継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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想定外の漂流物

新提督による施設の監査は終了。無事に終わったかどうかはまだ何とも言えない状態ではあるものの、少なくとも現状維持を推してくれていることはわかった。これが大本営でどう協議されるかはわからない。

新提督は監査のために頻繁にここに来ると言っているため、その都度この施設がどういう立ち位置にあるかを教えてもらえることになるだろう。なるべくならこのままでずっといたいものである。大本営の考え方に口出し出来ないのが悔しいところ。万が一、この施設の放棄を望まれた場合、私達は路頭に迷うことになる。別の鎮守府に所属しろと言われても、来栖提督の下くらいでないと難しいだろう。

それは今考えることではない。今はまず、この施設をどう存続させるかだ。当面は襲撃を警戒するくらいしか無いのだが。

 

監査が終了し、新提督は下呂大将と共に帰投。新提督の秘書艦である瑞鳳は少し名残惜しそうにしていたが、今後も監査という形ではあるが長い付き合いになるだろうと言われると、次はセスの艦載機を見たいと目をキラキラさせながら話して去っていった。セスはそういうのはあまり得意では無いのだが、どうなることやら。

 

「……はぁ……疲れた」

 

新提督と下呂大将が乗る車両が見えなくなったところで、大きく溜息をついた飛鳥医師。ただでさえ気を使う恩師がずっと側にいた上、こちらに後ろめたいことが無くても、詮索されるというのは疲れるもの。特に今回は、施設の存亡すらかかっているのだから気疲れも激しいだろう。

 

「もう結構いい時間だな。今日はもう休もう」

「ああ、それがいい。若葉も三日月の側についていてあげたい」

 

新提督と出会ったことで、また三日月が不安定になってしまっている。前進は出来たものの、まだまだ心の傷は深い。今は浮き輪3体総動員の癒しの真っ只中だが、私も側にいてあげたいと思う。

 

その日の夜は第五三駆逐隊で集まり、三日月のストレスを解消するための罵詈雑言大会になったのは言うまでもない。曙の後押しもあり、愚痴が出るわ出るわ。押した割には曙も引くほどであった。

やはり定期的に吐き出すべきである。品のない陰口かもしれないが、ストレスを溜め込んでおかしくなるよりはマシ。それを知るのは私達だけなのだから、咎めるものは誰もいないのだ。これも隠れた一面として受け入れている。

 

 

 

翌日。大淀による襲撃から1週間が経過した朝。

ここまで音沙汰が無いのが不気味である。こちらの戦力がわかっていないのか、わかっている上で敢えて何もしてきていないのか。どちらにしろ、私達には緊張感が高まる日々が続く。

もし来るなら以前のように夜襲、もしくは嵐を待っているのでは無いかとみんなが考えていた。正直なところ、私もそう思う。あちらが最も得意としているのは夜襲、さらには荒天の中での戦いだ。こちらを嘗めている態度の割にはそういうところは慎重。

 

「おはようございます、若葉さん」

「ああ、おはよう」

 

昨日のストレス発散で随分とスッキリした表情の三日月。私よりも早く目を覚まし、既に朝の散歩の準備までしていた。私が起きるのを待っていたようである。

 

「昨日は恥ずかしい姿を見せました」

「いや、そんなことはない。たまにはああやって発散した方がいいと思う。若葉はいくらでも付き合おう」

「はい、その時はまたよろしくお願いします。我慢していたわけではないんですが……」

 

話しながら私も準備をして浜辺へ。当たり前のようにセスが既に外にいるのももういつものことである。そして今日はリコも一緒にいた。エコと同じように艤装を装備し、ここまで這いずらせたようである。

 

「リコも散歩に付き合うのか?」

「いや、朝は早いが一度近海を確認しておくためにいる」

 

1日に3回から5回、気が向いた時に戦闘機を飛ばし、周辺警戒をしてくれていた。特に今は、護衛艦隊である第二四駆逐隊も眠っている時間だ。やってもらえるのはありがたい。

ある意味無防備な施設を航空戦力で埋め尽くし、その全てが一斉に散開することで、海だけでなく陸までもを確認していった。

 

「敵に回すとあれだけ恐ろしかったですが……」

「味方だと心強いな」

 

セスの時もそうだったが、深海の艦載機は普通の艦載機と違う不規則な動きをするのが恐ろしい。バックする戦闘機などインチキにも程がある。

 

「……ん?」

「どうした」

「1機からよくわからない信号が届いた。漂流物……?」

 

昨日は嵐でも無かったというのに、よくわからないものがこちらに流れてきているらしい。浜辺の私達にはまだ視認できず、私の嗅覚にも引っかからない。相当遠いところにあるようだ。

