「あ、美味い」
カップを傾けて中身を口に含む。すると葉の風味が口全体に広がり、ほのかな甘みと紅茶特有の苦味が押し寄せてくる。
「あら、泉世もそう思うのかしら。やっぱり〈アーチャー〉が煎れたら美味しいのね」
「…褒められてもそれほど嬉しくないのだがね。それに上手く淹れることが出来るのは、
「貴方、記憶を思い出したの?」
「...いや、そういったどうでもいい記憶だけだ。確かに少しずつ戻ってきてはいるが記憶に欠損が見られる。これは君の不完全な召喚の付けだぞ」
〈アーチャー〉は皮肉を言い放ってから、颯爽と部屋を出ていった。
「偉そうに!...褒めてあげたのに皮肉で返されるなんて」
「褒められることに慣れてないんじゃないか?」
「どうだか」
機嫌悪そうにそっぽを向く遠坂に、思わず苦笑を零してしまう。ここは遠坂邸の居間。何故そのような場所にいるのかと思われることだろう。何故か帰宅している時に「家に来なさい」と命令されたので仕方なくという経緯だからだ。
「それで衛宮くんの容態は?」
「安定してる。傍には〈セイバー〉もいるから危険はないだろうさ」
怪我をして気絶している士郎は、あの後家に連れ帰ってから自室に寝かされている。気絶させたのは俺なので、申し訳なさも少なからずあるが。〈セイバー〉には士郎が目を覚ましたら、こっぴどく叱っておくように言い含めておいた。
本来ならば命令権は士郎にあるが、今は俺に全てを委ねられている。士郎から直接譲渡されたわけではないため、それほど強制力が高いわけでもない。だが〈セイバー〉は素直に俺の言うことを聞いてくれた。その理由としては、マスターである士郎が何かを言える状況でもないからだ。
それに〈セイバー〉は、何より状況を正確に把握してくれている。そのおかげで特に何か説明する必要もなかった。その説明する時間を無駄にすることなく、今こうして遠坂と話し合いをすることが出来ている。
「それで俺を此処に招いた目的はなんだ?」
「そんなに敵意を剥き出しにしないでよねぇ。別に今ここであんたと戦うつもりなんてないんだから。それにあんたと戦っても勝てる気はあまりしないもん」
「高評価どうも。で、話ってのはなんだ?」
「今日のことも含めてなんだけど。泉世、一時休戦しない?」
こっちは〈聖杯戦争〉初日からそのつもりだった。だが向こうはその気など毛頭なかったらしい。にしては共同で結界の解除を行っていたというのに。無意識なのか遠坂家特有の「うっかり」が発動していたのか。
正直、どちらにも考えられそうだ。
そんなことを言えば、ガンド撃ちの的にされるので言わないでおくのが吉だろう。余計な一言でせっかくの要望も白紙化されても困る。ガンド撃ちに限って言えば、この場所ではなくどこかに移動してからだろうが。遠坂家当主でなくとも自宅の倒壊は避けたいだろうし。
「もちろん受ける。俺はお前と殺し合いなんてしたくないからな」
「でもこの同盟は、学校の結界を解除するまでの間だけ。その後は〈聖杯〉を巡って戦う敵同士だってこと忘れないでね」
「仕方ないか。選ばれたなら戦わなきゃならんだろうし。だがこれだけは言っておくぞ。俺は決して自分からお前を倒しには行かない。殺すつもりも毛頭ない。たとえお前が俺を殺す気で来ても迎撃で済ませる」
遠坂からすれば、耐え難い侮辱だと感じることだろう。真正面から撃ち合い、そして勝つことが遠坂にとって最大の喜びだ。
〈聖杯戦争〉というものは、マスターに選ばれた7人(今回は8人)の願望をぶつけ合う殺し合いである。別角度から見れば
俺は〈聖杯〉によってマスターに選定された。だがマスターとして選ばれるだけの器があるとは自分でも思わない。それでも自分で言うのもなんだが、魔術師としての才能はそれなりにあると自負している。
だが魔術師としての才能があっても、マスターに選定されるとは限らない。願望を持っていなければ選定されない。故に実力と願望を持ち合わせなければ、マスターとして認められことはない。俺の願望は「士郎が〈正義の味方〉になる」のを支えること。ただそれだけだ。俺の場合は欲望ではなく願望であると考えている。
願望と欲望は願いと欲であり、表裏一体にして似て非なる概念だ。だが一歩間違えれば願いは欲に、一歩正しければ欲は願いに。決して間違った概念でもないと俺は思う。きっと願望と欲望、願いと欲は善か悪であるかの違いしかないと思う。悪が思えばそれは欲となり、善が思えばそれは願いとなる。
