継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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ある艦娘の一生

私は今、瀕死の状態で浜辺に打ち上げられ、短い人生に終止符を打とうとしていた。

血を流しすぎたか、もう痛みすら感じない。ただただ寒い。目も霞んできており、音もまともに聞こえなかった。寒くて寒くて、そして眠かった。死が間近に近付いてきている。私の終わりはもうすぐそこだった。

 

「……少し……嫌だな……」

 

言っても仕方のないことだと思う。だが、言わずにはいられなかった。それほどまでに、私の生き様は酷かった。

世界の危機を救うため、人の手により生み出された生体兵器である私は、救うことなど出来ず、救われることも無く、ここで終わる。

 

「……死にたくない」

 

未練が口から溢れ出た。

何も結果を残せず、私は朽ち果てる。そんなのは嫌だ。私は何のために生み出されたのだ。敵を殲滅し、戦果を挙げるためだろう。

 

()()に気付いてはいるが、それを振り払うように、私は忍び寄る死に抗い続ける。

 

「死にたくない……死にたくない……」

 

眠気を振り払い、来ることのない救援を待ち続けた。死んでたまるか。耐えれば事態は好転するはずだ。きっと私を助けてくれる何者かが来てくれるはずだ。

言葉に出来ている間は、私は終わらない。ずっとずっと呟き続ける。

 

「死にたく……ない……」

 

だが、眠気は確実に押し寄せる。意識を落としたら終わりだと思い、必死に抗った。

 

その願いは届いた。

 

「ーーーー!」

 

声をかけられたような気がした。まともに音が拾えない耳をすまして聞いても、何を言っているかはわからない。だが、確実に誰かいる。霞んだ目でその方を見た。

薄ぼんやりと見えたそれは、おそらく人型。何者かはわからない。救援かどうかもわからない。私にトドメを刺す者かもしれない。だが、藁にも縋る思いで、声を振り絞る。

 

「助け……て……」

 

命乞いのように声が漏れた後、私の意識は闇に飲まれた。これが私の最後の言葉になるかもしれない。

そうだとしたら、あまりにも惨めな、()()()の最期だった。

 

 

 

私はとある鎮守府で建造された艦娘である。

人間の社会を脅かす海の底からの侵略者、深海棲艦を殲滅するために、抑止力として誕生した生体兵器、艦娘。最初は深海棲艦と共に海から来たとされているが、今では人間が自分達の意思で生み出すことが出来るようになっていた。

私もその内の1人。侵略者を殲滅するために生み出され、世界の平和に貢献するのだと思っていた。

 

だが、現実は違った。

 

私は仲間達から攻撃を引き剥がすための(デコイ)として戦場に立つべく生み出されたのだ。建造されたばかりの艦娘など、誰がどう見ても恰好の的。あまり知性のない雑多な深海棲艦、イロハ級だったとしても、私が()()であることは察することが出来る。

案の定、敵の攻撃は私に集中した。砲撃され、魚雷を放たれ、爆撃され、回避もままならずに私は大怪我を負った。見るも無残な姿にされても、一緒に出撃した仲間達は、私のことなど見向きもしなかった。救援を求めても無視され、私が傷を負っても無視され、立ち上がれなくなっても無視され……最終的には捨て置かれた。

 

不幸にもその戦いは荒天の中で行われた。降りしきる雨と吹き荒ぶ風のせいで私の声が届かず落伍してしまった……なんてことは有り得ない。他の者は声を掛け合っていた。私だけが完全にいないものとして扱われていた。

最初からこうなるように仕組まれていたとしか思えない。私は何も伝えられずに出撃し、真相は闇の中に葬られる。それだけは許せなかった。私がこうなっているのなら、他にも同じ目に遭った者がいてもおかしくないはずだ。

 

何故そんなことが出来るのだろう。私達は確かに生体()()。あの鎮守府では消耗品くらいにしか思われていないのかもしれない。何せ、例え死んだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それでも、私だって生きているのだ。喜び勇んで死にに行くようなことはしない。戦うことは嫌いではないが、死ぬのは当然嫌である。

