継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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大本営の遣い

「先生が言っていた監査が来ることになった。おそらくそろそろ到着する」

 

昼食中、飛鳥医師が全員に公表する。なんでも、本当に直前のタイミングで下呂大将から連絡があったらしく、かねてより言われていた施設への監査がついに入ることになったらしい。

この施設のことは、下呂大将経由で大本営には説明されている。漂着して深海棲艦のパーツにより治療された艦娘がいること、中立区だったものが変化してしまったこと、友好的な深海棲艦が協力してくれていること、全てである。包み隠さず話していることで信用を得ようとしているが、流石に現物を見なければ確定の信用は出来ないだろう。

 

「先生が連れてくる人だ、余程大丈夫だとは思うが、監査としては誠実に厳しく執り行われると念を押された。とはいえ、僕らは普通に生活していれば何も文句を言われることはないだろう」

 

それは飛鳥医師だけではなく下呂大将も太鼓判を押してくれている。私達は何も疚しいことはしていない。ただ自分達の本来の生活を取り戻すために戦っているだけだ。

 

「まだどんな人が来るかはわからないのでしょうか」

「ああ、それはまだだな。監査は抜き打ちであることは知っているだろう? 基本的に全ての情報は非公開だ」

 

三日月の質問だったが、残念ながらその辺りはわからず。どんな人が来るかわかれば、多少は対策が取れたのだが、流石にそこは教えられない。

下呂大将が家村鎮守府への査察を抜き打ちでしようとしていたことは私達も知っている。それが内通者から漏れたことも。だから、この施設への監査も本来は抜き打ちでなくてはならない。例に漏れず、しっかり抜き打ちである。ギリギリとはいえ、事前に連絡があっただけ恩情があるレベル。

 

「ともかく、普段通りにしたらいい。僕は先生と監察官につくことになると思うが」

「ならあたしらは普通に工廠だな。リコの艤装をもう少し弄りたい」

「私はお部屋の掃除ね!」

 

本当に普段通りである。私、若葉は正直暇になったので、自分の艤装の整備でもしようか。リコの航行訓練で一度海に出ているし。

 

「若葉、申し訳ないんだが、最初だけは僕と一緒に出迎えをお願い出来るか」

「何かあるのか?」

「念のため、匂いをな」

 

下呂大将が連れてくると言っても、まだ大本営に内通者がいないとも限らない。あくまでも念のため。向こうがこちらを疑ってくるのなら、こちらも向こうを疑ってかかるべし。

大淀に関係しているものなら、何かしらの匂いが付着している可能性は高い。信頼度はさておき、やらない理由は無いだろう。

 

「了解した。初対面の相手の匂いを嗅ぐというのは抵抗があるが」

「先生にもコソッと話しておいた。お互いの信用のためとな」

 

ならいい。万が一のことは考えた方がいいに決まっている。信用していないわけではないが、裏があられても困る。内通者である可能性が僅かにでもある以上、そこは念入りに。

 

 

 

それから間もなく、下呂大将と共に監査が施設に到着した。今回も陸路だったが、護衛の艦娘を2人分連れてくる関係か、車両が2つ。片方のトラックは相変わらずまるゆの運転だったが、もう片方の公用車はまさかの下呂大将が運転。そちらに大本営からの監察官が乗っているのだろう。

 

「着きましたよ。ここが例の施設です」

「……えらく遠いところなんだな……」

 

後部座席から下りてきたのは、凛々しい面持ちの女性提督。あれが監察官を務める大本営の者。大本営にはもう少し歳の行った者ばかりかと思っていたが、その女性は見た限り若々しい。

大本営と言っても普通に鎮守府であり、提督は数多く在籍している。大淀の内通者である目出も、大本営所属の提督であり、自身の鎮守府を持つエリート中のエリートだった。この女性も同じくエリートなのだろう。

 

「飛鳥、それに若葉が出迎えですか」

「ええ、そちらが今回の監察官ですか」

「大本営所属の提督、(アタラ)だ。階級は大将、よろしく頼む」

 

下呂大将と階級は同じでも、大本営所属というだけでさらに上。元帥に届いていないだけという超エリート。

 

「そんなに畏まらないでほしい。実は私も先生の弟子なんだ」

「相変わらず手広い教育ですね先生」

「性に合ってるんでしょうね。教え子が私の上に立つというのも、なかなかどうして楽しいものですよ」

「先生が私を推薦してくれたんだろう。おかげで今の役職だ。自分がやりたくないからといってまったく」

 

つまり、この新提督も来栖提督の姉妹弟子にあたるようである。飛鳥医師とは面識が無いということは、割と新人なのかもしれない。エリートというよりは、天才の類か。

 

