初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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女神の試練

 夕食後、時間を引き延ばした部屋で私の鍛錬が始まる。基本の型を繰り返し、最後にイメージした相手との戦闘を繰り広げた。今回の相手はキリュウと共に旅をした時に戦った魔族。ショタコンでイーリヤを狙っていたが凄腕の剣士であった。

 

 あの頃は無茶な召喚の影響で力の殆どを削がれ、それが基礎の向上に繋がったのだ。戦った回数は四度。一度目はキリュウが一人の時に相対して苦戦するも見逃され、二度目は私が、三度目は全員で奴と配下の魔族との集団戦。四度目にイーリヤが一騎打ちで討ち取るまで逃げられたのは己の未熟さを知る良い機会であった。

 

「……ふぅ」

 

 あの頃の私と今の私の差だけ相手を強くし戦い続ける。やがて決着した頃には汗が滲んでいた。このまま眠るのは気持ちが悪いので一度入ったが風呂に入るとしようか。

 

 

 湯に浸かり、満天の星空を見上げながら杯を傾けて喉を潤した。思った以上に渇きを覚えていたのかゴクゴクと喉を鳴らして飲み進めれば既に半分ほど無くなってしまっている。ビャックォの特産品である果実酒は随分と口当たりが良かった。

 

「おい、お前も飲んだらどうだ? 私が口を付けた杯しかないが別に構わんだろう」

 

「では、一杯……」

 

 どうせ風呂に入るのならとキリュウを連れて来たが先程から私を直視しない。顔を背けていた。但し、横目では見ているがな。濁り湯だから完全には見えないものの谷間は見えるし、少し動けば胸全体が目に入る。時折それを狙って動いているし、今も杯を渡す時に立ち上がって腰の辺りまでを晒してやった。

 

「おい、見るなら堂々と見ろ。既に何度も見ているだろうに」

 

「いや、無茶を言わないで下さい。貴女の希望でしょう……」

 

 確かにそうだが、それでも私の方を直視せずチラチラと見るだけのキリュウの態度がまどろっこしい。私達は夫婦なのだからこうして混浴しても問題無いだろうに。まあ、偶には気分を変える為にと自らに魔法を使わせ、関係を持つ前の感覚に戻させてはいるのだが。

 

「記憶は有るだろうに、ヘタレめ。何度私の体を貪ったと思っているのだ、全く。……また私が何度も押し倒してやろうか?」

 

 背中を向けているキリュウに近寄った私は密着して奴に抱き付く。夫婦として関係を持った後も照れが勝つのか迫って来ない此奴に業を煮やした私が押し倒して何度も関係を続けたものだ。今回もそれの焼き回しになりそうだな。

 

「ふふふ、悪くない。ほら、観念しろ。お前は私の物だ」

 

 肩を掴み、半ば無理矢理に私の方を向かせる。力の差もあって大した抵抗もせぬキリュウは私の方を向くなり赤面して熟れた果実の様になるも視線は外さない。このまま少し反応を楽しみたいのは山々だが、どうも抑えられん。欲望のままに貪り犯したい気分だった。キリュウの手を掴み私の胸へと持って行く。筋肉質だからそれ程触った感触は良くないだろうが愛する私の肉体なのだから構わんだろう。

 

「ほら、こうすれば私の裸体は見えん。……無駄口を叩く口も塞ごう」

 

 密着すればキリュウの心音が伝わり私の鼓動も速くなる。少しだけ緊張したが悪くない気分だ。そっと顔を近付けて舌なめずりを行って唇を重ねるべく口を近付ける。焦らす様にそっと。欲を言えばキリュウから来て欲しかったが、純情な状態にするのは私の希望だ。そして二人の唇が……。

 

 

「……無粋な奴め」

 

 触れる僅か前に鳴り響く警告音。集落に敵襲が有った事を伝えていた。流石に動かなければならないが、盛り上がって今からといったタイミングでの襲撃に怒りが湧く。迎え撃って怒りを晴らすべく私は立ち上がって浴槽から出る。

 

「だが、その前に……この位は良いだろう」

 

 さっと戻り、同じく浴槽から出る途中だったキリュウに抱き付いて唇を重ねる。惜しい事に魔法を解除したのか普通に嬉しそうな反応だったが、少しは堪能出来たから満足だ。

 