 

人間への憎しみが生まれそうになっていた。

 

私は艦娘。人間を守る者。

 

だが、今は人間がーーーー

 

 

 

目を覚ますとそこは、知らない部屋だった。白い天井と壁に、温かい布団。

浜辺に打ち上げられた後、最後に見たあの人影に助けられたのだろう。私は生きていた。死にたくない死にたくないと呟き続けて、念願が叶った。

 

「っぎ……ぐ……」

 

身動きを取るだけで身体に激痛が走る。あの時とは違い、身体に感覚があった。それだけでも、生きていると実感出来る。痛みが悪くないと思えた。

激痛に耐えながら何とか身体を起こす。今まで着ていた制服ではなく、浴衣のような検査着を着せられていた。助けてくれた者が着せてくれたのだろうか。あとは身体中に付けられている機械やチューブの類。外れないようにした方がいいか。

 

「……っ」

 

息を呑む声がした。その方を見ると、私と同じくらいの背格好の少女が驚いた表情で立っていた。手には水の入った洗面器とタオル。あとは包帯やら。私の介護をしてくれていたのだろうか。

 

「お、起きたーっ! 目を覚ましたわよーっ!」

 

手荷物を素早く置き、バタバタと部屋を出て行った。何とも騒がしい。

だが、動いたことでわかった。あの子も艦娘だ。私と近しい()()()()を感じた。直感的に同族であると判断出来る。

 

「わかった、わかったからもう少し静かに頼む」

 

その少女に手を引っ張られやってきたのは白衣を着た若い男。()()である。姿を見て身構えたが、激痛で顔を顰めてしまった。

 

「まだ安静にしているんだ。完治したわけじゃない」

「そうよ! 3週間も寝てたんだから!」

 

あの時からもうそんなに時間が経っていたのか。

 

「ひとまず教えてほしい。身体はちゃんと動くか? 何か違和感はないか? 気になることがあるなら何でもいいから言ってほしい」

 

この男が何を言っているかはわからないが、少なくとも今の私は激痛に苛まれているものの五体満足だと思う。腕の感覚も脚の感覚もあるし、五感は全て正常だ。

 

「……大丈夫……」

「ならよかった。手術(オペ)はうまく行ったようだ」

「私達にも成功したんだもの。心配してなかったわ!」

 

本来なら、艦娘はドックに入ることで、どんな大怪我からも死んでさえいなければすぐに元に戻る。腕が千切れていようが、脚が捥げていようが関係ない。時間はかかるが五体満足、何事も無かったかのように復帰可能。

だが、私の場合は少し違うのだと察した。少なくとも、今私がいるこの場所には、そういう気の利いたものは無いようである。

 

「身体中が痛いぞ……」

()()までにはもう少し時間がかかる。だが、必ず治る。もう少しの辛抱だ」

 

手術といい、定着といい、私は一体何をされたのだろう。

 

「あとは頭の中だな。記憶の混濁が気になる。君、名乗れるか?」

「……駆逐艦、若葉だ」

 

若葉。初春型駆逐艦の3番艦、若葉。それが私の名。

人間にとっては囮のために使えるような、取るに足らない雑多な艦娘の1人なのだろう。生み出された直後から蔑ろにされて使い捨てられるほどには。

 

「僕は飛鳥(アスカ)、少し特殊な経緯はあるが、一応医者だ」

(いかずち)よ! カミナリじゃないわ!」

 

若い男が飛鳥、騒がしい艦娘が雷。

浜辺に打ち上げられていた私を見つけてくれたのは、おそらくこの飛鳥医師だろう。殆ど聞こえない耳で聞いた声と、ぼんやりとしか映さない目で見た姿に一致する。

 

「体調が悪くないのなら、手術の内容を知ってもらいたいんだが、どうする。辛いのなら後日にするが」

「……今お願いしたい」

 

私に何をされたのか、なるべくなら早く知りたかった。死の間際に私が懇願してしまったこととはいえ、私の意思が及ばぬところでどうされたのかは気になる。

 

