ただの市民ではなくポケモントレーナーとして街を出る。街を出たことなんて1度もないわたしにはそれがすごく新鮮な気持ちだった。
街を出たらどんな景色が広がっているのか、本で見た景色との違いを今わたしは体で感じていた。
「ここが、15番道路…」
いま、わたしの眼前には緑の草原が広がり、草木を風が優しく揺らしている。今の季節は、雪解けたばかりでまだまだ肌寒く、しかし、太陽の光が優しく包んでいた。右手を見れば、山があり、その山頂はまだまだ寒い、と言わんばかりに雪を被っていた。
ブラックシティから出る道は二つある。一つはわたしが今いる15番道路。先にはライモンシティがあり、そこにはたくさんのトレーナーがいるらしい。
もう1つは山を迂回してサザナミタウンに行く道だが、滝があって高低差が高く、険しい道だ。
わたしはどちらに行こうか迷ったけれど、ライモン側は道が二つに別れているが、片方はしっかりと舗装されており、今足の下にはコンクリートの道がある。
ポケモンは人間を警戒してか、草むらにそれなければ出くわすことはほぼない。本で読んだ通りだ。
わたしはバッグにあったモンスターボールを手に持ち、弱そうな、そして私でも捕まえられそうなポケモンを歩きながら狙っている。
身を守る術が一つもないのに、旅に出るのはご法度だが、無い袖は振れない。とにかく、なんでもいいからポケモンを捕まえなくちゃ、と意識を切り替えて歩く。
ブラックシティは人口が3番目に多く、そこそこ発展している。そのおかげで、道中は厳しくない。
目の前に広がる色鮮やかな景色に感動を覚えていたその時、草むらで戦闘が行われていた。
1匹のオニドリルが空を舞う。視線の先にはたくさんの虫ポケモンが慌ただしく移動し、身を隠す。しかし、オニドリルの鋭い目は潜伏先を見通し、そして一気に急降下。獲物を狩っている。
そう、人間と同じだ。あの街と。あそこで生きるには強い者、つまりお金を持っている人間しか生きられない。だから生にしがみつくために身を粉にして働く。そして金持ちはそれを超高層ビルから見物している。弱肉強食。単純な摂理は自然界でも行われる。それを今目に焼き付けている。
しばらくすると、オニドリルの鳴き声はしなくなった。狩りは終わったのだろうか。私は近くに合った看板に身を隠していた。ポケモンより弱い私が狙わられるのは自然の摂理だろう。
改めて、はやくポケモンを、捕まえなくちゃと焦る。あのオニドリルがこちらに戻ってわたしを見つけたら、確実に狙うはずだ。
とにかくなんでもいいから、と考えた時、地響きが僅かにした。山の方から聞こえる。何かと、目を向ければ、さっきの山の地形が変わっていた。
「え?」
自然に漏れた疑問は大きな音に掻き消された。
雪が山頂から崩れてきている。雪崩だ。大量の雪がこちらに押し寄せる!
「旅に出た瞬間こんなことに遭うなんて…もう、おしまいだ…」
随分歩いて来たためブラックシティには戻れない。というか脚がすくんで動かない。
迫り来る恐怖に目を瞑る。 音が止んだ。巻き込まれたから?と疑問に思う。 ゆっくりと目を開けると、薄い緑の鎧が目に入った。2mはあるだろうか。これはポケモンなのか?
雪崩はそのポケモンが止めていた。岩が突き立っている。技なのか。
へたり込むわたしに対面する。怪獣みたいに目が鋭く威圧感がある。
こわい…と思った束の間、踵?を返し山へ戻っていく。なんだったのだろうか。
雪が街道の近くまで来ている。さっきとはまるで別な風景。自然の恐ろしさに恐怖しながらもわたしは歩く。そうだ、わたしの目的は最強のポケモントレーナーになること。こんなところでへこたれてなんかいられない!