「じゃあ、行きましょうか、シルヴィア」

 

「ああ、行こう。……戻ったら今度は私に使え。それでリードしてくれたら嬉しい」

 

「それが貴女の望みならば」

 

 今度はキリュウから唇を重ねる。私の腰に手を回し、軽く抱き寄せながら。……今すぐ向かうべきか本気で迷う私であった。

 

 

 

 

「キィイイイイイイエェエエエエエエエエッ!!」

 

 集落の至る所に響き渡る不愉快な鳴き声。ガラスの擦れる音と似たこの鳴き声の主こそが襲撃者だ。蜻蛉の様な羽を持つ巨大な長虫で尻尾の先端は鋭く尖り、口はラッパの様に先端が広がっている。体中の切れ目から空気を吸い込んで膨らみ、耳障りな鳴き声として一気に吐き出す。名を奇声虫(きせいちゅう)、獣人にとって厄介な相手だ。

 

「ぐっ! 耳が……」

 

 優れた聴覚は獣人の武器ではあるが同時に弱点となる。今も狸の獣人の男が武器を手落として耳を手で塞いでしまう。そこに群がる奇声虫の群れ。鋭く尖った尾で貫いた体から体液を啜るべく襲い掛かろうとした虫達の居る方向に向け、私は斧を振り下ろす。伝わった衝撃は地面を揺らし、大地が隆起しながら突き進んだ。鋭く尖った岩に貫かれ、はたまた左右から迫る岩に潰されて奇声虫が青い体液を撒き散らす。

 

「ふふふ、偶には使わねばな」

 

「いや、普段から使って下さいよ。それを手に入れるのに苦労したんですから……」

 

 この斧、ティタンアックスはグリエーンに到着した日にゲルダにも教えたが、大地に振り下ろす力に応じて大地を操る力を持つ。私のコレクションの中でも中々の一品で結婚記念日にキリュウから贈られた物だ。コレクションは普通は仕舞って眺める派の私だが、こうして使えば斧が喜んでいるのが伝わって来る。怒りを発散させる為に暴れる気だったが、暴れたいから暴れるとしよう。

 

「……周囲の被害も考えて下さいね?」

 

「わ、分かっているっ!」

 

 何故か私の思考が読まれて溜め息混じりに忠告される。これこそ愛のなせる技だろう。

 

(ふふふ、嬉しい物だ。……しかし暴れ放題で無いとなると消化不良だが)

 

 後から別の形で発散しようとキリュウを見詰め、奇声虫退治に戻る。元より群れで動くモンスターだからか数は多いが一体辺りの力は低い。物量差で追い込まれない様に集落の者達も上手く立ち回っていた。

 

「ほほう、虫にしては賢いな。いや、賢過ぎるぞ、不自然な程にな」

 

 私が今し方倒したのはほんの数匹。たったそれだけで奇声虫共は空中に飛び上がり距離を取る。あの高さならば届く程に隆起させても避ける事が可能だが、大した知能の無い虫系モンスターの行動としては不自然。恐らくは何者かが遠くから操っているのだろう。

 

「馬鹿が、あからさま過ぎるだろう。……それと、私を舐めるな」

 

 ビャックォの者達は弓矢を使うも空中を自由に飛び回る上に細長い体には中々当たらない。どうやら弓を持った者のみを危険視している様子だが、あまりにも短絡的な判断だ。私はティタンアックスを真横に構え、腰の捻りを加えて投げ放つ。回転をしながら迫る斧に気が付いた奇声虫が回避の動作に入るが遅い。避けるよりも速くティタンアックスは奇声虫を数匹両断して集団の中を突き抜けた。

 

 私が武器を手放したからか好機と見て迫る奇声虫達。鋭い尻尾を突き出しながら迫るが既に私は動き出している。未だ空中を突き進むティタンアックスを追い越し、飛び上がって柄を掴み取った。

 

「お代わりだ、好きなだけ食らえ」

 

 大振りに振り被ったティタンアックスを再び投擲、更に数匹の奇声虫を両断して地面に着弾した。激しく割れる大地、その衝撃は凄まじく大地は激しく隆起する。その勢いは先程私が腕力のみで無造作に放った物とは桁が違う。回避は不能、防御は無意味。巨大な岩が群れを纏めて叩き潰した。

