窓から降り注ぐ柔らかな陽光。まだ少し肌寒い季節は布団から出ることを拒み続けている。傍らにはヨーギラスが寝ている。どうやらあのままベッドに入り寝てしまったようだ。わたしはヨーギラスを起こさないように、ベッドから出る。乱れた栗色の髪の手入れをドレスセットでしながら、筋肉痛に悶え苦しむ。
「うぅ〜足が重い…」
窓からはライモンシティらしい活気に包まれている。まだ早朝だというのに人々は笑顔を浮かべながら街を歩いている。
こんな隣の街なのに180度も表情が違うなんて…
楽しそうな街並みに心を踊らせながら、髪の手入れを終え、チャームポイントの桜のピン留めを前髪に留める。お腹がすいた。
「ヨーギラス〜朝だよ〜」
未だ目覚めないお寝坊さんに窓のカーテンをを開けて目を覚まさせる。
「クァッ」
大きな欠伸を一つしたかと思うとまた眠りに入ったようだ。どうしたら起きるんだろう…
「もうっ、モンスターボールに戻しちゃうからね」
モンスターボールにヨーギラスを戻し、調べ物をパソコンで行った後フロントへ足を運ぶ。
「おーい!ユキ!」
椅子に座って朝食を食べているサトシさんを見つける。ピカチュウも一緒だ。くっ、早起きはわたしの数少ない特技なのに。
「おはようございます。サトシさん」
「ピカッ」
挨拶をする。ピカチュウも挨拶してくれているので返す。それにしてもサトシさんって何歳なんだろう。風格や貫禄ですごく年上に見えるけど。
「おう、ヨーギラスは元気になったか?」
「まだ少し眠たいみたいです。ご飯の時間になれば起きるかも」
そういえばお腹がすいていたんだ。
「御一緒させてもらっていいですか?」
「もちろん、いいに決まってるぜ」
受付に行き食事を頼む。こういうのは初めてだ。オムライスっていうメニューを頼んだ。ヨーギラスの好きな物はわからなかったので、いわ、じめんタイプが一般的に好むフーズを頼んだ。起きた後少しパソコンでヨーギラスについて調べた結果、ヨーギラスはいわタイプとじめんタイプの複合型みたいだ。パソコンの操作は難しかったけれど、ジョーイさんに少し教えて貰った。
「勉強熱心なんだな」
サトシさんと向かい合いながらヨーギラスについて話す。そうしているうちに、食事が運ばれてきたようだ。
「でてきて、ヨーギラス」
光が収まると、寝ぼけまなこのヨーギラスが出てきた。まだ眠いようだが、ポケモンフーズを見ると、途端にもしゃもしゃと食べ始めた。
可愛い…
「おっ、すっかり元気そうだな」
「はい、ジョーイさんのおかげです」
ピカチュウがヨーギラスに話しかけている。コミュ力高いね…ヨーギラスも楽しそう。
「そういえば、サトシさんってどんなポケモン持っているんですか?」
「見たいか?ここじゃ狭いから後で見せてやる」
そんなに大きなポケモンなんだ…早く見たいな。ヨーギラスの食欲はすごいもので、もう完食しようとしていた。あっ、お代わりが欲しくてお皿をこっちに…可愛い…
「わたし、お代わり貰ってきますね」
「あぁ」
わたしは席を立つ。
「良かったな〜ヨーギラス」
「ギラッ」
わたしがテーブルに戻ると奇妙な光景が広がっていた。サトシさんがわたしのヨーギラスを軽々しく持ち上げているのだ。サトシさんって化け物?
「おっ、おかえり」
何事も無く、ヨーギラスを地面に降ろす。お代わりを早くと強請ってくるが、今の私は放心状態だった。
「?どうしたんだ」
「ヨーギラスって軽々しく持てる重さじゃないよね…」
「そうか?けっこう軽かったぞ」
あぁ、この人はきっと宇宙人なんだ。そうに違いない。だって70キロの物体を軽々しく持ち上げるなんてできるわけがない。わたし、まだ疲れてるのかな…?
わたし達は程なくして ポケモンセンターに常設されている、フィールドにやってきた。やっとサトシさんのポケモンが見られる。
「じゃ、驚くなよ」
「でてこい、お前たち」
5つのボールが同時に出された。とても強そうなポケモン達に、言葉を失った。
「右からムクホーク、ガブリアス、ゴウカザル、フローゼル、グライオンだ」
「すっ、すごい…」
「サンキュー。まだ調整中だけどな」
どのポケモンもすごく強そうだ、とくにドラゴンタイプのポケモンは扱うのが難しいというが、サトシさんに甘えている。どう見ても懐いている。ピカチュウだけ、小柄だといえるが、サトシさんの相棒のポケモンだ。きっと、この中の誰よりも強いんだろう。
ヨーギラスもあまりの迫力にたじろいだようだけど、睨み返し、俺も強いぞ、とばかりに目を輝かせる。そうだ、迫力に負けちゃダメだ。わたしはチャンピオンになるんだから、言わなきゃ!
