はっはぁ、笑うしかない。
「事情は理解しました」
「変態、イリヤを守る」
渋々という感じで把握してくれた。といっても睨みつけながらイリヤを守るように槍を持ったままだが。そしてまったく見当違いのことを言っている人もいるが。
イリヤが目覚めるまで防御し続けた結果、言っていることが嘘ではないことをどうにか信じてもらうことができた。音や衝撃でイリヤが起きないようにするのは、かなりの負担を強いられたがそのおかげで休戦できたのだ。苦労した甲斐があったと自分を褒めても文句は言われまい。
起きたイリヤが新しい紅茶を淹れるように命じたあと、少しばかり世間話をしてから今に至るという経緯だ。そしてアインツベルンの城の結界の境目において、2人のメイドに罵られている今。事実ではないことを抗議しているが受け入れて貰えない。冤罪に合うことになるとは思いもしなかった。
「まったくの無罪ということは置いといて。少しだけだったけど楽しかったよイリヤ」
「私もそれなりに楽しかったよ。たまには来てもいいからね」
「お嬢様…」
「セラは黙ってて。当主は私なんだから決定権は私にあるの」
「たまにはと言うけど、そんなホイホイ来るもんじゃないだろ。俺たちは休戦状態とはいえ、敵同士に変わりないからな」
メイドとのやり取りに少しばかり笑みを浮かべて応える。見た目にそぐわない言葉とその無邪気さには、闘気なんぞ抱けるはずがない。マスターであったとしても。年齢にそぐわない行動原理には興味が湧いてくる。といっても、そうなっている理由は教育方針にあったのだが俺には関係ない。イリヤはそれが正しいとやってきたのだから、ここで否定すれば協定なんぞ紙屑同然。紙媒体ではなく口約束なのだから、拘束力なんてあってないようなものだし。
「今の私には戦闘の意思なんてないもの。それに戦えるのは夜だけなんだから」
「もうじき夕暮れなんて終わるけどな」
空を見ればその夕焼けは也を潜めて、夕闇が迫ってきている。時刻は午後6時といったところか。魔術を使って帰ったとしても、自宅に着くのは半過ぎになるだろう。アインツベルンの城の立地が悪いのだ。郊外に造るとは交通の便が悪すぎる。延びる道があっても、それは此処へ来るためだけの一本道だけだ。アインツベルンの城を行き止まりにして、左右への分岐もなければ、途中には自販機さえなければ街灯も申し訳程度だ。文字通りの一本道を帰るのは結構怖い。
アインツベルンは、由緒ある外国の貴族として冬木市市民に知られている。イリヤのことを知らなくとも、2人のメイドのことを見かけたことがある人物は、少なくともいるはすだ。あれだけわかりやすい髪色と肌の色をしていれば、誰もが振り向くはずだろう。人間ではなくホムンクルスとわからなくとも。
そもそも外国人として知られているのだから、ホムンクルス特有の肌でも間違われることはない。見た目は人間と何一つ変わらないし。眼に見えぬ違いといえば、寿命と戦闘能力ぐらいだろう。普通の人間と比べて寿命が圧倒的に短いため、アインツベルンが造り上げたホムンクルスの平均寿命は、30歳前後だろうとイリヤは言っていた。
セラはアインツベルン製であるものの、リーゼリットのように鋳造方法はアインツベルン特製ではない。だが造ったのはアインツベルンだ。故に忠誠心はアインツベルンにあらずイリヤにある。だから泉世に敵意を抱くことなく膝枕で寝ていたイリヤであっても、セラは敵と認識して攻撃を向けてしまったのだ。イリヤが敵と認識しなくともセラはそう認識してしまう。
行為そのものは忠誠心の現れであるが、ある意味一種の独占欲であり我が儘に近い感情である。メイドとして仕えているだけの理由ではなく、イリヤの身を案じているというわけでもない。言うなれば〈聖杯〉を手に入れるに相応しい人物がイリヤだと確信しているからだ。泉世はそれが過保護な対応の裏返しだと認識してしまう。
