初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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友情と乙女心

 確かに私達は遺跡の調査に来た訳じゃないし、勇者の旅には不必要。だって、そんな事をしている暇は勇者には無いもの。でも、偶には楽しみ全てを犠牲にする必要は無いと言われているし、ちょっと位はドキドキする冒険を楽しみたい。だから遺跡に行くって言われて少し期待していたのだけれど……。

 

「ひゃっほー! これは最高の気分ですね、ゲルダさん」

 

 私達は今、何処までも続く坂道をトロッコに乗って進んで行く。私よりも速い凄い速度で進みながら風を受け、ガタガタ揺れる上に時々飛び跳ねるけれど不思議と脱線しない車体の先頭から身を乗り出した賢者様は随分と楽しそうね。

 

「賢者様、確か今年で三百歳を越しているわよね?」

 

 正直言って理解出来ない。私も羊達の背中に乗せて貰う事はあったし、狼狩りの時は猛スピードで走るモコモコの体に乗るのは楽しかった。それに比べたら乗り心地は最悪だし、平原と違ってランタンに照らされた薄暗い道は見ていて退屈。……わざわざこんな風な道を作った意図が読めないわね。

 

「え? 確かに三百歳は越えていますけど?」

 

「……そう。確かめたかっただけよ」

 

「そうですか。あっ! 次のジャンプ地点ですよ。ひゃっほー!」

 

 急角度で下ってからの急上昇、途切れた線路の端で大きく跳ねたトロッコは、元から空いていたけれど塞いだ穴と違って、賢者様が多分意図的に作った谷底を飛び越えて向こう側に着地、そのまま走って行く。アンノウンの方がもっと速いし、高く跳べもするわよね? なのに賢者様ったら何が楽しいのかしら? 地球人の感性は六色世界とは随分違うのね。

 

(取り敢えず長く生きれば精神的に成熟する訳じゃ無いっていう良い例ね。……凄い時は凄い人なのに、本当に残念な人だわ……)

 

「そろそろゴールですね。……さて、次の機会が有ればどの様な乗り物が良いでしょうかね?」

 

「次は転移で一気に行きましょう、賢者様。それかアンノウンに乗せて貰えば良いじゃない」

 

 私と賢者様で随分な温度差が有る中、線路の終点でトロッコは急停車する。普通は乗っている私達には前に向かう力が働くのだけれど、そうならなかったのは多分賢者様の力ね。……無駄遣いだと思うけど。

 

「……さて、遊びは此処までです。気を引き締めて行きましょう」

 

「遊びだったのね。何となく分かっていたわ」

 

 面白くは無かった、そんな言葉を飲み込んだ私は急に真面目な顔になった賢者様の後に続き、床からせり上がったみたいに見える壁の前に立つ。この先にシフドさんが到達した遺跡最深部に続く広間があって、私がイエロアに到着するなり出会った魔族が居ると思うと緊張してしまうわ。

 

「髪、凄く飛び跳ねているけど……違うわね。身嗜みなんか気にする必要は無いわ。落ち着きなさい、ゲルダ。彼は敵よ、敵」

 

 ちょっと格好良いとは思ったけれど、楽土丸は魔族で、更に言うなら私に勝負を挑んで来た相手。なのに女の子として緊張している自分が少し恥ずかしかったわ。だから自分に言い聞かせる。だって私が世界を救えば浄化されて消える相手だもの。和解なんて無理なのよ。

 

 

「あれ? 言っていませんでしたっけ?」

 

「賢者様がそんな事を言う時は嫌な予感がするけれど、一応聞いてみるわ。それで、何を伝え忘れたのかしら?」

 

「いや、迷いが生まれるから有る程度経験を積んでからと思っていたのですが、楽土丸とやらはモンスターに襲われた上に他の魔族から裏切り者扱いをされていますよね? 魔王と敵対した魔族がそうなるのですが、封印の際に神の査定に合格すれば魔族から人間に成れるのですよ。実際、二代目勇者の仲間で結婚相手は魔族ですし」

 

「……それを伝え忘れるってうっかりし過ぎよ。あと、今から戦うってタイミングで言わないで欲しかったわ」

 

「あっ! じゃあ私が蹴散らしますか?」

 

「いえ、私が戦うわ。和解にしろ敵対にしろ、多分彼は一度戦わないと駄目な相手だもの」

 

 初対面で女の子に勝負を挑む様な相手だもの、話し合いは無理だと思った私は戦う道を選ぶ。その結果、手を取り合えたら嬉しいとも思った。だって、生まれた種族が違うだけで言葉も通じて見た目も似ているのに分かり合えないなんて悲しいもの。可能性がある相手なら容赦を持っても良いはずよ。仲良くなれたら良いなって理想論だけど、子供の私が理想を抱いても良いわよね?

