重傷を負った深海棲艦、深海双子棲姫が目を覚ました。姉はシロ、妹はクロと名付けられ、一時的に施設に身を寄せることになる。失われた艤装が見つかる、もしくは代替品が手に入れば、施設から離れ、元いた場所に帰るとのこと。
深海棲艦は帰巣本能が強いのか、目が覚めた時から帰る帰ると言っていた。そもそも何処に棲んでいたかは知らないが、本能がそうさせるのなら、抑圧する理由もない。
飛鳥医師曰く、この施設は『来る者拒まず去る者追わず』が基本。そこに『ただし患者は完治するまで束縛』が加わるだけ。たった1日でほぼ完治した双子は後者から外れるわけだが、出ていく手段を無くしてしまったが故に仲間となった。
「タイクツー、ワカバ、タイクツダヨー」
「今日だけは安静にしろと飛鳥医師に言われているだろ」
「ソウダケドサー」
私、若葉は双子の監視役を任命された。相手が深海棲艦だからというわけではなく、目を離すとすぐに医務室から出て行こうとするからである。私である理由は、第一発見者だから。
一時的な仲間として施設にいることは快諾したものの、じっとしているのが嫌らしく、事あるごとに騒ぎ立てる。クロはとにかく落ち着きがない。
「ナンカヒマツブシナイ?」
「無い」
「ブー、ツマンナーイ」
ベッドの上でジタバタしているクロを尻目に、シロの方を見る。何やら喉を押さえて、か細く何かを呟いている。喉でも痛いのだろうか。
「シロ、具合が悪いのか?」
「……アー……あー……ん、出来た」
声色が突然変化したため、目を見開くほど驚いてしまった。
深海棲艦が独特な声色をしているのは、先程までの会話でよくわかっている。反響しているというか、ブレて聞こえるというか。とにかく聞き取りづらい。早口でまくし立てられたら、まず私には理解できないだろう。
が、シロはこの瞬間に私達と同じ話し方が出来るようになった。どうやってだ。声帯を弄ったのか。訳がわからない。
「アネキ、ナンカコエガカワッタネ」
「こっちの人達に合わせた方がいいかなって……」
「ワタシモデキル?」
「多分……」
シロがクロの喉に触れ、押さえたり引っ張ったりしている。そして、
「あー、あー、おお! 出来てる出来てる!」
クロの声色も変化した。聞き取りやすくなったのは良いことだが、何をどうしてそういうことが出来るのかは全く不明。これは飛鳥医師に丸投げすることになりそう。
今の私には理解が追い付かなかった。重傷が1日で治ったり、喉を弄って声が変化したり、常軌を逸している。少なくとも、深海棲艦は艦娘よりも上位の生命体なのだと感じた。だからこそ侵略者になり得るのかもしれない。
そう考えると、現状で戦いが拮抗状態なのは運がいいのか実力があるのかわからないものである。
「これで……お話しやすくなった……ね」
「あ、ああ」
正直な話、今の私はシロに対して恐怖を感じている。元々深海棲艦に対してトラウマめいたものを抱いていたが、それがより一層強くなってしまった。
私の目の前にいる深海棲艦には、まず勝てないと、心が屈服してしまっている。だからといって、そんな態度はおくびにも出さず、平静を装う。
「……ワカバは……何故私達のこと……助けてくれたの?」
「あー、それは気になってたかな」
唐突に聞かれた。
2人にとって、艦娘は忌むべき存在。どういう経緯があるかは知らないが、少なくとも居場所を奪われ、重傷を負わされた敵である。この姉妹が悪さをしていたというのなら、そうなっても仕方がないとは思うが、こう接しているとそんなことはないと思える。それすらも演技と言われればお終いだが、少なくとも私の知る鎮守様の連中よりは信用出来る。
「助けなければ後悔すると思ったからだ」
あの時思ったことをそのまま伝えた。見殺しにしたことを悔やむくらいなら、助けたことを悔やんだ方がいいと考えたと。
「……そう……私達の知ってる艦娘とは……違うね」
「ホントね。知ってるのよりも輝いてるっていうか。アレしか知らなかったら、多分私ら艦娘嫌いになってたよ。あ、大丈夫、ワカバは嫌いになんてならないから。助けてくれた恩人だからね」
少しだけ安心した。嫌いだという理由で攻撃されたら、なすすべも無くやられていただろう。おそらく抵抗すら出来ない。