ホムンクルスであろうと人間だろうと、生命活動を行っていることに変わりない。生きている間に欲望や願望を抱く。それは紛い物であるホムンクルスにも適応される絶対的な世界の法。何者にも侵されず何者にも破ることのできない不文律。
「じゃあ今ここで襲ってもいいよ?」
「勘弁してくれ」
小首を傾げて笑みを浮かべながら、冗談っぽく言ってはいるが瞳は笑っていない。琴線に触れる言葉を少しでもこぼせば、次の瞬間にはイリヤの背後に〈バーサーカー〉が直立していることだろう。始まったばかりの〈聖杯戦争〉で最初に命を散らすなど無様にもほどがある。あれだけ大口を叩いて〈アーチャー〉を納得させたのだ。〈聖杯〉を手にするまでは死ねない。士郎・遠坂・桜・藤姉を残して旅立てるわけがない。
「また来訪されるのであれば、その時は正面から入ってきてください。不法侵入すれば次は間違いなく首を切り落とします」
「ぜ、善処します」
「善処ではありません。必ずです」
「あ、はい」
槍の切っ先を向けられては首を縦に振るしかない。先程のように全てを防いでも良いが、そうとなればそれなりに疲労することになる。イリヤが加勢するとは思えないが、敵地の中心部で隙を見せるわけにはいかない。
イリヤに手を振ってから結界の外へと足を踏み出す。通る瞬間は冷たくもないが、自身の体温よりわずかに低い程度に感じる中を通る。2回目であるにしてもこの違和感は慣れる気がしない。〈加速〉の術式を用いて、泉世はアインツベルンの城から延びる一本道を、市内に向けて駆けて行った。
『貴様の願いは何だ、雑種』
10年前、一時的な仮契約を交わした〈アーチャー〉にそう尋ねられたことがある。その意味が分からず首を傾げている俺に対して、〈アーチャー〉は興味を抱いた瞳で俺を貫いた。
『10にも満たぬ歳で〈聖杯戦争〉に参加するなど、正気の沙汰であるわけなかろう。王直々の問いだ。誇りに思うがいい』
『《万能の願望機》と称されるものがどのようなものなのか。それが分からない以上どう申せばいいかわかりません』
『なに、簡単なことよ。〈聖杯〉とはどのような願いも叶える。ただそれだけの代物だ。たった一人の人間を殺したいと望めば死に、自身以外の人間を殺したいと願えば死ぬ。単純明快なものだろう?』
『度し難いにもほどがあります』
『当然だ。人間の悪性を象徴したものが〈聖杯〉なのだからな。願いが叶わず届くことがないから人間はあれを作り上げた。自分たちでは叶えられないからそれを可能とする別のものに頼る』
それが人間の弱さで人間だけに与えられた欲望。自身で叶えられるなら叶えられるものに頼ればいい。そんな浅はかな考えが、〈聖杯戦争〉という欲の渦が四度も繰り返されてきた。
『人間ほど欲深い生き物はいないでしょう』
『であろうな。我の国でもそのようなくだらないことを繰り返す輩は少なからずいた。我が王として君臨しようとも、どれだけ重い罰を与えると知らしめても次から次へと現れた。人間の本性というものは、度し難いほどに醜悪だ。泉世といったか、貴様は時臣と比べて面白い。あれほどつまらぬ男とは思わなんだ』
『忠実なまでに魔術にこだわる方ですから』
『だからこそつまらぬのだ。貴様のように小僧ならば突拍子もないことを考えるかもしれん。それだけで契約するに値する』
『恐縮です』
あの時は大袈裟だと、過大評価だと思ったものだ。だが今思えばあれは本心から出たものだと納得できる。時臣氏は戦法においても魔術師としての戦いを盛り込む。魔術師ならば魔術師らしい戦い方で戦うべきだという考えを第一としてきた。だからこそ自身のサーヴァントと弟子に裏切られるのだ。