「そうなったらそうなったらよ。それにしても衛宮くんの魔術特性は不思議ね。魔術に対しての知識や技量は素人なのに、魔術の痕跡とかを見つけるのは得意ってのが不気味」
「あいつは魔術師じゃない。魔術師になろうとしてるにわかだ。人より優れていながら魔術師には劣る。純粋な人間でも魔術師でもない半端者だ」
「泉世にとって衛宮くんはどんな存在なの?」
そう問いかけている遠坂の視線には、単なる好奇心が含まれていた。あざりけや哀れみなどの上から目線の感情は一切ない。
「家族であり守らなきゃいけない弟みたいな存在かな。あいつを見てたら危なっかしくて、傍で支えなきゃ壊れそうでさ。愚直に何かを取り組む姿が愛おしいんだ。できない可能性が高くても、できるだけのことをしてから諦める。そんな生き方に足掻こうとする姿が眩しい」
「...好きなのね衛宮くんのこと」
「好き、なんだろうな。あいつがいなきゃ今の俺はいなかった。本当にあいつには感謝してるよ」
俺はいつも士郎の笑顔に救われてきた。あの清々しく純粋無垢な笑顔は、見る者すべてを癒す気がした。実際その笑顔に魅せられて、士郎に告白した女子生徒も何人かいた。優しさによる断りも、より士郎という人間の良さを高めていたかもしれない。
「妬けちゃうなぁ」
「は?」
「それだけ泉世に言ってもらえる存在はいないわ」
「同じようにあの孤独と恐怖を体験したからな」
あの災害の中で俺たちは出会った。互いに生きることへの執着など、とうの昔に捨て去ったように。このまま誰にも知られず死んでいくのだと受け入れていた。何百名の死者のうちの1人として、知られていくのは悲しいと思いながらも。
誰かに想われながら死んでいければ、どれほど幸せなのだろうと思ったりもした。婚約者に別れの言葉も言えぬままその命を散らす。家族に会うこともなく消えていく。人間の命とは、なんてちっぽけなものなのだろうと思ったものだ。
「そういうことじゃないわよ」
「は?」
「まったく鈍感にもほどがあるわ。あんたは忘れたの?3年前、私は
顔を見れば、真っ赤にして不満そうに頬を膨らませている遠坂がいた。
中学3年の冬に俺は遠坂に告白された。だが俺は遠坂を愛すべき人として、どうしても見ることができなかった。何がダメなのか。何度自分に問いかけたことか。容姿端麗にして頭脳明晰。魔術の腕前も文句なしで、男が理想とする全てを持ち合わせていたというのに。なのに俺はその人からの告白を切り捨てた。だからといって遠坂のことが嫌いなわけでもない。
異性として見ることはもちろんあるし、逐一の行動にドキドキさせられたことだって何度もある。だが何故か一線を越える異性にはならなかった。何故なのか。その証拠として、俺には心に決めた
10年前。あの災害を引き起こした《泥》から己を危険に晒しながら助けてくれた存在に。そしてその瞬間垣間見えた
「申し訳ないとしか言えないかな。別に俺だってお前のことが嫌いなわけじゃない」
「ふふっ、そういうことにしておくわ」
穏やかに柔らかく微笑む。一拍おいてから遠坂は真面目な顔をして、今日のことを話し始めた。
「まだ途中経過だからなんとも言えないけど、今のところ結界が発動している兆候はなかったわ。私たちが解除した術式は、基点を隠すだけの粗末なものだったし」
「数も多くないし強度も足りないか。...目的はなんだと思う?」
「まあ、十中八九自身のサーヴァントの強化でしょうね。学校中の生徒を生け贄にして、強力なレベルアップを図ってるんだと思う」
「少しだけ覗いて見たんだが、術式は《魂食い》という代物だった。遠坂の予測は間違っていない」
サーヴァントは他者の精神を喰って己を強化する。といってもそんなことをするサーヴァントは、限られた存在だけだと俺は思っている。
最優の〈クラス〉である〈セイバー〉は、マスターが多少心許なくとも他のサーヴァントと互角に渡り合える。〈ランサー〉や〈アーチャー〉も精神を蝕むようなことをするサーヴァントは、召喚されないんじゃないかと想像したりする。犯人である〈ライダー〉もサーヴァントが誰かによってまた変わるだろう。
〈キャスター〉は魔術に長けたサーヴァントであり、肉弾戦は得意としないはずだ。もっとも勝機のある方法で戦いを優位に進めようとするだろう。〈アサシン〉はそもそも直接戦闘をあまり得意としない。《気配遮断スキル》を使用した奇襲戦法を得意としている。〈バーサーカー〉は「なんぼのもんじゃい」的な感じで、ゴリ押ししてくるだろう。
