初代勇者な賢者と嫁な女神、ハッピーエンドの後に新米勇者の仲間になる   作:ケツアゴ

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やりたい事をやりきった


パンダとウサギによる死人と虎の戦闘観察

 僕の名はアンノウン、使い魔である。只今、グレちゃんことグレー兎の頭に操っているパンダを乗せて観戦中。乗せた途端に振り落とそうと激しく動いたからグレちゃんは少し息が上がっているけれど更年期かも知れない。まあ、まだそんな歳じゃないんだけれど。

 

「……少し気になる事があるのですが良いですか?」

 

 もう諦めたらしいグレちゃんは静かな声で僕に問いかける。聞きたい事? 僕の本体は異世界での戦力集めが終わったから七分割した頭全員で打ち上げしているけれど、闇討ちでもする為に居場所を聞き出したいのかな?

 

「いえ、その内闇討ちを決行する予定ですが、それはアンノウン被害者の会の準備が整ってからですので。私が気になっているのは……その前にちゃんと話しなさい。正直言ってテンポが悪い」

 

 グレちゃんったら我が儘だから今の僕との会話方法が嫌らしい。ヌイグルミは操れても喋らせる事は無理だからスケッチブックに文字を書いて眼前に垂らしているんだけれどさ。それにしても昔の黒歴史ポエムを黒歴史ペンネームの名前を作詞者として歌として発表、見事に裏工作で大ヒットにしただけなのに酷い言いようだよ。

 

「早くなさい。頭の中に語りかける事が出来るのは未来の貴方から聞いていますよ」

 

「……仕方無いなあ。じゃあ、代わりにグレちゃんじゃなくってメロリンクイーンって呼んで良い?」

 

「西側の方々ですが、女神シルヴィアの信者の筈。それが信仰する女神の直属の配下と伝わっている賢者の娘が居る東側と敵対するのは不自然では?」

 

 グレちゃんったら無視とか性格がねじ曲がっているや。にしても未来の僕……そう、この場所に居るキグルミ達の殆どは僕じゃなく、未来の僕が送り込んだんだ。今の僕じゃ異世界に行くのが精一杯だけど、未来の僕は好き放題する力を持っているからね。例えるならこの世界が小説だとした場合、作者の作品には何かしらの形で大体登場する位に好き放題出来る。

 

「まあ、グレちゃんの疑問だけれど、信仰ってのは何もかも捧げてまで信仰する場合と、何かの為に信仰する場合があるのさ。誰の為に神の恩恵を望むのかって事だね」

 

 元々聖職者だった鳥トンことトンちゃんは分かっていて苦悩する様子を想像して酒の肴にしていたけれど、神に敵対したグレちゃんには難しかったか。

 

 この世界には実際に神が居て恩恵だって与えてくれる。でも、全員が司る物に関わる恩恵を与えてくれる訳じゃないんだ。ボスみたいに厳格に基準を決めているのも居れば、祈りが届いた時の気分だったり、機嫌だったり、サイコロを転がして決めたり、数年後に思い出してパッと与えたり、神によって様々だけれど人は知らずに真摯に祈る。大切な誰かの幸せの為にね。

 

「……成る程。私は信仰には疎いので最初は理解出来ませんでしたが、そうやって説明頂ければ分かります。……私も一児の母なので」

 

 グレちゃんは納得した様子で頷き、ティアの方を向く。丁度ウェイロンが大規模な術を使う所だった。因みにグレちゃんの子供には、僕が魔法で一から作ったグレちゃんが魔法少女っぽい服装でメロリンクイーン作詞のメロリンパッフェって曲を歌うライブDVDをプレゼントしたけれど楽しんでくれるかなあ。

 

「あれって最後が良いよね。止まらない、このト・キ・メ・キ! って奴」

 

「……止まらない、このム・カ・ツ・キ」

 

 グレちゃんが拳を震わせながら呟く中、急に気温が下がる。その理由は地面から噴き上がった水。まるで大瀑布みたいな大量の水は空に向かっていて、飛び散る飛沫を浴びた地面や木が凍り付いていたよ。アレが寒さの原因だね。まあ、僕はヌイグルミを操っているだけだから寒くないし、キグルミ達だって平気だけれど、普通の人なら肺が凍りそうな位に寒い場所は不味いよね。周囲を見れば気絶した戦士達が倒れていたし、僕の手勢は流石だよね。

 

「……」

 

「え? 避難させなくて良いのかって? う~ん、後でボスのお説教を受けるのは嫌だからお願いね~」

 

