初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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勇者継承の儀 下

「……やっと着いた。長かったなぁ」

 

 豆ヒヨコと戦った後も色々なモンスターに遭遇して、痛い思いもしたけどデュアルセイバーの扱いにも慣れて来た。手にしていると何となく分かる体の動かし方が馴染んで自分の物になって行く感覚。今は顔が有る上に根っこで移動する木に生っていた木の実で喉の渇きと空腹を満たしているんだけど、デュアルセイバーを手にしていなくても目の前の険しい山道をどう進めば良いのか分かった。

 

 此処までの道とは違って草一本生えていなくて岩がゴロゴロ転がっている荒れ地。足を一歩踏み外せば転がり落ちそうだけど不思議と不安は無い。ちょっとだけだけど自信が付いて来たのかな? 食べ終わった木の実を放り捨て、頬を両手で叩いた私は意を決して進み出した。

 

「よし! 男も女も度胸だよね!」

 

 岩に紛れて襲い掛かって来た岩の鱗を持つ蛇を小さくしたデュアルセイバーで弾き飛ばし、ほぼ直角の道を鋏の切っ先を地面に突き刺し這い蹲りながら進む。

 

「キュィイイイイイイ!」

 

 無防備な背中を狙って金属製の鋭い嘴を持つメタルイーグルが突撃して来たからデュアルセイバーを元の大きさに戻し、上に逃げる。勢い余ってデュアルセイバーの刃に衝突して止まった背中を踏み付け、地面から抜いたデュアルセイバーを頭に叩き込んだ。

 

「わわわっ!?」

 

 倒したのは良いんだけど足場が悪い所で暴れたせいで転びそうになる。背後の地面に向かってデュアルセイバーを大きくして何とか持ち直したけど危なかったぁ……。

 

「あ、後少し……」

 

 険しい道を何時間も掛けて進んで漸く山頂の様子が見えて来た。ううっ、尻尾が砂ですっかり汚れちゃって気持ち悪い。尻尾を左右に振って砂を振り払うんだけど毛の奥に残ちゃうし、帰ったら念入りに洗わないと。癖毛だからか髪の毛の奥にも入り込んで手でガシガシ掻き乱してたらボロボロ落ちて来た。

 

 遠くからでも見えていた光の元は巨大な門。開いた門の中央は空間が歪んでその中央が光っていたの。遠くからでも見えた光は此処からだと眩しいわね。でも、ずっと見ていたら目が慣れて門の直ぐ近くに居たモンスターの存在まで見えたのは最悪な気分。

 

「……正直言って気持ち悪い」

 

 えっと、アレってなんて生き物だっけ? 布の袋みたいなのから触手がウネウネ生えていて、ヤドカリにくっ付いているの。確か……イソギンチャク! そのイソギンチャクの三メートル位の巨大なのが門の前に陣取っている。胴体は赤黒くて触手は黄色と黒の斑模様の蛇。正直言って近付きたくもないんだけど仕方無いよね。

 

 

 

 

『『ゴーゴンキンチャク』数倍まで体が伸びる蛇の触手を持つ水陸両棲のモンスター。微量だが蛇の牙には毒が有る』

 

 知っておかないと駄目だけど知りたくなかった情報が入って来る。本当なら戦わないで済ませたいけど、多分あの門に入るのが此処から帰る方法だって思う。……何となくだけど。

 

「でも、アレを潜り抜けて門に入ったら……ううん、それは駄目。私は勇者だから、勇者にならなくちゃ駄目なんだから」

 

 きっと私は此処に強くなりに送り出された 。だから逃げちゃ駄目。デュアルセイバーを握り締め息を整える。

 

 私は蛇を周囲に伸ばして蠢いているゴーゴンキンチャクは周囲を飛んでいる虫を捕まえてたり、空の鳥に向かって伸ばしたり……あんなに伸びるのっ!? 数倍どころじゃないよっ! 遙か上空の鳥に掠めそうになった蛇を見て私は思わず声を出しそうになる。慌てて口を塞いで胴体に視線を戻した時、触手の一本が地面を這って何処かに伸びているのを見つけた。頭は何処だろ……っ!

