よくもまあ5時間でここまで書けたなと、我ながら思ったりしてます。話は進んでいませんがよろしくお願いします。
「士郎、一成に何をしたんだ?」
廃墟と化した建物に隠れながら隣にいる士郎に泉世が問いかける。その質問の意味が分からないとばかりに士郎はいぶかしげに首を捻った。
「一成?ああ、昼間にあいつがマスターじゃないか確認したんだよ。許可なしで」
「マスターの確認ね。お前、まさか脱がしたのか?」
「直接『お前はマスターか?』なんて聞けないだろ。何でだ?」
「何でじゃない。あいつが昼休憩の終わりに、むすっとしながら俺に文句言ってきたんだよ。『衛宮は新しい世界の扉を開けたのか!?』ってな」
そのときの光景を思い出したのか。泉世は額に手を当ててため息を吐いた。その様子から察するに、かなりの小言を言われたのだろう。問答無用で衣服を剥かれてまともな説明もされないまま終わるなど。よっぽどの人間でない限り納得できない。長い付き合いだからこそ説明を求めることもある。
「迷惑をかけたな」
「別に怒ってるわけじゃない。お前のやったことは間違いじゃないからな。というわけで今此処にいるわけだが」
泉世たちがいるのは柳洞寺へと向かう一本道だ。何故ここにいるのか不思議に思うことだろう。そこで少しばかり事情を整理しておかなければならない。昨日、一誠がマスターでないことが発覚して何気なく柳洞寺で変わったことがないか士郎が聞いたところ、特に変わったことはないということだった。
今のところという注釈に気付いた士郎は少し踏み込んでみたのだった。すると、葛木が近々結婚するということが判明した。2週間前に許嫁という女性がやってきたらしく、一緒に暮らしているという情報を得た。そのことから許嫁という女性が〈キャスター〉であると結論付け、そのマスターであろう葛木を狙うという根端だ。もし葛木がマスターならば、サーヴァントである〈キャスター〉が黙っているはずがないということだった。
着ぐるみを剥がされた当日に聞いたのではなく翌日。つまり今日の昼に聞いている。その日に聞いたところで無視される可能性があったからだ。今日に聞いたとしても反応されないことも心配していた士郎だったが、その心配は杞憂に終わっていた。
「クシュン!うぅ寒~」
「なんで厚着じゃないのか聞きたい」
「服被せてたら動きにくいじゃない!」
夫婦喧嘩じみたことをする凛と泉世を、横目で見ながら士郎はため息を吐く。何のために隠れているのか忘れているのでは?と疑問に思い始めていた。だが凛の寒いと口にする理由も理解できる。時刻は夜の7時。雪が降っていることを考えればそれなりに気温は低い。今日の凜の服装はいつも通りの上に、ミニスカートという井出立ち。足元から忍び寄る冷気は存外に蝕んでいるのかもしれない。
「っと、おしゃべりは終わりだ。来たぞ」
「…よく見えたな泉世」
「暗視の魔術を使ってたからな」
暗闇を歩く人影を見つけた泉世が知らせると、一気に周辺の空気が張りつめた。普通の人間の視力ならば見えるはずもなく、ましてや言われても何処にいるのかさえわからない。その動きはまるで周囲を警戒しながら歩いているようだ。ただ歩いているだけに見えてその実は、自衛の行動であることを泉世と〈セイバー〉は見破っていた。泉世はこれまでの実戦経験で、〈セイバー〉はスキル〈直感〉と泉世と同じ実戦経験によって。
〈セイバー〉もまた隠れているのだが、また違った場所で攻撃するタイミングを計っている。泉世の合図または自身のタイミングで仕掛けるという作戦だ。
果たして。
「仕掛けるぞ遠坂」
「ええ」
泉世と凛が右手を銃の形に構えて、その横で士郎が《強化》を施した竹刀を握る手に力を込める。銃口部分にあたる人差し指に翡翠色と赤黒色の魔力が充填され、発射音なしで術者の指を離れた。飛翔音を発生させずに2人の《ガンド》は、傘をさして歩いていた葛木に直撃した。
「…予想通りだな」
「的中ね」
「何がだ?」
泉世と凛は今の様子を理解していたが、士郎はまったくわからなかった。士郎の眼には2人が放った《ガンド》が葛木を直撃したように見えたのだ。だが2人の声と表情は暗い。むしろ奇襲をかける前より悪いのではないかとさえ思えた。
「攻撃を防がれたんだよ。魔術によってな」
「じゃあ葛木はっ!」