もう一度、押し寄せた雪を見る。よく耳をすませば何か聞こえる。
雪に近づき耳を澄ます。何かの鳴き声だ!この近くにポケモンが逃げ遅れたんだ! 気付けば雪を素手で掻き、その声の主を捜していた。
「この下に…!」
手が真っ赤になるほど雪を掻き分けた末、わたしは1匹のポケモンを見つける。
緑色の体表。さっきの大きな怪獣をそのまま小さくしたみたいだ。
「…ギラァ」
その子を見つけるとわたしは抱えようと手を伸ばした。振り払う気力もないのか、大人しくしている。そして持ち上げようとして…
持ち上がらなかった。1寸も。何故と思った。こんなに小さいのに重すぎる…
余談だが、その体重は70キロを超え、10歳の彼女が抱えるには土台無理なほど体重は重い。 そんなことが出来るのはどこかのスーパーマサラ人ぐらいだ。
ポケモンは知能が高い生物だ。こちらの言葉を理解する、と本で読んだことがある。
「ねぇ…この中に入ればあなたを助けてあげられる…」
自然と口が動いた。
「モンスターボールの中に入れば、わたしがポケモンセンターまで連れて行けるよ」
警戒している。
「お願いだから、この中に…」
その警戒は程なくして終わる。目を閉じこちらに身を任せているようだ。
わたしは優しくモンスターボールを体に当てる。ボールが開き赤い光に包まれる。そして、カタカタと左右に揺れて、やがて動かなくなった。
ポケモンを捕まえたモンスターボールをカバンにしまい、わたしは駆け出す。
ブラックシティはダメだ。道を振り返れば道が大雪に塞がれている。
わたしはライモンシティを目指して走り出した。
階段を駆け上がり、走る。雪崩の影響か、ポケモンも人も誰もいない。
「まっててね、すぐにポケモンセンターに連れて行くから」
息も絶え絶えになりながら、エレベーターに乗り、今度は橋を渡る。大きな橋だ。太陽が沈み始め、橋からは見たことが無い景色が広がる。光を水が反射し、オレンジ色の水がどこまでも続いていた。
「はぁっ、はぁっ…早くしなくちゃ」
ライモンシティまではまだ遠い。なのに時間は待ってくれない。夜になると見通しが悪く、迷うかもしれない。
その一心で、ただ足を動かした。
どれだけ走っただろうか。あたりはもうすっかり夜の帳が降りている。
まだライモンシティには着かないのか、と弱気になりそうな心に喝を入れる。
こんな所で止まっている場合じゃない!
立ち上がり、また走り始める。そうして、どれだけたったか。街の灯りが見えた。
「着いた…!」
もう少しで、ライモンシティに着く! 急いでゲートをくぐりぬける。
夜なのにすごい活気に満ち溢れる世界で、わたしはポケモンセンターの場所を聞きながら走る。
赤い屋根の建物を探して、駆け込む。そして、受付の人に声を掛ける。
「この子を…この子を助けてください!」
突き出したモンスターボールを受付の人…ジョーイさんが、
「わかりました、慌てないで」
「これは…タブンネ、すぐに集中治療室の準備を」
「ブンネッ」
タブンネと呼ばれたポケモンが返事を返し、ジョーイさんもどこかに行く。
大丈夫なんだろうか。不安で心が押し潰されそうだ。
治療室と、書かれた標識を見つめながら、呆然とする。
そんなわたしに1人の男の子が声を掛ける。
「トレーナーが焦ってもしょうがないぜ」
声を掛けてきた人は、帽子をかぶり、指ぬきグローブをつけている。
その顔には、自信たっぷりとばかりに目が輝いており、見る者に安心を与えているみたいだ。
「今できることは信じて待つことだけだ」
「そんなに不安そうな顔してちゃ、ポケモンも不安になっちまう」
「俺、マサラタウンのサトシ。こいつはピカチュウ。よろしくな」
「ピ〜カチュッ」
サトシという人は、わたしを椅子に座らせて何かを持ってきてくれた
「腹減ってんだろ、食えよ」
差し出された携行食を無理やり渡される。
「そんな…悪いですよ…」
「いいから食えよ」
たしかに、朝から何も食べていない。 ずっと走っていたし、そう思った直後にお腹が大きな音を鳴らした。