 

「では、開けますよ」

 

 賢者様はそんな私の心を見抜いたみたいに微笑んで壁に手を翳す。壁は左右に開いて、向こう側から水が流れて来た。私達は賢者様の魔法で流されないし、濡れさえしないけれど凄い量ね。……少し嫌な予感がしたわ。

 

 

 

「……これ、行ったら既に溺れ死んでいるとか」

 

「……言わないで」

 

 色々起きて忘れていたけれど、シフドさんが部屋に水が満ちていたって言っていたわね、確かに。それから賢者様が無駄に時間を使ったから部屋が完全に水没していた可能性も有って、その場合、私の決意とか理想とかが全部無駄になってしまうわ。

 

 

 

洪水の様に押し寄せる水も賢者様の防壁に塞がれて届かない。時々水棲のモンスターや魚が流されて横を通り過ぎて行く様子はまるで海の中を歩いている気がしたわ。

 

「多いですね」

 

「多いわね」

 

 何時まで経っても水流が収まる様子が無くていい加減痺れを切らしたのか賢者様が手を前に突き出すと私達の目の前で水が止まり、今度は奥へと戻って行く。それを追い掛けて進めばたどり着いたのは絵が刻まれた石版が無数に存在する広間で、その中央に水が渦を巻いて凝縮されて行く。

 

「居たわっ! ……シフドさんのお友達は居ないけれど」

 

 あれだけの水が小さな球になってやがて消える中、うつ伏せに倒れている楽土丸を発見した私は他に誰か居ないのか探すけれども床や壁に刻まれた戦闘痕で悟ってしまう。最初から遅かったのだろうけれど、私達が来るのが遅かったと……。

 

「……賢者様、シフドさんの記憶はどれだけ消したのかしら? 友達の存在さえも忘れているの?」

 

「いえ、それは残酷過ぎますからね。別の遺跡の探索後に別れ、その時に渡されたアイテムで緊急事態から脱出したと、その様に改変しました」

 

「そう……。もう会えないのは同じだけれど、そっちの方が少しは救いが有るのかも知れないわね」

 

「家族や友と二度と会えないのがどれだけ辛いかは分かっていますから。……本当は薄っぺらな希望なら与えない方が良いのでしょうが……」

 

 私も両親を喪っていて、賢者様は別の世界に来た事で家族も友達も失ったのだったわね。少し辛そうにしている顔は女神様の前で見せないのだと思う物。どんな理由が有ったとしても誰かの友達が死んでしまうのは悲しいわね……。

 

「……賢者様、彼を助けて貰えるかしら?」

 

「敵になるかも知れませんよ? 魔王を裏切っても人間の味方じゃない魔族は存在しました。敵の敵は味方……等は楽観的です」

 

「まさか。私、そこまで馬鹿じゃないわ。でも、仲良くなれるかも知れないのに、それを試しもしないで否定するのは嫌なだけよ」

 

 楽土丸に近付いて様子を見る。着ていた鎧の一部が石になって砕けているから下の服が見えたけれど、水で張り付いて鍛えているけど細身の身体がよく分かって思わず目を逸らしてしまったわ。……私、今まで同年代の男の子の体をジロジロ見た事が無かったもの。

 

 ……でも、こうして見ると本当に格好良いわね。凛々しくて、それでもって暑い何かを持っている、ちょっと会話しただけなのだけれど、私は彼にそんな印象を持っているわ。賢者様達には恥ずかしいから秘密だけれど。

 

(アンノウンには特に知られたくないわね。まあ、知られる筈が無いのだけれど)

 

 私の頼みに頷いた賢者様が手を翳せば楽土丸の体を緑の光が包み、口から水が一気に吐き出される。ほっと胸を撫で下ろしてから気が付いたけれど、私は彼が助かったのを心から喜んでいたわ。恥ずかしいから必死で隠したのだけれど……。

 

(アンノウンがもしかしてと言っていましたが、どうやら正解の様ですね。初恋で一目惚れ……まあ、十歳の女の子ですからね。……まあ、敵対したら私が消せば良いでしょう)

 

