継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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大きな確執

午後、施設関係の人間が勢揃いになる。いち早く来たのは来栖提督。その後、下呂大将も駆けつけてくれた。なんと新提督まで連れて。

呂500が漂着し、治療されたことを聞き、今までにないほど早い行動に出たのは新提督らしい。施設と繋がりが出来たことで、大本営としても今のこの事件の早期解決に繋がることには迅速に動きたいようである。こちらとしては味方が増えることがありがたい。

 

「今回は監査ではなく大本営の遣いとしてここに来た。出来ることなら、敵配下であったという呂500から話を聞きたい」

「申し訳ないのですが、呂500は会話が出来ません。ですが、言伝という形で、呂500から聞き出せた情報はお伝えします」

 

本来なら本人から聞くのが筋というものだろう。だが、ここにいる呂500は事情が事情なので、二度手間になる。何度もあの時のことを話させるのは、こちらにとっても控えたいところ。

言うより見てもらった方が早いと、医務室に全員連れていく。来栖提督も医務室の前で待っており、呂500の現状はまだ見ていない状態。

 

「待たせましたか」

「いえ、まだ来たばっかりですぜ。そっちのお嬢さんが大本営のですかい?」

「ああ、妹弟子の新だ。来栖大佐、よろしく頼む」

「ウス」

 

こんな場で長々自己紹介をするようなこともないので、すぐに医務室の中へ。護衛の神風と瑞鳳は医務室の中までは入らず、外で待つことにしたようだ。呂500には艤装は装備されていないし、今の状態なら襲い掛かることもない。万が一があっても、私、若葉と雷がいる。

 

医務室では、呂500と雷がただ話をしているだけ。ずっと手を繋いで、たわいもない話で心を落ち着けているような状態。こうやって話が出来るのが雷だけというのもあり、呂500は雷には全幅の信頼を置いているようである。深海の匂いはそのままだが、感情的な匂いはあまり感じられない。

見知らぬ人間が3人も入ってきたことで、少し動揺したようだ。だが、記憶があやふやだからか、あまり警戒をしているようにも思えない。ただただ誰だという感情しか無いようである。

 

「先生、この施設のことは話しておいたわ。明日からは私と一緒に家事をするの」

「そうか、そうやって身体を動かした方がいいだろうな。呂500もそれで良かったか?」

「アィ」

 

一声で何かがおかしいとわかったのだろう。新提督が前に出る。会話が出来ないという意味がわかったようである。

 

「君は……話せないのか」

「話せないけど、そちらの言ってることはわかるの。だから、私が通訳してるわ。私はろーちゃんの言いたいことがわかるからね」

 

雷が代弁。キョトンとした呂500を余所に、新提督は悲痛な面持ちに。呂500は外見が幼いため、子供好きな新提督には苦痛に感じている。

 

「飛鳥ァ、頼まれてたモン、持ってきたぜェ。うちには呂500はいねェから、他の連中のモンになっちまったけどな」

「助かる」

 

来栖提督が飛鳥医師に渡したのは、呂500のための水着。ここに来るまでに着ていたものは、身体と同様傷だらけだったため廃棄しているため、代わりのものが必要になった。

とはいえ、この呂500は艦娘としての仕事をするかは何とも言えない状態。そのため、水着以外にも、私服となり得る制服も持ってきてくれた様子。雷に懐いていることは先に伝えていたようなので、制服も揃いとされていた。強いて違うのは、その上からカーディガンを羽織る程度。

 

「ろーちゃん、よかったわね」

「アェ」

 

雷と同じ服を貰えて喜んでいる。匂いにも負の感情は乗っていない。今の呂500は、このままでいてもらいたい。

 

 

 

来客は一度飛鳥医師が別室へ連れて行き、呂500について説明をすることになる。話せることは本人から雷経由で聞いたことだけ。あとは精密検査の結果と、憶測。そこに下呂大将が加われば、憶測は確証に変わるだろう。

ここからは機密も多く関わってくる可能性があるため、艦娘はフリーに。護衛もいらないとされたが、神風は別室の門番として待機するとのこと。内側の会話が外に漏れないようにしたいと。

 

「よーし、早速セスちゃんに見せてもらおーっと」

 

瑞鳳はむしろそちらが本題だったようである。前回の去り際に言っていたことを即実現させようとしているようだ。

工廠にいるだろうと伝えると、早速スキップするように向かっていった。余程好きなのだろう。大本営所属とは思えないほどの軽さである。とっつきにくいよりはいいか。

 

