子供の頃、僕は〈正義の味方〉に憧れてた。
〈正義の味方〉、それは悪を滅して善を成す行為だ。でも悪が存在しない限り善も存在しない。悪を全て排除したら〈正義の味方〉はどうなるのか。そのまま誰にも知られないまま、1人寂しく消えていくのか。
僕はそれが怖かった。
すべてを間違えて世界を狂わせてしまった自分は、救われる価値がないとわかっていた。
自分が望むべき世界がないことを知って、
今思えば、僕の《理想》は浅はかだったのかもしれない。子供の頃に大切な人を奪われた悲しみから、誰もが幸せである世界を作りたいと願った。
その頃から僕の心は変わってしまった。自身の幸せより他人の幸せを求めることが生き甲斐に近かった。多くの人を生かすために少ない人を殺す。それを戒めとして動いた僕は、いつしか自身の幸せを苦痛に感じるようになってしまった。多数を救うために少数を殺してきた僕を、幸せを手にすることの罪深さが貫いた。死んでいった少数の人々も幸せを望んでいたはずなのに。そう思えば思うほど僕の心は荒廃していった。
自身の手で父を殺したことは、当然だとあの頃は思っていた。〈使徒化〉となる原因を作り出す実験をしていた父がいなければ、シャーレイがあのようなことになることはなかった。それに島の人々も死なずに済んだ。好意で実験を手伝い、僕とも仲良くしてくれた彼女を裏切った父が死ぬのは当然だと思った。
数年後。地方の住民を守るため育ててくれたナタリアを、僕は航空機ごと爆破させて殺した。間違っていたとは思っていない。あのまま着陸していれば、大陸全域がゾンビで覆われていただろうから。間違っていなくても後悔はしている。島であったことを繰り返さないために成長したつもりだった。また心を許していた相手を失ってしまった。
だから僕はあの時に誓った。
「自分にとって大切な存在は作らない」
自分の大切な存在ができるからこそ、失ったときに悲嘆・憤怒・苦悩するのだと。ならばいっそのこと関わりを作らなければいいと思った。
それ以来、僕は激化しているあらゆる戦争地域を渡り歩いた。傭兵として活動しながらフリーランスの魔術師殺しを生業とした。魔術師でありながら、魔術師らしからぬ方法で魔術師を殺す。あまりにも皮肉なことであったが、僕にとって魔術なんてことに拘るつもりはなかった。
もともとは魔術が好きだったけれど、あの事件以来は魔術を突き放していた。でも僕はただ生き抜くためだけに、父の魔術刻印を2割ほど移植した。魔術は自身の道具としてしか使わず、魔術師としての威厳も誇りも捨てた。
そんな死に場所を求めるような生きた方をしているときに舞弥と出会った。幼年兵として使われていたところを拾ったんだ。「再び人として生きることに何の価値も喜びも感じない。だから拾われた命は拾い主の手に譲る」と言いくるめて助手に育て上げた。
思えばあの時、僕は舞弥に心を揺り動かされたのかもしれない。幼くして戦争に参加させられ、生きる意味を失っていた少女に。でも何故舞弥だったのか。他にも戦争に駆り出されている幼年兵はいくらでもいたというのに。
...もしかしたら舞弥に、僕と似た何かを感じたのかもしれない。
それから程なくして、僕はまた誰かと繋がりを持つことになる。妻となり今の僕を作りあげたアイリスフィール・フォン・アインツベルンに。そして愛娘となるイリヤと。戻れるならあの頃に戻って3人で...いや、舞弥を含んだ4人で少しだけでいいから、微笑むことの出来る時を過ごしたい。
『じゃあ、俺がなってやるよ。任せろって、じいさんの夢は』
「んじゃあ、俺は士郎を支える。〈正義の味方〉には仲間が必要だからな」
『...あぁ、安心した』
その言葉に僕はすべてを許された気がした。10歳でしかない2人の少年に、僕はこれまでの行いを償えたのだと思った。こうして僕の《理想》を継いでくれる素晴らしい
シャーレイ、ナタリア。僕は、一時だけでも〈正義の味方〉になれたのかな?
