初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる 作:ケツアゴ
聖女様に連れられて初めて入った大神殿。普通は入らせて貰えない奥まで通された私は聖女様と別れて部屋に通されていた。部屋の中央には地下へと続く階段があって、その横に神官のお姉さん、それとアレは……。
「脱衣かごだよね? あの、此処で服を脱ぐのですか?」
「はい、その通りです、勇者様。服を脱いだ後、この階段で儀式の間へと向かって頂きます。この先には聖女様しか居ませんからご安心を」
……あー、成る程。だから賢者様は連れて来なかったんだ。幾ら実年齢が三百才を越えていても裸を見られたら恥ずかしいもの。あれ? あれれ?
「あの、この儀式って伝統……ですよね?」
「はい。初代勇者様の頃から続く神聖な儀式だと伝わっています」
これまで勇者は三人居て、皆さん全員男の人で、此処で裸になるって事は……。思わず思い浮かべちゃった光景を頭をブンブン動かして振り払うんだけど顔が熱い。うぅ、私ってエッチなのかな?
取り敢えず私の妄想は伝わっていないっぽいから急いで服を脱ごうとするんだけど、着慣れないドレスだからか脱ぐのも一苦労で、女神様に手伝って貰って漸く脱げた。儀式の段階でこれじゃあ勇者として先が思いやられるよ。きっと私以外の人達は上手くやったに決まっているのに……。
(……うーん。全然変わらない)
私の家には手鏡はあるけど、こうして自分の全身が映った鏡みたいに大きなのは無いんだけど逆にそれが現実から目を逸らす事の役に立っていた。ペタペタと代わり映えのしない胸を触り少し落ち込む。同年代の子より確実に小さいよね。
「どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもないです!」
あ~あ、儀式の前に何やってるんだろ、私。もっと真剣に取り組むべきなのにさ。心配した様子で話しかけてくるお姉さんを誤魔化し、私は階段を下りる。女神様も後ろから来たんだけど、少し興味深そうにしていた。
「話には聞いていたが、こんな風になっているのだな。他の世界でも似た作りにしているそうだが……」
「女神様は賢者様の時にご一緒しなかったのですか?」
「まあな。あの頃の私はキリュウに罪悪感こそあれど恋心は抱いていなかった。だから同行者は一人だけという話だったし、興味があるから見てみたいと主張したナターシャに譲ったのだ」
「ナターシャ様! 貧しい子供達が教育を受けられる様に尽力した教育福祉の母ですね!」
ナターシャ様の活動が始まりで創設された団体の活動で識字率が大幅に上がったっていうのは有名な話だし、学校にナターシャ様の石像が有るのは珍しくないって聞いている。ふへぇ~。儀式が見たいとか勉強熱心だったんだ。
歴代の勇者様とは別に女として憧れた英雄のエピソードに私はワクワクして来た。きっと一緒に旅をした仲間だからこそ知っている意外な一面とか有るんだろうなぁ。
(儀式では脱ぐからな。……むぅ。あの頃とはいえキリュウの裸を見たのだな、奴は。詳しい事は聞かされなかったし儀式の内容は秘匿されているから知らなかったが……少しムカつくな」
あれ? 女神様少し不機嫌な様子だけどどうしたんだろ? ちょっと怖いと思いつつも壁に備え付けられた灯りを頼りに進むと階段の終わりが見えて、青い光が向こうの方から射し込んでいた。
「綺麗……」
階段の先は広い石室になっていて、どうしてか淡く青い光に満ちている。中央には澄み切った水が蓄えられていて、其処に腰まで浸かった聖女様が居た。青い髪も瞳のせいか、この空間ではまるで水の女神様みたいで、よく見れば体に青く光る紋様が有る。とても神秘的な光景に見取れて呟いてしまった私に対して聖女様は笑みを浮かべながら手招きし、自分も水の入った場所の縁まで近寄って来たわ。
「勇者様、此方に。儀式を始めましょう……と言いたい所ですけど、力が満ちるまで時間があります。座ってお話をしましょうか」
聖女様は手招きして自分の横に座る様に促して来たけど、一体どんな話をする事になるのかを思うと気が重くなる。きっと勇者としての信念とか選ばれた誇りとか難しい事を話して欲しいんだろうと思うと……。
「へぇ! 羊のチーズですか。話には聞いていましたけど食べた事は無いですね」
「まあ、ウチの村でも少ししか出荷していませんし、牛乳のチーズの方が人気が有りますから……」
意外な事に勇者のゲルダではなくて、羊飼いのゲルダの話を聞きたがった聖女様に私は仕事の内容や大変な事、どんな物語が好きなのかを語り、聖女様はそれを興味深そうに反応している。矢っ張り聖女様は外の話が気になるのでしょうか?
