下呂大将から現在の調査状況を聞いてから3日。大淀の居場所は未だに掴めていないが、襲撃も受けておらず、こちらでは黙々と準備を続けている。
特に進んだのは、新たに結成された駆逐隊、第九二駆逐隊の艤装である。摩耶やセスが作っていた夕雲と風雲の艤装は完成。シロクロが2人で作っていた霰の艤装も完成。私、若葉が作っている姉の艤装は、苦戦したものの早めに終わらせてくれた摩耶に手伝ってもらい、なんとか完成まで漕ぎ着けた。
「航行テストも完了。これで海上での訓練も出来るようになったな」
「若葉はもう少し弄りたいな。姉さんの艤装は本当に難しい。アームの動きがまだギクシャクしている気がする」
「あのヘッドユニットがアームに思考伝達してるんだよな。チューンは逐一必要だろ」
姉の艤装は特殊すぎたが、本物と近しいものは出来たと思う。特に浮いているヘッドユニットには大苦戦だったが、初春型主機の構造の応用でどうにかなった。摩耶が手伝ってくれなければ、おそらく今も私は頭を悩ませているだろう。
「で、九二駆は?」
「鳳翔の訓練で瀕死だ」
治療から回復までの鈍りを取るための訓練で、当初の私達のようにボロボロになって倒れている4人。それでも最初とは違い、自分の脚で風呂に行けるようになったのは上出来。
基礎訓練も私達と同じで3日間とされ、今日が最終日だ。この3日で、全員が相当に強くなっている。相変わらずそのチェックはエコが抱き付いてくるのを受け止められるかになったが、一番小柄な霰ですら体勢を崩さずにエコを受け止めたので、充分だろうと思われる。
「夕雲さんと風雲さんは勘を取り戻したようですね。なので、私は霰さんと初春さんを重点的に鍛えましょう。特に初春さんは皆さんより練度が低いですから」
「助かるのう……今後もよろしくお願いしますぞ」
息も絶え絶えではあるが、成長は嬉しい様子。ここからはこれとは違う形の訓練で同じようになることだろう。基礎訓練に戻りたくなるほどである。
3日も経てば、他のこともいろいろ出来ているもので、ここでは一番の新人となるリコの艤装の修復も完了。本人はそういうものは専門外であるために手出しすらしなかったが、いざ完成したら表情を変えずとも喜んでいるのがわかった。匂いは嘘をつけない。
リコの艤装は今までに無かった陸上施設型。エコのような自立型のようにも見える、大きな口と腕を持った椅子と、これでもかというほど艦載機を発艦した、幾何学的な模様の滑走路。空母とも違うシステムなので、エコとは共通点が無いはず。シロクロの艤装並に修復は苦戦するかと思われていた。
しかし、先日の嵐でその残骸がほぼ全て流れ着いてくれていたため、修復は滞りなく進んだらしい。メインはセス、サブにシロクロと配置したからか、思いの外簡単に終わったようだ。
クロはどんどん組み上がっていくリコの艤装を見て少し羨ましそうだった。0から作る自分達の艤装とは違うため、その辺りはすぐに割り切ったようだが。
「マヤの言ってた細工もしておいたよ。今のリコなら使いこなせるはず」
「人の艤装に何をしたんだお前らは」
直ったのは嬉しいが、細工は気に入らないらしい。すぐに問いただす。それに対して、摩耶はニヤリと笑みを浮かべながら説明した。
「アンタの脚、戦艦の脚になったんだろ。なら、アンタも
「……は?」
素っ頓狂な声を上げるリコ。私も流石に驚いた。
ここに漂着したリコは両脚を失い、それを死んだ部下の戦艦2人分で補っている。そういう意味では、脚だけは
「脚にあの戦艦ル級の艤装が装備出来るだろうから大丈夫だと思うぜ。それに、そっちの艤装も海の上に浮けるようにしておいた。つまりアンタは今、
「もう移動要塞だね。心強いよ」
驚きで声が出ていないようである。海上を航行しようだなんて思ったことも無いだろう。そもそも自分の島から出ることすら無いはずだ。出た時すら、部下に運ばせるのが当たり前。
それが、幸か不幸か全て自力で出来るようになってしまった。いや、本来なら出来なかったかもしれないが、ここの工廠組の知恵と叡智の結晶で可能にしてしまった。