ある日の日記に切嗣はこう記していた。自分自身の罪の重さと償いの理由を書き溜めていたのだろう。この日の日記を最後に切嗣は続きを記していない。
病に倒れた切嗣は、日に日に弱っていき1ヶ月も経たぬ間にその生涯を終えた。その死に顔はとても穏やかで、〈第四次聖杯戦争〉で見せたマスターとしての衛宮切嗣ではなかった。人としての生の意味を知り、喜びを知った衛宮切嗣。
そんな優しい寝顔だった。
まさか勝手に走り出すとは。留めておくべきだったのに、あいつは追いかけて行った。どうにかしてその後を追ったのはいいものの、裏山に入り込まれては見つけるのが面倒だ。
声を出して居場所を探る手も考えたが、敵に自分の位置を知らせるようなことをするわけにはいかない。士郎は右腕に爆弾を抱えている状態だ。まともな戦闘ができるわけがない。ただでさえ魔術師として未熟な士郎が、大怪我をしながらマスターやサーヴァントと戦うなど自殺行為だ。だから声をかけて静止させようとしたのに、あいつは振り向くことなく走り去った。
まったく腹が立つほど自分の想いに素直な奴だ。救える人を救うという《理想》を抱きながら、それを曲げることを決してしない。屈強な精神力と褒めてやるところだが、時にそれは自身を危険に晒す。歯車の噛み合わない行動は、あらゆる歯車を狂わせ破壊する。すなわち自身の《理想》を自身の手で壊すということだ。自身の《理想》を自身が破壊するなど笑止千万。それを未だ気付かない士郎は余程の大馬鹿野郎か。
...いや、気付いていながら訂正しない輩ならば大馬鹿野郎だ。だが、士郎は自身の行動が《理想》故のものだと理解していない。助けたいから助ける。守りたいから守る。ただそれだけの理由で動いているだけだ。だがそろそろ気付かせなければならない。自身の行動は自身の《理想》を裏切るものだと。そのままでいればいつか《理想》を現実にすることもなく、
憧れるのは誰にだって存在する感情だ。「あの人のようになりたい」、「あんな風になりたい」。その想いは精神や肉体の成熟未熟にかかわらず、誰しもが抱いたことだろう。なれないと知っていてもそうなりたいと思う。過去の産物だとしても忘れることができない。
今ならなれるのだろうか?もう少ししたらなれるのだろうか。まだなれない。今はまだなれない。でもいつかは必ず...。憧れを抱いたまま死ぬなんて悔いしかない。士郎にはそんな人生を送って欲しくない。切嗣がすべてを託したように、《理想》を叶える男にさせる。
それが
「貴方はサーヴァントを喚ばないのですか?」
「...っ、生憎残り少なくてな。それに俺はまだやれる」
「あっはははははははは!これだからトロイんだよ衛宮はさぁ」
「...
