地獄を見た。地獄を見た。最初にその地獄を見た。
むせ返るような熱気と、身を焦がすような灼熱の炎が周囲を蹂躙している。助けを乞う声は聞こえない。
全部消えた。全部死んだ。
生命はこの辺りには存在しない。地中で有機物が無機物に分解されるように、人間はその形を無に還して姿を消した。
無情なんて思わなかった。幼いからという理由ではなく、そんなことを考えられる余裕がなかった。歩き疲れて瓦礫の山々に倒れ込む。仰向けになった視界に映る空を見ても何も思わない。
暗かった。重かった。
視界に映るのは廃墟と化した瓦礫の山々だけ。少しばかり視線を後ろへと向けると、空に穴が開いているように見えた。そこから何かが零れ落ちている。まるでこの世ならざる何かが生まれ落ちる。
その時を待っているかのように。
『...よかった。生きてる!』
これ以上意識を保っているのが辛いと思い、眼を閉じて伸ばした手を下げようとした瞬間。俺の左手が持ち上げられて大きな手に握られているのを感じた。よく見れば俺の左手は、涙を流している男性の頬に添えられていた。
そしてそこにはもう1つの手が。横を見れば、俺とそこまで歳の変わらなさそうな少年が横たわっていた。感情を失ったかのように、光の消えた瞳がただ男性のことを見ているのを未だに鮮明に覚えている。
これが俺と士郎・衛宮切嗣との出会いだった。
「士郎、どうしたその怪我!」
襖を引く音が聞こえたかと思えば、左胸に鋭利な何かで貫かれたような傷跡をつけている同居人がいた。制服には自身の鮮血がべっとりと張り付いている。
「...まあ、ちょっとな」
「いやいやいや、ちょっとで済むような怪我じゃないだろ!見せろ!」
「ちょ、勝手に見るな!」
触るなとばかりに俺の手から逃れようとする士郎を、組み伏せてブレザーの前を開きシャツを捲り上げる。
「傷がない?いや、塞がっているだと?」
「...俺にもわかんねぇ。奇妙な服装をした奴に刺されて、気がついたらこの通りだ」
「何がなにやら...っ士郎!」
「うわっ!」
鈴の音が響き、士郎を突き飛ばしてから自分もその場から離れる。コンマ1秒後、俺たちの頭があった場所を朱い槍が突き抜けて床を貫いていた。
「ほぉ、今のを避けるとは勘のいい坊主だ。片方はまったく感づいていなかったようだが」
「お前っ!」
「知ってるのか?士郎」
「知ってるも何も。俺を殺そうとした張本人だよ!」
なるほど。殺し損ねたから後を追って攻撃を仕掛けてきたってところか。だがそれは
「逃げろ士郎!こいつは人間じゃない!」
「に、人間じゃない?」
「つべこべ言わずここから出るんだ!」
「逃がすと思うかよ!」
背を向けて部屋から出ようとする士郎に向けて、侵入者が俺を無視して攻撃を繰り出そうとした。だが、攻撃はできずにその場に腹ばいになるよう叩きつけられる。
「っなんだこれは...てめぇ魔術師か?」
「あぁ、半人前のな!」
「うぉわっぁぁぁぁぁ?!」
侵入者は何かに吹き飛ばされたかのように宙を舞い、襖と窓ガラスを粉砕させて庭へと戦闘場所を移した。それを追いかけ、俺は士郎が逃げ込んだ蔵の前に立ち塞がる。
「てめぇ、ただの魔術師じゃねぇな。何者だっ!?」
「一流の魔術師に教えてもらった絶賛成長中のしがない魔術師さ」
「ほざけっ!たかが魔術師如きが英霊を一時でも上回るものかっ!」
そう言われても事実なのには変わりない。まあ、彼の言っていることが全て間違っている訳では無いが。俺が普通ではないと悟ったのだろう。奴の俺を見る眼に、殺意を感じさせる光が点ったのが見えた。
「魔術師風情が舐めやがって。覚悟しやがれ!てぇりゃあぁ!」
「ちっ、《強化》!」
彼は吹き飛ばした敵を追いかける際、部屋に置いてあった金属バットを持ち出していた。何故そこに置いてあったのか疑問だが、彼からすれば幸運だった。敵の鋭い突きを左右に避けながら、隙があればバットを振りかぶって反撃に転じる。しかし両手の延長であるかのように、自由自在な槍の動きに追い込まれていく。
「人間にしてはよく粘る。そこいらの魔術師とは肉弾戦の技量は比べられんな。はっきり言おう。お前のその腕前は、達人やプロの範疇には収まらん。異常な領域に踏み込んでいる。現にこの俺の攻撃を無傷とは言えないまでも、ほぼ受け流しているしな。故にもう一度問おう。お前は何者だ?」
「ハァハァ、魔術師としか言えないさ。ただ出生が少しばかりイレギュラーで可笑しなところだってことだ」
「ほう、イレギュラーねぇ。それだけの腕があれば、さぞや名を馳せる名家の生まれだったのだろう。だが俺に出会ったのが運の尽きだ。その命、この〈
