オルタさんと恋したい   作:ジーザス

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アニメとの相違点とは...ないではないか我ぇ!


理想との決別

金の盃が置かれている。その中には紫色の液体が並々と注がれていた。毒々しいものではなく、果実から絞り出したままの状態がその色であるかのように自然な色。それが時折波立って淵からこぼれそうになっている。その揺れの原因は立っている床にあった。

 

いや違う。足元もさらに下の部分からの間接的な衝撃。

 

視点が変わる。

 

見えるのは、穏やかに湾曲した木製の淵と柱に巻き付けられた太い縄。音は聞こえず匂いもしない。聴覚と嗅覚は遮断されていて、視覚だけが働いているそんな感じだ。そして何より不思議だったのが視界に広がる青色。それが〈海〉であることがわかったのは、流れ込んでくる感情のおかげだった。

 

胸の高鳴りと焦燥が入り混じった謎の感情。ここにいることが楽しいのにそれを喜べない。不思議な自分には理解できない苦しみだった。他者からの妬み、憎悪といった負の感情にさらされていたからなのか。自分の行いが正しいと思い込んでいる。哀しい感情だった。

 

 

 

 

「っ、此処は…柳洞寺?」

「ええ、そうよ」

 

独り言に反応したのは女の声だった。背後を振り返ると、地面から影のようなものが人の形を成していく。その不気味な動きと実体化したことによる謎の圧迫感。今日まで何度も経験してきたこの感じ。

 

「サーヴァント、それも〈キャスター〉の!」

「その通りよ〈セイバー〉のマスターさん。私は〈キャスター〉として此度の〈聖杯戦争〉に招かれた」

 

今になって気付く。俺の身体は糸のようなものに繋がれていて自由に動くことができない。どれだけ力を込めても1mmたりとも動いてくれない。まるで身体が石になったように筋肉を動かすことさえままならない。

 

「無駄よ。一度完成した魔術は魔力という水では流せない。それも貴方のように貧弱な魔術回路ではね」

「なるほど。連行させやすかったってわけか」

「参加しているマスターの中でも貴方は跳びぬけて弱いですからね」

 

わかってたさ。俺がマスターとして参加することがどれだけ馬鹿馬鹿しいことか。真っ当な魔術師でもない俺がマスターの器になる資格なんてなかった。泉世なら当然として何故俺だったのかそれが一番の謎だった。そんな思考を回している間に力が抜けていくのを感じた。いや違う、抜けて行ってるんじゃない。抜かれているんだ。それも目の前の〈キャスター〉によって。

 

「くそっ!」

「安心しなさい。命まで取るつもりはないのだから。最初は加減ができなくて多くを殺してしまったけど、今なら必要最低限で済ましてあげられる」

「殺した?まさかこれまでの昏睡事件は全部お前の!」

「御明察。〈キャスター〉クラスには陣地を作る権利があるの。魔力が多量に貯蓄されている場所を選ぶのは当然なのではなくって?」

「それが柳洞寺だったのか」

「ここは霊脈がもっとも流れる場所。感じるでしょう?数百人分の微かな魔力が集まっているのを」

 

確かによくよく観察してみれば、他とは違う妙な波動を感じる。切嗣に救われてから何度か此処を訪れはしたが、気にすることも気付くこともなかった。一応、遠坂からは各クラスの特徴などを教えられていたものの忘れていた。〈キャスター〉は魔力が集まる場所を好むと。

 

魔術を得意とし魔術を使った攻撃で他を圧倒するならば、他のサーヴァント以上に魔力を必要とする。マスターからの供給で間に合わないならば、他から吸収するとも。だがその供給先は関係のない人たちだった。命を奪われた人々の家族はどんな思いだったのか。俺には想像もできない。経験しなければわからない。

 

だが目の前のこいつはそれを考えてもいない。自分が必要としたならば命など顧みない。天秤にかける作業を省いて手にする。

 

「〈キャスター〉、お前は無関係な人間を巻き込んだのか!?」

「何か問題があって?」

「何?」

「有象無象の存在にすぎない人間が数十人死んだところで不都合はないでしょう。この街にはその10倍・100倍・1000倍もの人間が何事もなかったかのように生きているわ。どうせ最後にはすべての人間が私のものになるのに」

「〈キャスター〉!」

 