木に吊るされた格好のまま敵を睨む。言葉を発するのも苦労するであろう激痛に耐えながら睨む。自分にとって理解できない方法で誰かを巻き込む行為など、士郎には到底理解できるものではなかった。たとえそれが親友であったとしても。一方通行の友情を抱いていたとしても。
「僕に命令しないでよ衛宮。僕はこれから学校のみんなを生贄にする。そうすれば僕のサーヴァントはより強くなる!〈聖杯〉を手に入れることが出来るんだ!あっははははははは!なぁ衛宮、今ここで僕に謝ってくれたら命は奪わないでおいてやるぜ?」
「誰がそんなことするかよ!」
「はぁ?お前、自分の命が惜しくないの?」
「〈セイバー〉を裏切れるわけないだろ。俺は自分の為じゃなくて、〈セイバー〉のために〈聖杯〉を手に入れる」
「...うざいよお前。やれ〈ライダー〉っ!」
〈魔導書〉を開いて自身のサーヴァントに命令する。すると〈ライダー〉と呼ばれたサーヴァントが、士郎を括りつけているのとは別の鎖の付いた短剣を突き刺そうとした。
「ひぃ!や、やめっ!」
「おっとそこまでだ。〈ライダー〉、士郎を離せ。さもなければお前のマスターを殺す」
慎二の叫び声が響いたかと思うと、その首筋にナイフが添えられていた。士郎が視線を上げると、そこには泉世が慎二を拘束しているのが見える。これまで一度も見たことないほど、怒りを顕にしながら〈ライダー〉を睨みつけている。士郎が知っている泉世は、心優しくて誰にでも分け隔てなく接する心の持ち主だ。自身が嫌う人間性や他人を蔑むような輩を除いて。
泉世が怒る場面など10年過ごした中で、数回あるかないかぐらいだ。普段から温厚だという理由もあったが、彼自身が誰かをあまり怒りたくないという理由が大きい。怒りを表に出せば、第三者が気分を悪くしてしまう。泉世は関係の無い人間を巻き込むことを何より望まない。...ある意味士郎と似た思考回路であると言えるだろう。
「泉世...」
「よう士郎、無事か?」
怒りの形相とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべる。その温度差に驚くより恐怖するより安堵した。自分に向ける優しさと温かさ。そして何より信頼感を感じさせることが、右腕を貫通した痛みを癒してくれるようだった。
「慎二、今すぐサーヴァントを下がらせろ。そうすればお前の命を奪いはしない」
「ふ、ふん。こ、この僕がそんな言葉に騙されるとでも?」
「言っとくがな俺は人を殺すことに躊躇いはない。そういう風に育てられたからな。だから今ここでお前の頸動脈を切って、お前の命を奪ってもなんら傷つきはしないさ」
泉世は人を殺すことに長けている。それは〈アンソニアム家〉の裏稼業である、暗殺を成すために教育されたからだ。〈アンソニアム家〉の表の顔は、〈魔術協会〉と〈聖堂教会〉の関係を取り持つこと。しかし裏としての顔は、国内の政治関係者や魔術関係者を葬ることだ。
世間的に必要とされながらも、国には必要とされないまたは危険異分子とみなされた関係者を処罰する役目を担っている。魔術による暗殺は、警察程度の捜査では看破されることはない。もちろん魔術の存在は、警察内部でも認知されている。簡単に言えば、上層部の限られた存在だけ。政府も与野党に関係なく、高位の指導者たちはその存在を認知している。
それでも魔術を排除せず迫害しないのは、その有用性を理解しているからだ。自分たちも狙われる可能性があっても、自分たちも狙える。もちろん正当な理由や、世間に知られても疑われることのない程度には、暗殺するかしないかを考える。関係が悪いと世間に知られていれば、その相手を暗殺すれば自分たちが疑われる。そうなれば立場はなくなり撤退を選択せざるを得ない。そうならないためにも念には念を込めて、または世間に知られる前に暗殺を行ったりもする。
