下呂大将の調査により、事の真相が少しずつ紐解かれていった。家村は既に死んでおり、私達の知るものは最初からすり替えられた人物だった。
それを仕込んでいたのは大淀と、大本営の内通者である目出。後者は既に下呂大将の手で捕らえられており、弾劾裁判も終了している。それでも、まだ黙秘を続けている部分があるらしく、そこをこれからも調査していくとのこと。
私達への説明は終わり、今度は運んできてくれた廃材を下ろす作業に。こちらは摩耶とシロクロを中心に、みんなで力を合わせて工廠へと運び込む。大型のトレーラーに積まれているだけあり、相当な量あるが、それは全て私達、特にシロクロにとっては宝の山だ。運び込むのも楽しそう。
この廃材から、シロクロの艤装に使えるものは勿論、霰、夕雲、風雲、そして姉のための艤装も作らなくてはいけない。姉のものに至っては、私と同じで背中から離れて浮いているという特殊なもの。ここから組み上がるかは何とも言えない状況。
だが、廃材を見ながら摩耶が感嘆の声を上げた。
「廃材とか言っときながら、これ使えるものだらけだぞ。初春型の意味わかんねぇ主機もしっかり入ってやがる」
「これ、ユウグモのじゃない? なんか見覚えあるよ」
「うん……多分。これは……アラレのに使えそう」
廃材扱いでも、ほぼ新品のようなものまであるらしい。ここで組み立てる前提で、数人分の艤装のパーツが入り交じっているようだ。主機さえあれば、あとは継ぎ接ぎでどうにかなる。私達がそうなのだから。
ただ、私も使っている艤装なのだから、意味がわからないと言われるのはちょっと。
「こんだけありゃ、何日かあれば4人分は作れるな」
「私達のは? 私達のは?」
「深海の艤装の廃材はちょい少ないな。そっちは難しいかもしれねぇ」
「うーん、残念だなぁ」
やっぱり笑顔で残念がる。なんだかんだ施設から離れるのは寂しいようだ。
「まずはこの前の廃材と組み合わせていろいろ作っていこうぜ。やれることを増やすんだ」
「あーい!」
「……頑張る」
艤装作成もいい方向に向かいそうだ。戦力が増えるのはいいこと。
「そうだ、若葉。少しいいですか?」
と、ここで下呂大将に呼ばれた。作業も終盤だったので、物を運び込むのは一旦任せる。後は他の者に任せても問題ないほどだ。
「なんだろうか」
「君が手配したマフラーですが、私がついでに持ってきました。それに、今後のことを考えて武器もです」
すぐに用意出来たものは私のものだけという。マフラーは衣服だし、武器はナイフと手軽に持ち運び出来るものだ。袋に入れて持ってくることが出来るくらいである。
「まるゆ、例のものを」
「はい、お持ちしますね」
車の助手席に置いてある紙袋を持ってくるまるゆ。おかしな匂いはしないが、微かにだが嗅いだことのある匂いがした。袋の中に入っていたのは予想通り、真っ白なマフラーとナイフ。さらにはナイフのホルダーまで用意してくれていた。
今まで私は、ナイフを裸で持ち歩いていたようなものだ。神風型の刀のように鞘があるわけでもなく、両手を空けることが出来なかった。そこまで用意してもらえたのはありがたい。
「君がナイフで戦っていることは承知していました。ですので、神風達の刀と同じタイプのナイフを用意しました。これがあれば、人形を破壊せずに、自爆装置のみを破壊することが出来るでしょう」
これは本当に求めている武器だ。嗅いだことのある匂いは、神風型の刀の匂いだったか。
私は処置にも参加しているため、自爆装置が何処に仕込まれているかも把握しているし、いざとなれば匂いを辿ればある程度わかる。
神風型が施設に滞在していないときに襲撃を受けても、これなら人形や姫を救出出来る。今は私だけだが、曙の槍も専用のものを用意するとのこと。前衛組は、自爆装置破壊の任務も受け持つことが確定した。
「修復材の効果は、ホルダーに収めることで維持されます。ナイフの整備は、普通に刃物を扱うようにしてくれれば問題ありません」
「わかった。基本はホルダーに収めておこう」
「そうしておいてください」
