継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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友好的な深海棲艦

施設が今のままでいられるように、大本営からの監査、新提督が施設にやってきた。開幕から一波乱あったが、下呂大将が連れてくるような人なので何も問題ないとは思う。実際、すぐに謝罪をしてくれたし、私達のことを気にかけてくれているような言葉も貰えた。信用は出来る。

最初の一件は私、若葉が受けておいて良かった。三日月辺りがあの視線を受けていたら、半狂乱で襲い掛かってしまうかもしれない。ここでの生活で治まっている人間嫌いが再発しかねない。

ひとまずわかったのは、新提督は感情的な部分がとても不器用であること。普段と同じようにすると言っていても、大役での緊張はなかなか取れないものだ。

 

「では改めて、監査を始める。ここからはしっかりとお役目を果たさせてもらうぞ」

「了解です。僕らには何の引け目もありませんから。好きに見ていってください」

 

飛鳥医師にしては強気な発言。後ろめたいことは何一つ無いのだから、どのようにしてくれても構わない。さっきのようなことさえ無ければ。

 

「何か問題がありそうなら、すぐに嫌疑をかけさせてもらう。感情は持ち出さず、公平な立場から見させてもらうから覚悟するように」

「ええ、理解しています」

 

勿論覚悟している。それでも私達は、間違ったことをしているなんて思っていない。誰にも迷惑をかけることなく、楽しく生きるためにここで生活しているだけだ。

 

 

 

監査は入口からグルリと施設内を回ることで進められていく。間取り的に一番最初に見られるのは医務室と処置室になるのだが、今はしっかり片付けられているため、何も問題なく進んでいく。日頃から雷が整理整頓してくれているおかげである。

ただ、処置室の地下だけは飛鳥医師も見せることに抵抗があったようだった。潔白を証明するためには隠し事は出来ないため、仕方なく新提督と下呂大将だけを通したが、戻ってきた新提督は少し顔色が悪かった。

 

「そういう施設であることは事前に聞いていた。他所でもこういうものを保管している研究施設があるというのも知っている。だが、現物を見るのはなかなか堪えるものだな」

「提督、私達は戦場でいっつも見てるんだけど?」

「ああ、そうだな、すまない」

 

私達には未だに見せてくれない地下の全容は、監査的には問題無しとして判断された。隅々まで見たから顔色が悪いのだろう。あまり見ることのないものも数多く眠っているのだから。

 

「あれを使ってこの子達の治療をしたのか」

「はい。ここで出来る唯一の命を救う方法です。ドックがありませんから」

「なるほど……結果的に適合したわけだな」

 

命を救うという行為には、何の不信感も持っていない新提督。深海棲艦のパーツなんて以ての外、という考えでは無いようで少し安心。それを否定されると、私達継ぎ接ぎの者の存在そのものを否定されることになる。

 

「そういう形ででも、子供の命が救われたのは、私としては喜ばしいことだ」

「そう言っていただけると助かります」

 

監査というのは自分の感情を持ち出さないと言っていたが、早速感情が出ているようだ。これくらいの方が人間味があっていいと思うが、監査という名目であるが故に、これはあまりよろしくないのかもしれない。他の監査がお役所仕事なのかは知らないが。

一応、下呂大将も改めて施設を確認してくれているため、二重の監査になっているのはいいこと。立場は新提督の方が上でも、精神的には下呂大将の方が上。その2人なら信用できる。

 

「悪用するようなものはないため、医療機器も問題無しとする。これは職人妖精が?」

「ええ、妖精印の家具物品なら確実でしょう。悪戯に悪事は働けません」

「なら安心できるな」

 

何処の鎮守府もあの職人妖精達が手掛けているようなので信頼が厚い。そういう意味では、修復を頼めてよかった。そこも考えて下呂大将は許可を出してくれたのかもしれない。

 

その足で今度は工廠。医療施設には似つかわしくない設備ではあるものの、これがあってくれたおかげで、私達は敵の襲撃に対して準備が出来る。

今はちょうど摩耶と深海棲艦組が屯している状態。この施設の一番の特異性が見える場所でもある。

 

「離すな、離すなよ、セス、絶対に離すな」

「フリ?」

「フリじゃない! 何度も言うが私は泳げないんだ!」

 

何をやっているかと思えば、リコの航行訓練のようだ。工廠内の海面を使ってやっているようだが、セスがリコの手を持ってゆっくりと海面を移動している。海上艦には全く経験のない訓練だった。