 

 だが、これで終わりではない。集落を襲っている奇声虫は残っており、それが武器もなく自由落下中の私へと密集した。故にこれで終わりだ。突き出された尻尾を掴み握り潰した私の手には鋭い先端部分。足元から迫った一匹を蹴り砕いた反動で跳び、投げ付ける。数匹の胴体を貫通させると再び手近な個体を掴む。こうして下から来る者を踏み台にし、投擲以外にも拳での殴打や足での蹴撃で沈めていった。そして着地した時に取り逃していた最後の一匹を適当な投石で絶命させれば聞こえてくるのは声援だ。

 

「おおっ! 何と強い女性だっ!」

 

「確か勇者の仲間に選ばれたシルさんだったな。……美しい」

 

 私の強さを目の辺りにした男共が色めき立つ。獣人の性で強い私に惹かれるのは理解するが既婚者なので鬱陶しいとは思った。下手にキリュウの嫉妬を買えば今夜が楽しみな事になるな。

 

「気を抜くな、未だ終わっていない」

 

 仮にも武の女神である私の信者ならば戦場にて緊張感を欠く真似をするなと言ってやりたいが今の私は女神シルヴィアではなく戦士シル、だからグッと我慢しながら指差した方向から地面を削りながら迫り来る巨体。下ろし金の如き棘を背中に生やした馬車程の大きさのダンゴムシが転がりながら迫って来ていた。

 

「このっ!」

 

 分厚く巨大な盾を構えた者達が立ち塞がり正面から迎え撃つ。金属製の盾は表面を無惨に削り取られ全員揃って跳ね飛ばされた。

 

「確かスパイクホイールだったか? 恐らく彼奴等も操られているな」

 

 先陣を切って転がる一匹の後方から少し小さいスパイクホイールが次々と転がり込んで来る。総数十程で時折跳ね回り前方の建物や立ち塞がった者達を轢いて集落内を破壊し続けていた。だが、その前方から小さな人影が飛び出して立ち止まる。構わず直進するスパイクホイールが迫る中、その影……ゲルダはすくい上げる様に振るったデュアルセイバーで先頭のスパイクホイールを弾き飛ばした。

 

「次っ!」

 

 空中で背中を陥没させて体液を撒き散らす一匹に目もくれずゲルダは疾走、今度は真上から叩き付けて無理矢理に突進を止める。着弾面が弾け飛んで体が少し埋没して息絶える一匹を蹴り飛ばせば後方から迫る仲間に激突、動きが止まった一匹の棘を掴んで振り上げると迫り来るスパイクホイールに投げ付けた。硬質な棘同士が激突して砕け、再び前進したゲルダは何を思ったのか武器を手放して両手を広げ、猛回転しながら迫るスパイクホイールを正面から受け止めた。

 

「……ふむ。及第点以上だな」

 

 両側から挟み込まれたスパイクホイールの甲殻がミシミシと悲鳴を上げ、次の瞬間砕ける。鋼鉄を優に越す強度の筈だが今のゲルダの力なら砕くのは容易いか。甲殻を失って耳障りな声を上げるスパイクホイールは真上に蹴り上げられた衝撃で空中で体が折れ曲がる。此処に来て残ったスパイクホイールの動きが止まる。数秒何かを迷う様にして、次の瞬間には纏めて飛び掛かった。

 

「甘いわねっ!」

 

 一度に数で攻め潰す算段だろうがゲルダを侮り過ぎだ。デュアルセイバーを分割、レッドキャリバーとブルースレイヴに持ち替えるなり怒濤の剣戟が炸裂する。ああ見えて鈍器なので切れはしないが叩き潰され至る所が陥没したスパイクホイールの死骸が積み重なった。

 

「さて、今回は明らかに何者かの意図が見られるが……面倒だな」

 

 既に襲撃に参加したモンスターは全滅させた様に思えたが、後続が姿を現す。しかも奇声虫やスパイクホイール以外にも多種多様な虫系モンスター達。奇声虫だけなら不自然ではなく、スパイクホイールが獲物を横取りに来るのも有り得る。だが、此処まで別の種類が同時に来るのは何者かの指揮下でしか有り得ない。しかし、魔族の仕業だろうが何を考えているのだ?