神風型の刀は、鞘にそういうシステムが組み込まれているそうだ。その鞘がホルダーになっただけ。なるほどわかりやすい。
「マフラーは川内とほぼ同じものを用意しました。首を守れるように、艤装と同じ成分の繊維が織り込まれています。しなやかで頑丈です」
とはいえ、重い衝撃を受ければ首が先に逝くし、直接主砲を撃ち込まれたらなす術もないため、過信は禁物。
川内とは、阿武隈のように水雷戦隊を率いていた軽巡洋艦姉妹の長姉。夜戦に長け、闇に溶け込み敵を討つその姿は、誰が呼んだか『夜戦忍者』。そのマフラーを私に授けてくれた。
そのマフラーが2本あるのは、普段使いすることも考慮してのことだろう。毎日交互に使えばいいか。
「じゃあ、早速身につけさせてもらう」
「ええ、使い心地を見てみてください。何も心配はしていませんがね」
貰ったマフラーを首に巻き、ナイフを手に取る。ホルダーは太腿に巻いておいた。それだけで今までよりも重武装という感じになる。
ナイフは私の手に合うように専用にチューンしてくれたらしく、馴染みすぎて怖いくらいだった。今まで使ってきたものも良かったが、こちらは段違い。
とにかく軽く、手に吸い付くような感触。むしろ今までと同じ戦い方だと拙いくらいである。
「すごいな……全てがしっくり来る」
「それは良かったですね」
マフラーは初めてのことだが、なかなかどうして悪くない。痣のことを気にしているわけではないのだが、首元が隠れている安心感はいい具合だ。肌触りもとてもいい。
「新生若葉だ。これからはこれで行かせてもらう」
「新生というより、
「誰が上手いことを言えと」
ならば、若葉改ならぬ、若葉
「危険は承知ですが、慣れるためにそれで訓練をすることも必要でしょう」
「そうさせてもらう。大将、ありがとう」
「いえいえ。君達には抑止力としての力を持ってもらいたいですからね。ここを失うわけにはいきません。とはいえ、あまり褒められたものではありませんので、扱いは慎重に」
下呂大将が言ったことだが、鎮守府ではない施設に武装の譲渡は出来ない。ナイフだって当然武装なのだから、本来はよろしくないことだ。だが私に譲ってくれた。
下呂大将はこの施設の特異性を大本営に訴え、武装の許可を得ようとしているらしい。実際、数度の襲撃を受けている挙句、一度は妖精を使わなくてはいけないほどに破壊されているのだ。事の重大さはあちらもわかっているはず。
「そういう扱いにするために、この施設に監査が必要になりました」
さすがに話が大きくなってきたので、飛鳥医師も呼び付ける。私だけが聞く話ではない。
監査を受けるのは紛れもなく飛鳥医師だ。覚悟の上で受けてもらわなくてはいけない。
「監査、ですか」
「ええ。鎮守府でない施設に、鎮守府と同等の武装を許可してもらうためには、大本営の者直々の監査と許可を貰う必要はありますから」
今まで中立区であった場所が、何の因果か普通の海域として変化してしまったのだ。さらには当たり前のように深海棲艦が滞在しているというおまけ付き。その辺りもしっかり公表したようで、下呂大将の真面目さが窺える。
「そこまで話したんですね……」
「隠しておいたら余計な不信感を持たせてしまうでしょう。それに、大本営でも君のことを知っている者はちゃんといます。正統性のある保護であることは理解されているはずですよ」
ここにいる深海棲艦は完全な協力者。さらには被害者ということで、有効な供述も出来る。シロクロとセスは、自分に被害を与えた者が夕雲のため因縁は消えているが。
監査は、それを確認するのが主になるのでは無かろうか。本来侵略者として敵対している深海棲艦が仲間として本当に協力しているかどうか。これは誰だって確認したいことだ。
「後日、監査の者がここに来るでしょう。私も同行しますが、かなり厳しく確認されるでしょうね」
「僕達はありのままを見せますよ」
「ええ、それで問題ありません。私は君達を信用していますから、心配していませんよ。それに……いや、これは当日でいいでしょう」
その信用に応えなくてはいけない。だが、そのまま生きているところを見せれば充分だろう。怖いのはリコくらいか。
