初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

51 / 251
二人目

「……どう? お姉ちゃんはとっても速い。でも、大丈夫。きっと私位速くなれる」

 

(この人は本当に何者かしら……)

 

 急に現れて賢者様の娘だと紹介されたティアさんにお姫様抱っこをされたまま私は森の中を進む。勇者になった事で受ける強化で随分と速くなった積もりの私だったけれど、ティアさんはそれ以上に速かったわ。

 

 虎の尻尾からして賢者様と女神様の間の子供なのは有り得ない。なら、賢者様と別の誰かの間の子供と言うのも普段の鬱陶しい程の熱愛を見ていれば直ぐに否定出来る。それにティアさんがこの世界に居る事に驚いた様子も無かった。

 

「……もうちょっと待って。お姉ちゃんのオススメの物を見せてあげる」

 

「えっと、そもそも私はティアさんの妹じゃないのだけど……」

 

 でも、少なくても悪い人ではないとは思うわ。会ったばかりの時は無表情に見えたけれど、こうして少し話をしていると口元に柔らかい笑みを浮かべていて、抱っこされている私に負担が掛からない様に走っているもの。それに、目が凄く優しかった。

 

 それはそうとして何故か私を妹だと勘違いしているのは直さないと。だって凄く嬉しそうに目が輝いているもの。何か悪い気がして来たから訂正した私をティアさんはそっと地面に降ろす。誤解が解けたかと思ったら、優しく抱き締められたわ。……何故かしら?

 

「……大丈夫。血の繋がりは問題じゃない。家族を繋ぐのは心の繋がり。だから……私はゲルダのお姉ちゃん」

 

「えっと、そうじゃなくって根本的な問題で……」

 

「……もしかして年上? じゃあ、ゲルダがお姉ちゃん?」

 

 何となく思っていたけれどティアさんは間違い無く善人で、だけど人の話を聞かないタイプの人だったわ。あと、絶対に天然よ。

 

(でも、今の発言で理解したわ。この人、賢者様に育てられたのね。それで私も似た立場だって思っているのだわ)

 

 だから女神様が嫉妬しなかったし、私を話題にしていた時の会話も思い出せばそれらしい内容だった。

 

「えっと、私は賢者様達に育てて貰っている訳じゃなくて、一緒に旅をしているの」

 

「……どうして? イシュリア様が何かやったの?」

 

「あの方の名前が直ぐ出る理由は訊かないでおくわね。実は私が今回の勇者なの。でも、問題が起きて子供の時に選ばれた上に仲間に選ばれた人が居ないから二人が一緒に旅をしていて……」

 

「問題? イシュリア様が何かやったの?」

 

 ついさっき同じ質問をされた気がするけれど聞かなかった事にする。ティアさんを無視するみたいなのは嫌だけど、聞かなかった事にしたかったの。本当にイシュリア様は今までどれだけやらかしたのかしら……。

 

 

 

 

 

「……残念、妹じゃなかった。でも、此処まで来たなら見せてあげる。……有った」

 

 残念そうに肩を落としたティアさん。耳も尻尾も力無く垂れていたのだけど、直ぐに持ち直して足元の拳大の石を手にとって両手で果物でも割るかの様に真っ二つにしたわ。断面を見せられたけど普通の石ころにしか見えなかったから不思議に思う中、ティアさんが石に水を掛ける。途端に断面が虹の六色に輝いた。

 

「綺麗……」

 

「これ、虹鉱石。水に触れたら少しだけ光る。……でも、もう終わり」

 

 眩い輝きは周囲を照らし、思わず感嘆の声を漏らす程に美しかった。だけど十秒程で虹色の輝きは薄れ、やがて元の石ころに戻ってしまう。もう一度水で濡らさない所を見ると一度だけなのね。

 

「この辺、偶にマナーの悪いドワーフが屑石を捨てている。もっと質の良い鉱石なら何日も光る」

 

「へぇ、凄いわね。それで、他には何か面白い物があるかしら?」

 

「……気になる? なら、案内する」

 

 嬉しそうに口元を緩ませたティアさんはまたしても私をお姫様抱っこすると森の中を駆けて行く。所で賢者様に会えて嬉しそうにしていたのに私の相手をしていて良いのかという疑問が湧いたけれど、それよりも重要な疑問が一つ。

 

 

「所でティアさんとアンノウンって仲が悪いのかしら? 直ぐに逃げ出したけれど……」

 