万が一沈んでしまってもいいようにシロクロが近くで待機しているが、今のところはその仕事はしていないようだ。リコはまだ濡れていない。

 

「何だアレは……」

「陸上施設型の航行訓練ですが」

「飛鳥、これは流石に事前に聞いておきたかったですよ」

 

新提督は勿論のこと、これには事前に聞いていなかった下呂大将も驚きを隠せないようである。神風と瑞鳳は言葉もないようだった。

そもそも陸上施設型なのだから航行とか普通出来ないのだ。艦種すら超越している時点でおかしいことは明らか。

 

「ん? ああ、アンタが監査の」

 

最初に気付いたのは摩耶。今はリコの航行訓練を見ながら第九二駆逐隊用の武装を作成中。艦娘と深海の艤装を組み合わせた、いつもの水鉄砲である。ただし、少しだけ威力を上げたもの。

あちらも私達とは違い、前衛後衛の分別はせずに全員が砲撃出来るように仕込まれている。そのため、摩耶が作っている水鉄砲も4つ以上と多い。

 

「君は眼か」

「あと、今は見せれねぇけど、脚が移植されてんだ」

 

ツナギ姿のため、脚の繋ぎ目は見せることはできないが、眼帯を外して輝く瞳を見せる。この時に何の反応も無かったので、新提督から何か違和感を抱くようなことは無かったようだ。

 

「ここの艤装と武装は摩耶が?」

「おう。ここにゃ工作艦はいねぇからな。今だと若葉もやれるし、シロクロとセスもいるから手は回ってんだ。ああ、シロクロはあそこの潜水艦で、セスは手ぇ引っ張ってる方な」

 

見事に共存出来ていることを示している。セスの艤装であるエコも、今は摩耶の横で静かにお座り。セスの方をジッと見ながら待っている状態。

 

「……話には聞いていたが、実際に見ると驚きを隠せない。いや、それはもういい。何故リコリス棲姫が航行出来るようになってるんだ」

「そりゃあ、アタシらが艤装を弄ったからだよ。それに、リコの脚は今、戦艦ル級のモンだ。陸上施設型にして海上艦。何も間違っちゃいねぇ」

「そういうことではなく」

 

ケラケラ笑いながら説明するが、新提督はまだ納得していない様子。

本来陸に封じ込められるであろう陸上施設型が、修復されているどころか、わざわざ通常以上に勢力を拡張出来るように改良されてしまったのはどういうことかと聞いているのだろう。事と次第によっては、嫌疑の対象になる。

だが、私達は間違っていると思っていない。何も後ろめたさを感じる事なく、真っ直ぐな瞳で新提督に伝える。

 

「アンタ、自分の家ぶっ壊された事あるか」

「……今のところ無いな。鎮守府も幸いなことに襲撃を受けたことはない」

「アイツ、大淀のエゴで全部ぶっ壊されちまったんだ。住処も、家族も、全部だ。残ったのは半分死んでた自分と、死んだ家族の脚だけなんだよ。だからよ、せめて自分の脚で何処にでも行けるようにしてやりてぇじゃねぇか」

 

完全な感情論だ。監察官相手にする話ではない。それでも、私達はこれが間違いではないと思える。

 

「それに、リコは人間を襲うような奴じゃねぇよ。そうじゃなけりゃ、仲間を救うために花を分けてくれなんて言われて騙されてねぇ。問答無用で殺し合いだ。ただでさえ普通じゃ近付きづれぇトコにいたんだしな」

 

花を大事にしている深海棲艦なんて、後にも先にもリコだけだろう。他のリコリス棲姫がどうかは知らないが、少なくとも私達の出会う中ではリコはそうだ。

侵略など考えず、仲間、家族達とただただ島に生えた花を愛でながら暮らしていたリコが、人間を襲うなんて考えられない。現に今、新提督の存在を視認しているかは知らないが、襲いかかってこないではないか。

 

難しい顔をしながら大分考えていた新提督だったが、何か決断したようで、口を開いた。

 

「この件は持ち帰らせてもらう。友好的であり事件解決にも協力しているようだし、私としては保留としたい」

「あいよ。センセ、それでいいよな」

「ああ」

 

今回の監査で一番のネックになるであろう、保護している深海棲艦の扱いは今回は保留。現状維持となる。

友好的な深海棲艦なんて見たことも聞いたこともないものを、独断で処分は出来ないだろう。あちらで協議を重ねるなりして、今後を決めていくことになる。その結果が処分と言われてしまった場合、また考えなくてはいけないが。

 

「あ、知らない人来てるね。カンサ?の人かな」

 