〈セイバー〉のマスターである士郎とその助手である俺は、〈セイバー〉に命令していないしするつもりもない。それに〈セイバー〉は対魔力が高くとも、使用する方は全くと言っていいほど使わない。〈アーチャー〉を召喚した遠坂は、他人を犠牲にしてサーヴァントを強化することは決してしない。あいつの心情はそのようなことを許容しない。性格がそれだから考慮には入れない。
〈ランサー〉のマスターが誰なのか判明していないし、〈光の御子〉と称されるクー・フーリンなのだから埒外だ。ルーン文字を使用した魔術は使うだろうが、今回の術式とは関わっていない。〈バーサーカー〉のマスターであるイリヤは、魔術を使用したとしても自身の髪を操る程度だ。このような小細工を活用するわけがない。ヘラクレスは力で敵を圧倒するから魔術とは無縁だ。
故に今回の首謀者は判明しているとしても〈キャスター〉と〈ライダー〉のどちらかに絞られるのだ。〈ライダー〉の〈真名〉が何かわからないが、どうやらその経歴には魔術と何か深い関わりがあるらしい。雑で脆い結界を張る程度の魔術を扱い、鎖の付いた短剣を使用する英霊。想像しようにも、これだけの情報ではアバウトにも程がある。間違っていたとしたら対策を整えた時間と労力が無駄になる。それをしないためにも、今は後回しにしておいた方がいいかもしれない。
「〈ライダー〉が結界を張っていたなんてね。私はてっきり〈キャスター〉だと予想していたのだけど」
「そこを狙ったんじゃないか?魔術にもっとも通じているのは〈キャスター〉だから、学校に結界を張ったのは〈キャスター〉だと思わせるみたいな」
「安易な作戦ね。でも確かに私たちはその罠にハマってしまった。思っていた以上に〈ライダー〉が戦闘向きではなかったのが、唯一の救いだったのだけれど」
遠坂に慎二のことを話していないことを、心底申し訳なく思ってしまう。だが言ってしまえば、今にも間桐邸に凸りそうな気がする。そうすれば〈ライダー〉は出てくることになり、同盟を組んでいる俺たちならば余裕で勝つことが出来よう。
〈アーチャー〉と〈セイバー〉を、同時に相手できるとは到底思えない。ましてやマスターが慎二ならば、士郎のように援護もまともに出来ない。真っ先に1人を〈聖杯戦争〉から脱落させることが可能だろう。あの2人に対抗できるのは、8体目のサーヴァントである
だが間桐邸で戦闘をすれば、桜が被害を被ることになるかもしれない。誰も桜が傷つく姿など見たくないはずだ。それにどさくさに紛れて、間桐臓硯が介入してくる可能性もある。あいつを前にして俺たちは果たして生きて帰れるだろうか。どのような布石を打たれているか想像もできない。もしかしたらそれを含めて、間桐臓硯が慎二に命令していたのかもしれない。慎二では〈聖杯戦争〉に参加して生き残るとは考えてはいないだろう。せいぜい囮となって死ぬまでの猶予を作るだけとしか想定してはいまい。今は遠坂に慎二のことを黙っておくのが吉だろう。
「衛宮くんのあの魔術は《強化》なの?」
突然の話題転換にも動じずに答える。
「あぁ、あいつは《強化》の魔術しか使えない」
「ちょっと、何言ってるかわかってるの!?」
「わかってるさ。味方とはいえ手の内まで晒すなって言いたいんだろ?」
己の弱みを見せることは、どのような時に置いても恥ずべきことだと言われる。実際、それを晒して弱みを突かれて負けるなんて世の中普通だ。弱みに付け込み勝利する。それは作戦における王道であり、王道であるが故に勝利の女神が微笑む。だが弱みを敢えて晒し、そこを付いた作戦をカウンターで迎え撃つという作戦があるのも確かだ。弱みを晒してでも勝つ。または、弱みを補えるほどの何かを持っている人間ができる作戦だ。
士郎のように「《強化》以外に魔術を使えない」という弱みを補えるだけの何かを持たない人間は、〈聖杯戦争〉に限らず普通の人間社会においても早死する。そういう風に遠坂は言いたいのだろう。
「切嗣が『魔術は必死になって隠すものじゃない』って口癖のように言ってたからな。士郎は魔術師じゃないしそれが当然だって思ってる」
「ふざけないで!魔術師ってのは自分の魔術を隠し通すものよ!泉世、あんたや衛宮くんを育てたそいつは魔術師なんかじゃない!」
遠坂の言い分はもっともだろう。なんせ魔術師の魔術刻印は、1代で築き上げた代物ではなく、祖先が何十年何百年にわたって作り上げた技術の結晶体なのだから。歴史のある家系であれば、尚更その情報は貴重であり重要なものとなるだろう。魔術というものは、親から子へ、子から孫へと繋がる命そのものだ。魔術師の元に生まれた子供は、誕生した瞬間から継承者であり伝承者だ。魔術師はそのために生まれてそのために死んでいく。本人の意志を反映することなく、強制的にその役目を負わされる。
