継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

100 / 303
心を鍛えて

施設に戻ってきた翌日からは、平常運転に戻った。飛鳥医師も安心からか死んだように眠り、翌朝からは絶好調。私、若葉も、久々の早朝ランニングが出来て、今だけは日常が戻ってきたのだと実感する。

左腕の痣はあれ以来疼くこともなく、当然拡がることもない。何があるかわからないというのも確かなので、毎日簡単にでも診察することになっている。

 

「医学的に見て問題無し」

「深海の眼で確認しました。問題ありません」

「もののけは落ち着いておるぞ。安心せい」

 

昨日から私に問題ないことを確認してくれている3人が、改めて問題無しと太鼓判を押してくれた。今は負の感情に呑まれるようなこともない。心配は要らないと判断されている。

今回はそこに新たな確認者が加わる。3人とはまた違った観点で確認が出来るシロである。姉に近い視点ではあるものの、霊感と深海の感覚ではまるで違う。

 

「……ワカバ、腕を」

「ああ、頼む」

 

シロが私の腕に触れる。雷の正体に触れるだけで気付いたり、喉を治してくれたりと、深海棲艦絡みのことでは八面六臂の活躍を見せるシロの太鼓判なら、さらに安心出来る。

痣をなぞるように撫でられるのは少しくすぐったいが、詳しく、事細かく調査してくれているのだから我慢。

 

「……うん……大丈夫。今は拡がらないよ」

「そうか、よかった」

「イカズチみたいに……馴染みすぎてるってことは無いけど……大分深いね……。同調した……?」

 

同調したかはわからないが、あの時の私は深海棲艦と同じような感情を持っていたかもしれない。怒りと憎しみに支配され、目の前の敵を殺すことしか考えられなかった。とにかくこの手で消す力が欲しいと思った。その結果がコレだ。

まるで、腕が力をくれたような現象。これまでも、戦闘の時に力を貸してくれたような現象は度々起きている。チ級の骨のおかげで瞬発力が、駆逐棲姫の腕のおかげで腕力が向上したのは実感として持っている。

 

「かもしれない。姉さんも深く馴染んでいると言っている」

「……気をつけてね。ワカバ……思ったより喧嘩っ早いし」

「そんなつもりは無いんだが」

 

この中では一番前で戦うという意味ならそうかもしれないが、私だってある程度考えて戦っている。先陣を切るだけだ。

 

「若葉、これからは僕ら4人が毎日確認する」

「頼んだ。若葉も安心が欲しい」

 

4人が大丈夫と言ってくれれば、私も少しは落ち着ける。今は買ってでも欲しいものなのだから、毎日と言わず毎時間やってもらいたいものである。

 

 

 

今日から鳳翔にも言われた通り精神鍛錬の方を始めていこうと思う。だが、何をやっていいものかさっぱりわからない。心を落ち着けて、物事に動じぬようにすればいいのか。ならば座禅とかそういうものがいいのか。

こういうときは素直に鳳翔に聞くべきだろう。勧めてくれた張本人だし、そういうことも得意そうに見える。

 

「若葉、アンタ暇よね。ちょっとツラ貸しなさいよ」

「もう少し言い方があるだろう」

 

工廠で外に出る準備をしていると、曙に声をかけられた。釣竿を持ち、いつもの制服の上にベストまで着ていた。割と本格志向のようだ。

この格好で誘ってきたということは、私に釣りをしろということなのだろうか。まぁたまにはそういうことをしてもいいかもしれない。私は趣味らしい趣味も無いし。艤装弄りは趣味に入るだろうか。

 

「釣りに付き合えということか?」

「そうよ。ほら、ブレザー脱いでベスト着て」

「強制なのか」

 

私の返答は関係なかったらしい。ブレザーを無理矢理脱がされ、曙と同じベストを着せられ、釣竿を渡される。

 

「若葉は釣りなんて初めてだぞ」

「いいのよ。さっさとついてきなさい」

 

私が準備出来たのを見て、すぐに海に出てしまった。誘っておいて私を置いていくとは何事か。

溜息を1つ吐き、私は先に行く曙を追いかけた。

 

同じ沖でも、護衛艦隊が警戒をしている方とは全く別の方に向かう。もう施設も見えないというところまで出たところで釣りを始める。なんでも、シロクロからここはいいポイントだと聞いているらしい。

針に餌を付けるのも初めてのことで、曙に教えてもらい、四苦八苦しながらようやく釣りの様相に辿り着いた。背中合わせで立ち、真逆の方向に釣り糸を垂らす。海の真ん中に()()()釣りをするなんて、艦娘ならではの遊びだ。