こいつは多数だろうと少数だろうと命はどうでもいいと言った。そんなわけがあるはずがない。命というものは尊くそして大切なものだ。それを道具のように吐き捨てるなんて俺は認めない。善人だろうと悪人だろうと、俺には関係ない。すべての人を救うと決めたんだ。それを《理想》として掲げた切嗣から受け継いだものだ。

 

「では本題に入りましょうか。貴方の〈令呪〉をよこしなさい。そうすれば命だけは助けてあげるわ」

「誰が渡すかよ!」

「自ら差し出してくれれば、命は取らないというのに。まあいいわ、やり方はいくらでもある。たとえばこうして無理矢理引きはがす方法もあるのだけれど」

 

俺の左手に宿った残り2画の〈令呪〉を奪うだと?そんなことされたら〈セイバー〉はどうなる。〈キャスター〉の手駒にされて最後には捨てられるだろう。〈聖杯〉手に入れることのできたなら、〈セイバー〉は用済みとして捨てられる。

 

「安心なさい。〈セイバー〉は私が管理してあげるわ」

「ふざけるな!〈セイバー〉をお前なんかにはやらない。〈セイバー〉に〈聖杯〉を渡すまで俺は諦めない!」

「威勢のいいこと。ではその言葉がどれだけ本物なのか見定めてあげる」

 

〈キャスター〉が手を俺の〈令呪〉に重ねた。鋭い痛みが手の甲に走る。まるで身体の一部を意識を保ったまま引き剥がされるような、気持ちの悪い感触。

 

「〈令呪〉を剥がすということは、魔術回路を奪うことになるのだけれど。貴方は別に必要ではないでしょう?魔術師でもなければ普通の人間でもない中途半端な存在。何も知らずに生きていくならそれで十分でしてよ」

 

魔術回路を失ったら俺は〈聖杯戦争〉を戦い抜けない。それ以前に俺の《理想》が閉ざされる。あってたまるか。俺はそれを成したいがために魔術師になった。ここで敗れるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

「泉世、これは」

「…英霊という概念そのものを拒絶する結界だな。面倒でしかないな」

 

士郎が〈キャスター〉と対峙している頃。柳洞寺まであと一歩という場所まで来ていた泉世と〈セイバー〉は、麓の階段の前で救出の中断を余儀なくされていた。真正面から乗り込む気など毛頭なかった泉世は、脇から侵入しようとしたのだが、結界によってその作戦は破棄せざるお得なかった。

 

いくら〈セイバー〉がいるといっても、人質に近いように連行された士郎がいれば戦いは困難を極めるだろう。だが結界によって真正面からしか行けないとなると、戦闘は避けられない。

 

「仕方ない。階段を上って正面から突入するしかないかな」

「しかし、泉世なら背後から攻めることもできるのでは?」

「士郎が何処にいるかわからないし、何より下手な動きをして士郎を殺されたくない。だったら正面からぶつかるしかないだろ?」

「わかりました。相手が〈キャスター〉である以上、いつ何処から攻撃してくるかわかりません。注意してください」

 

互いに頷きあって、階段を可能な限り速く駆け上がる。サーヴァントの速度に合わせて、階段を上っている泉世の運動能力は異常だ。魔術を行使していたとしても、敏捷性の高い〈セイバー〉と並ぶなど普通ではない。そこは泉世の魔術の腕前と、鍛え上げられた肉体の相乗効果とでも言っておこうか。

 

深夜の冷えた空気と、張りつめた空気が合わさって不気味さを醸し出している。寺ということもあるが、今はサーヴァントがいるという点が一番の理由だった。元々寺は霊や魂を供養する場所なだけあって、霊的な現象が起こることで有名だ。人魂や死者を見たという目撃例は後を絶たず。

 

昼は自分たちを見守ってもらうために訪れ、夜は不気味だから近寄らないとは。なんとも人間の本性を映した鏡と言える。そんな人間に仏や菩薩が何かを恵むとは到底思えないが。

 

閑話休題

 

半分ほど上りきり、泉世が少しばかり呼吸を整えていると。何者かに見られているのを感じた。存在しないものが漂いながら全方位から睨んでいるような。もう一度頷きあって階段を駆け上がる。到達まであと僅かというところで2人が同時に足を止めた。

 

〈セイバー〉が泉世を守るように前へ出る。

 

