初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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戦の予兆と神の掟

 「ほら、ご覧なさい。綺麗な花が咲いていますよ」

 

……気が付けば夢を見ていた。父と母と三人で暮らしていた幼い頃で、未だアンノウンも創られていない。父に肩車をされて花を見るけれど私は花よりも木の実が気になって手を伸ばす。身を乗り出しても私の手が短くて届かなかったけれど、父がその場で浮いて取れる場所まで近付いてくれた。

 

「ティアは花より団子ですね」

 

「これ、木の実」

 

「私の国の諺ですよ。まあ、良いでしょう。じゃあ、次は何処に向かいますか?」

 

「……あっち」

 

 向こうにも色々な木の実が生っているのを見た私は迷わず指さし、父は少しだけ困った様な表情で向かってくれる。

 

「……お昼ご飯もちゃんと食べるのですよ? 私までシルヴィアに叱られますから」

 

「頑張って」

 

「ティアも頑張りなさい。下手すれば三時のオヤツ抜きですからね?」

 

「……頑張る」

 

 結局この日は木の実を食べ過ぎて母の作ったお昼ご飯を残して怒られてしまった。オヤツは辛うじて父と一個のアップルパイを分け合う事で済んで、父は殆ど私にくれた。この時だけでなく、父は何時も私に優しくしてくれる。

 

 そんな時、私は決まってこう言っていた。

 

 

「父、大好き」

 

 そうすれば何時も父は嬉しそうに笑い頭を撫でてくれた。

 

 今でも昨日の事の様に思い出せる幸福な日々。偶に連れ出してくれる町を除けば神聖な空気漂う森が幼い私の世界の全て。時々神様達が遊びに来て、イシュリア様も遊びに来てしまう、そんな日々が大好きだった。

 

 

「……ん」

 

 ふと、目を覚ませば集落の集会所の机に突っ伏していた。手の甲で涎を拭い、眠る私を気にせずに進む話し合いの内容に耳を傾ける。話し合いで私は戦力外らしく意見を求められはしなかった。

 

「……この通り、賢者様との関わりが強くとも攻めてくる可能性を考えなければならない。逆に安全地帯だと多くの難民が集結する事で起きる食糧不足も可能性として否定出来ないだろう」

 

「賢者様のお力添えは……」

 

「自分達を襲った犯人だからとの名目で三人を引き渡す時に言われたが、人同士の戦いで片方に助力が行われた場合、もう片方にも同等の加護が与えられるらしい。そうなれば待つのは泥沼化だ」

 

 張り出された地図に目を向ける。この集落の場所を含む東側と西側が線で分かたれて所々に赤色で塗り潰した箇所が有るけれど西側に集中していた。

 

「……院長先生、戦争の理由は?」

 

「後で纏めて説明するから待っていなさい」

 

「分かった」

 

 途中から頭に入って来なくなった上に寝てしまったから院長先生に訊ねたけれど少し呆れた風な顔を向けられた。理由が分からず首を傾げる間も話し合いが進むけれど殆ど頭に入って来ない。

 

「他の部族との共闘は別に良いが、ギェンブの族長は兎も角息子のグリンはな……」

 

「獣王祭が先で良かったな。実力的に彼奴が族長だろう。戦いが終わった後でなら……いや、今のままでは祭りが中止になりかねん」

 

「グリン……?」

 

 何処かで聞いた気がする名前だけれど思い出せない。きっと気のせいで知らない名前だと思い、後で院長先生聞けば良いから再び眠る事にした。目を閉じて突っ伏せば直ぐに眠気に包まれる。

 

「……お休みなさい」

 

 夢の続きが見られたら嬉しいと思いながら睡魔に身を任せれば願いが叶う。もしかしたら夢を司る神様の加護かも知れない……。

 

 

 

 

「……」

 

「お…お姉様の寝顔……是非スケッチをっ!」

 

 どうやら思った以上に眠っていたらしく周囲に人の気配は薄い。目を開ければ一心不乱に絵を描き続けるリンの姿があったから起き上がる。別に要らないのに等身大の石像をプレゼントとして横に置かれていても邪魔なだけ。適当な所で処分して貰おうと思い持ち上げる寸前で面倒なので放置する。

 

「それでお姉様、今夜は泊まって行っても?」

 