「じゃあろーちゃん、私達は車椅子で施設内を回りましょ」

「ンィイ」

 

こちらはというと、まだ出来ていなかった施設の案内をするらしい。昨日はまだ術後間もなかったし、午前中は精密検査で忙しかった。傷の痛みも無くなってきているので頃合いと、雷がすぐに行動に移した。

せっかくだからと、来栖提督が持ってきてくれた揃いの制服に着替えてもらい、車椅子に座らせた。少し痛みを感じるようだが、やはりもう元気に近い。自分の脚で地に立つことも出来たし、車椅子にも自分から座れた。

 

「若葉はどうする? 先生達の話が終わるまでは暇よね」

「そうだな……何も考えてなかった」

 

来栖提督をここまで運んできた第二二駆逐隊は、久々に(三日月)に会えたので時間いっぱいまで話すと意気込んでいた。運転手のまるゆも、同じく潜水艦仲間であるシロクロと会うと言っていた。結果的に、来客は全員誰かのところに行っている。

結果的に、成り行きに任せて雷と一緒に呂500と施設回りをすることになった。工廠に行ったらそのまま艤装整備などに移るかもしれないが、今くらいは便乗。

 

「そういえば」

「なに?」

「呂500は医務室生活が終わったら何処で寝るんだ?」

 

素朴な疑問。妥当なのは雷と一緒にいることだとは思うが、何か別の案があるのなら聞いておきたい。

 

「そうね……まぁ私と一緒がいいわよね。ろーちゃんはどうしたい?」

「ンゥー、ア、ウァ」

「うん、私と一緒がいいのね。いいわ、じゃあ曙にも許可を貰わないとね」

 

曙の名前が出た途端、呂500がほんの少しだけ反応した。動揺にも似た、心拍数が上がったような、そんな匂い。

あやふやになった記憶の中でも、特に印象深いのが、死の淵から蘇った曙。自らの手で殺したのに、今普通に生きているというのが、大きく刻まれているのだろう。

 

「雷……曙と顔を合わせて大丈夫だろうか」

 

呂500に聞こえないように小声で話す。

 

「……大丈夫よ。きっといい方向に行くわ」

 

いつもの言葉だが、珍しく雷もポジティブにはいけないようだった。自分に言い聞かせるように今の言葉を紡いでいた。

 

 

 

曙を探すように施設を回っていく。呂500は何に対しても興味を持っていた。記憶があやふやなおかげか、何を見てもトラウマを穿り返されるようなことは無いようである。そもそも自分が鎮守府に属していたということすらも、少しフワフワしているように見えた。

 

「ろーちゃん、胸は痛くない?」

「ンゥ」

「よかった。明日には本当に完治ね」

 

見た目通り少し幼い。車椅子を押されて喜んでいるように見える。雷も持ち前の母性本能が全開。2人はある意味相性が最高なのかもしれない。

 

「曙、何処に行ったのかしら」

「また釣りに出ているかもしれないな。午前中に付き合ってもらったんだ」

 

午前中の精神鍛錬は、お互いにガタガタだった。海面の波は絶えず、釣り針の感覚も全く追えない。釣れるものも釣れないくらいの精神状態である。未熟だとは思ったが、それ以上に私の心は揺れすぎていた。

落ち着きたくても落ち着けない。私は呂500の現状を作り出した大淀への感情で。曙は保護された呂500への感情で。曙はあの時はいい気味だと言っていたが、本心はどうなのだろう。面と向かって同じ事が言えるほどに、憤っているのだろうか。

 

「曙、その時何か言ってた?」

「……ノーコメント」

 

さすがに呂500がいるこの場では言えない。だが、私から言えないということで、雷も曙がどう言っていたかは察した様子。何も言わないからこそ伝わってしまうことがあるのは、大分前に知っていたはずなのだが、どう伝えればいいかわからないのだから仕方あるまい。

 

「そっか。曙には辛いわよね。なら私、部屋を替えてもらうわ。ろーちゃんと相部屋にしてもらう」

「……それがいいかもしれないな」

 

自分を殺したものが同じ部屋で眠っているというのは、どうしても気分が悪いだろう。処置の時以外、一度たりとも呂500の前に曙は姿を現していない程だ。

誰にだって割り切れないものはある。曙にとって、それはこれなのだろう。それを誰も否定しない。

 

「あ」

 