魔術師であろうと御三家であろうと、その誇りを捨てなければならないときがある。何よりも大事にすべきなのは誇りや伝統などではない。如何にして生き残るのかということを考えることだと俺は思った。家族を失ってでも成し遂げなければならないことなどない。家族が生き残ることより悲願を望んだとしても、優先しなければならないことがある。
だから俺はあまり時臣氏を好きになれなかったのかもしれない。骨の髄まで魔術師でありすぎたことで桜を養子に出した。魔術刻印をただ1人にしか継承できなくとも、もう1人をその支援者にするという方法もあったというのに。
『にして、貴様の願いとは何だ?』
『自分自身に使いたいということしかないですね。時臣氏の家系にある悲願を、自分の家系は持ち合わせていませんので。もしかしたら言峰のように自分の願いが分からずなのかもしれません』
『ほう、未だ自身の願いには気付かぬか。それもまた愛いものよな。まあいい。〈聖杯〉を手にするまでに見つけていればいいだけの話だ。それまでは綺礼のように、他のマスターに間諜を放って情報を集めて我に語り聞かせろ。そうすれば自ずと自身の願いにも気付くだろうさ。まあ、〈聖杯〉は我の物に変わりないがな』
『心遣い感謝いたします』
『構わん、我の興味があるうちは救いの手を差し出す。王として民の迷いは見過ごせんからな。それに貴様からの魔力供給は我にとって心地よいものだ。時臣と違って余りあるほど送らぬ故に動きやすい。余計な邪念も含まれておらんからな』
『魔力に感情のようなものがあるのですか?』
魔力が人を映すなど考えてもいなかった。魔力とは魔術を行使するためだけに使われる道具で、それ以上でもそれ以下でもない。そういう風に教え込まれてきたから余計に驚きだった。
『無論だ。魔力とは人間が扱う別の力にして、人間の中にあるものから生まれる力だ。故に感情が紛れ込んでいたとしても不思議ではないであろう?』
『人体と魔術にはまだ未知が広がっているのですね』
『魔術を知り尽くしているなど。思い上がるなよ雑種』
獰猛な笑みを浮かべながらそう言い残し、〈アーチャー〉は黄金の粒子となって消えていった。
〈第四次聖杯戦争〉の終盤で見捨てられた俺からすれば、あまり思い出したくない過去の話だ。見捨てられた理由としては、本人曰く面白みがなくなったということらしいが。果たしてそうだったのだろうか。俺からすれば、俺以上に面白みがある輩が現れたからだろうと思っている。それが誰だったのか俺にはわからない。
何故なら『認めてほしくば、その身で己が境地を脱してみろ』と言い渡され、その後は色々と命懸けのやり取りをしていたからだ。その時の俺は認めてほしいばかりに、戦いへその身を投じた。自身が生き残ることが不可能であると知りながら。
だがそのおかげで俺は〈セイバー〉と三度会うことができた。俺を守ってくれた〈セイバー〉が消えゆく瞬間、俺は懸命に手を伸ばした。〈セイバー〉の女性的な柔らかさを保ちながら、騎士として鍛え上げられた手を握った瞬間。俺に振り返って笑みを浮かべてくれた。その笑みは決して敵に屈した際に浮かべる諦めの笑みではなかった。
何かを成しえなかった中に少しだけ成しえたような。とても複雑な笑みだったのを鮮明に思い出せる。そして残像のように〈セイバー〉の横に映った
まるで別れを惜しむような苦しみの笑み。その瞳は鋭利で触れたものを傷つける。それを残念そうに自嘲しているよう。いつかまた会いたいと願い、その笑みの意味を知りたいと思った。だが今ならこう思える。あれは何かを期待していた笑みなのではないかと。この先ひょんなことから出会うのではないかという根拠もない感。
馬鹿げた妄想だと吐き捨て、俺は帰り道を急いだ。