「駄目」

 

 今夜は、と言っているけれど家に泊めた事は一度も無い。眠いので雑に扱っているけれど、クネクネしながら嬉しそうな顔をしているから大丈夫だと思う。

 

 

「あっ、院長先生が詳細は賢者様に伝えるからといっていました」

 

「ん、分かった」

 

 じゃあ家まで真っ直ぐ帰ろう。途中、戦争が始まる可能性が有る為か集落の中が落ち着かない様子になっているのが気になった。まるで私が戻って来て住み着いた時みたいだと思っていた時、正面から見知った顔がやって来る。

 

 

「ひ…久し振りね、ティア」

 

「……ああ、思い出した」

 

 一瞬誰か分からなかったけれど、目元が私に似ている女性は私の生みの親だ。夫の方が死んでいるけれど、他の集落の人に知り合いが居て食料以外にも色々と支援を受けているらしい。でも、私には極力近寄らないこの人がどうしたのだろう? そんな事よりも父と母の待つ家に戻りたいから横を通り過ぎるけれど手を掴まれそうになる。結局向こうが直前で怯えて止めたけれど。

 

「何の用?」

 

「あのね、ティア。ギェンブの族長の息子で次期族長最有力候補のグリンさんに求婚されているでしょう?」

 

「……? グリン……あぁ、されてた」

 

 初対面で俺の子を産ませてやるとか言って来て、面倒だから無視したら殴り掛かって来たから返り討ちにした相手だ。そんな事が何度もあったけれど弱いし興味が薄いから忘れていた。でも、何故この人が急にそんな話を?

 

「えっとね、お母さんは実は彼にお世話になっていて、是非貴女を説得して欲しいって頼まれたの。私を助けると思って彼のお嫁さんになってくれないかしら?」

 

「嫌」

 

 話はこれで終わりだから歩き始めるけれど、彼女は慌てた様子で追い掛けて来た。多分このままだと家にまでやって来る。それはそれで嫌だった。

 

「お願いよ、ティア。お母さんを助けると思って……」

 

「何故グリンと結婚したら母が助かる?」

 

 この人は先程から何を言っているのだろう? 全く意味が分からず聞き返すけれど、何故か向こうも同じ反応。妙だと思う。話が決定的に食い違っている感じで気持ちが悪い。

 

「いや、だって私はグリンさんのお世話になっているし、話が纏まらないと支援が打ち切られるかも……」

 

「だから、貴女の生活と私の母は無関係。貴女が支援を受けられなくても母は困らない。……変な人」

 

 呆然とした様子だけれど、一度私を捨てた上に殺そうとまでしたのに、何故自分が私の母親だと思うのだろう? クリアスでの生活は私とグリエーンの常識の認識に大きな齟齬を生んだのかも知れない。

 

「帰ったら父に訊いて……別に良いか」

 

 特に気になる訳でもなく、私はこの事を忘れる事にした。普段から向こうが私に近寄らないのだし、別に構わないだろう。

 

 

「この親不孝者っ!」

 

 背中に叫び声を浴びた私は思わず走り出す。家が見える場所まで来れば戸の前で私を待っている父の姿が目に入る。気が付けば父の胸に向かって全力で飛び掛かっていた。

 

「ぐふっ!」

 

「……ごめんなさい」

 

「だ…大丈夫です。娘一人受け止めきれないでどうしますか……」

 

 少し力を込め過ぎたらしい。私相手だからか障壁を解除したせいで悶絶する父に謝るしかなかった。

 

 

 

「……って事が有った。私、父と母に親不孝している?」

 

 家の中に入れば母とゲルダとアンノウンの姿が見えない。クレタという魔族に負けたのが悔しかったらしく、今もゲルダは特訓を続けているらしい。後で様子を見に行こうと思いつつも私は父に訊ねるべき事があった。大好きな両親に対して親不孝な真似をしているのかと思うと泣きそうになったけれど、父は私の頭を優しく撫でて首を横に振る。

 

「いいえ、親不孝な事などしていませんよ。彼女は自分に対して親不孝だと言っただけです」

 

「何故?」

 

「まあ、彼女の中では都合の良い時だけ貴女は娘なのですよ。私やシルヴィアにとって常に娘であるのとは違ってね」

 

「そう、安心した。今夜のご飯は何?」

 