だが、ただの漂流物ならわざわざ連絡してくるようなことは無いだろう。余程おかしなものなのだろうか。

 

「エコ、私達もちょっと見てみようか」

 

散歩の予定だったが、リコの発言が気になるため、セスもエコから艦載機を発艦。2人がかりでその漂流物を確認する。が、だんだんと顔色が悪くなっていった。セスは艦載機と視界がリンク出来るらしい。

 

「嘘、これヤバイやつ! すぐにみんな起こして!」

「何があった」

 

次の言葉で、私達はパニックになることとなる。

 

 

 

()()()! あいつ! ()()()()()()()!」

 

 

 

曙を殺した奴といえば、私達では何も出来なかった強敵、呂500。ソナーにも反応しない潜水艦であり、殺意の匂いを感じ取れたおかげで私は殺されずに済んだだけ。最後まで傷付けることは出来なかった。

奴とは2回、いや、3回戦闘になったが、その全てで何も出来なかった。1回目は曙が殺された挙句、夕雲の撤退を許し、2回目も同じように風雲の撤退を許した。3回目は阿武隈のおかげで無傷の勝利となったが、またも撤退を許している。

 

それが何故こんなところに。さらには漂流物としてそこにいる理由がわからない。潜水艦なら潜水艦らしく潜っているべきだろう。艦載機でもわかるということは、完全に海面より上にいる。

 

「ど、どうしますか!?」

「捕虜にしたいところだが、どういうことだ。呂500はこちらに向かってきてるのか!?」

「向かってきてるんじゃなくて、漂ってる感じというか、訳わかんない!」

 

呂500のことを知らないリコは、私達の混乱の理由を理解していない。だが、私達がここまで狼狽えているところを見て、少なくとも漂流物は私達と敵対しているものであることはわかったようだ。

 

「殺せばいいか」

「待て。どう出てくるかわからない。こちらで判断する。殺すのは待ってくれ」

 

一応呂500も艦娘だ。夕雲や風雲のように救出する術はあるはず。せめて動きを封じ昏睡させてから処置を施せば、禁断症状は深いだろうが洗脳を解くことは出来るだろう。

だが、潜水艦相手にどう戦えばいいか。私達にはソナーも無ければ爆雷も無い。強いて言うなら第二四駆逐隊の4人にその辺りを頼むくらいしか手段がない。

 

「散歩もランニングも中止だ! すぐに対処するぞ!」

 

朝も早くからてんやわんや。呂500の真意が全くわからない。

 

 

 

施設に戻ってすぐに準備をし、私は即出撃。まだ起きていない者もいるため、三日月とセスにはみんなを起こしてもらう。リコには周辺警戒を重点的に頼み、他にも何かいないかを逐一確認してもらう。あの呂500が囮である可能性も否定は出来ない。

 

少し近付くだけで、呂500がおかしいことがわかった。多分、私と三日月、あとは摩耶にしかわからないおかしさだ。今の呂500は、()()()()()()()()()()()()()。三日月が見たら、得体の知れないものを感じ取っていただろう。

面と向かって戦闘をした時とはまるで違った。それに、身体中に傷がついている。四肢を欠損しているわけではないのだが、擦り傷切り傷が全身についていた。

 

「……おい」

 

声をかけると、薄らと目が開く。私の姿を視認した瞬間、

 

「アッ、ガァアアアッ!」

 

海面を蹴るようにして私に飛び付いてきた。

 

「なっ!? おい、お前……!?」

「ガァアッ! ギギィッ!」

 

飛び付かれたことで押し倒され、そのままマウントを取られてしまった。辛うじて両腕はフリーなため、私の首を掴もうとしてくる手は何とかガード出来ている。だが、華奢な腕からは考えられない腕力にジリジリと押されていく。

以前の戦いで姿をハッキリ見たわけではないが、あきらかにこの呂500はおかしい。こんなに真っ赤に輝く瞳じゃなかった筈だ。それに、理性を感じられない表情。歯を剥き出しにし、涎を垂らしながら私に喰らい付こうとしてくる。

 

まるで(ケダモノ)ではないか。

 

「おい! 何なんだお前は!」

「アアッ! ガァウウ!」

 

どうにか引き剥がそうとするが、腕力どころか握力も半端ではなく、これで首を掴まれようものならそのまま折られてしまいかねない。それだけは避けなければ。

今までの姫や人形達と違い、火薬の匂い、自爆装置の匂いはしない。取り払われたのか、元々仕込まれていないのかはわからないが、少なくとも突然自爆するような心配は無さそうだ。

 

「クソっ、どうすれば……!?」

「ギィッ! ンガァ!」

 