家に帰った泉世は、珍しく桜がいないことを疑問に思ったが口にする必要もないかと聞こうとはしなかった。実際、今日は桜が家の事情で来れないことになっていたのだが、イリヤの家にお邪魔していた泉世には教えられていなかったのだ。
「学校帰りに慎二が妙なことを言ったんだ」
「妙?」
食事を終えて通称「タイガー」こと藤姉が帰宅してから食器を洗っていると、水で洗剤を洗い流した食器を拭いている士郎が唐突に口にした。驚くこともなく洗い続けながら泉世はそう聞き返した。
「結界の基点を隠してたことや結界自体を張ったのは、万が一の時のための保険だって言い出したんだ。魔力を持たないのにマスターをやらされてるとも言ってた。信用していいのか?」
「結界のことはともかく、魔力がないのにマスターをやらされてるってのは事実だ」
「何でそう言い切れる?」
間桐家が代々魔術師の家系であることを士郎は知らない。魔術世界に生きる人間ならば、知っていて当然の常識の一つだ。何故なら魔術に関わる者として、御三家の歴史を蔑ろには出来ないからだ。魔術刻印の継承が途切れていたとしても、かつては〈聖杯戦争〉という儀式を作り上げた名家の一つ。その歴史を魔術師は幼いころから学ぶ。洗脳というのは言い過ぎだが、最初に覚え込まされる知識なので忘れることがない。
だが純粋な魔術師の生まれでない士郎は知る由もなかった。まさか自分が魔術師として生きることになるとも思わなかったのだから。一般社会で生きてきた士郎は、魔術社会の知識を微塵も持ち合わせていない。かといって泉世が大量にため込んでいるというわけでもないが。士郎にも御三家について少しは話しておくべきかもしれない。そう思った泉世は手の動きを休めることなく話を続けた。
「間桐ってのは、魔術社会でその名を知らない者はいないぐらい有名な家系なんだ。俺達が今関わっている〈聖杯戦争〉という儀式を作り上げた御三家の一つだよ」
「その御三家ってのは一体…」
「お前が知っているように遠坂とイリヤだ。2人はそこの末裔で互いに血は絶えかけている。アインツベルンに関しては、人間というよりホムンクルスに近い血統になっているし、遠坂家はあいつ以外にその血がない」
桜が遠坂家の血を引いていることは話さない。凛がそれを望むとは思えないし、桜だって他人に言われたくはないだろう。それに桜の場合は、儀式と称した〈刻印虫〉によって身体と心を穢されている。桜自身、遠坂家の血であるとは思っていないだろう。
「間桐家と今は名前を変えてはいるが、本来はマキリと呼ばれる異国の家系らしい。西欧なのかロシア方面なのか詳しいことはわかっていないけどな。間桐家はかなり前から衰退の一途を辿っているらしく、遠坂曰く数代前から魔術刻印は継承されていないらしい。慎二の叔父はまだマシな魔術回路を持っていたみたいだが」
それは経験談による話だ。〈第四次聖杯戦争〉において、〈バーサーカー〉のマスターとして参戦した間桐雁夜は、それなりに魔術回路を有していた。それでも〈聖杯戦争〉で生き残れるほどの戦力はなかった。1年間におよぶ〈刻印虫〉によって蝕まれていたのも敗因の一部であるが。
「慎二の代で魔術回路は完全に消えた。だからあいつが言ったように、魔力を持っていないのにマスターをやらされてるってのは事実だって言ったんだ」
「じゃあ結界はどうなんだ?保険であったとしてもあそこまで手の込んだことをする必要はないだろ」
「そこがわからないんだよ。保険にしちゃやることが大きすぎる。あいつの言葉が本当なのかウソなのか判断ができないからなぁ」
「それに女子生徒を襲ったのもあいつらしい。サーヴァントがマスターの許可なしでそんなことするのか?」
「一概には言えないかな…」