 不安解消した途端にお腹が鳴り響く。父はそれを聞いてクスクス笑いながら戸を開けた。

 

「今日はオムライスですが、シルヴィア達はもう少し遅くなるからティアは先に食べていなさい。何時も熱中したら時間が経つのを忘れますからね」

 

「……大丈夫、待てる」

 

 私が一緒に暮らしていた時も母は鍛錬に集中して遅くなる事が何度も有った。空腹感が強いけれど食事の時間は家族で一緒が楽しい。お腹をさすりながら家の中でなく馬車の中に入って修業場に父と向かう。途中、手を出せば繋いでくれたから手を繋いだまま向かうと既に佳境に入っていた。

 

「どうした、少女。もう終わりかね?」

 

「くっ! まだ…まだぁ!」

 

 ゲルダと相対するのはハシビロコウのキグルミで、確か名前は|鳥トン《トリトン)。何度か会った事が有る、アンノウンの部下の一人。彼の回し蹴りを回避するゲルダだけれど、その勢いのまま足を動かして地面に付けての後ろ回し蹴り。デュアルセイバーで咄嗟に防げば甲高い音が響く。キグルミで顔は見えなくても鳥トンが余裕の笑みを浮かべているのは分かった。

 

「アンノウン、名前変えた?」

 

「ガウ」

 

「そう、珍しい」

 

 何処から連れて来るのかは分からないけれど、アンノウンがキグルミを着せた上で部下にした人達には名前が付けられる。気紛れでコロコロ変わるから名前よりも何のキグルミかで覚えた方が多分早い。寝転がったアンノウンを押さえ付けてひっくり返した上で腹の毛をワシャワシャする中、鳥トンが動いた。

 

「行くぞ」

 

 滑る様な動きで接近、捻りを入れた拳をデュアルセイバーに叩き込んでゲルダの手元を揺らし、頭より高く振り上げた足に引っ掛けて手元から武器をはね飛ばす。武器が無くなるなりゲルダが懐に飛び込むけれど肘打ちが真上から襲い掛かり、再び上下運動の殆ど無い動きで後ろに移動した鳥トンに距離を取られる。先程の肘打ちで体勢が崩れているゲルダ。再び接近した鳥トンの両手の拳が同時に叩き込まれた。衝撃が突き抜けゲルダの矮躯が浮く。

 

「勝負有りっ!」

 

 宙に浮いたゲルダの体を受け止めながら母が叫ぶ。横に設置された黒板を見れば既に五十試合v以上戦った後であり、鳥トンの圧勝だ。

 

「ガーウ」

 

「ククククク、確かに私は貴様の部下では最強かも知れんが、そうやって手放しで誉められると照れるものだな。では、私は帰ろう。バイトの時間の十分前には事務所に居たいものだからな」

 

「……バイトしているの?」

 

「でなければ生活がままならん。パップリガで夜鳴き蕎麦の屋台を引いているよ。では、さらばだ」

 

 アンノウンのパンダがピョンピョンと跳ねて鳥トンの頭に飛び乗るとその場で一回転。途端に鳥トンの足元に魔法陣が出現して彼の姿が消える。残されたパンダは空中で一回転すると華麗に着地……する前に私が捕まえた。

 

「……矢っ張り汚れている。洗濯出すね」

 

 毛の中に明太子やアンノウンの抜け毛が絡まって近くで見れば汚れが酷い。ジタバタ暴れるパンダを抱き締めた私はゲルダに視線を向ける。鳥トンから受けたダメージが大きいのか足元がフラフラと頼りなく、血反吐と土埃で汚れてしまっていた。

 

「ご飯の前にお風呂に行こう」

 

「え?」

 

 有無を言わさずゲルダを担ぎ上げる。小さい体に見合って軽く、こんな子供の両肩に世界の命運が掛かっていると信じられなかった。目の前の誰かを守る為の戦いでさえも重いのに、この子は潰れて当然の使命に耐えている。

 

 

「……ゲルダは強いね」

 

「いえ、未だで……わっ!?」

 

 特に抵抗せずに運ばれていたゲルダにデコピンをする。結構良い音がした。

 

「……私にも敬語は必要無い。私もゲルダも母に鍛えられた。私は姉弟子で……要するにお姉ちゃん」

 