などと話していたら、食堂で曙とエンカウント。たまたま茶を飲もうとしていたところのようである。雷と呂500が動き回っているとは思っていなかったようで、目があった瞬間、明らかにいろいろな感情の匂いが増した。

それに対して呂500は、先程ほんの少しだけ感じた動揺の匂いが強まった。朧気でも、面と向かえば身体は反応してしまったようだ。

 

「曙、ちょっと待って!」

 

無言で去ろうとした曙を、雷が引き留めた。呂500も何か言いたげな顔をしていたが、それは私には判断できない。

 

「……察しのいいアンタならいろいろわかってんでしょ」

「うん。だからね、ちょっとだけ」

 

絶対に呂500の顔を見ようとしない曙からは、苛立ちの匂い。この場にいたくないという気持ちが、嫌という程伝わってくる。匂いなんて感じなくても、誰だってわかる。

 

「私、ろーちゃんと相部屋にするわ。だから、今日中に部屋を出るから」

「あっそ。それだけ?」

「……うん、それだけ」

 

悲しそうな笑みを浮かべる雷。だが、このわだかまりだけはどうにもならない。一番納得出来ていないのは曙だ。雷はそれを理解している。

自分を一度殺した相手が、記憶があやふやで自分を殺したことすら覚えていないかもしれないと言われて、正気でいられる方が少ない。それが出来ている曙の我慢強さは、敬意に値するほどである。

 

「アェ、オォー……」

 

凍り付いたような空気の中、呂500が曙に手を伸ばした。それに対して無反応。

 

「ろーちゃん、曙を見たらモヤモヤするんだって。ボヤけてよく見えないけど、やっちゃいけないことをやったみたいって」

 

やはり、あの時のことは朧気。自らの手にかけたことは覚えていない。それでも罪悪感だけはしっかり残っている。本当に空っぽになったわけじゃない。

 

「オェン……アィ」

「……ごめんなさい、だって」

 

今のは私にもわかった。呂500は曙に謝罪している。

あやふやで、まともに覚えていない記憶でも、直感的に謝らなくては行けないと、壊れた心でも察したようだった。こうなってしまっているのだから、建前ではなく本心で謝っていることがわかった。

本人は何に対して謝っているかは理解出来ていないが、自分が曙に悪いことをしたということだけは刻まれている。だから、素直な気持ちで謝罪の言葉が出た。

 

「……惨めなモンね。あれだけのたまっていたクソ潜水艦がこのザマだなんて。使われるだけ使われて、ボロ雑巾みたいに捨てられて。いい気味よ。ザマァ無いわね」

 

曙の悪態は誰も咎めない。曙にだけはその権利がある。

 

「謝れるだけの罪悪感が残ってるならまだマシよ。本当に空っぽだったら、私は多分ぶん殴ってた。納得いかないもの」

「曙……」

 

見下すように呂500を見つめる曙。言うことが言えたからか、先程よりは怒りの匂いが薄れていた。

 

「コイツだって被害者よ。そんなことは私だって理解してるわ。夕雲と似たようなモンなんだから」

「まぁ……そうだな」

「だからといって許すつもりはないけど、殺すほど憎くはないわ。自分の意思でもなかったわけだし」

 

ギュッと、拳を握る音が聞こえた。怒りの矛先は呂500じゃなく、大淀に向いている。

当然憎しみはある。だが、こうなってしまった呂500を憎しみ続けるのは建設的ではない。この場に留まるのではなく、私達は先に歩み出さなければならないのだから。

 

「だから、この件はこれでおしまい。私もこれ以上ストレスを溜めたくないの」

「……曙は強いわね」

「当たり前よ。部屋替えるならさっさとやっといて」

 

それだけ言い残して、食堂から去っていった。

 

「……アェェ」

「ろーちゃん、大丈夫よ。曙は口は悪いけどホントにいい子なの。ろーちゃんのこと、ちゃんとわかってくれてる」

 

頭を撫でながら、呂500をあやしていた。謝れたからか、呂500も少しだけスッキリした表情をしていた。罪悪感がなくなったわけではないが、居心地の悪さは無くなったように見える。

 

この確執だけは取り払えない。だが、共に歩いていくことも出来る。そういう意味でも、曙は誰よりも心が強いかもしれない。

 




雷はポジティブな方向にメンタルが強いですが、曙はそれとはちょっと違う方向にメンタルが強いです。そりゃ艦の時にあんな仕打ち受けてれば、ちょっとやそっとじゃ折れない。

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