無理矢理手を払われ、強引に腕に噛み付かれた。痣のある左腕だったおかげか、噛み付かれた瞬間に思い切り殴り付け振り払えたが、呂500の歯型がクッキリと浮かび上がり、血すら流れていた。

即座に対応出来ていなかったら、肉ごと持っていかれていた。骨まで辿り着くほどだったかもしれない。

 

「若葉から離れなさいよ!」

「ギャッ!?」

 

ここで救援。槍を振りかぶった曙が、呂500の腹に柄の部分を打ち込んだ。流石にダメージが入ったようで、私を襲う力が若干緩む。おかげで腹を蹴り飛ばして間合いを取ることが出来た。

 

「助かった!」

「何なのよコイツ。面影無いじゃない!」

 

蹴り飛ばしたが、すぐに姿勢を整えて、再び私に突っ込んでくる。潜水艦であるのに潜ろうともしない。意思も理性もなく、目の前に見える(てき)に向かってただただ襲いかかるだけの獣。

意思も理性も無いというところで、憎しみに支配されて何もかもを失ったイロハ級を思い出した。そうだ、今の呂500は、イロハ級のようになってしまっている。

 

先程は突然のことに反応出来なかったが、今度はしっかり見据えて相手取る。曙もいるから簡単にはやられない。以前でなら2人がかりでも難しかったが、姿が見えているのなら何も問題ない。

向かってくる呂500を迎え撃ち、カウンターで一撃入れようとしたが、こういう時ばかり潜水艦の性能を活かして突然潜航。姿が見えなくなる。

 

「いつもの姫の匂いじゃない! 深海の匂いがするんだ!」

「はぁ!? じゃあ、あのクソ淀と同じってこと!?」

「わからない! だから、気を失わせるぞ! 飛鳥医師とシロに調べてもらう!」

 

先程見た感じ、奴は魚雷を持っていなかった。なら、襲うにしても今までのように素手。怖いのはいきなり脚を掴まれるか何かされ、海中に引きずり込まれることだ。それを避けるためにも、私達はその場に留まらず、動き続ける。

理性と意思が失われている分、殺意がダダ漏れなのが救いだった。海中からスナイプされるよりも、何処から狙ってくるのかがわかりやすい。

 

定期的にやっている釣りで鍛えた精神的な力も、ここで活かせそうだった。私より曙の方がそこは強い。落ち着いて海中にまで意識を張り巡らせ、呂500が何処からくるのかを判断する。

 

「そこ!」

 

いち早く気付いたのはやはり曙だった。私の脚を掴むために浮上してきた呂500の腕を、槍で叩き払う。

 

「ギィッ!?」

「悪いが、眠っていてくれ!」

 

その腕を即座に掴み上げ、強引に海上へ引きずり上げる。そしてそのまま、曙の方へ放った。

 

「殺したいほど気に入らないけど、殺さないでやるわよ!」

 

腹に一撃。槍が深々と食い込み、だが傷は付けずに、海面に叩き付ける。この一撃でようやく呂500は意識を手放してくれた。ぐったりの海面に浮かび、動かなくなる。

 

「何だったんだ一体……これが大淀の作戦なのか?」

「知らないわよ……でもとりあえず運ぶんでしょ? 艤装ぶっ壊してくんない?」

「そうだな」

 

また目覚められて暴れられたら困るため、腰の辺りに装備されていた主機を壊そうとしたが、ここにも違和感を覚えた。

 

「……これ、深海棲艦の艤装じゃないか」

「は? 何よそれ」

 

今まで何度も艤装の整備をしてきたのだから、直感的にわかった。呂500の持つ艤装は、本来のものではなく、違法改造品でもなく、正真正銘()()()()()()()だ。まるでシロクロが装備している小型の主機。

 

「壊さないでそのままにする。気を失っている内に運び込むぞ」

「何なのよコイツ……ホントわけわかんない」

 

私も訳がわからない。この呂500には不可解な点が多すぎる。

 

何故深海棲艦の艤装を装備出来ている。そもそもこの見たこともない深海棲艦の艤装は何だ。

何故意思も理性も失って襲いかかってきた。私達の知る呂500はもっと狡猾で姿を見せることすら少なかったはずだ。

何故傷だらけでここに流れてきた。まさか大淀に捨てられたのか。なら何故ここまで流れ着くことが出来た。

何故深海棲艦の匂いがする。姫の体液を入れられているのは前々からわかっていたが、これだと本当に深海棲艦ではないか。

 

訳がわからない。一体何だというのだ。

 




謎の再登場である呂500。大淀が若葉の存在を知ってから1週間で何が起きたのでしょう。

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