〈聖杯戦争〉。それは使用者の願いを叶えると言われる〈万能の願望器〉を巡って争われる、魔術師たちの血塗られた戦い。
〈セイバー〉〈ランサー〉〈アーチャー〉〈ライダー〉〈キャスター〉〈アサシン〉〈バーサーカー〉。
7体の英霊と7人のマスターによって殺し殺されるバトルロイヤル。しがらみ・大人の事情・モラルを越えて最後の一人になるまで続く
最後まで生き残った者というのは、殺伐とした時と場所をくぐり抜けた猛者であるが、真の殺戮者であるとも言える。互いに競い合う敵を蹴り落とし、己が手にしたものなのだから。願いはあらゆる生き物に付随する生命力である。それがあれば生きる理由となる。世界の救済・強者への進化・他者の幸福。あらゆる願いを〈聖杯〉は叶えると言われている。
何故【伝聞】であって【断定】ではないのか。それには明確な理由が存在する。これまで〈聖杯戦争〉は4度繰り返されてきた。そのうちの全てが1度たりとも、世界に影響を及ぼしていないのだ。例外として国の一部分。より具体的にいえば、市の一角にだけ影響は出たのだが。
〈聖杯〉が勝者の願いを叶えたのならば、世界には明確な変貌が訪れる。訪れれば魔術を扱う魔術師が気付かないはずがない。だがその変貌を感じていない。見ていない。つまり〈聖杯〉は〈万能の願望器〉という役割を、確実に果たしていないのではないか。そう考えられるのは、疑問者のねじ曲がった心情によるものなのか。誰にもそれはわからない。知るためには〈万能の願望器〉を手に入れ、自身の願いを叶え、現実になるのかどうかを調べる必要がある。
『喜べ少年。君の願いはようやく叶う』
フッ、我ながらなかなかに愉悦な発言であるな。
「口元が歪んでいるぞ聖職者。いや、そもそものお前の本性であると言うべきか。なあ、
「お前に言われるまでもない。私の性格は愉悦によって作られ、愉悦のためにあるのだ」
「...ふふはははははははははは!10年、貴様の近くにいたが相変わらず懲りぬ男だ。雑種ならば雑種らしく地に這いつくばっていればいいものを。だが綺礼、お前は面白い。
「...我が師は魔術師らしくなりすぎたのだ」
「我が言っているのはその男ではない。
「ふむ、それがどうした?」
「いや、なに。あの雑種が此度の〈聖杯戦争〉において、どのような動きをするのか気になってな。それを考えると、どうして中々に面白い」
「お前もこの10年で人間らしくなったものだ」
「...度が過ぎるぞ綺礼。本来ならばこの場で引き裂いても構わぬが、今の我は気分がいい。今回は大目に見てやる。だがな、次にそのような言動をしたならば我は貴様とて許さん。王たるこの我に無礼を働いた罪、その命であがなってもらう」
「以後、気をつけるとしよう。...さて」
7体の英霊と7人のマスターによって行われる〈聖杯戦争〉。だが此度は7体の英霊と
まずは英霊の調達からではあるが、〈セイバー〉は衛宮士郎と泉世の手にある。〈アーチャー〉は凛が契約。〈ライダー〉は御三家が。〈キャスター〉は柳洞寺の者。〈アサシン〉は〈キャスター〉の手に落ちている。
ならば〈ランサー〉を手に入れるのが良いだろう。〈キャスター〉のような魔術に頼る英霊は気に食わない。〈アサシン〉を手に入れるには〈キャスター〉の存在が邪魔だが、〈キャスター〉を倒すのも面倒だ。〈ライダー〉は御三家にあるため手筈を整えるにも時間がかかる。
消去法的に考えれば〈ランサー〉を手に取るのが早い。凛や泉世から、〈アーチャー〉と〈セイバー〉を奪い取ることも考えたが、敵と認識させるよりは、〈監督役〉としての立場であることを示しておくべきだ。
我が願望を叶えるまで泳がしておくとしよう。
アインツベルンは〈聖杯〉を創り出した御三家のひとつ。
