初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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贈られし賞賛と抱える苦悩

「……心配ですね。何か悪い事を教えていますから」

 

 行方不明になった子供の探索の為、グリエーン各地に飛んで探知魔法を使っている私ですが、どいも成果は芳しく無い。地下洞窟なら兎も角、異空間や他の世界に連れ去られているのならば厄介ですが、悩み事は他にも。小姑のイシュリア様です。今朝、強引にゲルダさんを散歩に連れ出したのが気になっていました。

 

 悪い事を教えているかも、ではなくて、教えている。心労ならぬ神労の女神と呼ばれる彼女なのですから当然です。では、捜索中ですが少し様子を窺いましょう。指で空中に円を描けば遠くの映像を映す画面が現れる。事故防止の為に水浴びやトイレは映し出しませんが画面にはちゃんとイシュリア様の姿が映し出されました。

 

 ゲルダさんの首に振り下ろされるハルバートの刃、それを間に割って入るなり手刀で切り飛ばす。あまりの切れ味にハルバートを持った魔族は目を瞑っていた事もあってその事に気が付いていない。

 

「……流石はイシュリア様だ」

 

 普段は役立たずどころか問題ばかり引き起こす色ボケ露出狂の痴女ですが、それでも神は神。お気に入り以外は見向きもしない職務怠慢な所も有りますがゲルダさんは気に入られて助かりました。思わず私の口からは賞賛が漏れ出る。

 

「この痴女」

 

「いや、誰が言っているんですか」

 

 その言葉も思わず口から漏れ出る。普段から下着同然の姿で出歩き、気に入った男なら妹の夫でも誘惑する痴女にだけは痴女呼ばわりされたくないでしょうね、あの魔族も。

 

 

 

「貴様が言うな。何だ、その格好は。貴様こそ痴女ではないか」

 

 ですが対する彼女の格好も中々の物です。牛柄ビキニアーマー、下着よりは扇情的ではないものの、それでも露出は多い。目糞と鼻糞は睨み合い、胸が押し合う程に接近して相手を威嚇しています。この二人は放置しても大丈夫でしょうし、今心配すべきはゲルダさんでしょう。今まさに死にかけた少女の心配が最優先ですが、画面を近付けて顔を見れば恐怖に染まり心が折れた様子は見られない。

 

「……糞っ!」

 

 思わず真横の木を殴り付ける。たった十歳の少女が死にかけて、その上で恐怖に染まらない。前者は問題外であり、後者も本来ならば持たなくて良い強さの問題だ。その様な物を強く事になったのが気に入らない。神に依存し、神の価値観や気分で人の運命が左右される事から脱却する為の勇者選出ですが、それにも問題が多過ぎだ。

 

「ああ、本当に……ん?」

 

 手に伝わる違和感から真横を見る。先程殴った木の感触が余りにも脆い感じがしたのですが手首から先が幹に刺さっていた。その上、何かが拳の先を這い回る嫌な感覚も有る。恐る恐る引き抜けば木の表面の皮が少し残っているだけで大きな空洞が出来ており、拳を抜いた穴から無数の蝗が飛び立つ。数十秒の間、私の上半身は蝗の激流に飲み込まれ、全て飛び立った後も感触がハッキリと残っていた。

 

「う、うげぇえええええええええええっ!?」

 

 思わず叫ぶ私ですが、よく見れば周囲の木も内側から何かが押しているらしく、薄い皮が膨らんでいる。つまり全てが今の木と同じ状態だという事だ。私は特別虫が苦手な訳ではないが、好きな訳でもない。だから私は逃げ出した。そして逃げ出しながら思った。幾ら何でも妙ではないのかと。

 

「少し調べてみましょうか……嫌ですが」

 

 この日、私は今までで一番家に帰りたくなった。当然ですが実家ではなくシルヴィアと暮らす家です。あそこで一日中愛しい妻を抱き締めていたい。あと、キスもしたいし当然最後は押し倒したりしたかった。

 

「私を押し倒した時の肉食獣みたいなワイルドな顔も美しいですが、私に押し倒された時の恥ずかしそうな顔も素晴らしい。……さて、様子を見守りましょう」

 