「サトシさん、わたしとバトルしてください」
「あなたがすごい人だとわかりました。でも挑戦せずにはいられない」
その時わたしはポケモントレーナーの目ってものをしていたんだろう。
「バトルか、よし、食後の腹ごなしだ!」
ポケモンバトルは互いのトレーナーがポケモンに技を指示し戦わせるものだ。求められるのは、動揺しないこと、そして判断を素早く的確に、ポケモンに不安を与えないこと。
ヨーギラスの使える技は かみつく、にらみつける、すなあらし、いやなおと、なしくずし、いわなだれ、こわいおとだ。
ヨーギラスの特性はこんじょうだった。活かさない手はない。
この技たちを上手く状況に合わせて立ち回る。サトシさんは初心者のわたしなんかとは比べ物にならないぐらいに強いはずだけど、わたしも、わたしなりに作戦を考えてからきている。この作戦でやれるだけやる!
「では、お願いします」
「おう、いつでもいいぜ」
フィールドで対面する。胸がドキドキして鼓動がうるさい。ポケモンバトルってこんな緊張するものなんだ。
「ヨーギラス、おねがい!」
「ピカチュウ、君に決めた!」
今、勝負が始まる。
「先攻は譲ってやるぜ」
サトシさんはわたしの行動を見るようだ。だったら。
「ヨーギラス、こわいかお!」
まずは機動力を削ぐ。あの小柄な体はこちらの鈍重な体と違って、物凄く素早いはずだ。目で捉えられないかもしれない。だから素早さを下げてコチラの土俵に持ち込む。
「!…考えてるな、けど…」
「ピカチュウ、でんこうせっかだ」
サトシさんはでんこうせっかを指示した。名前の通りに素早さを活かした攻撃だ
「ピカァ」
ピカチュウの姿が掻き消える!どうして!
「そのまま、アイアンテール!」
ヨーギラスにピカチュウのアイアンテールが命中する。あの体が吹っ飛ぶなんて想像ができるだろうか。
「ヨーギラス!」
「悪くなかったぜ。だけど、俺のピカチュウはそれでも速い!」
「ギラッ」
ヨーギラスは砂煙の中から、飛び出す。傷ついているが、まだいけるといったところか。この一撃でだいぶヨーギラスは消耗してしまった。効果抜群のはずだけど、それを感じさせないこんじょうも発揮している…と思案したところに。
「まだ終わってないぜ、10万ボルト」
黄色い閃光が飛ぶ。眩い電撃に我に返る。
っ!ますまい!考える隙を突かれる前に!
「ヨーギラス!かわして、いわなだれを地面に叩きつけて!」
ヨーギラスは跳躍し、電撃を躱す。そして、いわなだれを地面に起こし、四散させる。
礫は、ピカチュウを目掛けて全範囲に飛ぶ。しかし。
「でんこうせっかで突っ込め!」
ピカチュウは本当に素早さが下がっているのかと思うぐらい礫の合間を縫いこちらに近づく。あの礫の嵐を!?
「ヨーギラス!ピカチュウを受け止めて!」
ヨーギラスは両手でピカチュウを掴む。ピカチュウの体は電気を帯びており、痺れる。この特性はせいでんき…!
「それは悪手だぜ、10万ボルト!」
凄まじい電撃をゼロ距離で浴びせられヨーギラスはたまらず、ピカチュウを放り投げる。礫が散乱している位置に。じめんタイプに電撃は効かない。なんていうレベルじゃない!今ので深手を負ってしまったしかし、今ならできる!
「ヨーギラス!すなあらし!」
「ピカチュウ、一旦戻ってこい!」
私の指示を聞きヨーギラスとピカチュウの姿が砂嵐に包まれる。サトシさんもこれは迂闊に手を出せず、1度砂嵐から出るようにピカチュウに指示するが、それよりも早く、大きな音がフィールドからする。
砂嵐が晴れるとそこには、何発かの礫がかすったピカチュウが居た。
「ピカチュウ!大丈夫か!」
「ピカピッ!」
多少はダメージを与えたみたいだけど、まだまだピカチュウは元気そうだ。
「なるほどな、せいでんきをわざと受けてこんじょうを発動する。そして砂嵐で俺の指示より早くいわなだれを当てる。ピカチュウは最初に散乱した礫にも注意しなければならない。やってくれるぜ」
あのピカチュウにダメージを与えたことを誇るべきか、それでも最低限に被弾させるに留めたピカチュウがすごいのか。
「ヨーギラスにすなあらしを指示した瞬間いわなだれをするようにバトルが始まる前に言いました」
「それでも、躱されちゃいましたけど」
わたしが唯一勝てる隙、フィールドを変えた一瞬の隙を突く。しかし成功はしなかった。冷や汗が垂れる。
ヨーギラスの状態も悪い。麻痺に体力も限界だ。でも、諦めるなんてことはしない! なんとしてでももう1発いれるためにはどうしたらいい?