「だからと言って、監査を甘くすることは無い。特にこの施設は、我々大本営が要注意として認識している。侵略者たる深海棲艦を協力者として召し抱えているというのは、どうにも理解が出来ない」

「それは見てもらえればわかることです」

 

新提督の視線は私の方へ。施設に入る前に、この場にいた私から確認していこうということか。私は外見に出てしまっているタイプなので、判断はしやすいだろう。

 

「……話に聞いていた、瀕死の重傷を深海の四肢で補ったという艦娘か」

「ああ。若葉は両腕と脚の骨、あとは腹の皮膚が移植されている」

 

傷痕を見せようかとも思ったが、今は施設の外。脱がなくては見せられないのでやめておく。

 

「その頬の痣もか」

「これは少し違う。姫の腕が若葉の負の感情に呼応してしまったらしい」

 

マフラーをほどき、首に巻き付きながら頬まで伸びる痣を見せる。

それを見た時、新提督から微かに動揺の匂いを感じた。ほんの少しの冷や汗。ここまでのものを予想していなかったのだろう。

 

「先に言っておく。これは誰のせいでもない。強いて言うなら、感情を制御出来なかった若葉のせいだ。ここにいる者は誰も責めないでほしい」

 

マフラーを巻き直して、真正面から見据える。手の辺りから汗の匂い。拳を強く握ったことでかいた汗。怒りを覚えているのか。誰相手にだろう。飛鳥医師を相手にするのはお門違いだと先に伝えたが。

 

ついでに、さりげなく新提督の匂いを嗅ぐ。少なくとも薬や深海棲艦の匂いは感じない。下呂大将はお茶と畳の匂いがしたが、新提督は椿油と土の匂いがした。前者は身嗜みの類だろうが、後者は何だろう。土弄りが好きなのだろうか。

ともかく、不審なところはなく、ひとまずは安心。信用出来る相手であることは理解した。あとはこちらを信用してもらわなければ。

 

「不審な匂いはない」

「安心しました」

 

嗅覚による判定の結果を下呂大将に伝えた。その言葉に新提督が訝しげにする。流石に私の嗅覚については聞いていなかったようだ。下呂大将に説明されてまた目を見開く。

 

「土の匂いがする。何か花でも育てているのだろうか」

「そこまでわかるのか!?」

「焼けた鎮守府からタバコの匂いを判別出来る嗅覚ですよ? 彼女の前では嘘はつけません。事実、私は若葉が匂いで黙秘を崩す瞬間を見ていますからね」

 

夕雲に尋問している時の話か。そんなこともあった。

それを知った瞬間、新提督は()()()()()()()()()()()()()()()()()()で私を見た。すぐにそれをやめてくれたが、その視線をハッキリと覚えてしまった。自分が特殊なものであることは自覚しているが、そんな目で見られるのは悲しい。

 

「新さん、今の視線は施設を管理するものとして許せません」

 

飛鳥医師がいち早く気付き、私の前に出て注意する。相手が上役であろうが関係ない。対等ではないにしろ、言いたいことはハッキリ言っておくべきだ。監査なのだから、こちらの思いは全て知っておいてもらわなくては。

 

「この子達がこうなってしまった原因は僕にあります。何かあるなら僕に言ってください。ですが、若葉や他の者をそういう目で見るのはやめてもらえませんか」

「気分を悪くしたのなら謝ろう」

 

私の前にしゃがみ込み、視線を合わせられた。土の匂いのおかげか、この人が本来穏やかな人であることがわかる。私の特異性を目の当たりにして、ただ驚いてあんな目をしてしまったのだと思う。

普通と違うものを見たらそういう感情を持つことくらい、私だって理解しているつもりだ。今まで面と向かってされなかっただけで、内心そう思っていた者はいたかもしれない。だが、実際にされるとなかなか心にクる。

 

「言い訳にしかならないかもしれないが、そういう能力を初めて見たから驚いてしまった。それで君を傷付けてしまったのなら、本当に申し訳ない。断じて君を卑下するつもりは無いんだ」

「別にいい」

 

謝ってもらえるのならまだいい。さんざん人様の外見を見窄らしいと卑下してきた大淀に比べれば億倍マシだ。

 

「若葉は別に気にしてない。自分でもわかってるからな。だけど、ここにはそういうのを本当に嫌う者がいるから気をつけてほしい。下手をしたら監査どころでは無くなる」

「肝に銘じておこう。忠告ありがとう若葉」

 

提督という存在に嫌悪感を持つ曙と、人間そのものに嫌悪感を持っていた三日月が該当者。そうで無くても、今の言動は不和を生むものだ。気をつけてもらいたい。

この人はそういうことをわかってくれる人だろう。そうであってくれ。

 