 

 

 

「シャアッ!」

 

 背後から漂って来た蛇の臭いに気付いて横に飛ぶ。私が居た場所の地面に蛇の牙が突き立てられた。狼の獣人の血が入っていなかったら危なかったよ。有り難う、お父さん! 地面から牙を抜いて向かって来た蛇の頭にデュアルセイバーを振り下ろし後ろに跳べば他の蛇も次々に向かって来た。

 

「ああ、もう! 隠れていたのにどうして気が付いたのっ!? 蛇って鼻が良いのかなぁ……」

 

 元の大きさじゃ振るうのは大変だから半分位の大きさにして噛み付いて来る蛇を次々と弾いて行く。今まで倒したモンスターだったら一撃で倒せたのに蛇の鱗が固いのかダメージは有っても直ぐに戻って来るし、数が多すぎて対応が追い付かない。噛まれはしなかったけど胴体にぶつかって体勢が崩されて、尻餅を突く。直ぐに地面を転がって移動するけど一匹が足に絡み付いた。

 

「きゃっ!」

 

 蛇で一番怖いのは毒でも牙でもなく締め付け。デュアルセイバーで叩いても多分引き剥がせない。ギシギシと骨が軋んで凄く痛い上に他の蛇も向かって来ている。流石にアレ全部に噛まれたら拙い。私は咄嗟に足に巻き付いた蛇の頭を掴み、目玉に指を突き立てた。

 

「放してっ!」

 

「ギャッ!」

 

 両目を潰されたショックで絞めが緩んだ瞬間に胴体を掴んで無理に引き抜いて脱出する。向かって来た蛇に噛まれるのは防げたけど一匹の牙が肩を掠めた瞬間、焼け付く痛みが走った。痛い、痛いけど……我慢する!

 

 

 

「私は物語で憧れた勇者様に近付きたい! 此処で貴方を倒して私は憧れた勇者様に近付く!」

 

 向かって来た蛇を一纏めになぎ払い叫んだ時、急に蛇達が本体の元に戻っていく。蛇の首が絡み合って大きな塊になって私に向かって来た。その姿はまるで無骨なハンマー。散々殴られた報復とでも言いたいのかしら? デュアルセイバーで殴った時の感触からしてあの硬度と質量で殴られたら只じゃ済まないのだけど、毒が回って来たのかクラクラしてて避けながら本体に接近するのは難しいわ……。

 

 だったら、避けない! 正面から受け止める!

 

「せいっ!」

 

 デュアルセイバーの切っ先を地面に突き刺し、刃と持ち手を掴んで地面を踏みしめる。ガンって音と共に衝撃が伝わって倒れそうだし肩も痛いけど歯を食いしばって耐えきるのよ、私! 足が地面を削りながら後退したけど勢いは完全に殺し切って、蛇は本体に戻って行く。多分また同じ攻撃を仕掛ける気なのね。私が毒で満足に動けないって分かっているんだわ。

 

 

 

 

「だから……一緒に連れてって」

 

 引き戻される蛇に掴まって地面を蹴れば私の身体はゴーゴンキンチャクの本体に引き寄せられる。直ぐに気が付いて蛇の動きを止めたけど既に私の身体には引き寄せられた勢いが付いていて、手を離して前方に投げ出された私は着地の瞬間に地面を蹴って跳躍、デュアルセイバーを着地と同時にゴーゴンキンチャクの本体に振り下ろした。

 

 

「せやぁああああ!!」

 

 私の一撃を受けて本体が大きく陥没する。もしかしてと思ったけど蛇に比べて本体は柔らかい。でも、この一撃で倒せる程じゃない。なら、倒せるまで叩いて叩いて叩いて叩きまくるっ!!

 

「たぁあああああああああああああっ!!」

 

 兎に角フォームも気にせずに無我夢中で連撃を叩き込む。戻って来た蛇が背後から噛み付いて来ても堪えて動きを止めない。勇者ならこんな所で負けない、負ける筈がない! もう痛みと毒で頭が真っ白になる中、大振りの一撃を叩き込んだゴーゴンキンチャクの本体が潰れて蛇の動きが止まったのを感じた私はフラフラとよろめく様に門へと向かい、光に向かって倒れ込んで気を失った……。

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 目が覚めると神殿の地下の儀式を始めた場所で、私は裸だし怪我も痛みも嘘みたいに消えている。夢……じゃないよね?