暗殺の依頼を断る権利が〈アンソニアム家〉にももちろんある。「自分の出世のため」「嫌いだから」「怨恨」といった個人的干渉は一切受け付けない。本当にその対象に問題があるのか。また消しても何の問題もないのかを客観的に評価してから、その依頼を受けるかを決める。
〈魔術協会〉や〈聖堂教会〉は〈アンソニアム家〉が裏の家業をしていることを知らない。また把握も想定もしていない。
何故なら〈アンソニアム家〉の暗殺は一切の痕跡を残さない。警察の検証も、結果的に未解決として闇に葬られるだけだ。とはいえ、幾つかは犯人を絞込み誤認逮捕をしてしまった事例も幾つかある。そういう風に誘導捜査できるのも、〈アンソニアム家〉が如何に裏稼業を生業を続けられているかがわかる。
それほどの腕前を持った家系に、嫡男として生まれた泉世が仕込まれないはずがない。泉世には弟と妹が3人いる。魔術師は魔術刻印を唯1人にしか継承できない。伝統として、最初に生まれた子供に継承していく。例外的に弟や妹の方が魔術に才能を見せれば、そちらに魔術刻印を継承させることがあるが。
だが泉世の場合は、それを考慮することもなく継承させることが決定していた。〈アンソニアム家〉の歴史の中でも、5本の指に入ると謳われた泉世に継がせず誰に継がせるのか。遠坂家のように養子に出すことはしない。あれは例外的に、魔術回路を持つ者を欲した間桐臓硯の要望だからだ。
もちろん〈アンソニアム家〉の魔術刻印を継がなくても生きていける。それはつまり暗殺家業を生業としていくことにも繋がるが、別にそちらだけが生きる道にはならない。過去には〈アンソニアム家〉から、一般人の世界へと離れていった祖先もいた。
一般社会に溶け込んでも関係が切れるわけではない。むしろその繋がりは強固になる。一般社会からの情報の中にも、魔術に関係するものが含まれていたりする。ある意味諜報員のようなものだが。
魔術師は血縁関係を大切にする。そこには家族という意味合いより、家系によって異なる魔術回路が含まれているというのがある。下手をすればそれだけを盗まれる可能性がある。魔術回路から魔術刻印を逆算されると、〈アンソニアム家〉の歴史が暴かれる可能性が高まる。だから常に安否確認を行ったりする。今の泉世は死亡扱いを受けているが。
「さあ、慎二。今すぐ〈ライダー〉を霊体化させてここから立ち去れ。ついでに学校の結界も解いてもらう」
「い、嫌だ!僕はそんなことなんてしない!〈聖杯〉を取るんだ!」
「ならば死ね。お前が退場すれば、俺たちが〈聖杯〉に辿り着ける道が開く。まあ、お前が立ち塞がろうとさしたる意味もないけど」
マスター適正のない慎二では、多少なりとも魔術を扱える士郎を止めることはできない。それに意志の強さは比較できるほど対等ではない。
「ぼ、僕を殺したら桜が悲しむぞ!」
「それは自分の命が惜しい故の言い訳か?確かに桜が悲しむ姿を俺は見たくない」
「だ、だったら!」
「だがな、俺にとって桜の存在は二の次三の次だ。俺にとっての最優先は、士郎の安全と平和な生活。それを邪魔するならいくらお前でも俺は許容しない。もちろん桜の不幸は相当なもんになるだろう。それでも俺は士郎を傷つける奴は誰であろうと許さん。それが知り合いであってもだ」
よりいっそう魔術で造り上げたナイフを、首の皮膚にくい込ませる。ひぃっ!という悲鳴も構わず押し付ける。それだけで慎二は立つ気力も失せて、今にも倒れそうになっている。
「...はぁ。〈ライダー〉、今すぐ士郎を解放しろ。さもなくばお前の主は死ぬぞ」
「泉世!」
「お前は引っ込んでろ。これは俺・慎二・〈ライダー〉のやり取りだ。怪我人は大人しく事が収束するまで黙ってろ。どうする〈ライダー〉?主を失い座に戻るか、マスターを解放して己の存在を残すか」
「貴方は今の状況を理解しているのですか?この人を殺してから、貴方がマスターを刺す前に貴方を殺すことも可能だということが」
確かにそれは可能かもしれない。だが〈ライダー〉は泉世のことを甘く見ていた。暗殺教育を施された泉世が、その間に慎二を殺して離脱することが可能だということを。泉世は何処からか向けられる視線を感じながら答える。