「人影…まさかサーヴァント。なら〈キャスター〉なのか?」

「いえ、あれは〈キャスター〉ではない気がします。聞こう、その身は如何なるサーヴァントか?」

「…〈アサシン〉のサーヴァント、《佐々木小次郎》」

「「なっ!」」

 

自ら名乗り出たことに2人が驚愕する。《真名》は自身の弱点を露見させることにつながるため、サーヴァントは普通なら名乗ることはしない。なのに名乗ったということは一体どういう意味か。

 

「立ち合いの前に名乗るのは当然だ。だがそなたは名乗らずともよい。私自ら看破したいのでな。それに敵を知るならばこれで十分であろう?」

 

背中に回した手に握っていたのは、長身の〈アサシン〉と同等の長さの刀だった。見栄えは良くも悪くもない至って普通のものだ。名刀であるようには見えないが、見た目だけでは判断できない。だがそれは自分が強いと思い込んでいる弱者が、敵は腕と同等の物を持っていない故に弱いと決めつけるようなものだ。そんな者は一般社会でも魔術社会でも早死にする。

 

「退け〈アサシン〉。今は貴様に構っている暇などない」

「ならば押し通れ。私を納得させることができたならば、喜んでこの道を譲ろう。だが私の役目は門番だ。そう易々と通しては肩書きの意味がなくなる」

「では魔術師だけでも通してもらえないだろうか。サーヴァントとの戦いに巻き込むわけには行かない」

「それこそ無理な相談というもの。私の役目は誰一人としてここを通さぬこと。それが契約内容だ」

 

マスターとの関係性。それはこの地域一帯でもっとも魔力の溜まった土地を守ること。〈アサシン〉はそう言いたいのだろう。冬木市には魔力の溜まる場所が全部で4箇所ある。

 

1つ目は御三家の1つの遠坂家が所有する遠坂邸。2つ目は〈聖杯戦争〉の監督役が在中している不可侵地帯である言峰協会。3つ目は冬木市民ならば1度は訪れたことのある冬木市民会館。そして4つ目が歴史ある霊地にして、今回の〈聖杯戦争〉における祭壇のここ柳洞寺がある円蔵山。

 

ここを守るということはそういう意味だ。

 

「〈アサシン〉、聞きたいことがある。寺には〈キャスター〉がいるはずだ。そこに立ち〈セイバー〉を敵にするということは、貴方たちのマスターは同盟を結んでいるのか?」

「同盟?そのようなものあるわけなかろう。私にはマスターなど存在しないのだから」

「どういうことだ」

「押し問答はこれぐらいにして。〈セイバー〉、戦わねば貴様の主の命はないぞ」

 

脅しにもとれる言葉に〈セイバー〉が階段を上っていく。剣を操る者同士の戦闘に参加するわけにも行かない泉世は、背後でその戦いを見守るしかない。戦闘中ならば泉世だけでも左右の林を抜けて、士郎の元へ行けるだろう。だが門番として立ち塞がる〈アサシン〉がそれを許容するはずがない。

 

余計な立ち回りをして命を狩られては困る。今は何もせずに見届けることが安全と判断した。

 

「でやぁぁぁ!」

「ふっ!」

 

互いの剣を振りかざし衝突する。断続的に金属音が周囲にふりまかれていく。斬り払いからの刺突と上段斬り。途方もない速度での衝突は、泉世の動体視力では視認できない。互いに剣を弾いた瞬間しか眼にできず、何があったのかはそこでしか判断できない。

 

「いや、お見事。その首七度は落としたつもりだったのだが、未だかすり傷負わず健在とは。私の剣が訛ったのかそなたの剣技が生半可なものでない故か」

「これほどまで互角にやりあえるとは。貴方はかなりの剣豪とみた」

「私など剣豪になれなかった臆病者よ。夢を途中で捨て、剣を振るうことだけに生涯をかけた。故に私には誇りなどあらず、この身を剣だけの勝負で朽ち果てるならば本望」

 

わずか数秒間だけの戦闘だったが、泉世は〈アサシン〉の腕前が達人の域をとうに超えているのを実感した。〈セイバー〉はそのクラス故に、剣技を極めた者であることは確かだ。その〈セイバー〉と互角にやり合う〈アサシン〉は簡単には倒せない。

 

《佐々木小次郎》。かつて最強の剣豪と謳われた宮本武蔵と、巌流島(元は舟島)で死闘を繰り広げたと言われている。13歳から29歳まで60以上の戦いで無敗を続けた宮本武蔵と死闘をするなど、並外れた剣使いに他ならない。〈アサシン〉として召喚された意味はわからないが、此度の〈聖杯戦争〉において楽に勝てる相手ではないことは明白だった。