 

 

 いや、それは違う。確かに今は痛みはないけれど、それでも私が感じた痛みも恐怖も、何より決意は本物だ。それだけは私自身が信じている。

 

「あの、聖女様……」

 

「先程までの戦いは本物だったか、ですね? 夢であったとも、本物であったとも言えます。貴女の意識だけを儀式によって作り出された空間に飛ばしたのですよ」

 

 あっ、だから持っていない筈の武器を持っていて着慣れた服を着てあの場所に居たんだと聖女様のお話を聞いて納得した。じゃあ次に気になったのは私は試練を突破したのかって事。

 

 正直言ってギリギリだったし、もしかしたら歴代の中で一番情けない評価かも、そんな不安が浮かんだ私に聖女様は微笑んで凄く喜んだ顔で撫でてくれた。

 

 

 

「まさか最後の敵まで倒してしまうなんて凄いですよ! 貴女は四代目ですが、同じく最後の敵を倒したのは初代だけと伝わっています。……貴女ならきっと大丈夫。世界を必ずや救うでしょう」

 

 ……え? 一瞬何を言われたのか分からなかった。私、勇者として誉められたの? 驚きと喜びが一緒にやって来て言葉も出ない。ただ、もう少し勇者としての自分を認めても良いんだと思えたの……。

 

 

「終わったか。では、私はキ……賢者に知らせに行こう。そろそろ飯の時間だしな」

 

 女神様の方を向けば壁に寄りかかって腕を組んで立っていた。えっと、欠伸をかみ殺しているけど寝てた……のかな? 一応重要な儀式の最中だったのだけど。……うん、神様だもの。

 

 私は改めて神様と人の違いを感じ取った。多分今後もこんな事が有るのね、きっと。

 

 って、今ご飯の時間と言ったかしら?

 

「え? もうそんな時間?」

 

 確かに森や山で結構時間を使ったけど、それは夢だから実際はそんなに経っていないと思ったのに。そういえばお腹も減ったし身体も冷え切っているから長い時間水の中に居たって分かる。

 

「あの、聖女様は大丈夫なのですか?」

 

「ええ! 聖女パワーで大丈夫です。……私の心配をしてくれるなんて優しい子ですね」

 

 聖女様は元気一杯だとポーズで示して、また私の頭を撫でてくれる。聖女様の身体も冷え切っているのに頭に乗った手は暖かくてお母さんを思い出した。

 

 ……そう言えばお母さんも聖女様みたいにちゃんとした教育を受けたみたいに思える時があったけど、お父さんと結婚する前の事は教えて貰ってなかったなぁ。

 

「……お母さんかぁ」

 

 どの世界かは知っているけど住んでいた地域もお母さんの家族の事も何も知らない。世界を救う旅の途中で知る事が有るかも知れない。知りたい様な知るのが怖い様な、そんな不思議な感覚がした。

 

 

「さて、そろそろ行きましょう。冷えはお肌の天敵らしいですからね。……頑張って私が綺麗な内に世界を救って下さいね? 勇者様でなくてもあの方相手な結婚は許されると思いますから。私、初恋を諦めたくないので」

 

 頬を赤く染めて恥ずかしそうに語る聖女様に私は何も言えなかった。この人の初恋の人が誰か何となく分かっていて、その人は既に結婚しているって言えない位に幸せそうに見えたから……。

 

 

 

 

 

 

 

「……賢者様、試練の事を教えて下さっても良かったと思いますよ? 私、本当に怖かったんですから」

 

 少し疲れているから暖炉で暖まりながらホットミルクを飲みながらも私は賢者様にジト目で見る。だって私はモンスターと戦うのは初めてだったのに急にあんな場所に送り出されたのだから文句の一つも言って良いと思うの。

 

「それを言うなら私だって何も知らなかったのですよ? 二代目だって三代目だって同じです。……おっと、貴女を責めている訳では無いですよ? もしかして怒ってます?」

 

 賢者様の説明を受けて何も知らずに挑むのも試練の一つだって理解はした。納得はしていないから少し怒っているけど。でも、この場には私よりも怒っている人が居る。

 

「……ふんっ! その理由は貴様が一番知っているだろう?」

 

 具体的に言うと怒っているのは女神様で、今居るのは賢者様のお膝の上。…えっと、怒っているのかな?