 

「幾ら何でもバレバレだ。馬鹿の演技か本当の馬鹿か。敢えて警戒させたいとしか思えんが……。まあ、考えるのは私の役目ではないか」

 

 思考放棄する気は無いが、私は考えるのに向いていない。ならば得意な者に任せるとしよう。それはそうと早く寝室に行きたい気分だ。集落を包囲したモンスターをさっさと片付けねば。

 

「さて、そろそろ終わらせるとしましょうか。……娘の前で格好良い所を見せたいですしね」

 

 キリュウが微笑みながら指先を天に向ければ集落に一斉に襲い掛かろうとしていたモンスターが宙に浮く。どれだけもがいても抜け出せず、一ヶ所に集合するモンスター。それが一瞬で燃え上がった。煌々と燃える炎は一瞬だけ集落を照らし、燃え滓すら残さず消え失せる。

 

「父、凄い」

 

「ええ、何せ私は貴女の父親ですからね、ティア」

 

 誇らしげにするティアの肩を抱き寄せて自慢気なキリュウ。流石は私の夫だ。今直ぐにでも抱き寄せてキスをしたいと思うよ。

 

「矢張り賢者様は良いな」

 

「是非抱いて貰いたいわ」

 

 色めき立つな、女共。私を信仰するならば私の夫に色目を使うな。キリュウを見てウットリとしているビャックォの女達に殺気を送りたいのを我慢しながら私は拳を握り締める。

 

(さっさと憂さ晴らしがしたいな。……今夜は寝かせんぞ、キリュウ)

 

 アイコンタクトで寝所に行くぞとキリュウに伝え、先程から視線を感じる方向に視線を向ければ直ぐに感じなくなる。どうやら逃げられたらしい。

 

 

 

「び、びっくりしましたわ。目が合った気がしましたが気のせいですわよね? ……さて、才色兼備の私の策通りに進んでいますわ。これは只のモンスターの襲撃、上手く騙せていますわね。おーっほっほっほっほっ!」

 

 

 

 今、何処かで馬鹿が何か言った気がするが勘違いだろう。

 

(さて、次の段階に進む時だな)

 

 私は予想以上に成長しているゲルダを眺めながら気分が高揚するのを感じていた。きっと今の私は随分と凶悪な笑みを浮かべて居たのだろうな。キリュウとティアとゲルダを除いた者達が怯えた顔をしているのだから。

 

「……ん? そう言えばアンノウンは何処に行ったのだ?」

 

 また良からぬ事を企んで居るのだろうと思うと頭が痛くなる。キリュウは彼奴に甘過ぎるからな。だが、私は違う。彼奴の悪戯を甘やかす気は毛頭無い。悪さをすれば鉄拳制裁、それが私のすべき事だ。……奴も随分と力を増しているからな。私も今一層励まねば。

 

 

「よし、ゲルダ。私が追うから全力で逃げろ。抵抗しても良いぞ。いや、寧ろせねば修行にならん」

 

 次の日の朝、私は森の中にゲルダを連れ出していた。未だ朝日も昇りきらない時刻、羊飼いの仕事の影響か朝早く起きるのが苦手でないのかゲルダは眠そうにしていない。だが困惑した様子ではある。

 

「えっと、急な話だけど一体何かしら? いえ、修行だとは分かるけど……」

 

「勿論修行だ!」

 

「あっ、うん。女神様に細かい説明を期待する方が無駄な話ね」

 

 胸を張る私に対してゲルダは肩を落とす。何やら失礼な事を言われた気がするが……気にする程では無いな。ゲルダも仕方無さそうにデュアルセイバーを構え、私も斧を構える。特別な物でもない無銘の一品だが修行に使うのならば丁度良い。

 

「では、行くぞ。先に言っておく……痛いかも知れんが許せ」

 

 斧を振り上げゲルダの眼前に振り下ろす。当てはしないが足元に振り下ろした斧は衝撃波を生み、ゲルダの体を吹き飛ばした。上手く調整したから木の隙間を通って進むゲルダは咄嗟に地面にデュアルセイバーを突き刺して勢いを殺し、止まるなり背中を向けて走り出す。

 

 

「懇切丁寧に指導する時間は無いからな。クレタとの再戦の前に女神の試練を見事越えて見せろ、ゲルダ。……お前ならば出来ると信じているぞ」


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