「正確に言えば、防いだのは葛木じゃないわ。正体は既に私たちが知ってるけど」
「〈キャスター〉かっ!」
『忠告したはずですよ宗一郎。このようなことになるから貴方は柳洞寺に留まるべきだと』
《ガンド》とそれを防いだ魔術の衝突による衝撃で態勢を崩していた葛木の前に、蝶のような生き物が無数に終結して人型になっていく。そこにいたのは泉世と士郎が眼にしたことのある女性。〈キャスター〉本人だった。
「そうでもない。実際、獲物は釣れた」
眼鏡をはずした葛木は、《ガンド》が飛んできた方向に視線を向ける。その先の3人を完全に確認したことを告げるようでもある。
『どうしますか泉世』
『今はまだ隠れていてくれ。タイミングはそれなりに少ない』
『わかりました』
〈セイバー〉からの通信を切ってから泉世は、隠れていた廃墟から姿を現した。一緒に出ようとした士郎を凛が留まらせる。姿を晒した泉世を見ても葛木は驚くような様子はない。まるで襲うのは泉世と知っていたようだ。いや、実際知っていたのかもしれない。二度交戦したことでその名前や人相を〈キャスター〉が伝えていればの話だが。
サーヴァントがマスターと情報共有を意図的にしないという状況は、ある意味わかりやすい関係性を示している。
一つ目に互いが信頼関係を築けていないまたは築いていない場合だ。
使い魔となった時間が短いときはまさにこういう関係になる。召喚した際に自身のサーヴァントの〈クラス〉を知っていても、武器や《真名》がわからない性格や戦法を知らない。そういった事情があるときがこれにあたる。
二つ目に意図的な情報遮断の場合だ。
互いが互いを尊重しあって、余計な思考をしないためにすることがある。戦法を計画していて新しい情報を共有した際にそれを組み込む。だがそれによって余計な策を練ってしまうことがある。敗北することに繋がると考え、敢えて情報を提供しない場合があるかもしれない。
かつての〈セイバー〉は二つ目に当てはまると思われる。まあ、切嗣の戦法と〈セイバー〉の策が正反対に近かったからだろうが。切嗣は魔術師らしからぬ方法、要するに銃や爆弾といった魔術を使わない倒し方。一方、〈セイバー〉は真っ向勝負による敵の倒し方。折り合いがつかないのも通りだろう。
「衛宮か。間桐だけでなくお前たちまでマスターとはな。魔術師とはいえ因果な人生だ」
「〈ライダー〉を殺したのはあんたか?」
「そうだ。別段、倒したところでお前達には問題などないだろう?」
「もちろん。むしろ倒す手間が省けた」
慣れあうかのように感謝を示す様子に、泉世以外が不思議そうな雰囲気を醸し出した。奇襲をかけた人間とは思えない言葉と態度は、実体化した〈キャスター〉も拍子抜けという感じだ。
「葛木、あんたは〈キャスター〉に操られているのか?」
泉世のいきなりの踏み込んだ言葉に〈キャスター〉が忌々しそうに、怒気を孕んだ空気を放出させる。柳洞寺本邸前で感じた、決して勝てないと思わせるサーヴァントとしての圧力だけではない。怒りを含んだ圧力は言葉にはし難いものだった。
「五月蠅い坊や。いっそのこと殺してしまおうかしら」
「待て、その疑問の意味を知りたい。どのような疑問にもそれに繋がる理由があるはずだ。衛宮、言ってみるがいい」
「あんたは真っ当な人間だ。一般人より魔力が多少多い程度で魔術師とは到底呼べない。そんなあんたが〈キャスター〉のやっていることを見逃せるはずがない」
「〈キャスター〉がやっていることだと?」
質問返しに泉世は葛木が知らされていないことを確信した。もちろんそれだけが理由ではない。質問に含まれたわずかな好奇心と不安を、微かにだが確実に感じ取っていた。普段から無駄なものを排除した声音で話す葛木の声音とは、大きく違っていた。
「昏睡事件が多発しているのを知ってるだろ?」
「教師としてそれを知らずにはいられない。連絡事項として生徒に伝える義務がある」
「その犯人が〈キャスター〉だ。あんたを守ってるそいつは、街中の人間から今も生命力を吸い取り続けている。数日前には死者が出ている以上、このまま続けばもっと多くの死者がでることになる」
「なるほど。マスターである私が〈キャスター〉の所業を放置しているのは、彼女に操られているからだと考えたわけだ」