「うっ……」

 

「あっ! 起きたのね!」

 

 大量に飲んでいた水を吐き出した楽土丸は状況が飲み込めないのか呻きながら起き上がろうとする。私は慌てて近寄るのだけれど、起きたばかりで周囲が眩しいのか彼が手を伸ばして……私の胸に正面から触ったわ。

 

「……何だ? これは妙な感触だが壁だろうか……?」

 

「ひゃわっ!?」

 

 未だ気絶した状態から起きたばかりで頭が働かないのか、楽土丸は触れた所を中心に私の胸を撫でる。あまりの事態に私が固まる中、漸く頭が働き出した楽土丸と私の目が合った。

 

「……あー、何と言えば良いのやら」

 

「こ…この変態魔族ぃいいいいいいいいいっ!!」

 

「ふげっ!?」

 

 腕を振り上げ思いっ切り振り抜いた直ぐ後に全力で蹴り上げる。右頬に打ち込んだビンタで楽土丸の体が仰け反って、ブーツの先は石になっていた鎧の一部を砕いて急所に叩き込まれた。

 

「……何と恐ろしい。ですが女性の敵の末路はあの様な物なのでしょうね……」

 

 賢者様が楽土丸に少し同情的な視線を送っているけれど、故意じゃなくても親しくもない女の子の胸を触った上に壁って言うなんて、何をされても同情に値しないわよ。少しは素敵だなって思っていたけれど、既に評価は急降下、百年の恋も冷めるって奴だわ。

 

「賢者様、彼をどうにかしても良いかしら?」

 

「何をする気かは分かりませんが落ち着いて下さいっ!? ほら、アイスでもたべましょう」

 

「じゃあ抹茶」

 

 別に命を奪う気じゃないのに、賢者様ったら随分と慌てん坊さんね。デュアルセイバーで全身の毛を削ぎ落とすだけなのに大袈裟よ。

 

 

「変態は全員禿げれば良いのよ。賢者様、彼を起こして。削ぎ落とすかどうか決めるから」

 

 取り敢えずもう一度気絶した楽土丸が目覚めたら話を聞いてみようと思うわ。出方によっては全身脱毛の刑だけれど。容赦はしない。

 

 数秒後、再び目を覚ました楽土丸は私の顔を見るなり顔を青ざめ、飛び跳ねて起き上がりながら見事な謝罪の姿勢、土下座をしたわ。お父さんがエッチな本を隠していたのをお母さんに見付かった時にしてたわね、土下座。

 

 

「心の底より謝罪致す。嫁入り前の娘の胸を触るなど故意でなくとも武士のすべき事では無い。こうなれば腹をかっさばいて責任を……」

 

「しなくて良いわ。正直重い」

 

「し、しかし拙者の気が……」

 

「あら、私へのお詫びじゃなかったのかしら? 貴方の満足の為にするなら謝罪にならないわよ」

 

 もう、これだから困るわ。謝罪やお詫びって相手の為にするのに自分の気が済むかどうかを優先するだなんて。……禿げさそうかしら?

 

「まあ、落ち着いて。楽土丸さん、で良かったですね? 君はどうして魔王を裏切ったのですか?」

 

 私がデュアルセイバーの柄を握る手に力を入れれば賢者様が進み出て間に入る。そんな場所に居られたら禿げさせられないわよ、困ったわ。

 

「貴殿は命の恩人、どうか呼び捨てに」

 

「では、楽土丸。裏切りの理由は? 武士を名乗るならば忠義を大切にすると思うのですが」

 

「……主君が主君に値せぬなら反意を示すのは不義に非ず。拙者、あの様な女狐を信頼し同族を平然と使い捨てにする王など王とは認めないで御座る!」

 

 使い捨て、その言葉に思い当たる事が幾つか有るわね。最近戦った本来は寒い世界でこそ力が発揮出来るのに逆に力が大きく削がれて命が削られていくイエロアに派遣された魔族、そしてシフドさんが友達になった魔族に使われたという紙に込められた転移魔法。

 

 賢者様はあれを随分悪辣だと言っていて、その理由を聞いた私も同意よ。本当に危ないと感じている時にしか使えず、向かう先は魔族に敵対する勇者の近くだなんて。

 

「あの女は力無き者を仲間と思っていない。足下に転がる石ころですらない! 故に拙者は離反し、同志を集める為に勇者を打倒して名を上げる気だったが……」

 

「あら、戦う気かしら? 相手になるわよ、私と賢者様が」

 