 

「えっと、もしかして儀式の事ですか?」

 

「ああ、エミリー達に裸を見せて額にキスまでさせた儀式のな! 向こうも裸だったな」

 

 ああ、嫉妬しているんだ、女神様。大好きな賢者様が自分より早く他の女の人に裸を見られて裸を見て、額にキスまでされて。だから怒っているのね。

 

 こ、これが修羅場? 初めて見るわ。少しドキドキして来たかも……。これからどうなるのだろうと私がハラハラする中、賢者様は困り顔で女神様を抱き締める。この時点で結末が予測出来たわ。

 

 

「……私が好きな相手は貴女だけです」

 

「馬鹿者、その程度当たり前だ。……ちょっと放せ」

 

 まさか女神様が賢者様のハグを不機嫌そうに振り払うなんて予想外だった。まだ出会って一日も経っていないけど少し呆れるくらいに仲が良い二人なのに。うーん。結婚前の出来事でも修羅場が起きるのね、ビックリしたわ。

 

 

 

 

 

 

「……膝に座るならこうして向かい合う方が良い。何をしている、早く抱き締めろ」

 

「仰せのままに、愛しき女神様」

 

「今夜は寝るな。私が徹底的に魅了して他の女の裸の記憶など消し去ってやる」

 

「もう魅了されて消え去っているのですが。……出会った頃より私の心は貴女に捧げていますから」

 

 結局二人は仲良しさんなのね。旅の途中もこれを見せられると思うと少し面倒なのだけど仕方ないわ。だって三百年以上も熱いままの関係なのだもの。

 

 キスをしている二人から目を逸らしながらもチラチラ見てしまう私ってオマセさんなのかしら? ちょっと自分が大人になった気がした私は、今日は勇者としてもレディとしても成長出来た素晴らしい日だと思ったの。

 

「失礼致します。お食事をお持ちしましたので入っても宜しいですか?」

 

「賢者様、女が…シルさん、お食事の時間だし、あの…その……」

 

 そんな時、ノックがされてご飯が運ばれて来たから私はお膝の上から降りた方が良いんじゃって言いたいけど恥ずかしくって言えない。でも、流石は賢者様。女神様に何か耳打ちしたら女神様は真っ赤になって膝から退いたの。どんな事を言ったのかしら?

 

「どうぞお入り下さい」

 

 あっ! そうだ、今はご飯だわ! 聖女様から聞いた屋台も気になるけど、今はご飯を食べましょう。えっと、メニューは……。

 

 

 

「ハンバーグにオムライス、プリンまで有るわ! サラダにはリンゴが入っているし最高ね!」

 

 可愛らしい絵柄のお皿に盛られたのは私の好物ばかり。どれから食べようか迷っちゃうわ! 全部作りたてで美味しそうだし、じっくり味わって食べなくちゃ。

 

「……って、いけない! ゴルドバの餌の時間だわ!」

 

「あの犬なら安心しろ。私の部下のダヴィルに羊の世話共々任せている。旅の途中も奴に羊を任せれば安心だろう」

 

 えっと、女神様の部下って事はダヴィルさん? も神様で……ダヴィル?

 

 

 

「えっと、もしかしてダヴィルって人は……神様?」

 

「ああ、牧羊を司る神だ。何か問題があったか? ならば他の者に任せるが……」

 

「いえいえいえっ!? 十分、十分です!」

 

 ……うーん。本当に今日は濃い一日ね。きっと驚く事はもう流石に明日以降だと思うけど。……旅かぁ。ダヴィル様に羊を任せるのなら安心だけど、見知らぬ土地に行くのは少し不安ね。

 

 

「それで賢者様、今日はもう帰って休むのですか?」

 

「ええ、出発は色々な意味で早い方が良いですし、明日は重要な準備をしようと思いまして。なのでちょっとお出掛けしましょうか」

 

 お出掛け? きっと旅に必要な物を買いに市場に行くのね。王都の市場ならきっと色々揃うし、行った事がないから少し見学してみたいわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、明日はお城に行って旅の資金を貰いましょう。世界を救う旅の資金ですし、遠慮は要りません」

 

 ……前言撤回、また驚かされたわ。でも、確かこの辺りのお城って確か……。

 

 

 

 

 

 

 

 


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