初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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今回は読み飛ばし可 ちょっと魔族についてのおさらいと敵の掘り下げ的なのです


閑話 自称道化は夢を見る

「何とも下らん世界に生まれたものだ……」

 

 私……クレタ・ミノタウロスという存在に自我が生まれたのは片手の指で数えられる程度の前、最初に感じたのは虚無感だった。

 

 怒り、悲しみ、妬み、その様な人の負の感情が集まった淀みから誕生する私達魔族は本能的に人への強い敵意を持ち合わせている。それこそ考えの足りない者や考える事が出来ない愚か者ならば自らが魔族だからという理由だけで人を襲う程に。

 

 そんな奴らは気付きもしないのだろう。我々にとって最大の敵は神に選ばれた勇者ではなく、我々など敵として認識しない程に力の差がある神だと。勇者さえ殺せば次の選出時期まで神は何もしない? 人が絶滅する瀬戸際まで干渉しないから適度に生き残らせれば良い?  

 

「……馬鹿馬鹿しい。その様な事、楽観的な観測だ」

 

 結局、神がその気になれば一瞬で我々は絶滅する。その事を理解している者は少なく、理解している者は精々好き勝手に生きてやろうとしているだけだ。自暴自棄になっているのか、元から長生きに興味が無いのかは別としてな。……私はそのどれでもない三つ目に所属していた。

 

 

「お召し物を……」

 

 私が目覚めた時、紫色の薄い膜の中で粘液に包まれていた。内側から突き破れば私が入っていた物と同じ紫色の球体が無数に設置された擂り鉢状の荒野。中央に存在する一際大きい球体、そして真横に存在する次に既に破られている二番目の大きさの球体二つに近い程大きく数が少ない。

 

 今、私に体を拭う物と服を渡して来たのは端に存在する小さく数は多い球体から出て来た者達、下級魔族に分類される者だ。私に渡された者とは比べ物に成らない粗末な服を身に纏い、自分よりも遙かに力と地位が上の魔族に奉仕をしていた。

 

「きゃあっ!?」

 

「……ほら、立てる? ったく、何をやっているのよ」

 

 声の方向に目を向ければ荷物を持った下級魔族の少女が転び、上級魔族の女が手を差し出している。

 

「変わった奴だな……」

 

 下級魔族と上級魔族の間には大きな差が有る。人に例えるならば敗戦国の乞食と戦勝国の貴族、人を苦しめ淀みを身に蓄えれば力が増すが、結局同じ時間を使った場合は上級魔族の方が遙かに多くの淀みを溜め込む。同族意識は強い魔族故に人程の身分差は無いが、それでもあの下級魔族の様な存在に優しくする上級魔族は珍しかった。

 

「おい、あの下級魔族は?」

 

「お見苦しい所をお見せしました。奴はルル・シャックス。最下級魔族でない事が不思議な位で……雑務すら果たせぬ役立たずで御座います」

 

「……そうか」

 

 我々魔族が歴代の魔王から継承される知識や記憶の中でも滅多に存在しない最下級魔族。一種の蔑称であり、実際に目の前の下級魔族からは侮蔑の感情が見て取れる。

 

「……嘆かわしい事だ」

 

「ええ、全くで御座います。では、私は次のお方の所へ参りますので失礼をば」

 

 ルルに対しての態度と違い私に敬意と少しの嫉妬の感情を向けていた下級魔族は去って行く。名乗らないという事は、私が自分の名前など知る必要は無いと判断するとでも思ったのだろう。

 

「……ああ、全く本当に嘆かわしい」

 

 その呟きは誰の耳にも届かず、先程の下級魔族が汲み取れなかった真意に同調の言葉を発する者は居ない。元より期待はしていないが、それでも呟かずには居られなかった……。

 

 

 

 

「……屑が。同族相手に何を考えて居るのだっ!」

 

「ひ……ひぃっ! お、お許しをぉおおおおおっ!」

 

 此度の魔族は歴代でも最高の戦力だと受け継いだ記憶が私に教えてくれた。歴代に比べて中級や魔族の割合が大きいのだ。だが、歴代で最悪とも呼べるだろう。

 

「次は…次は人間を襲いますのでっ!」

 

 例えば目の前で地に這い蹲って許しを請う老爺姿の中級魔族。実力差を盾にして下級魔族の女に夜伽を強制していたのだ。それも息も絶え絶えになるまで犯し続ける悪質な物。意を決して止めに入った下級魔族が一人重傷を負わされているとなれば我慢の限界だった。