歯切れの悪い理由としては、泉世もそのことを把握できていない実情がある。マスターが意図的に命令していたならばわかりやすい。それに慎二が嘘をついている可能性だってありえる。本当とも言えるので断定した言葉を口にできなかった。
「そこはマスターと召喚されたサーヴァントとの関係性や正体で変わるだろうさ。生前が強盗や人殺しが好きだった奴がサーヴァントとして現界したなら、そういったことも平気でするだろうさ。マスターに禁止されるまではな。もしくはマスターが人命に重きを置いていないならば、サーヴァントを叱るどころか推奨するだろうな」
「放っておけるかよ」
「気持ちはわからなくはないが相手は慎二だ。刺激したらどんな手段に出るかわからないから、今は何もしないでくれ」
「…わかった」
素直に頷いてくれたことに満足する。士郎は真面目であり人の言うことを素直に聞く。もちろん素直に聞いてくれないときもあるが、比較的泉世のことは応じてくれる。同居人にして同じ災害を乗り切った生存者であり、魔術の師でもあるのだから。士郎が言うことを聞かなかったら、魔術の鍛錬を手伝わないということはない。大雑把な指導になったりはするが。
鍛錬するために蔵へと向かう士郎の後を追う。今日は士郎の自主練日なので泉世が手伝うことはない。泉世の目的地はその横にある道場で、食後にそこへ向かった〈セイバー〉に指導を願うためだ。切嗣に救われてからというもの、道場で指導してもらってから泉世が怠った日はそうそうない。あるとすれば、近頃始まった〈聖杯戦争〉で時間が取れなかった日ぐらいだ。
士郎も同じように指導を受けたことがある。切嗣が亡くなってからはやめてしまったが、泉世に限っては剣道五段の腕前を持つ藤村大河に教わり続けた。その甲斐あってか学校の体育の授業で剣道部に勝ってしまったり、練習相手として呼び出されることもある。おかげで剣道部には名誉部員と茶化されたりする。
本来ならば嫉妬されたりしてもおかしくないが、泉世の人間性故かそれとも実力を認めた故か。そういうこともあって意外と剣道にはまっていたりする。
「遅くなって悪い〈セイバー〉。気分でも害していたか?」
引き戸を開けて中に入ると、瞑想中らしい〈セイバー〉が正座をして眼を閉じていた。声をかけるべきではないかもしれないが、ここに近づいている間に気が付いているだろう。そうでなければ、霊体化しているサーヴァントの気配に気づけたりはしない。
「泉世の中での私の位置づけはどうなっているのか。そこを詳しくお聞きしたいのですが」
「どうあってほしい?」
「最強のサーヴァントというものが好ましい」
「その台詞は片腹痛いな」
「では成敗してあげましょう。その無駄口を言えなくなるまで叩きのめします」
こういった皮肉を言い合えるのも今まで士郎しかいなかったため、新鮮さを感じるので自然と笑みが浮かんでくる。泉世が壁に片付けられていた竹刀を持って、切っ先を向けて〈セイバー〉と対峙する。
無駄のない〈セイバー〉の構えに対して泉世の場合は、まだまだ型の粗い身になっていない構えだ。言うなれば蛇に睨まれた蛙のような弱々しいもの。だがその中にも成長したいという思いと、若さ故の勢いによる血気が溢れていた。
「未熟な俺の腕を磨いてもらえるのは光栄だよ。それもあの【騎士王】に直接手ほどきを受けられるんだからな」
「腕が未熟ならば教え甲斐があるというもの。腕が完成しているならば倒し甲斐があるというもの。どちらであっても私には嬉しいことに変わりないです」
強者の笑みを浮かべた〈セイバー〉と、その強者に教えを受けることができる喜びによる笑みを浮かべる泉世。2人の呼吸が合致した瞬間、互いに跳躍して竹刀を振り下ろした。