 気を取り直して目の前の映像に集中する。何時もは一定以上のダメージを防ぐ常時展開の結界ですが、今は虫の接近を防ぐ物も追加して一安心。イシュリア様ではないのですから仕事は真面目にこなさなくては。何か有れば直ぐに転移する気でいたが、今は相手が情報を漏らすのを期待していた。

 

 

「しかし名乗りを上げた戦いに手出しをするとは作法を知らぬのか? この無粋者め」

 

「勝てば良いのよ、勝てば。勝てば官軍って知らないのかしら? バーカ!」

 

 柄だけになったハルバートを構える敵に対し、イシュリア様は両手の人差し指で口を左右に広げて舌を出す。敵が情報をさらけ出すのを期待した私の目の前で義理の姉が醜態を晒していました。

 

「大体さぁ、偉そうにしているけれど魔族って年齢一桁じゃない。この見た目が育ったロリッ子!」

 

 見た目は良くても中身が残念な年齢不詳(推定五桁以上)のイシュリア様はビシッと相手に指を突きつけると背中を見せて挑発の積もりなのか尻を叩く。もう止めて欲しかった。戦いの様子を見守るゲルダさんも居たたまれない様子で目を逸らし、私も出来れば映像を切りたい心情だ。

 

「……はっ!」

 

「は、鼻で笑ったわねっ!? むきー!!」

 

「ああ、貴様の名が分かったぞ、女神。イシュリアだな」

 

「あら、私を知っているのね。まあ、私だし? ふふん、見所有るじゃない」

 

 相手が自分を知っていると分かった途端に機嫌が良くなるイシュリア様ですが、どうして知っているのかは予想出来た。ですが、これ以上私に出来るのは願う事だけだ。

 

「お願いですから今以上の醜態を晒さないで下さい……」

 

 その様な願いなど叶わないと知って尚、私は願う。あの方、私の親戚ですから。シルヴィアとの間に何時か生まれる子の血縁者になるのですから。

 

 

 

「ああ、知って居るさ。馬鹿をやらかしてばかりの問題児。我々に有益な情報もペラペラ喋ってくれた恩人だとな。なあ、イ醜態ア……いや、イシュリア」

 

「どうやったら間違えるってのよーっ!? ぐっ、この……えっと……バーカ」

 

「ふっ。馬鹿はお前だろう?」

 

「何ですってー! 馬鹿って言う方が馬鹿なのよ! バーカ、バーカ、もう一丁バーカ!」

 

 もうこれ以上あのポンコツ女神が恥を晒す前に止めなければと転移をする寸前、魔族の様子が急変する。頭から蒸気を出して飛び掛かりそうなイシュリア様の前で武器を手放し腹を押さえた。

 

「あ~ら、どうやら限界みたいね。そ~らそらそら」

 

「ぐっ! こ、この卑怯者めぇ!」

 

「勝てば官軍って言ったでしょう、この鳥頭の牛女! おーっほっほっほっほっ!」

 

 どうやら腹痛を起こしたらしい相手の武器を奪ったイシュリア様は倒すでもなく柄の先で腹を突いての高笑い。もうゲルダさんの彼女を見る目には一切の敬意が宿らず、無を通り越して負債となっている。命を助けたばかりの相手にこの始末など、流石はイシュリア様だと逆に感心させられた。

 

「さて、情報も得られそうにないですし……倒されても都合が悪い」

 

 あれだけの魔族、今は無理でも何時か倒せば大きな功績となるでしょう。故に私や神はなるべく魔族に手出ししないのですが、イシュリア様はイシュリア様なので不安が残る。それに挫折とは乗り越えられなかった壁を乗り越えてこそ。私もそうでした。故に倒すのを止めるべく私は即座に転移を行った。

 

 

 

「もう飽きたし……漏らして死になさいっ!」

 

 顔面を貫こうとイシュリア様の突きが迫る。対する魔族は手の平を差し込むも貫通し意味を成さない。この時点で勝敗は決していた。防御ではなく回避を選ぶべきだった、そんな次元ではなく戦いに突入した時点で終わっている。体調不良か戦いの興奮か、兎に角判断を誤った事、そして自らの死を悟った彼女は目を閉じずその時を待つばかり。

 

「ストップですよ、イ醜た……イシュリア様」

 