一見、泉世の言葉に自分がそんなことになっていると知らなかったというふうに思える。だがそんな生易しい事態になってはいない。実際は、泉世と葛木の間にある空気に亀裂が生じているのを凛は見抜いていた。士郎もそこまでとはいかないが、良い空気ではないことを薄々気付いている。2人の間にいる〈キャスター〉は、終始無言で会話に混ざろうとはしない。むしろそれがあるからこそ、凜は姿を現すタイミングを失っていた。今出て行けば攻撃を受ける可能性がある。また、空気の亀裂を決定的なものにしかねないとも思っている。
完全に追い込まれていた。
「もし知っていて放置しているなら、あんたも共犯者で殺人鬼だ」
「いや、その話は初耳だ。〈キャスター〉、それは本当か?」
「申し訳ありません。しかしこれは〈聖杯戦争〉に勝つために仕方がないことだったのです」
「だそうだ衛宮」
士郎は飛び出すのを懸命にこらえていた。〈キャスター〉の発言は、士郎の求める《理想》を侮辱しているのと同じだ。何かを成すためには犠牲は必須であり、仕方がないことだと言っている。士郎からすれば受け入れられない考えだった。
「仕方ないと割り切っている時点で、俺には討論する気が起きない」
「そうか。私は〈キャスター〉のしていることが悪いとは思わない。何故なら私に関わりのない人間がどうなろうと関係ないからだ」
「罪のない人間が死んだとしてもか?」
「その人間が死んだとしても私はそれに気付かない。苦しみながら死んだとしても私にはそれを知る術がない。そのことに問題があるか?」
自分が関わらないことには興味がない。そこでどのようなことがあろうと、どのような事件が起ころうと、何人が死のうとどうでもいい。知らない人間に関わることは無駄であり時間の浪費。関わろうとする行動は、無駄なエネルギーを使うことだと言っている。その考えが泉世にはわからない。何が正しく何処に意味があるのか理解できないのだ。
「あんたはそれでも人間なのか?」
「私はお前の言うように朽ち果てた殺人鬼だ」
葛木は語る。自分自身のかつての人生を。
「暗殺者として育てられた私は心が死んでいる。人が感じる喜びも悲しみも憎しみも何一つ感じない。いや、これはある意味違うか。お前達にわかるように言うとすれば、何もかもが無機質にしか思えないのだ。他人の普段聞く声とは違って高い声音、普段聞く声ではなく苦悶の声音。それを見て聞いたとしても心は動かない。比喩による表現の鎖や枷によってそうなっているわけではない。私から心は消え去った。消えたものは二度と元に戻らないのだ。忘れたならばいざ知らず、あったという事実があるだけではどうにもならない」
悲嘆に暮れるでもなく驕りに凝り固まるでもない。ただ事実だけを述べて隠し事は何もないと口にする。葛木からすれば心が死んでいる自分に隠すものはない。隠す意味を持たずその概念さえ理解できない。
「お前達がどう思おうと私は〈キャスター〉を止めることはしない。私が死のうとお前達が死のうと意味はない」
「話をしていてもらちが明かない。あんたが放っておくというならば俺達が止めるだけだ」
「言うべきことは言った。では好きにしろ〈キャスター〉、生かすも殺すもお前次第だ」
葛木の言葉を聞いた〈キャスター〉が口元を歪ませる。その笑みは女性らしからぬ不敵で不気味な、感じたことのない生ぬるいものだった。見ているこちらが寒気を催すような感じの悪い微笑。
「そうか。ならばここで死しても構わぬのだな〈キャスター〉のマスターよ」
「ほう、そこに隠れていたのかお前のサーヴァントは。姿が見えぬからお前たちの後ろにいると思っていたが、反対側にいたとはな。おびき出したつもりだったがそちらも裏の策を考えていたか」
意識が〈セイバー〉に向いた瞬間、凛は物陰から飛び出して〈キャスター〉を攻撃した。得意とする《宝石魔術》は宝石自体を武器として使用することが可能だ。魔力を固体化させたものが武器となる。長い年月をかけてより純度の高い宝石は能力が高く、それだけが術式を凝縮させた物体だ。だから宝石自体に攻撃能力があってもおかしな話ではない。〈キャスター〉に向かって投げ込まれた蒼の宝石は、〈キャスター〉が展開した防護壁に阻まれて爆散する。爆散した結果、〈キャスター〉の周囲は土捲りで覆われ視界が極端に狭くなった。