ビシッ!という鋭い空気を裂くような音と共に、風が2人の前髪を揺らす。普通の試合であれば、髪が動いたとしても移動による揺らめきが精々だろう。だが今はその程度の動きではない。まるで突風が吹いたようなそれほどの移動速度だ。
切っ先だけの拮抗から一転して連続の突き。さらには斬り払いによる足元への攻撃。普段の〈セイバー〉なら戦闘では決してしないであろう小手先の技。泉世だから使ったのだろうが何ともせこい。
「そんな技を使うなんて〈セイバー〉らしくないぞ」
「本来の戦闘なら使いません。しかし今は試合であり戦闘訓練です。ならば小手先を使っても問題ないですし、泉世の世界ではそれが普通であるはずです」
「〈聖杯戦争〉のための実践練習ではなく、現実世界でも通用させるための訓練でもあった…か。じゃあ遠慮なくその好意に預かろうかな!」
全力の突進から突然のサイドへの移動から、斬り上げ気味の斬り払いを右から左へと振りぬく。容易に防がれてしまうがそれは予定通り。もう一度強く床を蹴って剣ではなく体当たりをかます。〈セイバー〉にとっては予想外の攻撃だったらしく、剣を迎え撃つ用意をしていたようで、まったく防御できていなかった。
そのため15歳でもそれなりに体格のある泉世のショルダータックルを、まともに喰らって大きく態勢を崩した。追撃とばかりに泉世が大きく跳躍して大上段に構える。このタイミングで行くと、いくら〈セイバー〉がサーヴァントであっても迎撃は不可能。だと思っていたのだが...。
「《荒れ狂え、風よ》!」
「おわっ!」
自身の武器ではない竹刀から、通常ではありえない可視の乱流によって、空中を滑るように跳んできた泉世を軽々吹き飛ばした。道場の床や壁、天井に一切の傷をつけることなく泉世だけを吹き飛ばした技量は驚くべきだ。どうにか態勢を立て直したが、顔を上げたところには竹刀の切っ先が置いてあった。人間にもサーヴァントにも通用する降参の意味である両手を上げた。
「なかなかの腕でした。かなり筋が良かったので教え甲斐があります」
「お目にかかってよかったよ。これぐらいで今日は終わりにしよう。にしてもなんでそこまでご機嫌斜めなのか教えてほしいんだけど」
「別にそんなことはありません」
ツーンと顔ごと眼を逸らしているのを見ると、泉世の言葉は正しいようだ。顔を背けた方へ移動しても今度は反対方向へと向ける。幾度となく繰り返すが結果は同じだったが、我慢比べに負けたのは〈セイバー〉の方だった。
「…匂い」
「ん?」
「これまではしなかった別の人間の匂いがします。それも懐かしく思うものと似た」
「あぁ~」
その言葉を聞いて泉世が罰の悪そうな表情を浮かべて頭をかいた。その理由をどうやって説明するべきか悩んでいるらしい。だがそれ以前に何か物足りなさを2人は感じた。壁に掛けられた時計を見ると、時間は0時を当の昔に過ぎている。2人して顔を見合わせて道場の外へと出て蔵へと向かう。中を覗くと、そこで鍛錬をしていたはずの士郎がいない。
部屋に帰って寝たのかと思ったが、それにしてはあまりにも存在感がない。注意深く周囲を探索していると、半透明の糸のようなものが伸びているのを見つけた。それを辿ってある方向に眼を向ける。それは遠くの山中からここへと伸びている。そして糸についた気配を見ると、士郎の魔力が少量付着していた。つまり…。
「〈セイバー〉これは…」
「おそらく魔力による罠でしょう。蜘蛛のように糸を張り巡らして、かかった獲物を手元に呼び寄せている。といったところでしょうか」
「それにこの魔力は今までに感じたことのないものだ。〈キャスター〉か〈アサシン〉のどちらかだろうが、ここまで複雑な魔術を扱うのは〈キャスター〉だろう。急がないと士郎が危険だ!」
「行きましょう。目的地は」
「柳洞寺だ!」
泉世と〈セイバー〉は、全力で自宅から柳洞寺へと向かった。