 

「貴様に次は無い。死ね、恥曝しが」

 

 幾ら同胞でも最早見逃せぬ。せめてもの情けで一撃で消し去ろうと振り上げた拳だが、目の前から突然老爺の姿が消え去って別の男が姿を現す。現状を招いている現況の一人、上級魔族ビリワック・ゴートマン。魔族随一の魔法使いにして魔王様の側近である女の直属の部下だ。

 

「困りますね、クレタ殿。彼は貴女の部下ではありませんよ?」

 

「それがどうした。奴が何人の下級魔族に手を出したと思っているのだ。これ以上の被害を出す前に消さなければならん」

 

「それを判断するのは魔王様です。……それに下級魔族如きが傷付いたとして何の問題が有るのですか?」

 

 これだ、これが気に入らん。平然と言い放つビリワックに強い怒りが湧き拳が震える。だが、この拳を突き出せない理由が私には有った。それを理解してか奴は目を細めて笑う。山羊の顔が此処まで苛立ちを誘うとは知らなかった。私の葛藤を察しての笑いだ、当然だろうな。

 

「まあ、あのお方には貴女の怒りを伝えておきます。魔族全体の事を誰よりも考えているのは我が主。きっと悪い結果には成りませんよ。……では、貴女と部下の皆様の忠義に期待しております」

 

 慇懃無礼とは目の前の男の態度の事だと私は知っている。言葉と動作は丁寧でも目には嘲笑が浮かんでいる。私が逆らえば私に従う者達も罰せられるのだろう。先日、私と同じ怒りを抱いた者が抗議の結果として部下を処刑されたのと同じ様に。確か楽土丸という男だったな。

 

「あの女が口にする魔族全体の中に下級魔族は入っているのか?」

 

「ご存じですか? 人の国には同じ国民でも平民は人扱いするに値しないとする貴族が存在するのです。まあ、これは雑学の様な物ですが。では、失礼」

 

 その言葉が全てを物語っている。だが、私には何も出来ない。只従う事しか出来ぬのだ。

 

 ……魔族の現状を理解する者の中で私が所属するのは淡い希望に縋る馬鹿の集まり。敵である神頼みの愚か者だ。それを理解しても私は儚い希望に縋るしか出来ない。きっと誰よりも無力な愚か者なのだろうな……。

 

 

「理想と怒りばかり抱き、それに伴う行動が出来無い。その上、あの様な似合わぬ夢さえ。……道化とは正にこの事だ」

 

 何度も何度も私はこの言葉を呟く。きっと我が身が滅するか、理想が叶うその日まで……。

 

 

 

「……ふぅ。まだまだぁっ!!」

 

 己の愚かさを自覚し、そのまま終わるのか? 否! 私は少しでも理想に近付くべく修練を続けていた。両足に重りをぶら下げて指先だけで断崖絶壁を上り、巨人が使う武器を振るい、時にモンスターとも正面からぶつかり合った。

 

「ウゥウウウウウウウモォオオオオオオオッ!」

 

 強靭な肉体を更に頑強で重厚な亀の様な甲羅で覆った牛、鼈甲牛(ベッコウベコ)。総重量数トンにもなる巨大な牛の突進をまともに受ければ中級魔族でさえ挽き肉に変わる。私はそれを正面から頭で受け止めた。衝突の瞬間に地面が砕ける程の力を足に込め、一歩も退かずに受け止める。互いの額から血が流れる中、鼈甲牛は白目を剥いて倒れ込む。横合いから口笛と歓声が聞こえて来た。

 

「ひゅー! 姐さん、すげぇや!」

 

「クレタの姉御ぉー!」

 

 少し茶化す感じで手を叩いているのは十代後半ほどの一組の男女。浮ついた派手な服装をしたカップル……そう、カップルだ。

 

「やっぱり俺達の姐さんは凄いな、ハニー」

 

「そうね、ダーリン」

 

「次、お前達の番だぞ? 今のよりは弱いから頑張って戦え」

 

 私の言葉に固まった馬鹿共に背を向ける。今から一時休憩を兼ねて瞑想に入る予定だ。背後からギャーギャー騒ぐ声の後で牛の叫びと二人の悲鳴が聞こえて来たが、あの二人ならば大丈夫だろう。何せ私が直々に鍛えている者達だ。

 

「根性だけは有るからな、あの二人」

 