「あっ! 今、私を世間知らずの箱入り娘って思いませんでした? 私、これでも聖女に選ばれる前は行商人の娘だったのですよ」
「そ、そうだったのですかっ!? 聖女様ってずっと教会で暮らしてたのとばかり……」
思った事を見抜かれたのもそうだけど、まさか聖女様が一般家庭の出身だったなんて。幼い頃から教会で教育をされてたと思ってたんだけど。
「ええ、そうなのですよ。この体の紋様が急に出たと思ったら聖女に選ばれたとかで教会に引き取られて、それから聖女になる為のお勉強やらで大変だったのですよ! 聖女らしくしなさいとか今までの私を否定する人ばっかりで……」
……ああ、そっか。私は自分は急に勇者に選ばれただけの一般人で、聖女様は特別な存在だと思ってたけど間違いだったんだ。あくまで役目が決まってただけで、ちゃんと個人としての人生があって、自分と周囲が求める理想の違いに苦しんでいて……。
「でも、偶に顔を見せてくれる賢者様が教えてくれました。役目は大切だけど、自分を押し殺す必要は無いんだって。息抜きの仕方とか、本当の自分を見せられる相手の見抜き方だとか、遊びに抜け出すコツとか……最後のは秘密ですよ?」
聖女様は人差し指を唇に当てて微笑む。賢者様について話す姿は本当に楽しそうで、きっと聖女様にとって特別な存在なんだろうって思えたわ。
「そうそう、聖女といえば純潔を守る、つまり男の人と結婚したら駄目なのですよ。女の人同士なら構わないのですが、私にはそっちの趣味は無くて。……なのに言い寄ってくる子が多いのが頭痛の種ね」
「でも確か世界を救った勇者なら結婚しても……あっ! お、女の子でごめんなさい」
「構いませんよ。勇者だからって素敵な殿方とは限りませんし。それより貴女も世界を救った後は大変ですよ? 文献に記されている限りじゃ求婚が絶えなかったそうですから、今まで。まあ、貴女が男の人でも初恋の相手と比べちゃうから私は絶対結婚しなかったでしょうね」
それから夜に抜け出した先で発見した美味しい屋台の情報を幾つか教えて貰って、良い機会だからって愚痴に付き合ってあげていたら出るわ出るわ。聖女様って大変なのね。気軽に欠伸も二度寝も出来ないらしいわ。本来起きる時間より早く起きた時にもう一度寝るのって最高なのに。所で世界を救った勇者が見劣りする初恋の相手って……ううん、これ以上は駄目ね。
「……」
女神様は何かを察してかずっと黙ったままだし、話題を振っても適当な返事ばかりで会話にならなかったのだけど、察した内容が理由なのね。
「あれ? 聖女様、体の紋様が……」
お話に夢中で気が付かなかったのだけど、聖女様の体の紋様が顔にまで達していたの。私がそれを教えると聖女様は水に映った姿を確認して立ち上がったわ。
「あら、もう時間みたいですね。では、此方に……」
ついさっきまで普通のお姉さんの顔だった聖女様は聖女様の顔に戻って私の手を引く。水は私の胸の辺りまで有るから泳ぎが苦手な私は急に深くなっていないか恐る恐る進んで、丁度中央で立ち止まると聖女様は私と向かい合って立ち、頬に手を添えたの。そして……。