「やってみなきゃわからないぞ」
「...いいでしょう今回ばかりは退きます。しかし次は容赦なく排除しますので」
やむなしと了承してくれたことに一安心する。泉世が慎二の首からナイフを離して術を解いてから離れると、〈ライダー〉が士郎を吊り上げていた鎖を消して士郎を解放した。少しばかり高い場所に吊り上げられていたことで、地面に着地するというより、叩きつけられた士郎に駆け寄る。安全を確認してから〈ライダー〉を見やる。
「お前にとって慎二は何だ?」
「...大切なマスターです」
気絶した慎二を担いで空気に溶けるよう消えていった。泉世が問いかけてから、返答するまでの僅かな間は何だったのか。士郎にはそれがよく分からなかった。
「助かった泉世、ぐへっ!」
お礼を言った瞬間、頬をビンタされて吹き飛ぶ。顔面から地面に突っ込んでから泉世に食い下がった。
「何するんだ泉世!」
「...」
「何とか言えって、おごっ!ぎゃっ!...なんでさ、チーン」
無表情で士郎を殴って気絶させる。泉世は白目を向いて気を失った士郎を見下ろしながら、長い長い溜息を吐き出した。泉世は士郎に対して怒っていた。自分勝手な行動と他人を裏切れない信念による、自身の大切さを忘れていることに対して。
『ふむ、どうやら増援の必要はなかったようだな』
「遅せぇよ」
空気から溶けるように現れた声に対して、さしたる驚きもなく八つ当たり気味に文句を垂れる。
「私は君のサーヴァントではないのだが?」
「見てたくせによく言えるな。大方、俺が追いつく頃には到着してたんだろ?」
「私があのような光景を見て楽しんでいたと?」
「そこまではわからない。唯あんたが現れるタイミングが良すぎたから、そうなんじゃないかと思っただけさ」
凛に見せるような穏やかな笑みを浮かべた〈アーチャー〉は、先程まで〈ライダー〉がいた辺りを見渡していた。何かがあるのかと泉世も視線を向けるが、特にこれといったものあるわけでもなかった。
「あのサーヴァント、〈ライダー〉といったか。どうも様子がおかしい」
「何がおかしい?」
「〈聖杯戦争〉に喚び出された英霊にしては質が悪い。マスターにそれほどの才能がないが故か?」
「慎二にマスター適正はまったくの皆無だ。それのせいじゃないか?」
「なら何故〈ライダー〉のマスターがサーヴァントを使役している?それにあの手にあった〈魔導書〉は異質だ。あんなものを使わなければ、サーヴァントを扱えないマスターなどマスターとは呼ばん」
それは仕方ないと言うべきだろうか。魔力回路以外に才能を見せることは、慎二にはどうしようもない。衰退の一途を辿っている間桐家は、慎二の代で魔力回路を失った。それ故に自分自身が得られなかったことで、あらゆる侮辱を感じるようになった。
養子としてやってきた桜の才能も、慎二の心に影響していたのだろう。魔術師としての才能を持ち合わせず、妹には才能の塊と呼べるほどのものが備わっている。桜の謝罪さえ慎二にとっては屈辱だった。優しさはときに人を傷つけ苦しめる要因となる。そしてその優しさは、他人を追い込み蝕む一種の呪いに等しい。慎二にとってはまさにそれだった。
「まあ、放っておいてもあいつは脱落するさ。〈セイバー〉やあんたなら、マスターの支援のない〈ライダー〉は敵じゃないだろ?」
「...何故私がそこまで評価されるのか気になるところだが。早く戻らなければ私のマスターが心配するのでな」
「少しだけ待ってくれ」
霊体化して、先に凛へ状況を説明しに行こうとした〈アーチャー〉を泉世が静止させた。
「何だ?まさかこいつを運べとでも言うのではあるまいな?」
「頼みたいところだがこうなったのは俺の責任だ。運んでもらうつもりなんて毛頭ない。言っておきたかったのは慎二のことだ。ここでのことは遠坂に伝えないで欲しい」
「マスターを騙せと言うか」
「ここでのことを言ったら、あいつは真っ先に慎二を殺す。あんなんでも一応は桜の兄だし士郎の友人だ」