「私はアンノウンが好き。でも、何故か逃げられる。疑問……」

 

 ちょっとだけ気になったから質問したけれど、気にしていたみたいね。それにしてもアンノウンが逃げ出すなんてどんな理由なのかしら? ……今後の為に知りたいわ。

 

 

 

 

「……ホットリーフ。柔らかいし温かいから防寒具の中身に最適。ゲルダも寒いのが苦手ならオススメ」

 

 ティアさんが枝を一本折って差し出したのは淡く赤く発光する葉っぱ。触ってみると少し温かめのお風呂のお湯位の熱を持っていて、まるで綿みたいに軽くて柔らかかった。

 

「でも、これって何時まで持つの?」

 

「三日間位。でも、大丈夫。……三日もあれば全部採っても直ぐに戻る」

 

 私に物を教えるのが楽しいのか尻尾や耳が動いているティアさんだったけれど、急に鋭い目を更に鋭くして耳と尻尾を逆立てる。私を守る様に片手を広げて睨む先には巨大な梟が木の枝に止まって首を動かしていたわ。

 

「……嫌な奴が来た。小さな子供が毎年彼奴の犠牲になる」

 

『『|梟小路《ふくろうこうじ』鳴き声で獲物の方向感覚を乱し、疲れた所を襲う狡猾な鳥型モンスター。主に夜間に行動するが腹が減れば昼間も動く。巨体の影響か普通の梟と違って飛ぶ音が大きい』

 

(武器は置いて来ちゃったけれど……魔法で対処しましょう)

 

 二メートル程の巨体を前傾姿勢にして今にも襲い掛かって来そうな梟小路を向かい打つべく魔本に手を掛けるけれど、ティアさんがそれを優しく手で制する。

 

「……少し良い所を見せたい。少しの間だけれど妹と思っていたから」

 

 ティアさんは人差し指の鋭い爪先を梟小路に向けて一歩前に踏み出す。バサバサと大きな音を立てて羽ばたいた梟小路は風を鳴らしながら向かって来たのだけれど、魔本も杖も持っていないティアさんの指先から放たれた三本の青い炎の槍が左右の翼と頭を貫いて背後の木に押し戻して縫い付けた。

 

「えぇっ!? 今、どうやったの!?」

 

「……私、特別な獣人。父達の娘になれたのもそれが理由」

 

 ティアさんは自信たっぷりに胸を反らし、大きめの胸が揺れる。思わず自分の胸を見てしまうけれど、落ち込むより前に一大事に気が付いた。梟小路を縫い付けた炎の槍で木が激しく燃えてパチパチと音を立てていたわ。

 

「大変っ! このままじゃ火事になっちゃうわっ!」

 

「……問題無い。確かあっちの方向に湖が有るから。えい」

 

 よく見れば無表情な様で表情豊かなティアさんだけれど声からは相変わらず感情が読み取れない。そんな彼女は木の幹を抱えて容易く引っこ抜くと放り投げた。弓なりに飛んでいった燃える大木は森の向こうに消えて、少し後に水音が聞こえて来る。水柱が上がったのが見えたし、多分大丈夫ね。

 

「ティアさん、一応見に行きましょ?」

 

「了解」

 

 親指をグッと立てたティアさんが私を抱える素振りを見せたので手で制する。あの程度の距離でも抱っこしたいのね。

 

「あっ、近いし抱っこは結構よ」

 

 いい加減恥ずかしいから抱っこされるのを拒否したけれど、明らかに落ち込まれたら良心が痛むわ。

 

「……帰り道でお願い出来るかしら? 抱っこじゃなくてオンブが良いわ」

 

「分かった!」

 

 帰り道が分からないから頼んで見たけれど、此処まであからさまに機嫌が良くなると頼んで正解だったと思うわ。……所で気になったけれど、風に乗って湖から漂う異臭は一体何かしら……?