 その間に私が割り込んだ。只受け止めようとしても私では止められない。彼女と私では力が違う。だが、ならば別の力を借りれば良い。転移と同時に召喚したアンノウンのパンダ、イシュリア様より上位の師匠が創った特別なヌイグルミが両の前足でイシュリア様の必滅の一撃を受け止めた。

 

「ちょっと邪魔をしないでっ! てか、何って言い間違いそうになったのかしらっ!?」

 

「まあ、落ち着いて下さい。彼女を殺されては困ります」

 

「そうか、私を助けてくれたのだな……」

 

 少し嬉しそうな声に振り向けば何故か顔を赤らめている魔族。……えっと、どうしたのでしょうか?

 

「あの……」

 

「……クレタ・ミノタウロス、クレタと呼んで欲しい」

 

「成る程嫌です断ります。私既婚者、貴女敵……御理解頂けますね? 理解しろ」

 

 私だって他の女性に全く興味が無いだけで鈍感系主人公を気取る気は有りません。実際に勇者時代に何度も好意を持たれました。今回は吊り橋効果的な物によるのでしょう。正直言ってシルヴィアが不機嫌になるだけだ。

 

「……嫌だ。私には夢が有る。魔族の世界を築いたらウェディングドレスを着て結婚式を挙げて、可愛い家に夫婦で住むんだ」

 

「今、実際に私の妻がそうしています」

 

「絶対にお前を私の物にしてみせる! さらばだっ!」

 

 暖簾に腕押し糠に釘、クレタは膨れ面で言うと足を上げて地面を踏み締める。炸裂する地面、舞い上がる土煙。それに紛れて逃げ出すクレタ。ですが当然ですが私達には通じない。追撃する気は有りませんが。……私には。

 

 

「大丈夫、ちょっと腹いせをするだけで殺さないわ。只、女神を怒らせたら……怖いって教えてあげるだけよ!」

 

 イシュリア様はクレタが残したハルバートの柄を振り被り、槍投げの要領で投げ放つ。空を切り裂き、間の木々を問題とせず突き進む柄はクレタに追い付いて右肩を射抜いた。

 

「かっ!」

 

 一点に集中していたのか周囲の肉が爆散せず右腕は繋がってはいる。ですが、神が怒りを込めて付けた傷が簡単に癒える筈も無い。暫くは戦えないでしょう。

 

「へっへーん。ざまあみろっての! ベロベロベー!」

 

 折角格好良い所を見せたのに醜態を晒すイシュリア様。暫く舌を出していた彼女は今度は私の方を向き、何か悪い事を考えた時の顔をする。尚、何時も大体失敗します。

 

 

「ねぇ、あの女に求婚された事を黙っていて欲しかったら向こうの茂みで今から私と……」

 

 胸の谷間を見せ付ける前屈みで人差し指を使って私の顎を撫でて呟くイシュリア様。この人は本当にイシュリア様だ。

 

「シルヴィアに言い付けますよ」

 

「用事を思い出したから帰るわねっ!」

 

 昨夜の事が余程怖かったのか身を竦ませてから駆け出し逃亡。イシュリア様が帰った事で私の周辺は漸く少し平和になったらしい。尚、何時の間にか彼女の背中には”ペンキ塗り立て”とアンノウン特性のインクで落書きがされていますが黙っていましょう。教える前に帰った方が悪い。

 

「アンノウン、今度は何分後ですか?」

 

「ガウ」

 

「五分後にカメムシの臭いが漂うのですね。帰って良かったです。……さて、立てますか?」

 

 イシュリア様専用の悪戯グッズの効果を確認しつつ座り込んだままのゲルダさんに手を差し伸べる。直ぐに此方の手を握り起き上がりますが、その手の力は些か強かった。

 

「……賢者様、悔しいわ」

 

「……そうですか」

 

「手もっ! 足も出なかったっ! あのままじゃ私は負けて殺されていたっ! もっと、もっと強くなりたいっ!」

 

 敗北の泥に汚れ苦汁を舐める、それで立ち上がれない者も居れば、立ち上がり再起を図る者も居る。勇者としては幸いにゲルダさんは立ち上がれる資質を持っているらしい。……私はそれが悔しかった。

 