何しろ私は実戦経験皆無の捨て駒。怪我が完治しても、武器を持ったことが無い。
「向こうは私らのこと侵略者って言ってたけどさ、あいつらの方がよっぽど侵略者だよホント。たまたま無人島でお休みしてただけなのにさ、バカみたいな数で攻め込んできてさ。私らは攻撃するつもり無かったのに、問答無用ってバカスカ撃ってきたんだよ」
「私達の種族が……全部侵略者だと思ったら……大間違い」
私を前にして次々と愚痴が出てくる。溜まりに溜まっていたのかもしれないので、監視者としてその話を聞いてあげることにした。もしかしたら私に聞いてもらうためにも声色をどうにかしたのかもしれない。
その中で、この2人がどういう存在かがわかってきた。
深海双子棲姫は、人間や艦娘に対して敵意むき出しな侵略者である深海棲艦の中では特異な、
2人は一応潜水艦の類らしく、いつもは海中で暮らしているそうだが、たまに誰にも干渉されないようなところで日を浴びるのだとか。本来の仲間である、他の侵略者達の行動に対しては、一切の無関心を貫き通してきた。
それなのに、とある艦娘達に見つかってから事態は一転。海中にいてもソナーで探知され、海上に上がっても追われの追いかけっこ。いくらこちらから攻撃することはないと伝えても、容赦なく攻撃され続けた。
それだけされても一切の反撃をせず、ただただ逃げ回るだけだったというのに、あちらは一切攻撃を止めなかったらしい。
「ありゃあ私達を追い詰めるの楽しんでたね。間違いない」
「……ああいうのは……ちょっと嫌」
最終的には数の暴力でああなった。それでも脇腹を抉られただけで済んだのは運が良かったと言える。嵐とまでは行かないが、夜戦で且つ大雨が降ってきてくれたおかげなんだとか。
それよりも、クロが感じた『追い詰めることを楽しんでいた』という方が気になる。深海棲艦との戦いを楽しんでいたということか。誰が好き好んで命のやり取りをしたがるのだろう。
「夜まで追うのは酷いと思うんだよ。ホントさ、ワカバ聞いてる?」
「聞いてる」
「ならいい。でさぁ、バッテバテの状態で浜辺に辿り着いたんだけど、そこで力尽きちゃって動けなくなっちゃってさ、そこをワカバが助けてくれたってわけ」
「あの艦娘達は……流石に撒いたと思うから……」
あの怪我は普通なら致命傷だ。そこで見失ったら普通追うのをやめる。余計な力を使いたくないだろうし、戦闘も終わったと思うだろう。それでも息があったのは、この2人の地力の強さであろう。
この愚痴を延々と言い続けるところを見ていると、人間も艦娘も深海棲艦も変わらないなと思えてしまった。考えていることは私達と似たようなもの。知恵があり人語を介する姫級の深海棲艦だからこそ、近しい思考を持っているのかも。
「苦労したんだな」
「ホントだよ。私らが何したってんのさ。ねぇ姉貴」
「うん……」
愚痴は止まらない。しばらくは聞き続けることになりそうだった。
「配給〜、配給〜っと。飯持ってきたぞー」
延々と愚痴を聞き続けていると、摩耶が昼食を持って医務室にやってきた。朝からバタバタしていたが、いつの間にかそんな時間になっていたらしい。なんだかんだ朝食もしっかり食べることが出来ていないため、昼食を見たら途端に空腹感に襲われた。
「あたし、摩耶ってんだ。よろしくな」
「クロだよー」
「シロ……」
私とは違い、相手が深海棲艦だろうが関係なく接する摩耶。2人もそれに対して何の違和感を持たずに挨拶。その後ろからは雷も入ってくる。
「先生も後から来るわ。今日はみんなでここで食べましょう! あ、雷よ! カミナリじゃないわ!」
「せっかく仲間になったんだし、飯くらい一緒にな」
医務室でも食べやすいサンドイッチが沢山。全て雷の手製。
そういえば、深海棲艦はこういうものを食べることが出来るのだろうか。見た目も中身も同じ作りをしているが、食事に関しては話が別。
「姉貴、こういうの食べるの初めてだよね」
「うん……楽しみ」
「いっぱいあるからね! 好きなだけ食べて!」
雷も警戒心一切無し。見せないようにはしているがビクビクしている私がおかしいのだろうか。