「君はこの付近の浜辺に流れ着いていたので、僕が保護した。その時、君は酷い怪我を負っており、助けを求めてきた。ここまでは覚えているか?」

「……覚えてる。助けてほしいとも言った」

「ただ、ここには艦娘を元通りにする施設、入渠ドックが無い。なので、()()()()()()()()()()()()()。これだけは肝に銘じてほしい」

 

何か引っかかる言い方だが、命を救ってもらったのだ。文句を言う理由は無いだろう。人間に対して懐疑心を抱いていても、恩を仇で返すようなことはしてはいけない。それこそ、私が憎む人間と同じになってしまう。

 

「まず、君の容態だ。両腕の酷い損傷と、両脚の骨が複雑骨折。首から下、全面に火傷。内臓にも一部損傷が見えた。死ななかったのが奇跡だ」

「……つくづく頑丈だ」

「ホントよね。私もそうだったけど、死ななかったのはいいことよね」

 

雷はやたらポジティブな様子。

 

「ここからは心して聞いてほしい。僕は君を生かすために全力を尽くした。だが、その手段は君が拒むことかもしれない。先に謝っておく。本当に申し訳ない」

「……別に何をされても構わない。あのままなら死んでいた。助けてくれたことは感謝している」

 

どれだけのことをやったのだ。謝罪されるような治療法なんて聞いたことがない。

身体の中に機械でも取り付けられたか。ここから離れられないようにされたとかか。それなら生きているというよりは()()()()()()()()()だ。私はそれなら拒むかもしれない。

 

だが、予想以上の言葉を聞くことになる。

 

「まず腕。あまりに損傷が激しく、機能の回復が見込めなかったため、()()()()()()()()()

 

思考が停止する。

なら今私にある腕は一体何なのだ。ドックが無いのならどうやって治した。

 

「ならこの腕は」

「代わりに()()()()()()()()()()()()()。動いているのなら癒着はちゃんと出来ているのだろう」

 

深海棲艦の腕?

これが?

痛みを堪えながら腕を見ると、確かに知っている自分の腕よりも色素が薄く、左腕に関しては知らない痣がある。さらに袖を捲ると、ガッチリと包帯が巻かれていた。この包帯の下には繋ぎ合わせた痕があるのかもしれない。

 

「脚の骨折は、こちらも回復は見込めなかったため、砕けた骨を抜き取り()()()()()()()()()()()()。艦娘の骨よりは頑丈で、こちらもうまく癒着しているようだ」

「もう少ししたら歩けるようになるわ! 筋肉が縮こまっちゃうのは、私が毎日マッサージしてたから大丈夫のはずよ!」

 

言われてすぐさま脚を見る。こちらは色素は薄くなっていないものの、ガチガチに包帯が巻かれている。こちらにも傷があるのだと思う。

 

「全身の火傷は、そのままだと皮膚が壊死してしまうため、皮膚移植を行った。特に重傷だった部分は腹全域。他にも酷い有様だった」

「移植した皮膚というのももしや……」

「こちらは()()()()()()()使()()()。都合よく無傷のものがあって本当によかった」

 

腹の辺りに熱くなるような痛みがあることはわかる。皮膚が定着していたとしても、まだ傷であることには変わりない。おそらく皮膚の接合面にも傷があるのだろう。検査着の隙間からサラシのように胴体全域が包帯に巻かれているのが見える。さながらミイラのようだ。

 

「そして内臓だが、こちらは僅かに残っていた高速修復材のおかげでこれだけは元通りに治すことが出来た。これがもう少し残っていれば良かったんだが……」

「仕方ないわ。高速修復材は本当にレアなんだもの。ちょっとだけでもあって良かったわよ」

 

身体の中にまで深海の何かが入っているわけでは無いようだ。

とはいえ、腕、骨、皮膚と、私の身体の半分近くは深海製のものに置き換わっていると飛鳥医師は言っている。まさかそんな治療の仕方をされるとは思わなかった。

 

「以上。あとは時間をかければ五体満足で動ける」

「動けない間は私がいろいろとしてあげるから頼ってね! 包帯とかを替えるの得意なの!」

 