もちろんこれは〈キャスター〉による葛木への援護を邪魔するための凜が考えた策だが、宝石自体にその能力があったのかは不明だ。単なる魔力の結晶である宝石を投げただけなのか、術式が組み込まれていた宝石だったのか。それがわかるのは凛のみ。通用するのは一瞬だけだが、そのわずかな時間を〈セイバー〉は無駄にしない。普段から街を歩く際に鎧では目立ちすぎるので私服を着ている。隠れているときは私服だった〈セイバー〉は、そのわずかな時間で魔力で鎧を顕現させ、葛木に斬りかかった。
「お待ちなさい〈セイバー〉」
「邪魔させるわけないだろ」
土煙の中から〈セイバー〉に向けて魔術が発射された。やはり土煙の効果はほとんどないらしく、視界がなくとも正確に照準されていた。だがその攻撃を泉世が見逃すはずもなく。〈セイバー〉に触れる直前で、〈キャスター〉の攻撃はありえない角度で跳ね返る。本来、入射角と反射角は同じ角度になる。だが今の動きは明らかにおかしなものだった。真上に跳ね上がった魔術は急角度で落下して〈キャスター〉を襲った。
「何なの今のは!」
「驚くことじゃない。それに集中していたらできることもできなくなるなるぞ。はぁっ!」
「かはっ!」
いつの間にか接近していた泉世が、〈キャスター〉の腹部にボディーブローを叩き込んだ。くの字に折れ曲がりながら浮いた背中を、今度は右回し蹴りが襲う。地面にめり込み、その弾みで二度三度と遠くへ跳ねていく〈キャスター〉。その無防備な敵を泉世は追わなかった。
「足元がお留守だぞ〈キャスター〉。威勢が良い場所は柳洞寺だけか?」
「〈セイバー〉っ!」
「何っ!?」
道路に倒れこむ〈キャスター〉に冷たい視線を向けていた泉世の背後から声が聞こえた。振り返ると士郎と凛が口を大きく開けて驚愕の表情を浮かべている。2人の視線を辿った先を見て泉世も同じように眼を見開いた。
何故なら〈セイバー〉が斬りこんだ
最優の〈セイバー〉であり、その〈クラス〉に召喚されるほどの腕を持つ英霊の攻撃を防ぐなど不可能だ。それは剣の指導を受けている泉世がよく知っている。再会した夜から手ほどきを受け、〈冬木の虎〉の異名を与えられた人物からお墨付きをもらった泉世でさえ、未だに技ありを入れることが出来たのは片手の回数だけ。
試合回数は50を超えているというのにまだその数だ。どれだけ〈セイバー〉の腕が高いのかがわかるだろう。確かに比較対象にするには少し無理がある。〈セイバー〉は祖国を守るために命を懸けて戦った。一方、泉世の場合は趣味の延長線でしかない。それでもかなりの腕前の泉世を赤子のように扱う〈セイバー〉が、魔力を解放した鎧を着用して自身の武器を使っている。それを防いだ葛木の眼と身体能力は異常すぎた。
「侮ったな〈セイバー〉」
「離れろ〈セイバー〉、そいつの間合いはすべて死の概念そのものだ!」
「逃さん」
飛びのいた〈セイバー〉を追って葛木は攻撃を開始した。ただの拳にしてはその速度はあまりにも速すぎる。凛や泉世の眼を以てしても捉えきれない。普通ならば初動は見えなくとも、インパクトの瞬間や戻したタイミングは見て取れる。だが葛木の場合は初速と同じ速度で衝突して戻っている。士郎からすれば空気をたたいた衝撃音しかわからないだろう。その異常性はもちろん魔術によるものだが、生憎と葛木は魔術師ではない。士郎のように魔術師に育てられたわけでもない。
鍛え上げられた肉体とそれを保護する形で働く〈キャスター〉の魔術の相乗効果だ。だが〈セイバー〉が躱すのに精一杯な部分から察するに、おそらく葛木の腕前ならば〈キャスター〉の援護なくとも圧倒しているだろう。
「〈セイバー〉!」
「…そんな馬鹿な」
葛木の拳を躱しきれなかった〈セイバー〉が、首を捕まれたまま地面に叩きつけられ投げ飛ばされた瞬間に、泉世は葛木の懐に飛び込んでいた。投げ飛ばされて廃墟に激突した〈セイバー〉を見た士郎は言葉が出てこない。英霊を凌駕するほどの腕を持つ人間がいるとは思わなったのだろう。
「想定外だったよ葛木先生。あんたがそこまでの腕を持つなんてな」
「マスターは後方支援が常だと考えるのはいいが、例外は常に存在する。私のように前に出るしか能がない奴もいる。だがそれはお前にも言えるようだな」
