体調を崩す。それに対する不満が民の間で募り、その様な者達に新鮮な物を優先して渡そうにも全員には行き渡らない。受け取れた者に対する有らぬ噂が広まり、それが王への不満に置き換わる。

 

「もー! 折角こんな物を買って来てやったのにな」

 

 ジャックがポケットから取り出して眺めるのは小さな櫛。パップリガで作られた木製の一輪の花の絵が刻まれており、虱だらけのボサボサの髪を気にして買い求めた。誰かに何かを贈るのはジャックにとって初めてだ。少し気恥ずかしく、どうやって渡せば良いか分からずに天井を見る。

 

「……本当に遅い。遊びにでも行ったのかな?」

 

「貴方が潜り込んでいた子供? 兵士達が連れて行たわよ」

 

 背後から如何にも楽しそうな声が聞こえる。振り返れば其処には誰も居ない。だが、ジャックはその声を知っている。視線は天井から垂れる水滴に向けられていた。

 

「……プリンか。何の用なのさ?」

 

 会いたくない相手、例えるなら職場の嫌な同僚に向ける声を出せば水滴ではなく大量の水が天井から降り注ぐ。床に溜まった水は真上に噴き上がり、人の姿となる。髪の毛の先がカールした垂れ目の女だった。

 

「ええ、そうよ。中級魔族のプリン・スライムちゃん参上ー! 久し振りね、最下級魔族のジャックちゃん」

 

「……魔王様が浄化されたし、今更最下級も中級も意味無い……ぐぁっ!?」

 

 口元に指を当ててクスクス嘲笑うプリンの言葉にムッとしたジャックが言い返すが、その途中でプリンが軽く指を動かす。指先から水が数滴飛び、彼の体に触れるなり煙が上がる。水滴が当たった悶え苦しむ彼の服は溶け、皮膚には強酸を浴びた症状が出ている。

 

「貴方、何様なのかん? 雑魚は何時まで経っても雑魚よ。プリンちゃんに今度生意気言ったら……苦しめて殺すわ。ほら、何か言う事は?」

 

「も…申し訳有りません……」

 

 怪我を押さえうずくまる彼を見下しながら睨むプリンはジャックの顔をヒールで蹴り上げ、仰向けに転がった彼の傷をヒールの先で踏み付けた。

 

「あの子、何かされるみたいよ。国を救う為とか言っていたけど。……どうせ消されるなら人間に嫌がらせがしたいのよね。プリンちゃん、その何かを邪魔したいわ。一緒に来ない?」

 

「分かった……がぁっ!?」

 

「分かりました、でしょ?」

 

「分かり…ました……」

 

 再び強酸性の液体が放たれ、今度はジャックの左目に当たり煙が上がる。悶え苦しみながらも言われた通りの返事をする。少し前までの彼なら有り得ない話だが、彼はナテスを救いたかった。その思いに本人も気が付いていないのだが。

 

 

 

 

「……ナテスだったな。許せとは言わん。恨むなら恨み、呪うなら呪ってくれ。……いや、この言葉は私が楽になりたくて言っているに過ぎないな。実に愚かな話だ」

 

 床に壁、天井にまで大小様々な魔法陣が描かれた部屋の中央、全ての魔法陣から力が注がれる中央の魔法陣の上で寝かされたナテスはシムシムの言葉を聞きながら部屋に居る者達の姿を見ていた。今、彼女は本当に久し振りに風呂で身形を整えていた。訳も分からぬままに連れて来られた場所で今まで食べた事の無い料理を食べ、着た事が無い服を用意されたがそれだけは拒否する。

 

 この部屋に居る者達は世界を救う為と口にしていた。嘘ではないと何となく思う。だが、今から世界を救おうという顔ではない。罪悪感と悲壮感に染まりきった顔だ。

 

「……へんなの」

 

 神の器だと説明を受けた。不思議と恐怖が無いのは魔法陣の力らしい。だから彼女の口から漏れたのはそんな言葉。

 