 最近未来の僕の所に加入したらしい黒子君が身振り手振りと筆談で倒れている人達を指し示す。この子は普通に良い子らしいから心配なんだね。実はロリコンらしいけれど。十歳以下で扇情的な格好の女の子が好みだって聞いてるよ。

 

 仕方無いから許可すれば黒子君が笛を吹きながら他のキグルミ達に指示を出して的確な避難誘導をする黒子君だけれど、どうしても不思議な事があるんだ。……何で黒子君だけキグルミじゃないのかな? 未来の僕からの手紙には好きであんな格好をしているらしい上に、こんな事も書いていたよ。

 

「ねぇ、君って実は僕と同類らしいね。凄く性格が悪いんだって?」

 

「!?」

 

 黒子君はショックを受けた様子で固まり、膝から崩れ落ちると寒さで氷が張った地面を何度も殴る。何がショックだったんだろう? あっ、そんな事よりも水の幅が狭くなって行くや。グレちゃんは黒子君の肩を優しく叩きながらも視線は外さない。

 

「どうやら規模が小さくなった……そんな甘い訳がなかったらしいですね」

 

 そう、アレは規模の減退じゃなくて圧縮。膨大な量の水は一本の槍になってティアへと迫る。だけれどティアは全く動かず、慌てた黒子君が助けに向かおうとしてトンちゃんに足を引っかけられて転んでしまった。

 

「まあ、黙って見ていろ、少年。努力すれば凡人も天才を超えられる、そんな理想論を一笑に付す天才の力をな」

 

 腕組みをしながら足で黒子君を押さえ付けるトンちゃん。超高水圧の槍になった水流は弧を描きながら地面を貫き、内部から地表を凍らせて進む。無言で立ち尽くすティアが僅かに手を動かした時、地中で二つに分かれていた水流は左右から飛び出したんだ。あの技について僕はマスターから聞いた事がある。ウェイロンを仲間にしてからシドー一行が最初に戦った上級魔族相手に決め手になった技だったね。

 

「……うん、楽勝」

 

 つまり、ティアには通じない。相変わらず何考えているか分からない声で手に持ったトンファーを回転させながら水流に叩き付ければ凄い勢いで水が弾かれて行く。当然水滴は触れただけで相手を凍らせるのだけれど、ティアの場合は服に少し霜が付くだけで平気な顔をしていたんだ。

 

「馬鹿な……」

 

 絶句した様子のウェイロンは続いて手を真上に挙げて水球を作り出した。タプタプと忙しなく動く一抱えは有りそうな大きさで、回転を始めたかと思うと薄く広がって行く。やがて円盤状になったそれは二つに増え、更にそれが四つになり、やがて八つになると風を切り裂きながらティアへと飛ばされる。間に有る物を全て切り裂きながら進む円盤にもティアは少しも動じない。

 

「……えい」

 

「は?」

 

 あれ? ウェイロンって勇者の仲間として世界を救った英雄なのに今のが見えなかったのかな? だから気合いの欠片もない声と同時にティアの腕がブレて円盤が弾け飛んで見えたんだろうね。実際は円盤の中央にトンファーを突っ込んで逆回転で弾け飛ばしただけなんだろうけれど……。

 

「……何かありますね、彼。苛立ってはいるが怯えも慌てもしていない。まるで負けても良いかのようだに」

 

「多分負けても良いと思うよ。捕まらない何かがあるみたいだし。……それにしても魔族の痕跡があった奴を追ってマスター達が遠くに行っている時に戦争が起きるだなんて相手に都合が良いよね」

 

 内通者が西側に知らせるにしても時間が足りない。これは嵌められたかな? そんな風に思いながら黒子君を見ればウェイロン以上に呆然としていた。あの若さでティアが至った強さに驚いて自分と比べてしまったみたいだね。

 

「まあ、仕方無いって。何だかんだ言っても質の高い努力には才能が必要だし、一日は天才も凡人も同じだからね。才能の有る奴が環境の整った所で質の良い努力を続ければ凡人が置き去りになるのは分かり切っているじゃないか」

 

「……」

 

「でもさ、未来の僕が君を誉めていたぜ。物語における主人公みたいな子だってね。君にだって物語ではモブでしかない凡人とは一線を画す才能を持っているんだ」

 

「!」

 

 僕の言葉に元気になる黒子君だけれど、本当の事を言っているよ。まあ、その分過酷な運命も持っているし、乗り越えられないで潰されちゃうパターンも有るのは黙っておこうか。未来の僕はそんな子を探しては弄くるのが趣味らしいけれど良い趣味をしているよ。