「世界の命運を背負いし勇者に祝福有れ。その旅路に幸有らん事を」
「ふぇっ!?」
聖女様の顔が私に近付いて柔らかい唇が額に触れる。何が起きたのか理解出来ないまま固まっていると聖女の紋様が光り輝いて唇が触れた場所から暖かい物が入って全身を駆け巡った。
「あ、あれ……? 何か変な感じが……」
それが凄く心地良くて、意識がポワポワしたと思ったら遠退いて視界が暗転して……気が付いたら知らない森の中に立っていた。
「此処……何処? それに服が……」
周囲は木が茂っているけど私が立っている周囲と遠くに見える山へと続く方向は開けた道になっていて、園山の頂上は青く輝いている。何故だか知らないけれど彼処に行かなくちゃ駄目な気がした。
それにさっきまで服を脱いでいたけど今は何時ものツナギ姿。出来れば賢者様が出してくれたドレスが良かったと思うけど、森や山を進むならこっちの方が良いのかな? 背中に違和感が有るから手を伸ばしてみたら預けた筈のデュアルセイバー。……あれ? これって勇者の試練? もしかして私、今から戦いながら進むんじゃ……。
「ど、どうしよう!? 狼くらいなら追い払った事が有るけどモンスターが出て来たら……」
勇者様の冒険を描いた物語が好きなだけに嫌な予感が止まらない。尻尾の毛が逆立って耳がピーンとなった時、目の前の茂みがガサガサと音を立てる。
「だ、誰っ!? ……って、猫?」
ビックリしちゃってデュアルセイバーを構えた私は震えながら叫ぶんだけど、茂みから顔を覗かせたのは可愛い子猫だった。空に浮かぶ雲みたいに真っ白で、私に興味を持った様な瞳を向けて喉をゴロゴロと鳴らす。
「も、もう。ビックリさせないでよ……」
「ニャー」
「ほら、おいで。少し遊ぼう」
安心したら力が抜けてお腹も減っちゃった。甘える声が可愛くて、こんな猫ちゃんを警戒した自分が恥ずかしくて誤魔化す為に猫ちゃんを呼ぶ。腰を落としてデュアルセイバーを横に置いて手招きをしたら出て来たわ。
「……前言撤回。来ないで欲しかった」
「ニャー?」
顔も声も可愛い猫ちゃん、但し茂みに隠れていた胴体は白い毛に覆われた大蛇。紛れもなくモンスター、魔族の影響を受けた存在で、私に向けていた興味は餌としての興味だった。……あっ、口の中は蛇だ。全然可愛くない。
「えっと、確か賢者様が魔法を使える様にしてくれていて……」
身をくねらせて私に近付いて来るモンスターに指先を向けて頭の中で『アナライズ』と唱える。すると即座に情報が入って来た。
『「スネークキティ』猫の顔と体毛を持つ蛇。動けなくした獲物を弄んだ後、数日掛けて生きたまま消化する』
知りたくなかった情報がっ! って、飛び掛かって来たっ!
「え、えいっ!」
牙を剥き出しにしながら向かって来たスネークキティにビックリした私は思わず目を瞑ってデュアルセイバーを振り下ろす。何かを砕く感触が手に伝わり、恐る恐る目を開けたら閉じた刃と少し凹んだ地面に挟まれて痙攣しているスネークキティの姿があった。
頭が陥没して泡を吹いてて、切っ先で突っつくけど動く様子が無い。えっと、倒したんだよね?