 この儀式は世界を救う為、国の、民の全てが懸かった重大な物だ。だからシムシムとカシムは念入りに準備をした。英雄と呼ぶに相応しい力の持ち主達を警護に揃え、魔法王国の誇る魔法使い達が何重にも魔法陣のチェックを行った。神が何時までも世界を救わないのならこれしかない、その結論に達し選んだのが今回の禁術。

 

 

 他の世界の封印に宿る神の力の残滓を器の適正を持つ人に宿し、その器を操る事で神の力を人が操る。術の名は『ユダ』。神の力を他の世界から抽出する魔法も、神にそれを悟られない為の隠蔽魔法も長年研究されつつも人道的理由から行われなかった。だが、もう待てない。既にタンドゥールは限界に達していた。

 

「では、今から魂の摘出を開始する。者共、最大限の警戒を持って、なんだっ!?」

 

 突如響いた轟音と振動、いよいよ開始という時になって起こったトラブルに場が騒然となる中、慌てた兵士が飛び込んで来た。

 

 

「伝令っ! 大量のモンスターの強襲です!」

 

 

 

 

 

 王城を中心としたタンドゥールの街、それが今パニックに陥っていた。火に包まれた骸骨が宙を舞って炎彈を吐き散らし、キューブの姿をした半透明のゼラチン状のモンスターが毒液を撒き散らす。奇妙な事に死人は出ていない。まるで人々は追い立てられる様に城へと向かって行く。青い炎が道を塞ぎ、他のルートを塞いでいた。

 

「城に入れてくれー!」

 

「俺達を見捨てる気じゃ無いだろうな!?」

 

「お願い、子供だけでも……」

 

 危険を感じ、避難させてくれと懇願する民達。伝令を受け取ったシムシムは出来る事ならば受け入れたい。だが、そう出来ない理由があった。

 

(ユダの成功には少しの狂いも許されない。神の力を集め、それを隠蔽するには城の至る所に設置した魔法陣が大地より力を集めるのだが、人なら誰もが持つ魔力がどの様に作用するか不明だ。……許せ、民よ)

 

「陛下! 民の中にいる魔法使いが門を破ろうとしています!」

 

「……止めろ。力尽くでも構わない。但しモンスターの討伐も平行して行え。一人でも多くを助けろ」

 

 例えそれで民に恨まれ、殺される事になっても構わないとシムシムは覚悟していた。最悪、この国が滅びるのも想定内だ。その際にはナテスを連れて逃げる部下の選出も済んでいる。

 

 シムシムの命令を受け、暴徒と化した民の鎮圧とモンスターの討伐に向かう英雄クラスの強者達。城門を開け、雪崩れ込む民を押し留めて迫り来るモンスターに立ち向かうべく向かって行く。そのモンスター達が突如爆発し、強酸性の液体が周囲に降り注いだ。

 

 液を浴びた人が溶けて行く。咄嗟に構えた魔法の力が籠もった防具も意味をなさない。体中が溶けて崩れた。一瞬の硬直の後、難を逃れた群衆から悲鳴が上がる。堰を切った様に一斉に逃げ出し、命こそ無事だが動けない者は踏み付けにされて圧死し、パニックを起こして城とは別の方向に逃げた別の者は火に巻かれて焼け死ぬ。

 

 城にも大勢が逃げ込む中、誰も居なくなった城門前に周囲から水滴が集まり始めた。溶けた死体や建物、モンスターの死骸から意志を持って動き集う水滴はやがて一塊となってプリンへと姿を変える。

 

「ぷぷぷ~。人間って相変わらず単純ね。さ~て、プリンちゃんの目的は済んだし、次はジャックの目的の番ね。あの子、助けるんでしょ? 大勢を犠牲にしてまで」

 

「……僕は魔族だ。目的の為に何人死んでも構わない」

 