アインツベルンは【第三魔法〈魂の物質化〉】。つまりは《不老不死》、遠坂家は【根源への到達】、マキリ改め間桐家は不明だ。当初は【あらゆる悪の根絶】だったが、初代当主のマキリ・ゾォルケン改め間桐臓硯の目的は、今となっては謎に包まれている。
その御三家のひとつであるアインツベルン現代当主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが今ここに現れている。不可侵であるはずの協会のすぐ側で、わざわざ戦闘を起こすなど何がしたいのか。
いや、恨みに近い何かで行動しているのだろう。自分を捨てた衛宮切嗣が育てた衛宮士郎を殺すために。しかし、それはお門違いに他ならない。士郎を殺してもまったく意味が無い。それは虐殺だ。士郎は切嗣に助けられた孤児であって、彼の血を引いているわけでもない。引いているならば、手を出しても渋々俺は頷いてしまうだろう。
だがイリヤが悪いと罵ることも出来ない。イリヤも切嗣に捨てられた存在だからだ。だが捨てられたといっても、切嗣が意図的に故意にしたわけではない。仕方なかったのだ。切嗣の性格が正義を貫くことだったから。
彼は個より群を守ることを善とした。1を捨てて10を守る。1が家族であっても10が他人であったならば、迷わず切嗣は1を捨て10を守る。だが決して家族愛がないわけではない。〈第四次聖杯戦争〉の後に、何度もアインツベルンの城を訪れては、イリヤと会おうとしたのだから。だが〈聖杯〉を手に入れることの出来なかった切嗣を、アハト翁は受け入れなかった。勝ち残るため、最優の英霊を召喚するための媒体を準備したというのに、結果を残さず敗退したことを許すことはなかった。
切嗣はイリヤを切り捨て、養子を育てたという戯言をアハト翁は幼いイリヤに告げた。俺たちを養子として育てたことに間違いはない。だが決してイリヤを切り捨てた訳では無い。断じてそのようなことはなかった。
誰が悪いと言われればそれには答えられない。それぞれにそれぞれの想いが交差し、平行線を辿ってしまった結果がこうだったというだけだ。人間は感情を押し殺すことは出来ても、感情を完全に捨て去ることはできない。生死の危機に陥ったならばそれは顕著に現れる。イリヤにだって思うところはあるだろう。だがそれは俺にとってもそうだ。たとえその思いで士郎と俺を殺そうとも、俺はイリヤに殺されるつもりは毛頭ない。
「やっちゃえ〈バーサーカー〉」
「▪▪▪▪ーッッッッ!」
〈バーサーカー〉の振り下ろした斧が地面を抉る。衝突部分から不規則に伸びる亀裂。それ自体にさえダメージを及ぼす力が込められている。こんなものを喰らえば、一介の人間でしかない俺たちは跡形もなく吹き飛んでしまうだろう。
〈セイバー〉でさえ厳しい表情をしながら、剣を撃ち合っているのだ。簡単にはいかないだろう。サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけだ。だから一人前の魔術師でもない俺たちが前線に出るなど、自殺行為にしかならないし使役しているサーヴァントにも悪影響を及ぼす。
サーヴァントがサーヴァントと戦っているなら、マスターはマスターを倒す。これがセオリーなのだが...。さてそれがアインツベルンの作られた人間、〈ホムンクルス〉の完成体にどこまで通用するのか。
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、お相手頼もうか」
「貴方はあとで。今はおにいちゃんのサーヴァント殺すのに忙しいから」
「御三家と言われたアインツベルンも堕ちたな。魔術師でない子供、さらにいえば先程召喚されたばかりの状態のサーヴァントを襲撃とは」