「もう、提督はもう少し自分を出した方がいいよ。普段鎮守府でやってるみたいに。監査だからって気を張ってるからそういう失敗するんだって」

 

と、知らない声が聞こえてきた。まるゆ運転のトラックから、見知らぬ艦娘が降りてきていた。後ろの神風も手を振ってくれる。

駆逐艦程に小柄だが、艤装を見る限りは軽空母。鳳翔と同じような弓を持っていることで気付くことが出来た。新提督と似たような匂いがするため、おそらくは秘書艦。椿油の匂いに紛れてするのは、玉子焼きの匂いか。

 

「軽空母、瑞鳳です。新提督の秘書艦ね。よろしく」

 

握手を求められたので素直に応じる。新提督とは違い、眩しいほどの笑顔で私達に接してくる。

 

「うちの提督ね、大本営に所属してからこういうことするの初めてだから緊張してるの。嫌なことしちゃったみたいでゴメンね?」

 

なるほど、大本営として新人なのか。新人に重要な施設の監査を任せるとは、この人は余程のやり手なのかもしれない。実力は信用できそうである。

だが、第一印象が悪かった。私だけで良かったが、施設の者を()()()()()()()として見てしまった視線は、おそらく忘れることが出来ないだろう。私の中では、新提督は苦手な部類に入ってしまった。

 

「土の匂いがどうたらって言ってたけど、あの人、ガーデニングが趣味なの。鎮守府の一角に庭園があるんだ」

「そうか、それで」

「普段は鼻唄交じりで庭弄りしてるような人だから、警戒しないであげてほしいな」

 

緊張で表情が硬くなってしまう人なのかもしれない。実際、新提督は後悔しているように手で顔を覆っている。

 

「失敗した……艦娘はデリケートなものだとわかっていたのに」

「次からは気をつけることですね。君は少し不器用故に、真意を間違って取られやすいんですから」

「重々承知している……」

 

あれほど後悔してくれているのなら、信用できるだろう。だから、聞きたかった。

 

「新提督、本当に驚いただけか。正直な言葉を聞きたい」

「何を突然」

「若葉の痣を見て、何か怒りを感じたように思えた。誰に対しての怒りなんだ」

 

そこまでわかるのかと、今度もまた驚かれた。だが、先程と違い、私のことを得体の知れないものとして見る目ではない。隠そうともせず、素直に目を見開く。

 

「飛鳥医師に対してならお門違いだぞ」

「彼にでは無い。君にそこまでの怪我を負わせたものに対してだ。今ならば家村の大淀か」

 

今度は包み隠さずに怒りを露わにした。

 

「艦娘は人間とは違うが、君達が子供であることには変わりあるまい。子供が怪我を負っている姿を見るのは辛いんだ」

「そうか。ならいい」

()()()()()()が傷付く姿を見て、怒りを覚えずにいるものがいるだろうか。いないだろう。特に顔になぞ傷付こうものなら、入渠で治るとしても気分が悪い」

 

今まで押し留めていたものが溢れ出るように、感情を表に出してきた。今の私の姿を悲観しているわけでも無く、この姿になる治療をした飛鳥医師に対して怒りを覚えているわけでもなく、原因を作った大淀に対して怒りを露わにしている。

だんだん新提督がどんな人かがわかってきた。今でこそ監査という大役を全うしようと硬くしていたが、本来は熱血溢れる、艦娘思いの良い提督なのだろう。ガーデニングも艦娘の生活環境を明るくするためだったりするのかもしれない。

 

「飛鳥医師、この若葉の痣は治療出来るのか」

「今は出来ずとも、必ず探し当てます。若葉だけじゃない。ここにいるものの殆どは、僕の治療で命は取り留めたが、艦娘とは無縁の傷を持ってしまった。それを治療し、元の身体に戻すのが当面の目的です」

 

確固たる意思を見せる飛鳥医師。嘘のない、真っ直ぐな眼で新提督を見据えた。

 

「そうか。期待している」

 

それを受け、今までの硬かった表情が少し緩んだようだ。これが本来の新提督。先程の視線は、緊張故の間違いだったと思える。記憶から消えそうには無いが。

 

「改めて、先程の無礼、申し訳ない。包み隠すのはやめよう。監査という大役ではあるが、普段通りに行かせてもらう」

「そうしてください。ここには楽しく生きようとするものが多いので」

「了解した。私がそれを壊すわけにはいかないからな」

 

最初の凛々しい顔から、慈悲のある優しげな表情へ。これが本来の新提督。なら心を許してもいいだろう。

 

開幕から一波乱あったが、大本営の監査が始まる。私達は普段通りに過ごすだけでいい。

 




大本営所属の提督、新。アラタではなく、アタラです。名前の由来は察していただけるでしょう。だからこそ、秘書艦は弓を使う者。

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