先程より速度と威力を増した槍による攻撃が、逃げ回る少年を襲う。元来、魔術師は他の人間より身体能力が高い。それは魔術による恩恵もあるが、大部分は鍛え上げられた肉体によるものだ。魔術を行使するためには、肉体と精神の鍛錬が必要不可欠。集中力の乱れや停止は死を呼び寄せてしまう。
だからそうならないためにも、体力と筋肉を備えて普通のことには動じない精神力を育む。それによって一般人とは確固たる区別をつけ、人間の中でも上位に位置すると認識するようになる。
「そぉらぁ!」
「ぐあ!」
敵の振り下ろした槍先によって、彼の金属バットは真っ二つに両断されてしまった。勢いそのままに蹴り飛ばされた彼は、庭端にある蔵の扉に激突してしまう。
「
「っ士郎、出てくるな!まだ敵はそこにいる!」
蔵から出ようとする士郎を静止させるために、
「そこにいたかガキ。てめぇはもしかしたら7人目のマスターだったのかもな。終わりだぁ!っ何!?」
槍を突き出して突撃する敵に、士郎は自分の死を予感した。泉世に庇ってもらったことを無駄にしてしまうという後悔が、身体中を駆け巡る。
槍が泉世を貫くその瞬間。蔵の奥にある古い魔法陣が紅く輝いた。光が凝集されて弾けたかと思うと、それは士郎の横を通り抜け、泉世の服を微かに貫いた槍先を下から何かで弾いた。その勢いで泉世は士郎と共に、後方へと倒れ込んでしまう。
そこには金髪で蒼いドレスを纏い、腕や胸部に鎧を揃えた美しい少女が立っていた。今まで隠れていた場所にはいなかったことに士郎は目を丸くし、泉世はほっと安心したように息を吐く。
「...問おう、貴方が私のマスターか?」
少女は泉世を見て、少しばかり驚いたように眼を見開いたが、すぐさま士郎にそう問いかける。その僅かな間は、別段気にするほど長いわけでも短いわけでもなかった。むしろ相手に、状況を理解してもらう時間を与えるようなものだった。
「マス、ター?」
「そうです。サーヴァント〈セイバー〉、召喚に応じ参上した。マスター、指示を早く」
「とにかく御託はいい!あれをどうにかしてくれ!」
「わかりました。ご命令のとおりに」
蔵から出た少女は、体勢を立て直した敵へと向かっていく。その間に泉世は士郎を立ち上がらせて、安全であろう自宅前に移動する。
「何がどうなってんだよ」
「説明は後でしてやる。とにかく今は生き延びることだけ考えろ」
泉世の視線の先では、少女が敵と互角の勝負をしていた。いや、突然の侵入者による状況変化に戸惑っているのだろうか。敵の動きは、泉世を相手取っていた頃より明らかに鈍い。まあ、泉世が人間で現れた少女がサーヴァントであるならそうなっても可笑しくはない。苦戦するのが普通なのだ。
「貴様、武器を隠すとは何事だ!サーヴァントならば武器を見せやがれっ!」
「すまないな、こればかりはどうにもできん。マスターの命がなければ明かせない。見たければ貴様が自身の腕で看破して見せろ」
「ちっ、ならこっちが明かしてやるぜ。先程の間合い、剣であるとみた。貴様、〈セイバー〉か?」
「さあな。斧かもしれんし槍かもしれん。もしかしたら弓矢かもしれんぞ。さあどうする〈ランサー〉」
楽しそうに唇を緩める少女に笑みがこぼれてしまう。やはり
それも仕方ない。たとえ未だ原因不明の大火災を共に生き残った同士だとしても、互いの心の中まで見通せているわけでは無いから。
「ならここで決めてやる。覚悟しやがれ小娘!正体を明かさなかったこと後悔させてやる!おおぉぉぉぉ!」
「貴様、こんなところで《宝具》を放つ気か!?」
「もう遅ぇ!《ゲイ・ボルグ》!」
「っ!」
青い服を身につけた相手が空に飛び上がり、朱色の槍を少女に投げつけた。空気を切り裂き高周波を撒き散らしながら、天から地へと向かっていく。少女に触れる瞬間、透明な膜のようなものが槍を受け止める。だが僅かな拮抗の後、歪んだ中心を貫いて少女が横にした
蔵の上部を粉砕した槍は、持ち主の手元へと舞い戻っていく。それを左手で掴み表を上げた顔には、怒りの形相が浮かんでいた。
「...貴様、避けたな?この必殺の一撃を」
「...《ゲイ・ボルグ》。ケルト神話における光の御子と称される英雄。その槍の天才的な扱いができるのは1人だけ。クー・フーリン、それがお前の《真名》だ〈ランサー〉」
「ほう、よく知ってるじゃねぇかガキんちょ」
「神話系統はかなり好きで読み込んでてな。〈ゲイ・ボルグ〉の特性は【因果の逆転】。当たるという結果を先に与えることで、外れることのない必中攻撃となりうる。だからこその一撃必殺。空恐ろしい《宝具》だな」