(何が賢者、何が初代勇者だ……。たった十歳の子供にそんな強さを持たせる事になるだなんて……)

 

 勇者の使命からは逃げる事が出来ない。そしてゲルダさんは逃げ出そうとせず、逃げて良かったとしても今の決断を下すでしょう。それが悲しく悔しかった。多くの人が私を賢者だと褒め称え、初代勇者の物語は神話の如く扱われる。だが、実際はどうだ? 子供に本来不要な覚悟をさせる、そんな役立たずの人間だ。

 

「ゲルダさん、任せなさい。私が必ず貴女を強くしてみせる。シルヴィアと共に導き、次こそは勝利の栄冠を掴ませて差し上げます」

 

「はいっ!」

 

 気合いを入れて返事をする彼女が眩しく見えた。そうだ、私に出来るのは彼女を鍛える事と経験を活かした助言をする事だけ。結局、そうやって与えた物を使って進むのは彼女次第。ならば私は自分が成すべき事を成すだけだ。この旅が終わった後、世界を救った勇者の彼女が子供らしく過ごすのは難しい。それでも少しでも子供らしく人らしく生きる為、守り抜きましょう。

 

 

「では一旦戻る……前にすべき事が有りますね」

 

「ええ、血の臭いがするもの。それも多分返り血だわ……人の」

 

 体に泥を塗って体臭を隠し、気配を殺す事で巧妙に隠れている者達が数名、離れた場所から此方の様子を窺っている。私は魔法による探知と強化された視覚で、ゲルダさんも勇者として強化された嗅覚で僅かな血臭を感じ取ったらしく武器を構え、私は軽く手を振る。毒でも塗っているのか鏃の先端が僅かに錆びた矢が引き絞られ放たれる。正確な狙いで向かうのはゲルダさんの胸。心臓を狙った殺意の矢だ。

 

 強靭な弦で引き絞られた矢、それが弓から飛び出した所で私が掴み取る。彼の目には私が突然現れた様に見えたのでしょう。

 

「て…転移……」

 

「いえいえ、違います。只凄く速く動いただけです、彼女もね」

 

 私に遅れて数秒後、ゲルダさんも追い付く。私に注意を向けていた弓使いの顔面に飛び蹴り、仰け反った彼を踏んで背後のナイフ使いにデュアルセイバーを真上から叩き付け、小さくして逆手に持つと少し開いて後ろに突き出す。瞬時に元の大きさに戻ると、背後から殴りかかろうとしていた男の手を弾き顔を挟んで持ち直した。

 

「急にご挨拶ね。貴方達は何故私達を狙ったのかしら?」

 

「ぐっ……」

 

 顔を挟む鋏を引き剥がそうと力を込めるも微塵も動かず、彼はそのまま片手で持ち上げられる。先程の戦闘の興奮が冷めやらぬのか彼女の威圧感は普段より増し、足をジタバタ動かしていた彼の顔が青ざめていた。

 

「教えて……いえ、別に良いわ。賢者様、他の二人の記憶を覗いて貰えるかしら?」

 

「!?」

 

 賢者という言葉に驚いた彼を無視して私は二人の記憶を覗く。それにしても軽く見る限りではイエロアに到着したばかりのゲルダさん以上の戦士に見えますが、それを秒殺するとは私以上の成長力だと驚いてしまう。

 

「……まあ、私は魔法タイプですし? 種族の差も有りますし?」

 

 多少鍛えていただけの日本人の男子高校生と、モンスターが居る世界で生まれ育った半獣人の羊飼いの少女、普通に考えて身体能力が上なのは後者だと脳内で言い訳、本当は少し悔しい。それは兎も角として、彼等の記憶を読んだ結果は随分と深刻だった。

 

「賢者様、この人達は……?」

 

「先兵……要するに偵察に来た戦士が目撃者を消そうとしたのですよ。……戦争の為にね」

 

「戦…争……」

 

 その言葉にゲルダさんは武器を落として口元を手で覆う。世が荒み、人同士で手を取り合わないと駄目な状況でも戦争は起こって来た。当然、私の時も。支配者への不平不満不信、国や時に町同士、同じ町に住む住人の間でも争いは起きる。

 

 

 

 

「ゲルダさん、予め言っておきます。この戦争、私達は介入出来ません」

 

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