「なっ!」
恥ずかしい。こんなに大きな音が鳴るなんて。
「これは…違います!」
「そうか?まぁいいじゃん」
サトシさんから貰った携行食を口に入れる。小さなわたしの体は、それでもお腹が少し膨れた。
ピカチュウと呼ばれたポケモンがわたしの膝の上に座る。
「チャア〜」
可愛い…すごく。毛並みもすごく柔らかい。しばらく撫でていると、
「君の名前は?」
ふと、声を掛けられ、我に返る。そういえばわたし、まだ自己紹介もしてない。
「わたしはユキです」
「どっから来たんだ?」
流れるようにわたしを会話に誘ってくれる。そういえば、マサラタウンから来たって言ってたっけ。わたしの出身はブラックシティだけど、マサラタウンってどこなんだろう…
「カントー地方だよ」
カントー地方…すっごく遠いって聞いたことがある。サトシさんは色々な話をしてくれた。 ポケモンリーグに出場するために色々な地方を巡っていること。各地のジムのこと。ポケモンリーグに参加し続けていること。
この前の大会では惜しくも準決勝で負けてしまったらしい。ポケモンリーグのことは知っている。バッヂを8つ集めた凄腕のトレーナーが四天王に挑戦するための大会だと。ポケモントレーナーは皆リーグ優勝、そして四天王を倒し、チャンピオンを倒すことを胸に掲げ日々特訓するということを。
わたしの目的と同じだ。この世界の誰よりも強くなる。そう決意して旅に出たんだ。
「サトシさんって強い人なんですね…」
そんな場所で毎回リーグに参加し、準優勝するということは、おそらく、並のトレーナーなんかじゃ歯が立たない、ということだ。
目には自信を携えたその姿はカッコイイの一言だ。
「俺は強くないよ。いつもこいつらに助けられてる」
「トレーナーとポケモンが協力し合いながら生きる」
「だから、俺は強くいられる。ユキにも分かる日が来るぜ」
サトシさんはそう言って立ち上がる。標識を見ればちょうどランプが消えたところだった。ジョーイさんがモンスターボールを持ってくる
「あの子は…どうなりましたか?」
務めて冷静に聞く。彼女の口から出た言葉は。
「もう大丈夫よ、ヨーギラスは明日になればすっかり元気になるわ」
その言葉を聞き体から力が抜ける。良かった。本当に助けられた。
「ありがとうございます…」
「さ、あなたも早くお風呂に入りなさい。疲れているでしょう。部屋は108号室を用意しておくから行ってきなさい」
そうだ、わたし汗びっしょりだったんだ…臭くないかな…
「い、行ってきます!」
恥ずかしくなって小走りでお風呂に行く。
ポケモンセンターは食事や生活が無料らしい。ポケモンの食事もついてくる。普通に考えればありえない。でも、それはわたし達が期待されている、ということに他ならない。
旅をして、強くなったポケモンは引く手数多なんだろう。ポケモントレーナーを引退したとしても、次の就職先に活かせることが多い。
わたしには僅かなお小遣いしか無かったのですごくありがたい。
強くなれるなんて保証はないし、これから先も苦難が待ってるだろう。でも、わたしは絶対に諦めない。お母さんとの約束。
そんなことを考えながら、お風呂に入って、今は用意された部屋で
「ヨーギラス、わたしチャンピオンになりたいの」
「ギラッ」
「わかる?世界の頂点」
ヨーギラスは首を縦に振る。ポケモンってすごく賢いんだぁ。
「山よりも高くて険しいけど、あなたの力が必要なの」
数瞬置いて、ヨーギラスにお願いする。
「わたしのポケモンになってほしい」
「ギラァッ」
ヨーギラスは力強く頷いてくれた。それがすごく嬉しくてヨーギラスに抱き着く。
ヨーギラスは一瞬抵抗したものの、すぐにしょーがねーなと言わんばかりに。わたしに体を預けてくれる
「えへへ…ヨーギラス、ありがと」
ヨーギラスはとても重く、わたしの体の上に乗ることなんて出来ない。けれど、ピカチュウよりも愛らしいその目、暖かい体にわたしの心は初めて満たされた。