気付けばシロクロが海から出て新提督に向かってきた。リコはフラフラしながらも自分の艤装に辿り着き、何とか腰を落ち着けている。セスも一息ついてこちらを見ていた。あちらは休憩に入った様子。

クロは積極的に、シロは消極的に新提督へと興味を示している。ズカズカ前に来るクロに対し、シロは陰に隠れているような、そんな感じ。だが、警戒はしているが、嫌悪感は持っていないようだ。下呂大将が連れてきたというのが大きいか。

 

「深海双子棲姫か」

「私はクロで、姉貴がシロね。おねーさんは?」

「私は新だ。よろしく」

 

私の時と同じように、視線をクロに合わせるためにしゃがむ。

子供が怪我しているのを見るのが辛い、子供の命が救われたのが喜ばしいと言っていたこと、さらには()()()()()()という表現をしたことから、この人は相当な子供好きだ。

比較的幼い外見のシロクロは、新提督にとっては子供扱いになるようだ。先程までの難しい表情が消え、子供に向ける慈悲深いものに。

 

「どう? ここ、いい場所でしょ?」

「すまない、まだ全部は見て回れていないんだ」

「そっか。でも大丈夫だよ。絶対気にいるから!」

 

ニッコリ笑って説明するクロ。最終的にはここを去ると言っているものの、艤装完成が遅れることを喜んでいる節もあるくらいに、この施設のことを気に入っている。

一切の敵意が無いことは誰にだってわかる。こんな無邪気な子供が敵でないのは疑いようが無い。当然だが、クロに嘘の匂いは感じない。

 

「そうか。君がそう言うのなら、間違いないのだろうな」

「そうだよ。ここはいいトコだよ。ねぇ姉貴?」

「……うん、住みやすい……いい場所」

 

クロに話を振られ、シロが新提督の前に。

 

「……私達は……人間と争うとか考えてないよ…… 」

「ああ、君達を見ていたらわかる、それに、襲うのなら今私が襲われているだろう。この数に襲われたら流石にどうにも出来ない」

「うん……だから、信用してね」

 

相変わらず核心をつくような言葉に、私も少し驚く。

シロクロは特に敵対心を持っていない深海棲艦だ。セスのような人見知りでもなく、リコのような厳しさもない。嘘なんて一切つかず、隠し事すらしない、表しかない性格だ。これを疑うことは出来そうにない。

 

「ああ、わかった」

 

監察官という立場上、今の言葉も社交辞令のようなものだ。期待を持たせる言葉も言えず、返しが端的になってしまう。余計なことが言えない。それを察してか、シロもそれ以上は何も言わなかった。

 

「瑞鳳、君からはどう見える」

「私? そうだなぁ……」

 

当然話を振られ困惑する瑞鳳。

今までは新提督の隣について同じものを見ているだけで何も口出しはしていなかった。ここの光景を見て何も言えなかったというのもあるが、少なくとも口出し出来るような状況に見えなかったようである。

 

「敵にはならないと思うよ。こんなに可愛いんだもの」

 

新提督の代弁者として、瑞鳳は感情論で監査している。直感的に、感覚的にこの状況を見て、瑞鳳としてもここの深海棲艦は敵対しないと判断したようである。

 

「あっちの人達は外の人間に慣れてないだけだと思うし。護衛棲水姫の方は単に人見知りなんじゃないかな。視線を合わせようとしないから」

「敵対の意思は?」

「無いね。そういう視線は感じないよ」

 

チラッと見ると、セスはリコの艤装の陰に隠れるようにしていた。このところあまり表に出ていなかった人見知りが再発してしまったようである。

逆にリコは、新提督と瑞鳳を値踏みするように眺めていた。一度騙されているという経験上、他人を信用するのはしっかり考えてからにしているようだ。治療を施した私達はすぐに信用してもらえたようで良かった。

 

「ということだ。私と瑞鳳は、ここの深海棲艦は敵対しないという判断をした。しかし、私だけが判断したところで大本営の決定ではない。だから保留だ。持ち帰って検討する」

「充分です」

 

シロクロとの会話で新提督の心を動かせたか、先程よりも表情が優しい気がする。持ち出さないと言った感情を引き出せているような、そんな感じ。

 

監査は順調に進んでいる。だが、1つ目の難関は越えられたが、次の難関が待ち構えている。

 

三日月だ。

 




深海双子棲姫って思ったより子供子供していないんですが、ここでは幼いイメージ。敵として出てきた時よりも、三越の時をイメージしています。あの時完全に幼女だったし。

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