 

 

 

 

「……何が起きている?」

 

「さ…さあ……」

 

 豊かで澄んだ水を蓄える湖は幾多の川に繋がっていて周辺の集落の水源となっている、ティアさんがそんな風に語った湖は不気味な赤紫色に染まっていた。水面に無数に浮かんでいる赤紫色をした蝗の死骸は幾重にも折り重なって水面を覆い隠し、私が今も感じている異臭の理由を物語っている。

 

「……集落に帰る。皆に知らせなくちゃ。送り届ける、乗って」

 

「え、えぇ!」

 

 殆ど変わらない表情でも焦りを感じさせるティアさんは私に背中を向けてしゃがみ、私が乗ると同時に走り出す。さっきまでのが私に気を使った速度だって直ぐに理解する程の速度で森を駆け抜けた彼女は瞬く間に賢者様達の所に辿り着いた。

 

「……これを調べて。じゃあ、後で」

 

 少し名残惜しそうにしながらもティアさんは去って行く。来た時と同様に凄い速度で砂煙を巻き上げて。賢者様が咄嗟に防がなかったら砂まみれだったわ。

 

 

 

 

「ティアはその通り私とキリュウがクリアスで育てた子だ。経緯は複雑だし、幾ら親でも本人の承諾無しに話すべき事ではないから教えられないぞ」

 

「クリアスで育ったって凄いわね。神様の暮らす世界なのに。どんな場所なのか気になるわ」

 

「クリアスは神が自分の家周辺を好きに弄っているので一概には言えませんが、私達の家周辺は今居る森の中と似ていますよ。……うーん、至って普通の虫ですね。何かの影響で変色と異臭は見られますが、毒の類は検出されませんでした」

 

 ティアさんから手渡された蟲の死骸を調べた賢者様だけど、その結果に私は安心する。周辺の生活用水に使われている湖だもの、病気や毒でも有ったら大変よ。

 

「……それにしても相変わらず慌ただしい子ですね。昔からあれだけは変わらない」

 

「別に良いではないか? 行動が速いのは悪い事ではあるまい。……そうだ、ゲルダ。私達が旅をしていた時の事なのだがな、キリュウはグリエーンの森にエルフが住んでいると思っていたのだぞ」

 

「あら、どうしてかしら? エルフが森で暮らすなんて普通じゃ考えられないわ」

 

「……地球ではエルフは森に住んでいる種族というイメージが有るのですよ。大笑いされたので勘弁して下さい、恥ずかしい」

 

 地球のエルフへのイメージも驚きだけど、賢者様が恥ずかしいと思う方が驚きだった。

 

(なら、人前でイチャイチャするのも恥ずかしいと思ってくれないかしら? 近くで見せられる私が恥ずかしいのに)

 

「さて、あの子は先に行きましたけど、私達も行きましょうか。どうします? 多分知らせている最中でしょうし、院長先生の所にティアの近況を聞きに行きましょうか」

 

 虫の大量死については後で考えるとして、一旦拠点となるビャックォの集落を目指す私達。舗装された道も案内の看板も無いけれど、ティアさんが駆け抜けた跡がしっかり残っているので私一人でも行けそうね。

 

(……それにしても二人にとってティアさんは本当に子供なのね)

 

 ティアさんについて話す時、二人は本当に嬉しそうだった。私の両親が私に接していた時と同じ優しい目をしていたし、少しだけ二人の事を思い出す。

 

「ガウ」

 

「あら、戻って来ていたのね……きゃっ!?」

 

 背中を軽く叩かれ、声を聞いて振り向こうとすれば襟首を咥えられ軽く放り投げられる。空中で体勢を整えるより前に風に運ばれた私はアンノウンの背中に乗っていた。

 

「……まあ、感謝しておくわね」

 

「ガーウ」

 

「所でティアさんが苦手なのはどうして?」

 

「……ガウ」

 

 きっと私を慰め様としたのだと察し、軽く背中を撫でる。ついでに気になっていた事を訊いてみたけれど顔をプイッて逸らすだけで教えてくれなかったわ……後で賢者様に訊いてみましょう。

 

(いえ、無駄ね。賢者様って女神様とアンノウンが関わると脳みそがお花畑になるし、女神様ならちゃんと教えてくれそうだわ)

 

 ティアさんの疾走によって荒れたを通り越して爆散した道をアンノウンに揺られながら進む。馬車が通れない道だからこうしてアンノウンに乗っていられるし、少しだけ良かった気がするわ。

 

 

 

(あの背中に貼っている、冷やし中華終わりました、の紙の事は教えるべきでしょうか? いえ、シルヴィアが言わないのなら、言わない方が良い事なのでしょう。同性の意見の方が頼りになりますからね)

 

(背中の貼り紙についてキリュウが指摘しない理由が分からんが、神ではない人なら分かる何かが有るのだろう。……うむ! 黙っていた方が良いのだろう)

 

 

 

「……何故かしら? 二人が通じ合っていない様で通じている気がするのだけれど……」

 

 