「とはいえだな、テストはしてもらわないといけないし、初めてのことだから、多分最初はうまく動くことも出来ないだろうな」
「待て。心が追いつかない」
突然言われてもこうなるだろう。だが、摩耶もセスも製作者だからか、早く試験がしたくて仕方ないようである。
「リコ、靴はこっちね。戦艦の子の艤装」
「大型の艤装は普段通り背中に接続すればいいからな」
「おい、お前ら」
結局2人の圧に押し負けて艤装の試験をすることになる。知り合い相手だとセスも結構押せ押せになるようである。人見知りは何処に行ったのか。
工廠故に、水場は真隣にある。そこに、艤装を装備した状態で立たされているリコ。もうどうにでもなれといういろいろ諦めた表情。
「まずは海面に足を着けてくれ。反発してくるなら成功だ」
摩耶が先に海上に降り、進むことを促す。成功したら別にいいのだが、失敗したらそのまま海に落ちてずぶ濡れということになるわけで、リコは当然抵抗する。結果的に、まず艤装が浮かぶかを確認することになった。
リコと繋がっているので、それを動かすのは当然リコ。今までは艤装をその場から動かすこともそこまで無かっただろう。だが動かせないのは流石に面倒なので、その大きな腕で這いずり回るように動く。
「これで沈んだらただじゃ置かないからな」
「おう、心配しなくてもいいぜ。こっち
艤装が海面へ。普通だったらそのままズブズブと沈んで行ってしまうところを、陸にいるときと同じように鎮座している。そしてそのままの格好で海上を航行出来るようになっていた。
なんでも、何処ぞにいるイギリスの戦艦が近しい艤装を持っているらしい。玉座のまま滑走するということで、そのシステムを真似て組み込んだとのこと。
「……本当に動いている」
「な? じゃあ、リコはコイツに座ってでいいから海に出てくれ」
「あ、ああ」
普段使うように、艤装に座り海へ。幸い艤装には握りやすい角が生えているため、そこを掴んで移動させる。速度に関してはまだわからないが、陸上施設型であるリコが海に出られるようになったのは確かだ。
だが、次がある。リコ自身が海上に降りられるかどうか。
「……嘘だろ」
海面に足をつけた瞬間、リコの表情が変わる。水の上なのだから、何の反発もせずに沈んでいくと思ったのだろう。だが、しっかり地を踏み締めているような感触に変化していたのだ。驚くに決まっている。
ゆっくりと海面を踏みしめ、その場に立ち上がった。今のリコは陸上施設ではなく艦。陸上施設並の艦載機を持つ航空母艦と言っても過言ではないだろう。
「うし、成功!」
「やったねマヤ。うまく行ったよ」
喜ぶ2人を尻目に、リコの方はというとその場から動けないでいた。初めての海上、私達のように最初から教育されているものと違い、バランスなどが全くわからないはずだ。すました顔だが脚は少し震えている。冷や汗の匂いも少しだけ。
「……あいつらはこんな感覚で戦っていたのか」
しみじみと呟いた。その場に立っているだけで精一杯。一歩踏み出すのも難しそう。
「艤装の上に戻れるか?」
「なんとか……な」
握っている艤装の角を軸に、艤装にまた腰掛ける。余程のことが無い限り、艤装の上にいるままの方がいいのではなかろうか。バランスもそうだが、結局のところ艤装が無いと海上に立つことは出来ないのなら、同じ条件の艤装側に乗っておく方が安全。
その後、速度の検査をしたところ、どうしても速度はそこまで出せないようだった。低速艦のセスよりも遅い。動けるだけでも良しなのでそこまで問題視はしていなかったが、もし戦場にまでしっかり出るのなら、なるべく素早く動ける方がいい。
しばらくは航行訓練ということで、その付き添いは私がやることにした。摩耶もセスも、その行動を遠目で見てさらなる改良を加えようと躍起である。自分達の本来の艦種を忘れているのでは。
「まさか私が、陸を離れて活動することになるとはな」
またしみじみと呟く。誰もが予想外の進化を遂げてしまったリコだが、一番驚いているのは当人であろう。
「これなら私の本来の場所に帰ることが出来るな」