最後に濁した言葉は何だったのだろうか。少し気になったが、今は気にしないでおこう。どうせ後日知ることになる。
「とにかく、それさえクリア出来れば、限定的ですが自衛の力は手に入ります。中立区を取り戻すために、君達の力を貸してください」
「勿論ですよ」
「ああ、若葉も力を貸そう。必ずここを元に戻し、楽しく生きるんだ」
下呂大将に対し、改めて誓う。ここまでお膳立てをしてくれているのだ。私達の力でこの施設を守っていこう。
廃材を全て運び込み、下呂大将のここでの仕事は終了。話す事は全て話したということで、引き続き調査をするために早々に撤収。近海警備をしてくれていた第一水雷戦隊も、行きと同じように海路を使って帰っていった。
忙しない人ではあるが、それだけ有能であることの証明でもある。今後とも頼らせてもらおう。
事が済み、昼食も近いため、一旦休憩。午後からは貰った廃材の選定が始まる。早速戦力増強のために動き出すことになるだろう。
太腿に巻いたナイフのホルダーは、ナイフと一緒に艤装と工廠に置いておいた。マフラーは普段使いのためそのまま。巻いたままの生活も慣れていかなくてはいけない。
「若葉さん、マフラーとても似合ってますね」
「うむ、よく似合っておる」
「ありがとう、三日月、姉さん」
早速褒められた。見た目を褒められるのはなかなか嬉しいものである。
新たな私として一番大きな変化。駆逐艦若葉にはない要素だ。継ぎ接ぎの私の、わかりやすい特徴。私も結構気に入っている。
「首の痣もわかりませんし……すごくいいと思います」
「こうすれば、頬のもわからなくなるな」
マフラーを引き上げて、鼻まで隠す。この見た目だと本当に忍者みたいになる気がする。
ただし、これだと嗅覚が鈍くなってしまうため、滅多なことではやらないだろう。余程寒いときくらいか。
「匂いが嗅ぎづらくなるのは問題だ。頬は出したままにする」
前に三日月に言った通り、これを出していたからといって、後ろ指を指すような連中とは関わってきていないため、特段気にすることもない。むしろこれは、マフラーと並んで今の私のシンボルになるだろう。
「もののけも気に入っておるようじゃ。以前に増して、笑顔が絶えん」
「それはよかった。気に入ってもらえたのなら何よりだな」
私に憑いているというもののけも、私の姿の変化は歓迎のようだ。どういう感情を持っているかは知らないが、元より取って食おうとはしてきていないらしいし、これでまた安心。
「ナイフも新調したんだ。神風達の刀と同じものでな」
姉には少しトラウマになっているようで、例の刀のことを聞くと少し顔を顰める。
「あれじゃろ、腹の中の異物だけを斬るという刀」
「ああ。人形を助けるための一番有効な手段だ」
「ただひたすらに痛いんじゃよアレ……」
身体は無傷でも痛覚を遮断するわけではないため、そうなっても仕方ないこと。むしろ死なずに済んでいることを喜ぶべき。痛みに関しては度外視させてもらうしかあるまい。
「なら、若葉さんが自爆装置解体班ということですか」
「そうなるな。若葉1人で全部やれるとは思えないから、曙にもやってもらいたいところだが」
槍での解体は流石に難しそうではあるが、いないよりはマシである。
「わらわも明日には全快じゃろう。さすれば、今後は戦力としてお主達の力になれる」
「ありがたい。今は猫の手も借りたいくらいだ」
「任せるが良いぞ。まずは改二にならなければならんのう」
ならば鳳翔の訓練を受けるのがいいだろう。確かにこの中では、姉は練度がかなり低い。そのおかげで深い禁断症状に苛まれずに済んでいるわけだが、戦力としては下になってしまっているのは否めないだろう。
むしろ、後発組、救助した人形と姫で、新たに駆逐隊が組めるようになったわけで、そちらの育成も急務となっている。夕雲と風雲の心配はないが。
いや、違う意味で心配がある。誰よりも深い禁断症状がどうなったかだ。それはしっかり調べておく必要はあるだろう。
若葉改、改め、若葉怪。左腕から胸や頬まで伸びた痣にマフラー、艦娘なのに近接戦闘、そして本人の性格からして、厨二病待った無し。