「……取り敢えず先に進まないと」
嫌な予感が的中しちゃったし、多分この先にもモンスターが現れると思うと少し怖くなる。……あと、猫が少し怖くなった。
だけど勇者なのにって情けなく思う必要は無いよね? だって聖女様も普通の女の子だった頃が有ったのだから。私も今は普通の羊飼いの女の子だけど、何時か勇者に相応しいって誇れる自分になれば良い。一歩一歩確実に進んで行こう。
「もう半分くらいかぁ。……大変だったなぁ」
横から飛び出して来るんじゃ、木の上から飛び降りて来るんじゃ、そんな風にビクビクしながら進んだんだけど本当に色々出て来た。
全身の毛を針みたいに逆立てた球体になって転がって来るスピニングボールや積極的に餌を探す巨大食虫植物キラープラント、角が生えた熊のホーンベア。
「……これが勇者の力なのかな?」
私の力自体は変わっていないけど、デュアルセイバーを握れば身体が自然に動く。操られている感じじゃなくって、まるで歩き方を覚えた子供が転ばずに歩けるみたいに、魚が直ぐに泳げるみたいに。
まだまだ不安だけど少しだけ自信が湧いて来た……かな? 山はずっと遠くだし、油断は禁物だよね。自分に気を引き締めろって言い聞かせて進もうとした時、また茂みの向こうから何かが向かって来る。
「今度こそ普通に可愛いのが良いなぁ……無理だけど、きっと」
こんな時こそ牧羊犬のゲルドバに癒されたい。私が寝坊しそうだと顔を舐めて起こしてくれて、寂しい時は傍に居てくれる大切な家族。無性に会いたいと思いながら構えていると相手が姿を現した。
「ピヨ!」
黄色いフワフワの羽毛が生えた全長が馬くらいの巨大なヒヨコが現れた。殻から頭と脚を突き出して、黄色い嘴を上下させながら私をジッと見ている。お尻には長い蔓が繋がっていて何処かに伸びていた。えっと、植物系モンスターなの?
「……はぁ」
いや、可愛いのが良いとは思ったけど、本当に出て来たら緊張感が台無しだよ。それにどうせ凶暴なんでしょう? 私は胸が締め付けられる可愛さの巨大ヒヨコに解析の魔法を使った。
『『豆ヒヨコ』ヒヨコの姿をした豆のモンスターであり、蔓で本体の木と繋がっている。有る程度成長すれば蔓が切れて地面に潜り、やがて木へと成長する。尚、小動物や虫系のモンスターを補食するが人間の子供が狙われる事もある』
「……うん、分かってた」
予想はしていたけど、あの見た目で人間を狙う凶暴なモンスターなのね、貴方。人を見た目で判断するなって教わったけど、モンスターも見た目で判断したら駄目だわ。多分私を食べようとしている豆ヒヨコに対し、私はデュアルセイバーを振り下ろした。
「……あれ?」
手に伝わって来たのはモフモフとした柔らかい感触で、豆ヒヨコは攻撃が一切効いた様子が無い。も、もしかして羽毛で衝撃を吸収して……。
「ピヨー!」
「しまっ……きゃんっ!」
攻撃が無効化された事への動揺で隙を晒した私に豆ヒヨコの蹴りが叩き込まれる。怒った羊の体当たりを受けた時以上の衝撃が腹部を襲い、私の足は地面から離れて後ろに飛んだ。背後には岩、ぶつかったら痛いじゃ済まないって分かる。
「はぁっ!」
咄嗟に地面に鋏の切っ先を突き刺して勢いを殺しギリギリの所で岩に激突するのは防いだけど、羽毛が邪魔で攻撃が効かないんじゃどうやって倒せば良いんだろう? デュアルセイバーの刃は毛を刈る事にしか役に……あっ。
「うん、私って馬鹿。凄い馬鹿」
痛みを堪えて前を向けば私を踏み潰す気なのか高く飛び上がった豆ヒヨコが向かって来る。私はデュアルセイバーの持ち手を両手で持ち、刃を広げて豆ヒヨコに向かって飛んだ。
「行くよー!!」
「ピヨー!!」
叫び声が重なり、私と豆ヒヨコが空中で交差する。すれ違う瞬間、空中で体を捻った豆ヒヨコの脚が私の顔に向かうけど、鋏の刃を上から叩きつけて弾き、そのまま胴体を挟んで刃を閉じる。幻でも切ったみたいに通り抜け、互いに着地した。
「この勝負、私の勝ちよ」
背後から毛が抜け落ちる音が聞こえ、振り向くと同時に走り出す。全身の羽毛が抜け去って無防備になった豆ヒヨコの体に向けてデュアルセイバーをフルスイングすれば私が蹴り飛ばされた時みたいに巨体が吹き飛び背後の岩に激突して動かなくなった。
「やった! やったやった!」
少し強いモンスターに勝てたのが嬉しくて飛び跳ねて叫んでしまう。よーし! 後半分、この調子で頑張らないと!
感想待っています