 

「袖、邪魔でしょ。捲った方がいいわよ」

「ああ」

 

片手に釣竿なので少しやりづらいが、うまいこと袖を折り、半袖くらいに。曙は元から半袖だからそんな手間がいらないのは少し羨ましい。

袖を捲ると、嫌でも左腕の大きな痣が目立つようになった。気にしてはいないものの、この異形感はどうしても拭えず、釣りに集中は出来なくなる。

 

「若葉」

「なんだ」

「海面が揺れてる」

 

私の集中が途切れていることが海面に出てしまっているようだ。私を中心に小さい波が起きていた。別に震えているわけではないのだが、心の揺れが表れているようだった。

対する曙は姿勢も良く、ピンと背筋を伸ばしていた。私と違って足下に波一つ立っていない。こちらに話しかけてきているのにもかかわらず、集中を乱していないということだ。

 

「雑念を払うの。慣れないうちは目でも瞑ったら?」

 

簡単に言ってくれるが、雑念が簡単に払えれば苦労はしない。ただでさえ、今の私は精神鍛錬が必要な身なのだから。

 

と、ここまで考えて、曙の真意がわかった。釣りという行為を通して、精神鍛錬に付き合ってくれているのか。曙は趣味の一環かもしれないが、それのおかげで集中力を鍛えられる。

私にそういうものが必要なのは施設の全員が知っていること。当然曙もだ。だから誘ってくれたのか。

 

「集中出来れば、針の先をつつく魚の感覚もわかるようになるわよ」

 

何かを感じたようで竿を上げると、餌の無くなった針。餌だけ取られたようだった。試しに私も上げてみると、こちらも同じように針だけ。知らぬ間に餌を食われていたらしい。

曙は気付いたから上げたが、私はとりあえず上げただけ。意味合いがまるで違う。

 

「心を落ち着けて、集中しないとダメということだな」

「ええ。私も雑念だらけね。餌だけ取られるなんて」

 

その割にはずっと波を立たせていないようである。私よりは集中出来ているが、考え事でもしているのか。

心を落ち着けるためには、まず溜まったストレスを一度吐き出した方がいいだろう。悶々としたままやったところで、今後上手くいくとは到底思えない。

 

「若葉はどうしても今後が不安なんだ」

「でしょうね。あんなことになったんだもの」

 

餌を付け直しながら話す。以前、下呂大将に話を聞いてもらった時のように、一度口に出したら箍が外れたように愚痴が溢れ出る。

 

「飛鳥医師のことは恨んでいない。命の恩人だからな。だから、こんな身体になったのは全部家村と大淀のせいだ。なんでこんな目に遭わなくちゃいけない」

「私もよ。先生に蘇生してもらわなければ私死んでるわけだしさ。なんでこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」

 

私は下呂大将に、同じように溜め込んでいた三日月は雷にぶちまけ、そのときはストレスを発散していたが、殺されて蘇生された曙は、その時の愚痴をまともに吐き出してはいない。だからだろう、曙も出るわ出るわ。

私や三日月よりはズケズケ言うタイプの曙ではあるが、ここ最近はどうだったのだろう。相部屋が雷だから、愚痴くらいは聞いてもらっているのだろうか。それにしてはここで滝のように愚痴が垂れ流されるが。

 

「あの連中は全員地獄に落としてやらないとな」

「ホントよ。私達にしでかしたこと全部後悔させてやるわ。すぐには殺さない。ネチネチネチネチやってやる」

「罵るだけ罵ってやれ。大淀はふざけているくらい煽ってきたからな」

 

陰口のようで行儀が悪いのはわかっているが、ストレス発散だ。どうせ誰も聞いていない、私達2人だけの愚痴大会。口が悪かろうが、罵詈雑言並べ立てようが、知っているのは私達だけ。好きなだけ言ってしまえばいい。褒められたものではない、2人だけの秘密。

 

「出来るものなら私達が遭った目に全部遭ってもらいたいもんだわ」

「ああ。一度死んで生き返ってもう一度死んでもらいたいな」

「先生の手間がかかるけど、それくらいしたいわよ」

 

話しながらもだんだんお互いにニヤニヤしていた。ストレス発散が出来ているとわかる。胸の奥につっかえていたモヤモヤが薄れていくような気持ちよさ。

やはり定期的に吐き出さなくてはいけない。溜め込みすぎるとパンクしてしまうと理解していたつもりだが、なんだかんだ押し込めてしまう。下呂大将もその時言っていたではないか。もっと言った方がいいと。

 