「ここに来る前は何食ってたんだ?」
「えーっとね、魚とか」
「やっぱり海だとそういうものを食べるのね。なら、これは新しい体験になるわ! 海では手に入らないものばかり入れてるもの!」
本当に無警戒。会話の内容は初めましての内容ばかりだが、話し方が友人のそれ。クロは人懐っこいためか、そんな状況もすぐに楽しんでいるようだった。
少なくとも、今のクロは深海棲艦には見えない。声色もこちらに合わせてくれているし。シロはほんの少しだけ警戒しているようだが、クロに引っ張られてすぐに慣れるだろう。
「1つ……いい……?」
「ん、どうしたよ」
「みんな……
私は自分の身体に深海棲艦のパーツが使われていることを伝えていない。それなのに、
シロの質問に少し静まるが、即座に摩耶が返答。
「おう、あたしは見て分かる通り脚と眼な」
「よくわかったわね。私は2人と同じでお腹よ」
シロがこう言ったということは、私の状態もわかっているということ。今回は手袋などもしていないので、左手の痣も見せている状態ではあるものの、見た目で簡単にはわからない方である。雷に至っては完全に隠れている。
ということは、見ただけでわかる理由が何かしらあるのだろう。私はまだ日が浅いが、雷と摩耶はもう半年以上この身体だ。
「やっぱり……3人とも
「姉貴、たまに訳わかんないこと言うからなぁ」
クロにはわからないらしい。だからこそ明るく振る舞えるのかもしれない。
「その身体……大切にしてね……」
慈しむように私の手を取った。痣のある左手を。
シロには私達には見えていないものが見えている。私達継ぎ接ぎの者がどう見えているのかはわからないが、クロよりも警戒していたのはそれが理由だろう。艦娘でも深海棲艦でもない、
「ああ、当然だろ。あたしらはこれの持ち主に生かしてもらってんだ。繋いでもらった命は簡単には手放さねぇよ」
「ええ! 先生のおかげで生きていられるんだしね!」
何処までも前向き。こんな身体だからこそ、深海棲艦を助けることも、深海棲艦とこうやって付き合うことも抵抗が無いのだ。艦娘でもあり深海棲艦でもあるような身体だからこそ、完全な中立の位置に立てる。
ならば私もそのように振る舞う方がいい。その方が『楽しく生きる』ことが出来そうだ。また私は1歩前に進めた気がする。
「ワカバ……?」
「若葉も大切にする。楽しく生きるために」
「そう……よかった」
薄く微笑む。この時には、私はシロへの恐怖心は無くなっていた。
「すまない、少し手間取った」
「大丈夫よ。まだ食べ始めてもいないから!」
飛鳥医師が医務室にやってきた。それを見てクロがビクッと震える。あの時の苦手意識が割と深く刻まれている。
「安静にしていたようだな。本当にピンピンしている」
「そう言ったじゃん。退屈なんだけどー」
クロが声を発した途端、飛鳥医師が目を丸くする。雷と摩耶は知らないが、私と飛鳥医師は、シロが変える前の声色を知っている。
「おい、声が変わってるぞ。どういうことだ」
「……この方が……話しやすい……でしょ?」
「確かにそうだが……そういうことが出来るなら先に教えてほしかったな」
別に怪我や病の影響がでないならいいとそれ以上の追求をやめた。実に飛鳥医師らしい判断である。
「そうだ、明日また来客がある。若葉が完治して施設の一員になったことを知って、どうしても会いたいと言ってな」
「お、じゃあ提督が来るのか」
「ああ。来栖が明日にここに来る」
第二二駆逐隊を率いる鎮守府の長、来栖提督がこの施設にやってくると。流石に1人でここに来るということは無さそうなので、また文月達と会えるかもしれない。それは楽しみだ。
とはいえ、私としては一番のトラウマである
「ついでに深海双子棲姫のことも紹介しよう。あいつなら理解してくれる」
「来栖司令官なら大丈夫! 私達のやり方に賛成してくれてる人だもの!」
雷達は何度か会っているようだ。今の様子を見る限り、心配は要らないような人間なのだろう。
それでも、私は少し怖い。
シロは何かが違う深海棲艦。見えないものが見えたり、匂いを感じたり、喉に触れると声が変えられたり。そういうところにもっていかれているから感情が薄い。