「帰りたいか?」
「全てが終わったらな。今は部下達の仇討ちが優先だ」
確固たる意思を見せる。何もせず、艤装が直ったから帰るなんて言ったら、部下達が浮かばれないと。自分の手で、納得できる形で決着をつけたいとリコは語る。
シロクロもそうだが、リコが私達に協力してくれる大きな理由が、元いた場所に戻ることだ。深海棲艦というのは帰巣本能がとても強いようだが、リコは陸上施設型という土地に依存するタイプのため、それが特に強い。
それでも帰ることを後回しにして協力してくれるのはありがたい。私達も、リコの仇討ちは手伝いたいと思える。その標的は、勿論大淀である。
「これで私も出撃出来るんだろう。細工と聞いて何をしでかしたのかと戦々恐々だったが、この改造なら大歓迎だ」
「そうか」
「それに……今の私は部下と共に在る」
何度目かわからないが、慈しむように脚を撫でる。自分のもののようで、自分のものでは無い脚。
「あいつらの最期に報いるためにも、私は力を貸そう」
「ありがとう」
「だが、な。こんなことを言うのは癪だが……海上にこの足を下ろすのは難しい。あの連中ではないが、私も訓練をしなくてはいけないのだろうな」
基礎訓練をしている九二駆を眺めながら、自嘲気味に笑う。
深海棲艦、特に姫級であるが故に、最初から完成しているリコ。努力などせずとも、私達にしてきた絨毯爆撃も難なくこなしたのだろう。出来ないことはやらなかっただろうが、今回は話が違う。
「航行訓練は、摩耶やセスが手伝ってくれるだろう。若葉では身長が合わない」
「ああ、奴らに頼むさ」
ある程度沖に出たところで一旦ストップ。施設がギリギリ見え、近海警戒をしている第二四駆逐隊の姿も見える場所。
「久しぶりだからな、一度慣らしておく。なに、爆撃などしない。お前達の言う、周辺警戒を手伝ってやる」
幾何学模様の滑走路が動き出し、海面と平行に。瞬間、戦闘機が次々と発艦していく。1機が発進したかと思えば、即座に次の1機が補充され、それが発進したかと思えば、さらに次が補充。あっという間に数十機の戦闘機が上空を埋め尽くし、少し空中で待機した後、急激にスピードを上げてあらゆる方向へと飛び立った。
敵に回すと厄介極まりなかったが、味方にするととても心強い、強烈な航空戦要員だ。今までセスしかいなかった部分を補えるだけでも最高の戦力増強。
「大丈夫だな、鈍っていない」
「さすがだな」
「私も姫の端くれだ。そう簡単に衰えやしない」
艦娘と深海棲艦の差が如実に現れている。
「異常は無いようだ。一度あちらに戻るとしよう」
「ああ」
気が済んだのか、リコが施設に戻っていく。今までやれなかったことがやれて、晴れ晴れとした表情だった。
今後はリコも近海警戒に参加してくれることになった。定期的に航行訓練をしつつ、基本は二四駆のサポートという形で近海へ戦闘機を飛ばし、より強固な防衛体制を作っていこうとしている。
あちらの力は強大だが、不意打ちでなければまだ対策出来る。さらに言えば、リコはセスと同様、夜でも発着艦可能。比較的どころか頻繁に行なわれる夜襲にも対応。嵐の中でも問題ないという心強い言葉も貰えた。
「航空戦力が増えてくれて本当に良かったよ。私だけじゃしんどかったし」
それが一番の目論見だったのではなかろうか。施設の戦力の増強も必要だが、セスの仕事を減らすことも重要。今は鳳翔がいるからまだマシだが、そうでない場合はたった1人で防空である。施設全てを1人で守るのは、流石に荷が重い。
「お前だって姫の端くれだろ」
「搭載数はリコに負けてるから。数が増えるだけで万々歳」
とはいえ役割は分担されるだろう。セスは強襲、リコは防衛。事と次第でどちらもやる。
「まぁいい。この改造は感謝する」
「おう、なんか不具合が出たら言ってくれや。すぐにどうにかすっからよ」
この施設は
これでさらに準備が整った。強力な戦力が増えたことで、私達はさらに邁進する。
リコリス棲姫と護衛棲水姫って、搭載数以外は全て護衛棲水姫の方がスペック高いんですよね。登場時期の問題でしょうけど。