 それと同時に嫌な予感もするけれど、二人が何も言わないし動かないなら大丈夫だと納得する。きっと新しい世界に来た緊張で警戒しているだけだろうから……。

 

 

 

 

「此処がビャックォの集落で、目の前の建物はティアが三歳まで育った孤児院です」

 

 周囲を高い岩壁に囲まれたビャックォの集落には石造りの建物と木製の建物が半々に混じっていて、今目に前には小さな庭に幾つか遊具が置いてある木製の家。庭には獣人やドワーフの小さな子供達が遊んでいる中、大人が一人だけ居た。くたびれた服を着て白鳥の翼を持つ女の子を肩車している。

 

「おや、ティアが貴方から連絡が有ったと聞きましたけど、わざわざ訪ねてくれるとは思っていませんでしたよ、賢者様。其処の少ね……少女は迷子ですか?」

 

 こっちを向いた事で顔がハッキリと見える。太って見えたけど豚の獣人さんだったのね。口に出したら悪いけれど、ちょっと不細工だわ。でも、子供達が懐いているし悪い人じゃないわ。

 

(私を男の子と間違えた失礼な人だけれどっ!)

 

 先代勇者といい、この人といい、私を男と間違える人はどうして丁寧な態度の良い人なのかと思ってしまった……。

 

 

 

 

 

「襲撃! 襲撃だっ!」

 

 ビャックォの集落から遠く離れたセリューの集落、周囲を森に囲まれた木製の住居のみが点在し、周囲を砦の様な外壁に囲まれていた。其処に設置された鐘がけたたましく鳴り響きモンスターの接近を知らせる。見張りの青年が見詰める先では木々を薙ぎ倒しながら接近する豆の木鶏、それが三体。

 

「ヒュー! ご馳走がやって来たぜ。儀式の前にシルヴィア様からの贈り物って所だな。……感謝を捧げます」

 

 チラリと集落の中央に目を向ければ蒼い水晶と女神像、鎧と斧を身に着けた武と豊穣の女神シルヴィアだ。このグリエーンで最も信仰されている神に祈った彼は巨大な弓を構える。常人ならミリ単位も動かせない弦を引き、槍の様な矢を放つ。風を切り裂きながら進む矢は本来なら急所である頭を貫通、だけど止まらない。

 

 どれだけ鳥に近くても正体は植物、脳みそは存在しない。頭に穴を空けられた状態でも動き続ける。

 

「これだから植物系は困る。……だが、だったら動けなくなるまで破壊すれば良いだけだ」

 

 既に知らせを受けて飛び出して行った部族の戦士達が三体の豆の木鶏を取り囲み、一撃一撃が巨体を確実に破壊して行く。戦士達の共通点は犬科の獣人である事、それとうっすらだが蒼いオーラを纏っている事だ。

 

「お前達、気合い入れろ! 此奴達を女神シルヴィア様への供物にするんだ!」

 

 巨大な剣が大木の様な脚を切り倒し、倒れた巨体に戦士達が殺到する。三体が動かなくなったのは直ぐの事、忽ち歓声が上がる中、耳障りな音が聞こえて来た。

 

「……おい、何だよあれは……」

 

 前方を覆い隠す赤紫の靄の様な何か。やがて近付いた事でそれが何か判明する。蟲だ、蝗の大群が羽音を立てながら通った場所の木々を全て食い尽くしながら。

 

 蝗達は豆の木鶏に到達し、まるで鉛筆画を消しゴムで消す様に巨体を喰らい削る。まさに捕食者による蹂躙。その牙はモンスターだけでなく、人にも向けられた。

 

「うわっ!?」

 

「あっち行け! このっ!」

 

 彼らが腕を振り回せば蝗は簡単に潰れる。だが数が多過ぎる。蟲の死骸に群がる蟻の如く殺到した蝗は人は食わず、植物性の素材で作られた服を喰らい、砦を、家を、備蓄していた食料を喰らい尽くそうとしていた。

 

 

 

 

 

「おーっほっほっほっ! ビリワックは指示した事だけをする様に言いましたけれど、優雅に華麗に私の思う通りに行動させて頂きますわ。さて、楽しい楽しい戦争のお時間ですわね」

 

 高貴さよりも傲慢さを感じさせる態度の女がその様子を眺めている。金髪縦ロールに裕福さよりも成金趣味の高価そうな赤紫色のドレス。同様に赤紫色の扇で口元を隠しながら笑う彼女の目が怪しく輝いていた……。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。