「さあどうだろう。俺の場合は初見じゃないしスキを突いた攻撃だからな。それに俺は魔術をそこまで得意としていない」
互いの拳を殴りつけた腕とは反対の腕で相手の攻撃を防ぐ。動きを制限された状態ではどちらも簡単には動けない。有利な状態なのは泉世より背が高く腕や足が少しばかり長い葛木だろうか。常に無表情でいるため、苦戦しているようにも見えない。それとは逆に泉世にはあまり余裕がない。関節を固定されているわけではないが動くことが出来ない今では、葛木の力と拮抗させる以外には何もできない。
「私の懐に入り込めた人間はこれまで誰一人いなかった。お前にはそれなりの評価を与える」
「嬉しくもなんともないさ。感情のないあんたにも言われてもな」
「ならばこの問答にも意味はない」
その言葉と共に泉世によって封じられていた右手の固定が解除された。一時的な力の弱まりに驚いた泉世が油断したそのスキをついて、自らの関節を外して拘束から抜け出す。慌てて防ごうとするが一度動き出した葛木は止まらない。
魔術を用いた防御でどうにか躱す泉世だが、その動きは普段とは違って遅く鈍い。葛木の攻撃はただの攻撃ではなく、霞めるだけで戦意を失わせていく。突き出された拳によって空気が極僅かに振動し、その振動が三半規管を麻痺させる。身体を霞めた振動は肉体にではなく精神を蝕んでいく。不快な低周波が魔力を流す魔術回路に流れ込み、魔術の行使を不可能にさせていく。
「終わりだ衛宮」
「があっ!」
「「泉世!」」
連続攻撃をどうにか回避して無防備になっていた泉世は、頬を殴り飛ばされた〈セイバー〉と同じように廃墟に衝突し、偶然にも隣り合うように倒れこむ。崩れ落ちた瓦礫によって泉世と〈セイバー〉の姿は見えない。葛木の異常性を感じ取った凛と士郎は、攻め込まれないように攻撃することにした。
いや、それ以外にできることはないのだ。
「守るからやられる。なら攻めればいいだけのことじゃない!」
「待て遠坂!」
《ガンド》を撃ち込む凛だが一つしか発動させることはできない。その数では攻める以前に攻撃力があまりにもなさすぎて、余計に葛木の注意を引くことになり餌食となってしまうだけだ。《ガンド》を難なく避けた葛木は凜の懐に滑り込むように接近する。突き上げられた拳によって吹き飛ばされた凜は、錆びた手すりに衝突して意識を失った。
残った士郎は悠然と歩み寄ってくる葛木を迎え撃つしかない。魔術に長けた2人が簡単に倒された場面を眼にして叶うとは到底思えなかった。だがそれでもここで諦めるわけにはいかない。《強化》を施した竹刀で攻撃するが、躱された上に唯一の武器を拳によって破壊されてしまう。
「お前はもう戦えない。唯一の武器をなくしたお前には何もできない」
「がはっ!」
腹を殴られて俺は軽く空を飛んだ。比喩表現ではなく実際に人間の拳一つで。痛い、痛すぎる。これが殴られた痛みなのか。痛すぎて意識を失いそうだ。でもそんなことになったら遠坂や〈セイバー〉それに泉世が死ぬ。そんなことさせてたまるか。俺はなんのために今まで生きてきたのか。誰かを救うために10年間を過ごしてきたんだ。
でも今の俺には戦う武器がない。遠坂や泉世のように魔術は使えない。それでも武器がいる。強い武器が。何でもいいみんなを守ることができる強い武器が。
今の俺には必要だ。
「
あいつの武器なら勝てる。今の俺にできるのは想像したものをこの手に持たせることだけ。今まで完全にできたことなんてない。けど今ならできる気がする。
「があああああああ!」
痛い痛い!身体が内側から裂けるように。魔術回路を別の何かが高速で往復する不快感。今まで感じたことのない痛みと不快感は意識を刈り取るようだ。でもこんな痛みは殺されかけた時に比べれば、みんなが死ぬことに比べれば。
痛くない!
「
両手に現れた二振りの剣。これはあいつが持っていたのと同じ武器だ。これなら勝てる!
「行くぞ葛木。これなら俺はお前と対等に戦うことができる」
まるで俺が武器の準備を終えるのを待っていたかのように、静かに佇んでいた葛木を見据える。教師としての立場なのか全力の敵をたたくことを待っていたのか。どちらであっても俺には関係ない。勝負をして葛木を倒す、または期待する。
けど今はみんなの安全を優先しなければならない。
俺は無言で接近してきた葛木の拳に両手の剣を振り下ろした。