「はぁ、甘いなお前は。いずれその甘さが自身を苦しめることになるぞ」
「十分苦しんださ。それでも俺は情けをかけずにはいられない」
慎二に告げた言葉と矛盾した答え。確かに泉世は士郎を傷つける存在は誰であろうと許さない。それが凛であっても例外ではない。だがそれ以上に泉世は、他人に対して情を深く持っている。
「何か考えがあるのか?」
「あれだけ恐怖を植え付けたんだ。そうそう問題は起こせない」
「...いいだろう。凛には嘘の情報を伝えておく。『サーヴァントが〈ライダー〉で、マスターの指示により獲物の多い学校を狙った』とな」
「100%嘘じゃないさ」
「だが100%真実でもないぞ」
意外にも優しく勇ましい笑みを浮かべて、空気に溶けるよう消えていった。あいつはあれほど人に対して、穏やかにいる男だったろうか。薄れゆく「原作知識」の中では、常に凛の安全と士郎の殺害を最優先としていた。だが今のあいつは、それほど拘っているようには見えなかった。
今ならば俺を押しのけてでも士郎を狙えたはずだ。
「まあ、この先戦っていればわかるか」
今は穏やかに寝息を立てて寝ている士郎を担いで、裏山から遠坂のいる場所に戻っていく。
「しまった。慎二に美綴のこと聞くの忘れてた」
去り際、痛恨のミスを犯してしまったことを思い出して反省したのだった。
10分ほどかけて遠坂の元に辿り着いた。鍛えているとはいえ、自分とそれほど体格の変わらない同い年の人間を、長時間背負うのはそれなりにこたえる。士郎を地面に寝かせて隣で横たわっている生徒を見る。
「どうだ?」
「安心していいわ危険な状態は脱したから。でも自宅に帰らせるのは勧めないわね。取り敢えず検査する為に病院へ運んだ方がいいかも」
「だろうな。それよりも」
「ちょっ!あんた何やって///」
ブレザーを脱いでシャツをさらけ出す。魔術を使ってシャツを切り裂き、包帯代わりに細く整えてから士郎の右腕に巻いていく。シャツをまくりあげた際に露出した上半身を見て、凛が顔を真っ赤にして両手で顔を覆う。しかしその指の隙間からチラチラと見ている当たり、満更でもなさそうである。時にじっと見てから、自分が何に注視しているのか気付いて眼を逸らす。しかし少ししてから注視して、また逸らす動作を繰り返している。
「...これで少しは手当になるかな。てかなんでお前は顔を赤くしてんだ」
「い、いきなり上を脱ぐんじゃないわよ!」
「初心かお前は。これが
「ぅぅぅぅ、馬鹿馬鹿馬鹿!」
顔を真っ赤にさせて、両手で泉世の肩をポカポカと殴る様子は、付き合い始めたばかりのカップルのようだった。そんなことを2人に言えば、速攻で否定されて凛にガンド撃ちされるのが容易に想像できる。
「...〈アーチャー〉には逃げた〈ライダー〉を追ってもらってる。取り敢えず家に帰りましょうか。そろそろ日も暮れるし、いつまでもここに居るわけにはいかないわ」
「了解。女子生徒は遠坂が背負って外に連れ出してくれ。その後は言峰に頼めば事態を収拾してくれるさ」
「あのエセ神父を頼るのは癪だけど、こういうときこそ利用させてもらいましょ」
「積年の恨みってやつか?」
「10年分の恨み今こそ晴らしてやるわ」
隣で不吉な笑みと悪女の笑いを浮かべる凛。乾いた笑いなのか呆れた笑いなのか微妙な泉世は、微妙な笑みを浮かべて凛に寄り添いながら歩いていく。
だが2人は〈ライダー〉のことだけを考えていたせいで、周囲の警戒を怠っていた。普段の2人ならば気付けたかもしれないというのに。校舎の上から見下ろす2つの影に。
セイバーのちょろさについて
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原作通り
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ちょろインのまま
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足して2で割った性格