「〈聖杯戦争〉なんてそんなものよ。奪いたければ奪う、殺したければ殺す。己の欲望のままに行動するのが人間ってものでしょ?」
半透明な極細の何かが伸びる。半身になることでそれを回避してイリヤを直視する。背後で何かが着弾した音が聞こえたが、気にしてはいられない。見れば左手の人差し指から糸が伸びている。どうやらその先から攻撃を繰り出したらしい。まあ、
「髪の毛による攻撃はあまり好きじゃないな」
「…どうして今のが髪の毛だとわかったの?」
「単純なことだ。俺が〈第四次聖杯戦争〉に参加していたと言えばわかるか?」
俺の言葉に驚愕の表情を浮かべている。無理もないだろう。今は〈第五次聖杯戦争〉であり、〈第四次聖杯戦争〉があったのは10年前なのだから。
どうやら戦闘は山間部に移動したようだ。衝撃音や振動が先程から小さくなっていた。といっても重心をぐらつかせる程度には響いてきている。このことを言峰はどのように収束させるのだろうか。よもや、ここら一帯の住民の記憶を消すなんてことはしないだろう。
というよりそんな魔術があってたまるか。それが実用化されていたら、使い放題で世界は混乱する。しかもそれは
魔術と魔法の違いは、その時代の文明の力。すなわち科学の力によって再現できるかどうかで決まる。例えば、『炎を出す』というものがあるとする。一見これは魔法のように見えるが、結果だけを見ればマッチなどのあらゆる物を使用することで、『火を出す』ということが可能だ。
『記憶を消す』というのは再現が不可能だ。薬を使えば可能かもしれないが、現在の科学力で特定の記憶だけを消すという薬は存在しない。二日酔いなどで記憶がないというものは、また別の問題なので説明にはならない。
「...そう、お母様に会ったことがあるのね」
「正確には、一時的に保護してもらったようなものだがな。交換条件といかないか?」
「何が目的?」
「裏があるわけじゃないさ。アインツベルンの〈最高傑作〉と称される君に、今の俺たちが勝つ見込みなんて1厘もない。だから最後になるまで戦いたくない。その時までに俺たちが生き残っていれば、アインツベルンの悲願を達成するために俺たちを殺せばいい」
どちらにせよ叶わないのだがな。
「君が手を出さないと制約してくれるならば、俺が知っている限りのことを君に教えよう。どうだ?割と良い条件だと思うんだが」
「一つだけ聞くわ。貴方はお母様のことをどれくらい知っているの?」
「正直なところ詳細までは知らない。けど〈第四次聖杯戦争〉の時に、どのようなことがあったのかだけは教えられる」
俺がこの眼で見た情報をありのまま伝える。それが士郎を勝たせてやるための最善の策だと俺は思っている。
「...いいわ、条件を飲む。でもその代わり嘘偽りなくすべてを話さなかったら、どのような理由があろうと殺すから。〈バーサーカー〉」
どうやら納得してもらえたらしい。〈聖杯戦争〉のためだけに造られたことで、道徳や倫理観に疎いと聞いていたが案外普通である。むしろ人間を理解しようとしているようにも見える。〈バーサーカー〉やアインツベルンのことがなかったら、見た目通りの無邪気な子供で可愛らしいのに。
陽炎のように現れた偉丈夫の存在。イリヤの背後に立つ姿は、護衛以上の何かを感じる。まるで
「貴方の名前は?」
「泉世、衛宮泉世だ」
「泉世ね。覚えておくわ敵でも味方ではないけど。何かあればアインツベルンの城にまで来て。お茶ぐらいなら出してあげるから」
「行けば二度と戻れなくなりそうだけど。その時は気軽にお邪魔させてもらうよ」
そう言うと、イリヤが年相応の穏やかな笑みを浮かべて霧の中へと消えていった。
「バイバイ、泉世