五体満足かもしれないが、私はおそらく艦娘とは言い難い存在になってしまっている。それは少しショックだった。

 

「君を元の身体に戻せるように尽力する。今だけはこれで我慢してほしい。緊急性が高く、この手段しか君を生かすことが出来なかった。重ねて詫びさせてほしい。申し訳ない」

 

飛鳥医師に重ねて謝罪される。

だが、裏を返せばこれは私にとって転機なのではなかろうか。今までの私はここにはもうおらず、今の私は新しい自分なのでは。短いながらも目も当てられない悲惨な人生をこの瞬間に終え、()()()()()()()とも言える。

 

「若葉は生まれ変わったということでいいのだろうか」

「……そういう考え方も無くはないが」

「ならこの身体でもいい。……若葉は過去を忘れて新しく踏み出したい」

 

明らかに困った顔をされたが、私としてはリセットを所望している。どのような身体であろうが、生を繋いでくれたことには感謝する。

 

だが、1つ気になることはあった。もし治療が完了し、元の艦娘の若葉へと戻れた場合、私の処遇はどうなるのだろう。

 

「若葉は……完治したらどうされるんだ」

「本来なら元いた鎮守府に帰ってもらうことに」

「嫌だ」

 

食い気味に言葉が出た。

あの鎮守府に私の居場所はない。そもそも死ぬために作られた艦娘が戻ったところで、また捨て駒にされるに決まっている。もうあんな思いは嫌だ。

 

「若葉はもう死んだ扱いだ。所属していた痕跡も消えてる可能性がある。あの場所には戻る必要はないし、戻りたくない」

 

私がどういう理由で大怪我を負っていたかは説明していない。だが、飛鳥医師は何となく察しているようにも思えた。私が即座に反応したことで、確証を得たのだと思う。雷の方は何もわかっていないようだが。

 

「話を最後まで聞いてほしい。僕が艦娘を保護したということにして、然るべき場所に行ってもらうということも考えたが、君はおそらくそういうところに行きたくはないだろう」

 

先程の発言から、私の思考は見透かされている。今の私にはそういう場所が辛い。飛鳥医師には申し訳ないが、あちら側の人間は信用出来ないと思ってしまっている。

 

「だから、ここに住めばいい。衣食住は提供しよう。とはいえ、動けるようになり次第、少し働いてもらうくらいはするが」

「それがいいわ! 家族が増えるのね!」

 

考えるまでもない。行くあてがないのだから、飛鳥医師に頼らせてもらうのが一番だろう。助けてもらった、いや、新しい人生を始めさせてもらう恩を返すというのもいい。

少なくとも、私を治療してくれた飛鳥医師はまだ信用出来る。ここから改めて最初の1歩を踏み出すことにしよう。

 

「……そうさせてもらう。世話になる」

「やったわ! 今日はご馳走を作らなくちゃね!」

「ほどほどにしてくれ。僕らは兎も角、若葉は病み上がりだ。内臓は高速修復材が使えたからまだマシだが、3週間栄養剤で維持していたんだから、あまり多いと胃がおかしくなる」

「それと……」

 

盛り上がる雷を尻目にもう1つ、私の考えを聞いてもらう。

 

「身体はこのままでいい。元通りじゃない方がいい」

「……いいのか? 治療した僕が言うのは何だが、決して綺麗な身体ではないぞ」

「構わない。これがいいんだ」

 

この傷は私が新たな人生を踏み出した証だ。こんな継ぎ接ぎの身体だが、私は傷と共に歩いていきたい。

 

 

 

捨て駒の若葉は死に、継ぎ接ぎの若葉が生まれた。私の本当の人生はここから始まる。

嫌な記憶は拭えないが、そんなもの気にならない程に楽しく生きてやるのだ。




若葉は口数が少ないために一人称が何とも言えない状態です。バレンタインの限定ボイスでは『若葉』でしたが、それすらも一人称とは少し言いづらいもの。そのため、口に出すときは『若葉』、地の文では『私』に統一しています。

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