才能がある者でありながら、それそのものを嫌う存在ならば尚更だ。雁夜のような人間らしい魔術師には到底受け入れられるものではない。人間として生まれた生命を、長い年月と厳しい修練により別の代物へと変貌させる。それが魔術という概念の価値であり黒歴史なのだ。だからこそ雁夜のようなそれらに敵対、或いは忌避する感情を抱くのは保存しておくべき情報である。
「たぶん切嗣は俺にじゃなくて、士郎を普通の人間として育てたかったんじゃないかな。魔術師としての人生を選ぶのは苦しみをその背に背負い、自分自身を傷つけていくことだって知ってたから。それを知識としてではなく経験談として知らせることで、自分自身で決めて欲しかったんだと思う。だから士郎に魔術を教えながらも、いつやめてもいいって言ってたんだと思う」
「...あなた達の父親は、魔術師である前に『親』であることを選んだのね。私がそれが良い事なのか悪い事なのか言う権利はないわ。赤の他人であり他人の家系に口を挟むほど私は偉くもない。けどこれだけは言わせてもらうわ。その育て方は魔術には向かない。むしろそれは魔術師において欠点となるから」
ある意味その指摘は間違いじゃないと思う。魔術師として育てられなかった存在が、魔術師の世界でまともな生活を送ることも生きることも出来ないことだってわかってる。でもそれでも士郎は魔術を習うことを望んだ。《理想》を形にするために決意した。憧れてそのようになると誓ったのだから、誰かがそれを曲げさせる権利はなく義務もない。諭すこともやめさせることも許されない。本人が自分自身の意志で諦めない限り。
「遠坂は魔術師として生まれて、魔術師になるために生かされることが正しいと思ってるのか?」
「っ、私は...」
「他人にはそう言っておきながら、自分自身はそれが当然だと思っているのはおこがましいぞ。俺はどちらでも生きていくつもりだったから、その想定は正しいと思ってない。けど遠坂は自分自身がそれを成さなければならないと、自分自身にそう思わせているようにも感じる」
遠坂が桜の立場だったら許容できるだろうか。何故自分が、他人の家に養子として迎えられなければならないのか。何故自分は生まれた家で生きることを許されないのか。何故自分は
そう疑問に思わないはずがない。俺も自身に魔術の才能がなく、暗殺者として生きる道を与えられたらきっと恨んでしまう。何故自分は魔術師の家系に生まれたのか。何故魔術とは無縁の一般家庭に生まれなかったのか。両親にその気持ちを吐き出して、傷つけていたかもしれない。自信に満ち溢れた遠坂なら思わないはずがない。
「...きっと私は自分自身の運命を呪ったでしょうね。何故自分だけが、このような仕打ちを受けなければならないのか。他人に文句をぶつけていたでしょうね。でも今の私は遠坂家の嫡子であり現代当主。そんなもの何の障害にもならない」
「つまりお前は、自分自身の運命を受け入れているわけでも諦めているわけでもなく。
「ええ。私が遠坂家の当主にならなければならないのならなる。そうでなければそのように生きていく。私が私である以上、自分自身で生きる道を選ぶわ」
遠坂の心の強さを改めて感じる。自身に相応しい生き方を自分で決める。決められた運命ではなく自分が決めた運命を行く。レールの上の人生なんて真っ平御免ということだろう。
決められた人生を歩いたところで、楽しみや喜びなんて決められたものと同じだ。その上にあるから楽しみ、喜ぶのであって唐突に訪れる未知の楽しみや喜びはない。予想だにしないからこそ、その楽しさや喜びに価値を感じる。
人間の生き方はその人間性を示していく。何かに貢献すれば歴史に残り、後世に語り継がれる。何も残さなければ誰にも知られないまま消えていく。残すか残さないかは自分自身の決定次第だ。
その後は何気ない世間話に花を咲かせ、休戦協定を結ぶ前と何ら変わらない空気が部屋には漂っていた。
セイバーのちょろさについて
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原作通り
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ちょろインのまま
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足して2で割った性格