霧の中から微かに聞こえた声音と言葉に、不覚にもドキッとしてしまった。だが決して揺らいだりはしない。俺の想い人はただ1人だけだから。
『泉世、士郎の傷が!』
『すぐに行く』
霧に視線を向けていると、〈セイバー〉から『通信』が入った。正確には、魔力を介して任意の相手に声を届けるという魔術だ。魔術が得意でない俺だが、何故かこういう複雑な術式を構成することに関してだけは、ずば抜けた才能がある。
かといって第二魔法や第三魔法なんぞを実用化できるわけではないが。そんなことを頭から追い出してから、〈セイバー〉がいるであろう山の中腹まで全力で跳躍した。
数分で到着した場所は、それはもう見るも無惨な状況だった。普段は墓場として整理されているのだが、大半の墓石は粉砕され、あるものは半壊や一部欠けたりしている。芝生で覆われている地面は陥没し、所々から水道水が噴出している。
だがまぁ、互いに《宝具》をぶっ放していないのだからマシなものだろう。〈セイバー〉や〈バーサーカー〉が解放していれば、冬木市の一部は地形ごと消滅していただろうし。
「泉世、士郎の腹部が!」
「そこまで焦らなくても大丈夫だ。見ろ」
「え?き、傷が癒えている?」
士郎のシャツを捲ってみる。〈セイバー〉が心配していた腹部は、普段と変わりない引き締まった
「一体何が」
「どれほどの傷だったのかは知らないが、士郎は傷を癒す魔術は使えない」
「では何故完治しているのです?」
「さあな。もしかしたら〈セイバー〉との契約の中に、〈高速再生〉的な何かが含まれていたのかもしれない」
嘘である。そんなものあるはずがないのだから。もしそのような契約があったとすれば、〈不死〉みたいなものが付与されることもありえる。そんなものがあれば〈聖杯戦争〉はそいつの独壇場だ。何をしようとそいつは死なないのだから。
士郎の傷が癒えた理由は、体内に埋め込まれた媒体にある。それは〈セイバー〉との縁を作る理由にもなり、所有者の傷を癒す効果を持っている。後者は〈セイバー〉からの魔力がなければ発動しないが。そのことを知るはずもない〈セイバー〉に言うのはまだ早い。もう少し士郎のことを知ってもらってからにしたほうがいいだろう。いきなり衝撃的なことを告げるのは気が引ける。
それに〈バーサーカー〉との戦闘で、〈セイバー〉もそれなりに大怪我をしている。隠しているようだが魔力のブレから大体の予想はつく。
「士郎は俺が担ぐよ」
「そのような負担を強いるわけにはいきません。マスターを守るのはサーヴァントとしての役目です」
「少しは自分の体の心配をしろ。〈バーサーカー〉にやられた傷はそんなに軽くないだろ。それに〈セイバー〉が担いでいたら、誰が護衛をするんだ?俺じゃ足でまといだ」
「...わかりました」
渋々という感じであったが、納得してくれた〈セイバー〉を連れて自宅に戻ることにした。
気絶したままの士郎を自室で寝かせてから、俺は居間でボケーっとしながら天井を眺めていた。寝転がり天井の模様を見る振りをしながら、これからのことを考えていた。
イリヤとの休戦協定を締結できたのは大きな収穫だ。しばらくの間、俺たちが危険な目に遭うことは少なからず減った。それに遠坂もそれほど事を構えることはしないだろう。やるべきことはとことんやる人間性だが、何も知らない魔術師を無惨に手を出すことはしないはずだ。あまいと言わざるを得ないが、こちらからしたらとてもありがたい。それに俺も人のことを言える立場にない。
俺もマスターで遠坂がマスターと知っても、殺すことはできなかっただろう。戦いを挑むことも、向こうから挑まれても迎撃するだけで致命傷は与えない。〈元〉の人間性もあるのだろうが、おそらくは10年前のあの大災害が影響しているのだと思う。