 

その腕前を持つが故に〈セイバー〉と互角以上の戦いを繰り広げている。重さと威力、速度ならば圧倒的に〈セイバー〉の方が上だ。だがそれを補って余りあるほど〈アサシン〉の剣技は異常である。立ち位置が階段の上下ということもあるが、互いに足場の悪さは対等。上から押しこめるだけ〈アサシン〉が僅かに有利か。

 

「西洋と東洋の剣技比べとは。いや、なかなかに戦い甲斐がある」

「そちらは小細工を用いるのだな。面白い。普段ならば侮辱であると受け取るが、貴方のその戦い方は実に興味深い」

「おうさ。剣技以外の全てで負けていては少々私も戦いづらい。その差を埋めるためには、小細工を弄するのも仕方なかろうて。それにその見えない剣(・・・・・)にもそろそろ慣れてくる頃合いだ」

 

やはり〈アサシン〉は生半可な敵ではない。今の僅かな戦いで〈セイバー〉の剣の間合いをほぼ掴んだという。観察力と洞察力は桁外れに高い。

 

「では第二幕といこうか。猶予などあってないようなものなのだからな」

「その言葉通り私も全力で戦いましょう。後ろの魔術師には手を出させません」

「そのようなことを言わなくとも、割り込むことはしないと期待するが。そなたの協力者であれば、剣士の誇りをわざわざ踏みにじるようなことはせんであろう?」

「命の危険を感じたら介入するかもだが」

 

泉世の応えに〈アサシン〉が少しばかり不愉快だと眉を顰める。本来、サーヴァント同士の戦いにマスターが乗り込むのは自殺行為だ。加えて誇りを重んじるサーヴァントであれば、侮辱されたと認識する。楽しんでいることに水を指されて、相手に怒る人間と同じ心理だ。

 

「ふむ、まあ〈セイバー〉のマスターの関係者であれば当然か。介入するにしても、するならばそれ相応の覚悟を持ってこい。死ぬこともありえるということを」

 

その時、泉世は〈アサシン〉の背後に圧迫感を与える何かがいるのを感じた。それも2つ。

 

「この初めての感じは〈キャスター〉か?しかしもう1つは〈アーチャー〉なのだろうが。何故ここにいる?」

「ふむ、予定外の来客のようだ。女狐めかなりイラついておるな」

「やはりお前らは同盟関係か。ならば押し通るまで!」

「威勢のいいことよ。普通の魔術師ならば、サーヴァントを前にして逃げるか隠れるかのどちらかなのだがな。それにしては貴殿のその意欲。実に興味深い」

「頭の狂ったマスターという認識でいいさ」

 

冷や汗をかきながら強い口調で言う。だがそれが虚勢であることは誰の眼から見ても明らかだった。呼吸は乱れで浅く速い。焦点は定まらず視界が時折ぼやけたりする。

 

「口先だけならば生かしておく意味はあるまい」

「待て〈アサシン〉!巻き込むつもりか!?」

 

〈アサシン〉の魔力が上昇したことで、〈セイバー〉がその意味を悟る。

 

「守らねばそなたの命もないぞ〈セイバー〉」

「っ!」

「さあどうする?挑むか逃げるか。挑めばそなたも傷付くだろうが後ろの魔術師の命は助かる。逃げれば後ろの魔術師は生き延びるが、上のマスターは死ぬ」

 

階段を下りながら〈セイバー〉を試す。上からは断続的に衝撃音と地鳴りが届いてくる。どうやら本邸でも戦闘が始まったらしい。〈セイバー〉と同じ踊り場に立って構える。

 

「いかせてもらうぞ〈セイバー〉。《秘剣 燕返し》!」

「なっ!」

 

急激に高まった魔力が剣に集まり、一瞬にして剣が振り抜かれる。

 

「っ!」

 

〈セイバー〉に放たれた《宝具》を半透明の膜が防ぐ。だが《宝具》として同時に三度(・・・・・)斬りつけられては、如何に魔術といえども形を保っていられない。それでも僅かばかりの猶予が発生したことで、〈セイバー〉は剣に纏わせていた魔力を解除した。そのままの流れで放たれた剣撃を防ぐ。