 

「未来の僕って性格が悪いね」

 

「いえ、今の時点で最悪かと」

 

「ククク、同感だ。既に貴様の醜悪な性格は完成されているぞ」

 

「……」

 

 皆、酷い! こうなったら後でメロリンクイーンのポエム帳をキグルミ達全員に配布してやるんだから! 僕がちょっとした仕返しを計画する中、何をしても通じない事にウェイロンは怒りを通り越して諦めの表情で肩を落としていた。

 

「う~ん、今の私では貴女に勝つのは無理っぽいですねぇ」

 

「今の私? ……つまり、今の貴方は本気を出せない?」

 

「……これは口が滑った。余計なお喋りが悪い所だとアナスタシアにも言われたんですがねぇ」

 

 ティアの言葉にハッとした様子のウェイロン。おどけた態度で口を塞ぎ、最後に仲間の名を口にしながら黄昏る。何か有るみたいだね。どうして百年経ったのに若いままなのか、何が目的なのか。質問する価値は有ると思う。でも、他にもするべき質問が有ったんだ。だから僕はトンちゃんに視線を向け、頭に直接話し掛けて代わりに質問をして貰う。だって初対面相手にいきなり頭の中に話し掛けるのは失礼だもん。

 

 

「ウェイロン、一つだけ質問に答えて頂きたい」

 

「何でしょうかねぇ。……其方が一体何者なのか教えてくれるのなら構いませんよ」

 

 相手の了承は得た。じゃあ、お願いするよ、トンちゃん。

 

 

 

「君はアナスタシアの事が好きだったのかね? もう一度質問しよう。君はアナスタシア・エイシャルに惚れていたのかと訊いているのだ。あの三代目勇者シドーに好意を寄せながらも素直になれず、賢者のアドバイスで強引に結ばれたアナスタシアに旅の間、ずっと好意を向けていたのかね?」

 

「……もう一度言ってみろ」

 

 静かな声でウェイロンは呟くけれど、僕は彼にどんなあだ名を付けるかを考えていた。

 

「……ふむ、心が痛むがそれが望みなら仕方が無い。君の意思を尊重しよう。君は、天仙ウェイロンは数年間想いを寄せていた相手を、素行の悪い駄目勇者に惚れている相手を、ずっと想い続けた挙げ句に失恋したのかね?」

 

「いや、貴方に心痛が有るなど嘘でしょう」

 

「ククク、言ってくれるな、メロリンクイーン。ああ、馬鹿にはしていないさ。あのポエムは何度も私の心を震わせてくれたからな。因みに一番爆笑したのは『豆板醤にキムチに塩辛 嫌いなあの子は胃痛にな~れ』という所だ。激辛担々麺に救われて今の自分がある身とすれば思う所も有るしな」

 

「その思いを胸に秘めて死になさい。……吹き出したのは聞こえていますよ?」

 

 今にも笑い出しそうなのにグレちゃんを気遣って堪えているトンちゃんへの怒りで震えるグレちゃん。彼女は横目で黒子君を睨んだ。どうも今日は怒りっぽいし、何かカルシウムが沢山含まれている物でも奢ってあげるべきかな? 黒子君の財布なら持ってるし。

 

「……貴方方、真面目にやってくれませんかねぇ。私を馬鹿にしているのですか?」

 

「ああ、その通り。馬鹿にしているし、真面目に相手をする気など毛頭無いとも。だが、せめてもの詫びに誠意を込めたアドバイスを贈ろう。背後に気を付けたまえ」

 

 その言葉に振り向いている途中のウェイロンの頬にティアの飛び膝蹴りが命中、傾いたウェイロンの顎を足を伸ばして蹴り上げて最後に踵落とし、一撃一撃が岩が砕けるみたいな音が響いたし、きっと凄く痛い。でも、それはウェイロン……ウェっちが痛みを感じるならの話なんだよね。

 

「やれやれ、折角人が親切に教えてやったのを無駄にして。彼奴は性格がねじ曲がっているな」

 

 膝蹴りを食らったウェっちの足下の地面は伝わった衝撃で砕け、ついでに足も砕けた様子で背中から地面に叩き付けられている。本当なら追撃のチャンスなんだけれど、ティアはその場から飛び退いた。きっと何かを察したんだ。ボスに育てられたから脳筋の勘でも働いたのかな? そんなウェイロンの様子を見ながら嗤うトンちゃんだけれど、鉄串を握ったままだし、剣呑な気配を放っている。戦士の勘が働いたんだね。