膝をついている少女はどうやら怪我をしているようだ。左肩を右手で抑えている様子は、軽くない傷を負っているようにも見える。
「くっ、このまま続けるか〈ランサー〉?」
「いや、やめておこう。俺の雇い主は臆病でな。元々は偵察目的だったんだが、《
塀の上から見下ろしていた姿が空気に解けるように消えて、気配がなくなってから泉世は大きく息を吐いた。
「どうにか撃退できたか。それで傷は大丈夫か?」
「大丈夫ではありませんが今は時間が惜しい。もう一仕事残っていますので」
そう言い残して飛び上がり、塀を駆けていく少女を2人してポカーンと見上げていた。ハッと我に返り、2人は表門から外へ出るために同時に走り出した。キンッキンッという金属音が聞こえてきたので、2人は門から首だけを乗り出して外を見る。そこでは先程とまではいかないが、かなりの速度で撃ち合っている2人がいた。
「あの馬鹿!」
「ちょっと待てよ」
泉世は止めようと走り出し、それを見た士郎が追いかけていく。
「はいストップ2人とも。今は争ってる場合じゃないぞ。取り敢えず事情聴取しようか」
「うそ、だろ?あの間合いに入って無傷でいられるはずがない」
なんと戦闘に介入した泉世が、2人の剣を屈んだ状態で両手を使って受け止めていた。いや、正確には斥力と引力のようなものを掌に発生させ、緻密なバランスで保持している。それはさながら剣を受けて止めているようにも見えた。だから士郎が見間違えたのも無理はない。
「貴様、戦闘を邪魔するか?」
「何故止めるのです!?」
「いや、ちょっと怒んなよ2人とも。俺が聞きたいのは、何故ここにサーヴァントがいるのかってことだ」
剣を下げたことで泉世は立ち上がって、自分を助けたサーヴァントを背にし、自宅の近くにいる訪問者に問いかける。二刀を使っていたサーヴァントの後ろから、赤いガウンを制服の上に羽織った少女が現れる。
「どういうことか説明しろ泉世!それになんだこいつらは?服装も奇抜だし戦闘も異次元じゃないか!」
「ふぅ〜ん、そういうことね。いいわ説明してあげる素人のマスターさん」
「士郎だけにな」
「黙らっしゃい泉世」
「ぐは!」
戯言をぬかした泉世は、少女に脇腹をどつかれてその痛みに腰を折ってしまう。その様子に、彼らを助けた〈セイバー〉が僅かに口角を上げる。士郎はその様子に拍子抜けしていた。
「まあ、詳しい話はあなた達の家で話しましょうか。こんな時間に自宅近くとはいえ、出歩いていたら補導されかねないし」「お前の場合は近くじゃないだろ」「し、失礼ね!そんなどうでもいいこと言ってんじゃないわよ!」「どうでもよくないだろ。お前も一応女子なんだから」「一応って何よ!私はれっきとした女よ!」「そんながさつな言い方じゃ信用ならないだろ」「あったまきた!《ガンド》ぉぉ!」「ごはぁ!」
と、こうなふうに自宅前において漫才が繰り広げられた。数分後、泉世が再起動したことで泉世と士郎の自宅内に全員が入っていった。自宅へと入っていく泉世と士郎の左手には、それぞれが紅い痣を左手に宿していた。泉世には1画、士郎には2画。これがどういう結果になるのか。泉世も士郎もましてや凛も想像できなかった。
『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』
『なんだよそれ。憧れてたって諦めたのかよ』
『うん、残念ながらね。正義の味方は期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこともっと早くに気付けばよかった』
『そっか、それならしょうがないな』
『そうだね、本当にしょうがない』
『しょうがないから俺が代わりになってやるよ。じいさんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。任せろってじいさんの夢は』
『なら俺は士郎を支える。ヒーローには仲間が必要だからな』
『…そうか。安心した』
衛宮
イギリス人と日本人のハーフである母とイギリス人の父の間に生まれたクォーター。瞳の色は左右色違いのオッドアイ、髪は赤みがかった明るい茶髪、顔立ちは何故か日本人に近い。
性格は穏やかで大人しめだが、士郎のことになると普段とは違った姿を見せる。とある経路で日本にやってきていたところ災害に巻き込まれる。
第四次聖杯戦争が原因となる冬木の大火災の生存者。彼の行動とセイバーの行動を見る限り、第四次聖杯戦争において何かしらの縁があると思われる。さらには遠坂凛ともただならぬ関係があるらしい。
転生特典
・魔術の才能
・容姿端麗&頭脳明晰&運動神経抜群