 

そのことに驚きを隠せない〈アサシン〉は、《宝具》を放ったままの体勢を解かなかった。

 

「...避けたのか我が剣を」

「介入がなければ死んでいた。今の攻撃、一度に三方向から剣が放たれていた。一体どういうことだ!」

「何、簡単なことよ。剣に捧げた我が人生の中でもっとも時間をかけたのがこれだ。燕を斬るために得た技。技と言えるのかどうかはわからぬが、誇れるものでもない。空を駆ける燕は容易に落とせぬ。線でしかない剣筋ではさらに難しい。ならばどうすれば落とせるのか。ない頭を働かせて思い至った。【1本で落とせぬならば数を増やせばいい】とな」

 

懐かしそうに夜空を見上げながらそう呟く。《宝具》を放つ瞬間の瞳ではなく、ただ1人の剣士としてあった自分を眺める優しげな瞳。

 

「しかし奴らは思うより素早い。事を為したければ、一呼吸のうちに数度重ねなければならん。生憎、他にやることのなかった私に時間はありあまっていた。辿り着いたのが今というわけだ」

「...《次元屈折現象》。ないものを一瞬のみ同じ場所に置く現象の事を言う。だがそれを魔術を使わずに使用した?有り得ない」

「確かに有り得ぬだろう。だが実際、私は会得した。それがどういう意味かわかるか?」

 

言っている意味がわからない。〈セイバー〉に守られながら、泉世は〈アサシン〉の言葉を待った。

 

「私はそれだけで《宝具》の域に達したのだ。それ故にサーヴァントとして迎えられた。私は名を持たず生きていたかさえも分からない人間。存在したかもしれないという人間の妄想や想像が生んだ歪な英霊。だがそれでも私はこうして剣技を交える機会を得た。捨て置くことなどできるわけなかろう」

「〈セイバー〉、勝つのは難しいと思う。時間を稼いでくれ。っ!」

「泉世!」

「ほう」

 

突如泉世が飛んだ。階段を駆け上がるのではなく、大きく跳ぶのでもなく空を飛んだ。マスターにしてはその速度は異常だがサーヴァントからすれば遅い。光速とでも呼べる速度で斬りつけ合っているのだから、魔術で加速したとしても視認するのは容易い。

 

「士郎!」

「み、なせ…」

「これは刀傷?〈キャスター〉は斬系統の魔術を扱うのか。厄介だな。...それにしても今の瞬間に俺を斬ることができたはずだ。何故討たなかった〈アサシン〉」

 

〈セイバー〉と互角以上の剣の立ち合いをしたのだ。魔術を使って速度を上げていたとしても、泉世を斬るのは容易だったはずだ。なのに〈アサシン〉は指先を動かそうともしなかった。

 

「それこそ無粋というもの。仲間を助けるその行為は誰であっても美しい。それも私の剣を少しでも防いだ魔術師への報酬だ。立ち去るがよい。今宵はここまでだ」

「情けをかけるのか?」

「言ったであろう今宵はこれで十分だと。味方を守りながら戦うのは戦の天才であっても簡単にはいかぬ。互いに万全の態勢で戦いたいのだ。そうであろう?〈セイバー〉よ」

「サーヴァントしてではなく、騎士としてそうありたいと思っている」

「私も女狐が撤退したことでここを守る必要性もなくなった。そなたらも居る意味はなかろう?」

 

見逃してもらうことを貸しとして泉世は〈セイバー〉に守られながら下山した。背中に大怪我を負った士郎を背負いながら。

 

 

 

眼に見えない場所まで下りたのを確認した後、〈アサシン〉は階段を下りてくる人物に敵意を向けた。

 

「ほう、私の前に立ちふさがるか侍」

「それはこちらの台詞だ風来坊。私の獲物を横取りするつもりなら、貴様はあの女狐以上に好まぬ存在となろう」

「面白い。横取りする気は毛頭ないが邪魔立てするならば切り捨てるだけだ」

「行きは見逃したが帰りは通さぬ。通りたければ満足させてみよ」

 

共に並々ならぬ魔力を周囲に放出して対峙する。

 

「ふんっ!」

「ふっ!」

 

〈アーチャー〉が振りかぶった短刀が〈アサシン〉の長刀と激しくぶつかり合う。その剣音は静まり返った柳洞寺一帯に反響した。




頑張るんだよ作者は。

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