「え、でも……」

 

「私はお姉ちゃん、良い?」

 

「……仕方無いわね」

 

 ちゃんと言い聞かせればゲルダも納得したらしい。アンノウンが後ろで呆れたみたいに溜め息を吐いて居るけれど、あの子は昔からあんな感じ。だから私は気にしない。

 

「じゃあ、やり直し。……ゲルダは強いね」

 

「いえ、未だよ。私は未だ強くないわ。今、強くなっている途中なの。……次会った時は絶対にクレタを倒してみせるわ」

 

「そう、頑張って」

 

 父は気にするけれど、私はゲルダが強くなろうとするのは当然だと思う。勇者ではなく、獣人の血を引くなら誰もが持つ戦士の本能。武の女神である母もそれは理解している。分からないの、父だけ。

 

「父、ガンバ」

 

「え? あっ、はい。頑張ります」

 

 親指を立てて応援した後でお風呂に向かう。腹の音が凄い事になっているけれど気にしない。ゲルダの体を洗うのが優先。だって私はお姉ちゃんだから。

 

 

 

「あの子、妹か弟がそんなに欲しいのか。……さっさと世界を救って子作りに励むぞ。なぁに、流石にそろそろだろう。……可愛がってくれよ?」

 

「当然ですよ。あの子が欲するなら今まで以上に励まなければ。……アンノウン、少し外して下さい。シルヴィアを少し鎮めなければ」

 

 ……どうやら妹か弟の顔が見られる日は近いらしい。非常に楽しみ。

 

 

 

「……ふぅ。このお風呂って良いですよね。疲れが本当に溶けて無くなるみたいで。お肌も心なしか綺麗になっている感じが……」

 

 湯船に浸かる前に軽く体を洗い、髪の毛を私が洗ってあげたゲルダは気持ち良さそうに息を吐き出す。獣人は耳に水が入りやすいから本当に厄介。でも、あのシャンプーでも直ぐに戻るなんて凄い癖毛。

 

「……ゲルダは凄いね」

 

「えっと、何がかしら? ……それにしても」

 

 ゲルダがジッと私の胸に視線を向ける。普段は動くのに邪魔だから胸に巻く皮をキツくしている胸は今は解放されて元の大きさに戻っている。でも、同年代の子と一緒にお風呂に入った時は見られる位に大きいとは思わなかった。牛の獣人の子の方が私より少し大きい。

 

「ゲルダの胸は動きやすそう。少し羨ましい」

 

「その言葉、戦争の引き金になるわよ?」

 

 誉めたのに怒られた、解せない。後で母に聞くとして、重要な事を思い出した。戦争について父に訊ねないと。

 

 

 

 

 

「いえ、悪徳の王の侵略ならば介入しますし、信仰が絡むと神同士で顔を合わせ辛くなるので早期に仲裁するのですが……今回みたいに食糧不足が理由となっては……戦争かぁ。私、嫌いなんですよね。大切な物を壊すばかりで……」

 

「こんな時こそ神の仕事に思えるだろうが蝗害となってはな。あくまで自然の摂理ならば手出ししないのが神のルールだ。神とは人だけの味方ではないしな。私の豊穣もあくまでも作物への恩恵に過ぎん。……神の過干渉が生むのは人の怠惰と依存、その結果として起こる悲劇がタンドゥールの一件だ」

 

 父の作ったふんわり卵のオムライスにデミグラスソースをたっぷりかけて食べながら話を聞く。神の住む世界で育った私だけど知らない事が沢山有ったらしい。……習った記憶が有る気もするけれど。

 

「……ゲルダさんや私も神の使者的な立ち位置ですからね。私達を敵に回すのは必然的に世界を敵に回す事になってしまう。……大き過ぎる大義名分を得た人は何処までも残酷になれます。だから手出しは出来ません。……ティアもギリギリですね。私からすれば戦争に関わって欲しく有りませんが」

 

「……そう。でも、私はこの集落の人間。だから此処は私が守る。例外を除いて……例外?」

 

 イシュリア様みたいに戦を司る神はどうなっているのかとも思ったけれど、父の口にした例外という言葉が気になった。

 

 

 

 

「もしかして例外がある? そうすれば戦争を止められるの?」




シルヴィア&アンノウンの画像を依頼したので公開します


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