会話をする時間は頭で作戦を考える時間だ。おそらく向こうもそう考えているはず。わたしよりも高い精度で次の一撃を当てるために。
「ユキ、お前はすごいよ。初心者なんてレベルじゃない」
「でも、わたしはサトシさんに勝ちたい!」
再びフィールドに緊張が走る。あぁ、ポケモンバトルってこんなに胸が熱くなるんだ。すごい!
「見せてやるぜ、ユキ」
「これが俺たちの全てだ!」
「ピカチュウ、ボルテッカー!!」
来る!全力の技、躱すことも出来ない、受け止めることも出来ない。でも、なにか!なにか出来るはずだ!
ピカチュウがこちらに猛スピードで来ながら電撃を纏う。でんこうせっかと10万ボルトを同時に発動したみたいだ…
ヨーギラスが対抗出来る技なんて…いや、一つだけある!ヨーギラスはそれを1度受けている!ヨーギラスの体重とピカチュウの体重には雲泥の差があるのに関わらずあんなに吹っ飛ぶんだ。もし発動出来たなら、弾き返せるかもしれない!
「ヨーギラス!アイアンテールを出せる?うぅん!出して!」
「ギラァッ!」
ヨーギラスも理解したようだ。たった一つの可能性。自分が弾かれたあの技を繰り出せれば、と。
ヨーギラスの尻尾が鈍色に輝き、ピカチュウのボルテッカーと衝突する!少しの間拮抗したが、大きな爆発がフィールドを覆い煙に包まれる。
「どうなったの…?」
サトシさんはフィールドを見つめるばかりだ。やがて煙が晴れ、ピカチュウがバチバチと残心を残すなか、ヨーギラスは立ったまま瀕死になっていた。
「ヨーギラス!」
崩れ落ちるヨーギラスを体全ての筋肉を使い受け止める。重いけど支えられないほどじゃ…
横から手が伸び、ヨーギラスを支えてくれる。
「 サトシさん…」
「お疲れさん、ボールに戻してやってくれ」
「はい…」
サトシさんが受け止めてくれたおかげで空いた手からモンスターボールを出した。
「ヨーギラス、ありがとね。お疲れ様」
「ギラァ…」
ヨーギラスは小さく鳴き、ボールに吸い込まれていった。
「ピカチュウもお疲れさん」
「チャア〜」
ダメージなんて、もう消えたのか、サトシさんの肩に乗り頬っぺにすりすりしている。
強い…これがリーグを準優勝するトレーナー。わたしが必死に考えた作戦もピカチュウの速さだけでほとんど躱される。主導権をこちらに譲っていても最適解を選び続けられる頭。もちろん手加減はしていないが、終始全力というわけでもない。こちらの戦いに合わせたバトルだった。そして、次同じ手をしようものなら、反撃されてしまうだろう。
「ユキ!」
サトシさんが目を輝かせてわたしに手を差し伸べる、!
「えと…?」
握手を求められている。
「バトルが終わればハンドシェイクだ!」
こちらも手を差し出す。と同時に、わたし、負けたんだ…という感情に呑まれる。悔しい… 思わず涙が出そうになったけれど、必死に堪えて、でも、涙は止まらなくて…
「お、おい。泣くなよ、な?」
ヨーギラスを活かしきれなかった自分が情けなくて、悔しくて、なにより勝たせてあげられずに、接戦にもできなかった自分に腹が立って…
「バトルに負けたら悔しいだろ」
「だから次は絶対に勝つために、努力するんだ」
「俺だってそうだぜ?」
「サトシさんも…?」
「あぁ、俺もライバルに負けてばっかだった」
こんなに強いのに、サトシさんは元々強かったわけじゃないらしい。
「でも諦めなければいつか届く。そう信じてここまで来た」
どれだけの重みがあったんだろうか。旅をした分の思いにわたしは途方も無い差を感じた。
「お前は絶対に強くなる。保証してもいい」
わたしが1番求めていた言葉を紡がれる。心が落ち着いてくる。ふぅ。
「次は負けません…」
少しニヤッと笑ってみせた。
「そうこなくっちゃな!」
わたしは、初めて負けた。すごく悔しいけれどその悔しさをバネにして、次は勝つ、と自分に誓った。
「あー、そろそろ手離してくれよ」
ふと気付くとわたしはサトシさんの手をずっと握っていた。どうしよもなく恥ずかしく顔が火照る感覚がする。
「あの、その、ごめんなさい!」
わたしは勢いよくポケモンセンターに戻った。
「本当にすげぇやつだよ。なぁ、ピカチュウ」
「ピカ…」
ピカチュウはダメージによって、肩から滑り落ちた。こんじょうを発動したいわなだれとアイアンテール。流石のピカチュウも耐えられなかったようだ。優しく抱きとめるサトシは、新たなライバルの出現に胸を踊らせ、冷や汗を流していた。