 物陰から姿を現したジャックはプリンの愉快そうな皮肉にぶっきらぼうに答えると城の中へと歩を進める。その背中を愉快そうに眺めるプリンは舌なめずりの後、スキップ混じりに後を追った。場内は既にパニックに陥り、空を飛ぶモンスターが各所より侵入して騒ぎを起こす。

 

(待っていて、ナテス。僕はきっと長い事は一緒に居てあげられない。裏切り者でない僕は絶対に消えてしまうでも、浄化されるその時までは……)

 

 ジャックは決して孤独だった訳ではない。殆どの同胞に最下級魔族と馬鹿にされるも仲の良い者も居た。だが、その者も既に神の手で浄化されている。感じていた喪失感、それを埋めてくれたのがナテスだ。この世に誕生して十年も経っていないジャックの生涯の半分以上を共に過ごしたナテス。心を開いたのは最近だが、既に掛け替えのない存在だったのだ。それを今、彼は自覚し始めていた。

 

 

 

「ナテス! ナテス、何処だっ!」

 

 混乱が広がる中、立ちふさがる兵士達を薙ぎ倒しながらジャックは進む。そして必死に叫ぶ彼の耳に声が届いた。

 

「じゃっく……」

 

「ナテス!」

 

 堅く閉じられた扉から漏れたか細い声を確かに捉えたジャックは声のした方へと駆け出し、突如その場に崩れ落ちた。前に進む為の彼の足は膝から下が溶けている。床には飛び散った酸によって溶けた跡が残っていた。

 

 

「プ…プリン、一体何を……?」

 

「決まっているわ、簡単よん。い、や、が、ら、せ。プリンちゃん、貴方が大嫌いだったの。だからぁ、後一歩で感動の再会って奴を台無しにしたくって。必死に頑張って互いの声が聞こえて……顔も見れずに終わるって最高じゃない? 大丈夫。あの子もちゃんと殺してあげるわん。うーん、プリンちゃんって優しい」

 

 プリンが無造作に振った手から飛び散る大粒の液体がジャックの体を溶かして行く。残った目を溶かし、喉や腹、胸にまで大きな穴の空いたジャックの体を踏み越えて進むプリンだが、その動きが止まる。半分以上溶けてしまったジャックの腕が彼女の足首を掴んでいた。

 

 

 

「死に損ないの雑魚の癖にプリンちゃんの体を触るなんて……」

 

「させ…ない……。ナテスは…家族は……僕が守るんだ!」

 

 再び強酸性の液体を大量に被せるべく腕を振り上げるプリン。だが、瀕死の筈のジャックの全身から凄まじい勢いで青い炎が噴き上がる。掴んだ足首から燃え上がり、振り解こうと暴れても放さない。やがて炎はプリンの全身を包み込んだ。

 

「此奴、既に死んで……嘘、プリンちゃんがこんな所で、こんな奴に……」

 

 焼き崩れ消えて行くプリンの肉体。溢れ出す液体は忽ち蒸発し消え去る。本来ならば死力を尽くしても覆せない力の差。それを埋めたのは思いの力だったのだろうか。そしてジャックの体も黒い霧になって消え去る中、足を溶かされ転んだ時にポケットから飛び出したのか床に転がっていた櫛に少女の手が伸ばされた。

 

 

「さて、あの馬鹿の尻拭いに来たのだが……何があったか教えて貰うぞ」

 

 櫛を握る小さな手の平が光り、櫛にその光が吸い込まれる。数秒後、光が収まった後で手の主は肩を落とす。彼女にはそれしか出来ない。自分が動くのが遅かったと思い知らされたのだ。

 

 

 

 

 

「……おい、ユダは行えるか?」

 

「はっ! 今直ぐに!」

 

 城内が騒然となる中、この機を逃せば次のチャンスは無く、何より自らの心が揺らぐと知っているシムシム達は儀式を発動する。先ずは魂を取り出して肉体を空の状態にして、それから一気に神の力を注入するだけだ。だが、それを行う為の魔法陣が一瞬で消失した。ナテスの姿も消える。その代わり、見慣れぬ少女が立っていた。

 

 