 たった一人の強者だけでは取りこぼす物も多く、掴める物は限られる。少しでも数が必要な強者の最低条件は欲でも怒りでも何でも良いから逃げ出さない為の芯となる何かを持っている事だ。一度逃げ出した者は再び逃げる。だが、あの二人だけはどれだけの修行を課しても文句は言いつつ逃げ出しはしなかった。

 

「……期待しているぞ」

 

 私が志半ばで倒れた時、その志を継いでくれる者、あの二人にはそれになって欲しいのだ。いや、そうでなければ困る。だからこそ私は二人を鍛え続ける。この世に生を受けた以上は生きる権利が有るのだからな。

 

 

 

 

「大ジョッキ、それと揚げ物を中心に幾らか料理を」

 

「俺、消化に良い物を……」

 

「私も。今、コッテリした物とか食べられない……」

 

「……情け無い。飯を食わんと力が出ぬだろうに……」

 

 その日の夜、部下二人を連れて飲みに出掛けたが疲れ切ってテーブルに突っ伏していた。休息日は昼から酒盛りをしている癖に何をやっているのかと溜め息が出そうだ。こうなれば精が付く物を無理にでもねじ込むべきだろう。

 

 因みにだが此処の払いは私持ちだ。未だ準備が整わない内は部門毎に準備を進めるのだが、その資金から幾ばくかの給金が出る。大元は人間だ。正確に言うならば腐った人間だな。私達が人を襲う際に情報を得る事で自らの被害を抑え、世界を掌握した際はそれなりの立場を期待して人間の敵に媚びへつらうのだ。私達が追いやられれば手の平を返すのだろうが……用が済んだら此方がそうするとは何故予想出来ぬ?

 

「……その愚か者の金で飲み食いする私が何を言っているのだとは思うがな」

 

「あら、随分と臭いと思ったらクレタじゃない。汗臭いわよ、貴女」

 

「……ちっ! 貴様か、ディーナ」

 

 折角部下と飲みに来ていたのに嫌な奴と出会う。派手で豪奢なドレスで着飾った、私と思想が同じでも絶望的に相性が悪いディーナ・ジャックフロストが部下の雪女氷柱を連れて嫌味を言う為だけに近寄って来た。

 

「臭いのは貴様だ。香水を使い過ぎで鼻が曲がりそうだぞ」

 

「あらあら、野蛮でガサツな貴女には分からないのね。……あの女に呼び出されて苛ついているのだけれど、喧嘩なら買うわよ?」

 

「はっ! 売って来たのは貴様だろうに。ああ、遂に脳がやられたか」

 

 互いに抱く理想は同じだと分かっていても何か気に入らない、その理由は分からないが、気に入らない物は気に入らない。何時もの様に口論が始まり喧嘩に発展する寸前、乾いた音が店に響く。見れば私の部下の男、牛頭 翡翠(ごず ひすい)を女の方の馬頭 琥珀(めず こはく)が平手打ちにしていた。続いて氷柱も翡翠に強烈な平手打ちを叩き込む。

 

「この浮気者っ!」

 

「別れたって言ってたじゃないっ!」

 

「ちょっ、話を……」

 

 弁明をしようとする翡翠だが、二人は聞く耳持たずに交互に平手打ちを続け、奴の顔はパンパンに膨れ上がる。それでも気が収まらないのか今度は拳を握りしめた所で私とディーナが羽交い締めにして止めた。流石に注目を浴び過ぎな上に喧嘩する気も失せた。

 

「ちょっと姉御っ!?」

 

「ディーナ様っ!?」

 

「おい、店員。料金は此処に置いておく。料理は適当に振る舞え。……帰るぞ、馬鹿共が」

 

「貴女もよ、氷柱」

 

 互いに暴れる部下を取り押さえて引っ張って行く。浮気をした馬鹿者は後で罰するとして、今はこの場から消え去るのが優先だ。互いに顔を合わせず店から出て、別れの言葉も交わさず背を向けあう。だが、この日は少し違った。

 

 

「……ああ、それとクレタ。どうも最近は焦臭いし、あの女の動向に気を付けなさい。もう片方が期待出来ない以上は私達で守るしかないわ」

 

「……そうか。肝に銘じよう」

 

 互いに嫌悪を向ける相手、魔王様の側近の片割れの顔を思い浮かべる。もう片方は己の快楽を優先して責務を果たさず、もう片方は最悪を超えた最悪だ。その上で有能で魔王様の信頼が厚い。出資者を集め、武具を整え情報網を構築する。何よりも他の追随を許さない圧倒的力。……そして、何よりも悍ましい程の悪意。