「曙」

「なによ」

「スッキリしたな」

「……ええ」

 

罵詈雑言の陰口の言い合いで、お互いにストレス発散が出来たと思う。雑念が少しは払拭されて、今なら魚も釣れる気がする。

 

餌はとっくに付け終わっていた。改めて背中を合わせ、釣りを再開。今度は目を瞑って神経を集中。雑念を取り払い、無心で針の先端に意識を持っていくような感覚で。

目を瞑る直前、どうしても痣は目に入る。気にしてはいない、むしろ気に入っているくらいの生の象徴は、お先真っ暗な今後の不安の象徴である。それが、ストレスを発散した今では不安が薄れていた。

 

「曙」

「今度は何」

「ありがとう」

 

無言。だが、後ろから見ても耳まで真っ赤なのがわかった。足下に思い切り波が立ったのも見逃していない。

 

曙なりの気遣いなのだろう。私のことは1mmも心配していないと言っていたが、そうでは無かった。あまり触れないようにしてくれただけで、みんなと同じように心配してくれていたのだ。感謝しかない。

施設の者全員が私のことを気にしてくれていることがよくわかった。申し訳なさもあるが、それ以上に、強くならねばと決意出来る。敵を倒す力も欲しいが、心配されない力が欲しい。

 

 

 

結局その日は1匹も釣れなかったが、有意義な時間が過ごせたと思う。自分の雑念の多さを実感し、精神鍛錬の必要性を思い知らされた。

その隣で曙は数匹釣っていた。これが昼食に並ぶことになるらしい。鍛錬しながらオカズが一品増えるというのは、なかなか魅力的である。

 

「また誘ってくれ」

「何よ、アンタも釣りにハマった?」

「……まぁ、そんなところだ」

 

曙も毎日とは言わないが頻繁に釣りに来ているようだ。心落ち着ける時間を作っているというのは、楽しく生きていくためにも重要かもしれない。落ち着けなくても、考え事をする時間としては有効だと思う。

 

「次は釣れるようにすることね」

「ああ、釣果が無いというのは少し寂しい」

 

空っぽのバケツを眺めて自嘲気味に笑う。次やるときは、せめて1匹くらいは釣りたいものだ。

 

施設に戻ると、護衛艦隊とも合流。ちょうどお昼時なので、警戒も一旦休憩ということだろう。

曙の持つバケツの中の魚を見て、江風と涼風が騒ぎ立てている中、私は鳳翔に声をかけられる。

 

「釣りですか。精神鍛錬としてはどうでしたか?」

「思ったより有効だった。1匹も釣れなかったのは悔しいし、これからも続けていきたい」

「そうですね。どんな形でも、鍛錬になるものですから。これと決めたものを続けていくのがいいでしょう」

 

釣りでなくてもいいのだが、ここまで如実に表れるなら、これを続けていくのがいいだろう。曙的には趣味と実益を兼ねたいい鍛錬になっている。鳳翔もそれを後押ししてくれたので、今後も曙と続けて行こう。

 

「随分とスッキリした顔をしていますね」

「いろいろと吐き出したからだろうか。適度に発散しないとダメだな。下呂大将にも言われた」

「そうですね。溜め込んで潰れるよりは、口汚くても吐き出した方がいいでしょう。今回はいい機会だったわけですね」

 

余程私がスッキリしていたのか、表情を見て微笑む鳳翔。昨日までは思い詰めた顔でもしていたのだろうか。自分で自分のことはよくわからないものである。

釣りをしている最中、集中もするが、曙と雑談もしている。今後の戦い方を相談したり、本当に取り留めのない話をしたり。それだけで充分すぎるほど気分が良くなった。楽しく生きていると思わせてもらえるほどに。

 

「ではスッキリしたということで、午後からは訓練をしましょうか。精神も大切ですが、戦力も必要です」

「ああ、若葉はやれることを全部やりたい。鳳翔、また師匠として頼む」

「任されました。まだまだ貴女達は伸びます。私もそれを導きたい」

 

まだ強くなれると保証され、俄然やる気が出てきた。心も身体も今よりも向こう側へ行き、この事件を終わらせよう。

 

そして、楽しく生きるのだ。

 




ぼのの釣り好き設定、岸波の期間ボイスとかで結構ガチってことが判明してんですよね。なら、こういう形で使っていてもいいかなと思いました。釣り糸の先で心の乱れを知る。太公望かな?



おかげさまで、継ぎ接ぎだらけの中立区は100話に到達致しました。皆様のおかげです。まだまだ終わりは見えませんが、今後ともよろしくお願いします。

若葉はいいぞ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。