目の前で炎に包まれながら死んでいく人間。瓦礫に押しつぶされ、四肢が千切れた死体を幾つも見てきた。命の儚さと惨めさを知った。人間はどれだけ鍛えようと抗えぬことがある。人間の努力などたかが知れている。
士郎のように、自分を犠牲にしてまで大勢を救いたいとは思えない。できないからだ。自分一人の命で救える命は数える程度しかない。それでも救おうとする信念は賞賛に値する。愚かだと罵られるだろう。愚鈍だと陥れられるだろう。だがそれでも俺は士郎を支え続ける。自分の命は自分が思っているより、重要だということを身体に染み込ませるために。
「大変いい湯でした。ここら一帯に源泉でも湧いているのですか?」
「そんな話は聞いたことないな。あったら真っ先に連れていってるさ」
なんせ俺はかなり温泉が好きだ。効能を調べたり、何処にどんな湯があるのかまで調べるほどのマニアではないが、それなりに入ることが好きだ。冬木市にそんな場所があれば、真っ先に飛んで行って堪能している。居間に入ってきた〈セイバー〉の服装は、申し訳ないことに華やかとは縁遠い切嗣の浴衣となっている。それにサーヴァントなのだから、わざわざ風呂に入る必要も無いが、俺が強制的に入らせておいた。
理由としては、粉塵が舞う中で戦闘を行ったのだから綺麗とは言えないからだ。そんなもの魔力でどうとでもなると思ってしまうが、生理的に俺が好まない。そうとわかっていても綺麗にしてもらえることに越したことはない。
「悪いな、切嗣のしかなくて。本当ならもう少し〈セイバー〉に似合った服装にしたかったんだけど」
「気にしないでください。こうして貸していただけるだけでもありがたいですから。それに切嗣のことを思い出させてもらえるので」
そう言いながら懐かしそうに視線を落とす様子は、どこか悲しげで寂しそうだった。〈セイバー〉と切嗣の関係は、最低の一言に尽きる。2人がまともに会話したことなど、令呪を用いて〈聖杯〉を破壊させたこと以外にない。
互いに互いを信用しなかったが故に、アイリスフィール・フォン・アインツベルンを言峰に殺されたのだから。もっと信頼関係を築いていれば、もしかしたら防ぐことが出来たかもしれない。だがそれを言ったところで後の祭りだ。どうこうしようと過去に戻ることは出来ない。後悔はしてもいいが考えすぎると、いつかは自分自身を崩壊させることに繋がるかもしれない。
「明日、いやもう今日か。学校でさっきのことを遠坂に話そうと思う。〈バーサーカー〉がどれほど危険なことか情報を共有しておく必要がある」
「構いませんがいいのですか?味方ではないので信用するのはあまりお勧めしません」
「マスターとしての関係は敵対だが、友人関係まで崩れているわけじゃない。遠坂はそういうところに付け込みやすいからな」
「悪人ですね泉世は」
「人間は悪だからな。
そのことを言うと〈セイバー〉の表情が崩れた。不愉快だという顔色なので、あまり思い出させない方が良いかもしれない。
「〈バーサーカー〉戦での魔力はどうだ?」
「予想以上に消費してしまいました。〈第四次聖杯戦争〉の頃もそうでしたが、〈聖杯戦争〉における〈バーサーカー〉との戦闘は、あまり好ましくないように思えます。正直に言うと、私とは相性が悪い」
「〈狂化〉された分、知性がなくなり魔力が上昇するからなぁ。力勝負ともなれば細い〈セイバー〉には不利か。肉弾戦に持ち込むより、剣の間合いを保ち続ける戦法を考えるべきだな」
「魔術による攻撃を私は使えませんからね。その方が良いでしょう」
近接武器を武器とする〈セイバー〉にとって、〈アーチャー〉のような遠距離を得意とする相手は苦手だ。遠坂の〈アーチャー〉は近接武器も使用するため、意外と近距離戦闘もできたりするが。