 

「……やれやれ、この体はもう駄目ですねぇ」

 

 体中の骨が砕けて横たわるウェっちからは苦痛に歪んだ声は出ていない。全くの余裕を見せたまま呟き、その場で全身が腐り落ちた。腐った肉からは嫌な臭いの汁が溢れているし、蛆も住み着いている。うーん、何らかの魔法みたいだけれど、僕は詳しくない分野だ。

 

「……導師が使う召鬼法の応用だな。本来は死体を怪物として蘇らせ使役する術であり、この世界では邪法や禁術とされているが、勇者の仲間が使った途端に賞賛されていたのだから人は随分と都合が良い。まあ、人の本質は邪悪だという事だ」

 

「……それ、同じ様な事をマスターが何度も言ってるよ。人間って性格悪いよね」

 

「鏡が必要ですね。……その応用、つまり死体を自分のコピーにしていたという事は……」

 

 グレちゃんの言葉と共に全員の視線がティアの知り合いらしい兎の獣人に向けられる。彼女は死体、ウェっちに殺された犠牲者。それが立ち上がった時、体はウェっちになっていた。

 

「さて、戦いの続きをしましょうかぁ。貴女も、あの謎の集団も賢者の身内には間違い無いらしい。なら……此処で全員を殺す!」

 

「所で服装は女の子のままなのですね」

 

 グレちゃんの言葉にその場の全員が固まった。僕でさえ空気を読んで今のタイミングでは言わなかった事を堂々と口にするだなんて。……もっと面白いタイミングが有ったのに!

 

「グレちゃんって本当に性根が腐っているよね」

 

「あら? 何時から自分の事をグレちゃんと呼ぶ事にしたのですか? それよりも決着の時です」

 

 急激に冷気と熱波が押し寄せる。ティアの背後には巨大な灼熱の炎の虎、ウェっちの……女装したままのウェっちの背後には絶対零度の水の竜。互いに相手を睨み、同時に放つ。衝突するのに必要だったのは一瞬で、勝負も一瞬。竜が虎を凍らせて食い破り、威力を減退させながらもティアへと迫ったんだ。……さて、文句を言われるのが嫌だから介入しなかったけれど、そろそろ帰って来そうなマスターに誉めて貰いたいし動こうか。

 

「アンノウン?」

 

 僕は宴の席から一瞬でティア前に転移する。少し熱で体積を削られた水の竜が目前まで迫るけれど、寒さでクシャミが出そう。

 

「はははっ! 一体何者かは知りませんが、死にたいのならどうぞご自由に……」

 

「ヘクチッ!」

 

 多分最後の最後でねじ伏せてマウントを取る為に力を温存していたんだろうね。僕の出現にも驚いた様子が無かった女装姿のウェっちの水の竜は僕のクシャミで吹き飛んで、一緒に彼も吹き飛んだ。家を幾つも瓦礫にしながら飛んで行ったけれど、矢っ張り平然と起き上がる。じゃあ、少しだけとは言っても戦った仲だし、頭の中に話し掛けても良いよね?

 

 

 

 

 

「ねぇ、今はどんな気分? 追い詰められた振りしていた後で力を解放して悦に浸ったらクシャミで逆転された感想を聞かせて。あっ、それと右に注意した方が良いよ」

 

 今度は咄嗟に右に防御の術を展開するウェっち。無数のお札が壁みたいになって宙に浮き、左側に長距離転移で現れた術者の蹴りが脇腹に叩き込まれた。

 

 

 

 

「……お前、私の娘に何をした?」

 

 あっ、僕から見て右だった。失敗失敗。……それにしてもマスターキレれるや。ティアを助けて良かったなぁ。額に青筋が浮かんでいる上に口調が何時もと違うマスターに流石の僕もビビる中、自分が出した術の壁に固定されて殴られ続けるウェっちの喉から声が出る凄い憎しみが籠もっていて……。

 

 

「き、貴様は賢者ぁあああ!! よくも……よ……」

 

 その言葉の途中で地面が崩れてこの場の全員の足元に穴が開く。僕は浮けるしティアも僕に勝手に掴まって毛をモフモフしているしマスターだって当然飛べる。キグルミ達は飛べない子だけ転移で逃がしたからウェっちだけが落ちて行った。

 

 

 

 

 あっ、違うや。百歳過ぎて少女の服を着たウェっちだった。

 

 

 

 

 


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