 一対一の決闘には興味無いし、あれだけの侮辱を受けたのだから私だって礼儀は尽くさない。賢者様は一瞬驚いた顔になったけれど笑顔を向けたら頷いてくれたわ。

 

 だから後は楽土丸の返答だけ。別に既に戦う気が無いのなら私から無理に戦いを挑む気はないの。失礼に怒っているけれど敵じゃないなら命を奪うのは嫌だもの。

 

 私は彼の目を真っ直ぐ見詰め、向こうも逸らす事無く私の目を見ながら降参を示す様に両手を上げて顔を左右に振ったわ。

 

 

「……いや、お二人は命の恩人。それに危害を加えるのは不義で御座るよ。……それにジェフリーから聞かされたのだ。あの女の部下であるビリワックの手によって同志達の拠点が潰されたとな」

 

「そう……。じゃあ、これからどうするの?」

 

「決まっている! 拙者一人でも抗い、あの女狐を斬る!」

 

「……ビリワックの主、この前戦いを覗き見しながら妙にテンションが上がっていた彼女ですね。それで女狐とやらの名前と能力を……おっと」

 

 さっきまでトロッコに乗って妙にテンションが上がっていたのを棚に上げる賢者様は問い掛けの途中で魔法を発動させる。

 

「罠っ!?」

 

一秒にも満たない後、床が突然消え去って太い鎖が太い穴の底から落下するであろう私達を捕らえる為に伸びて来た。所々欠けて錆だらけの鎖は意志を持つ様にジャラジャラと音を立て、賢者様の魔法で浮いていたから落下はしない私達の直ぐ近くで見えない壁に弾かれたの。

 

「ぬぉおおおおおおおおっ!?」

 

 その私達の中に含まれなかった楽土丸は落下中に鎖に雁字搦めにされて落ちて行く。

 

「えっと、賢者様?」

 

「心を読む前に罠が発動しましたので。……私の時も敢えて裏切り者になって騙し討ちしようというのが居ましたから」

 

「仕方ないけれど……さっさと助けに行きましょう!」

 

 流石にどうかとも思ったのか目を逸らす賢者様を叱咤する。経験が有って慎重になるのは分かるけれど、それで誰かを見捨てる事になるのは駄目よ、許せないわ。

 

「まあ、途中で防壁を張ったので安全は保障しますけど……行きましょう!」

 

 見えない床に立っていた感覚から見えない箱に入ったまま一直線に落下する感覚を感じながら私達は真下に向かって行く。

 

「追い付いた!」

 

 目の前には縛られた状態の楽土丸。迷わずデュアルセイバーを振り上げて鎖に叩き付ければ思ったよりも簡単に砕ける。そのまま私は彼の腕を掴んで引っ張り込む。

 

「あっ……」

 

 無理な姿勢で引っ張ったせいで私は後ろに倒れ込み、当然だけれど楽土丸も私の側に倒れて来て、その両手は私の胸に向かう。またしても楽土丸は私の胸を掴んで……触っていたわ。触れる程無いもの、私の胸は。

 

「……むぅ。何と言うか……申し訳無い!」

 

「最初に言っておくわ。今回は私の失敗だけど……ごめんなさい!」

 

 理不尽だと思うけれどこれは乙女心の問題なの。私は再びビンタを楽土丸に叩き込んだ。

 

 

 

「痴話喧嘩はその辺にしておきましょう。到着しましたよ」

 

「此処が王様達のお墓……?」

 

 私達が到着したのは広くて何処か寂しい場所。王様達のお墓が有るとは思えない程にボロボロで、奥には青銅みたいな色をした金属の巨人が鎮座している。

 

 

「……動かない?」

 

「彼の名はタロス。友との約束を守る、その為にそもそも本来ならこの場所への道が開かれる筈では無かったですからね。……もう彼処に居るのは残骸だ」

 

 眠った様に動かないタロスを見ながら呟く賢者様が何処か寂しそうだと思った時、金属が軋む音と共にタロスが動き出した。罅だらけの装甲が剥がれ体中から火花が散る。真っ赤に光る一つ目が点滅している。

 

 

 

 

「陛下…待ツ。帰ッテ……来ル。侵入…侵入者……侵入者……殺ス!」

 

 今にも壊れそうな体を動かしながらタロスが襲い掛かって来た……。




挿し絵、あらすじに投稿してます

なろうで後書きにオマケ開始しました

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