「魔力回復はできそうか?」
「いいえ。士郎との魔力パスは形成されていないので、回復は不可能です。しかし気にする必要はありません。食事による補給が可能なので、支障がでるわけではないので」
「思いっきりでてるだろうが。だったら俺が魔力供給するさ。どうせ使い道のない魔力を垂れ流しているだけだからな」
「...構わないのですか?私が現界している限り、貴方は常に供給し続けなければならないというのに」
「霊体化もできないんじゃ仕方ないさ。それにすべてのマスターは、常にサーヴァントに魔力供給を行っている。俺たちだけしないというのは割に合わない」
そう文句を言いながらも、テキパキと魔力供給の回路を作るために〈セイバー〉の近くに移動する。
「じゃあ、悪いが浴衣を脱いでくれないか?」
「ふぇ?」
「あぁ、勘違いしないで欲しいんだがそういう意味じゃない」
「無礼です!そんなことを考えるとでも思いますか!?」
「いや、だって〈セイバー〉だし」
「くっ、次言えば首を跳ねます」
「恐ろしや」
機嫌を損ねた振りをして顔を背けたようだが、口角が少しばかり上がっているのを俺は見逃さなかった。こういう素直じゃないところも、好ましい評価点に加わるのだが。帯を解いて背中をさらけ出した〈セイバー〉を見て、思わず息を飲んだ。芸術のようにシミひとつない肌が目の前にあるのだ。目を奪われても仕方がない。
「あ、あのは、早くして貰えませんか?この格好は、その、かなり恥ずかしいので///」
「...あ、すまん。思わず見とれてしまった」
「はう!そ、そんなこと一々言わないでください!」
なんか知らんけど怒られてしまった。取り敢えず気を取り直してっと。左手に意識を集中させると、幾何学模様が上腕から二の腕までを走る。翡翠色に発光するそれは、〈アンソニアム家〉に伝わる《魔術刻印》だ。
魔術師は代々親が子へ《魔術刻印》を引き継がせることで、歴史を築いてきた。《魔術刻印》とはその家系の財産でありまた歴史なのだ。時に《魔術刻印》はどんな宝石や情報などより重要になることがある。だから誰にも見せず渡さず隠し通していかねばならない。
「っん」
左手を〈セイバー〉の穢れのない純潔の肌に触れさせる。位置は霊核である心臓から1番近いところだ。風呂上がりの余韻がまだあるのか。かなり体温が高いらしく、炬燵に入っていたとはいえ少しばかり冷えた手はこたえるようだ。音声だけを耳にすれば意味深だと思われるだろうが、決してそのような事はしていない。
ただ純粋に〈セイバー〉の身を案じて提言したことを、実行しているだけだ。どのように疑われようとそれは揺るぎはしない摂理である。
「〈物質情報...解放、構成物質...解放。魔術刻印...証明。物質情報...固定、構成物質...固定。魔術回路...形成〉。...こんなところか」
「...これほどとは」
「簡易的なものだから、あんまり無理すると即座に崩壊するぞ。必要量以上は送れないし吸収も一定速度で頼むよ」
「感謝します。騎士として貴方の安全を私が保証しますので安心してください」
「その言葉はサーヴァント1体倒してから言ってくれ」
「むぅ」
うん、拗ねた顔もなかなかいい。感情が薄いわけでは無いが、後ろを歩いている時は非常に無表情だ。周囲を警戒していてくれているのだろうが、もう少し愛想良くして欲しいものだ。
「ひとついいか?〈セイバー〉」
「なんでしょう」
「さっきのお前、可愛かったぞ」
「泉世の無礼者!」
茶化しただけだったのだが、本気で気にしていたらしく顔を真っ赤にしていた。手当たり次第に座布団を投げ込んでくるので、弁明も出来ぬまま〈セイバー〉の気が済むまで俺は的に徹するしかなかった。