「だ…誰だっ!?」

 

 思わず叫ぶシムシム。だが、彼は悟っていた。目の前の相手がどの様な存在なのか、本能が知らせていた。

 

「私か? 私はソリュロ。魔法と神罰を司りし女神なり。……本当に悪かった。全ての咎は我々神に有る」

 

 ソリュロは威厳を保ちながらも今にも泣きたそうな表情を浮かべ、手の平を真上に向ける。一瞬の閃光が城内を包み、今彼女と同じ部屋に居るシムシム達と街の中の全てのモンスターがこの世界から姿を消した。

 

 突然の出来事を把握出来ないが何故か先程までのパニック状態から落ち着いた者達は只呆然とするばかり。その耳に静かな声が響き渡った。

 

「神の力を人が扱おうとする、それは最大の禁忌だ。例え不完全で失敗する内容であっても……私は容赦しない。三日間だけくれてやる。外に安全な街へと避難する為の魔法陣も用意した。病人も怪我人も直ぐに癒してやる。……だからタンドゥールより去れ。我が名はソリュロ! 人の傲慢を断罪する者なり!」

 

 その声からは一切の容赦も優しさも感じられない。まさしく神の所行であると思わせる冷徹な声。だから誰も知らない。人々から故郷を奪う事に、世界を守ろうとしただけのシムシム達を消した事に対してソリュロが大粒の涙を流して悲しんでいるなど想像もしなかった。

 

 

 そして三日後、多くの者が故郷を去り、持ち出せる宝の多くも持ち出された。後に残ったのは街を守る為の防衛装置と故郷に殉じる事を選んだ者達。やがてソリュロが通達した時刻になると同時にタンドゥールが地面に沈んで行く。栄華を極めた国はこうして滅び、まるで神の力でも働いたかの様に何があったかが語り継がれる事となる。無慈悲で冷徹な女神ソリュロへの恐怖と共に……。

 

 

 

 

「……ジャック」

 

 数年後、既に封印が済んだイエロアとは別の世界の片隅にナテスの姿があった。未だ魔族への憎しみが深く残る中、誰も彼女が魔族を家族にしていたとは知らない。今は親を亡くした子供が集う孤児院で暮らす彼女は日課である墓参りに来ていた。その手に櫛を握りしめ、返って来ない呼び掛けを行う。

 

 その時、微風が彼女の頬を撫で小さな声が耳に届いた。

 

 

「ずっと見守っているよ。神様が力を貸してくれたんだ」

 

「ジャック!?」

 

 周囲を見渡すも誰の姿も無い。だが、本当に直ぐ側に大切な家族が居てくれるのだとナテスは感じていた。自分は取り残されていないのだと、そう思えたのだ。

 

 

 

 そして、取り残された者も存在する。

 

「陛下ノ反応消失……否定。約束ヲ破ル筈ガ無イ。待ツ。友ヲ待チ続ケル。ズット……」

 

 

 

 

 

 

 そして時は流れ、魔族の封印が神の手から人の手へと移行してから百年近くが経過した頃、地下深くのタンドゥールの更に深い所に一人の青年……初代勇者にして二代目勇者を導いた賢者であるキリュウの姿があった。一寸先も見えない暗闇の中、彼の手元に現れた火が周囲を明るく照らす。

 

「師匠から言われて来ましたが……奥まで進むのは面倒ですね。穿ちましょうか」

 

 火が膨れ上がり、巨大な熱線となって床を貫く。最深部まで届く風穴に満足そうに微笑んだ彼は迷わず奥へと進む。この日、師であるソリュロの頼みでタンドゥールの調査と封印にやって来た彼はこのまま完全に封印をする積もりだった。だが……。

 

 

 

 

 そして時は更に進み、キリュウは四代目勇者ゲルダ・ネフィルと共にタンドゥールを訪れる事となる。

 

 

 

 

 

 

 




感想待っています

なろうの方では挿し絵 最近文の追加出来てないし何かオマケを追加しようか……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。