 

 既に直談判した同士が部下と共に反逆者として処刑されている。だから今は手を出せなかった……。

 

「おい、一刻も早く奴以上の手柄を挙げるぞ」

 

「当然よ。貴女に言われるまでもないわ」

 

 今日は休む気が失せた。今から戻って修練を続けるべく歩む足に力を込める。どの様な結末だとしても、あの女の手の平の上で踊る事だけは避けるべく、私は強くならなければならないのだ。

 

 

 

「あっ! 氷柱が貴女の部下から聞いたのだけれど、似合わない可愛い夢を持っているじゃないの」

 

「……彼奴、帰ったら殴る」

 

 最後に背中で受けた言葉に思わず振り返るもディーナの姿は人混みに紛れて見えない。なので私がやるべき事は安易な情報漏洩をした者に相応しい罰を与える事だ。前に酒の席で口が滑った時、絶対に誰にも言うなと命じたのだからな。

 

 

 

 それから更に数年が経ち、遂に勇者が選出される時期が来たとの情報が広まった。力を目覚めさせる儀式を行う聖都を襲う役目には私が志願するもあの女に却下され、各地で邪魔になるであろう強者を抹殺し、時に有力な情報を収集する日々が過ぎる。

 

「……そうか」

 

 その途中、何度も同族の戦死を聞かされた。殆どが下級魔族であり、明らかな格上相手に挑まされ返り討ちにあった、そんなケースが殆どで目的が明らかだ。あの女は任務の名目で下級魔族を使い潰し数を減らす気としか思えない。

 

「……あの少女も大丈夫か?」

 

 嫌いな相手だが同じ理想を抱くディーナが友人にしたルルの顔を思い出す。奴と仲良くなってからディーナは少し変わった。大本は変わらんし、嫌いなのは揺るぎない。だが、少し位ならば言葉を交わしても口論に発展しない程度にはなったのだ。……きっと、それは良い兆候なのだろう。

 

 彼女の心配をした二日後、ルルが勇者に敗れたと報告を受ける。同時に此度の勇者は何故か未熟な少女であり……故に最悪の事態になってしまったとも。賢者、二代目勇者の時から神の使者として勇者の手助けをしていた存在が凄腕の戦士と使い魔を引き連れ勇者の仲間になったのだ。

 

「姐さん、どうします?」

 

「姉御……」

 

「……私達がすべき事は一つ。強くなり、勇者の息の根を止める。それだけだ」

 

 賢者についての情報は受け継いだ記憶の中に姿は含まれず、姿を見た筈のビリワックも情報を流さない。魔族の中、特に下級魔族の間で不安が広まって行く。その上、最近では部下に対して従えている上級魔族の頭を通り越して命令が下される事も有るのだ。あの女が魔王様の代理としてな。

 

「あの二人、大丈夫かな?」

 

 私の部下ではないが翡翠と仲の良い中級魔族がイエロアの遺跡に関する命令を受けているらしい。遂に中級魔族の中で選別を始めたのかと危惧するが口には出さない。……何も出来ない私には心配する部下の前で口に出せなかった。

 

「……勇者だ。勇者を倒す。全てはそれからだ……」

 

 やがてディーナが致命的に相性の悪いイエロアで勇者に敗れたと報告を受けた。会えば喧嘩ばかりの相手にも関わらず胸が締め付けられる感覚。

 

 

 

「……これが寂しさか。そうか、私は奴が死んで悲しいのだな」

 

 もしかすれば何時かは友になれたかも知れない奴はもう居ない、二度と会えない。この日、私は一人で泣き明かした……。

 

 

 

 

(……不思議と何も感じん)

 

 そして今、私は勇者の首に刃を振り下ろそうとしている。怒りも爽快感も無い中、私は無慈悲にハルバートを振り抜いた。例え敵だとしても子供を殺すのは好かん。故に目を閉じればディーナの顔が浮かぶ。

 

 

 

 ……そう言えば私ばかり夢を知られていたのは不公平だな。全く、人の夢を笑うなど非常識な奴だった。私はただ……。

 

 

 少しだけ奴と夢を語り合う夢を見る。目を瞑り夢想して、だから普段ならば即座に気が付いた筈の違和感に気が付かなかった。

 

 

 

 

 

「ちょっと、この子は私のお気に入りなんだから死なせないわよ、この痴女。ったく、恥ずかしい格好ね」




なろうの方も宜しくね あらすじから


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