外が暗くなってきたが、昼から始まった呂500についての説明会はまだ終わらないようである。この施設に関係ある人間4人が集まっているのだから、話せることは全て話そうということなのだろうか。
三日月と共に部屋の門番をしている神風に聞きに行くと、案の定、話せることは全て新提督に伝えるということのようだ。私、若葉がこの施設に漂着してから、今現在までにあったこと全てを伝えている。
「まさかこんなに長引くなんて思ってなかったわ。これはもう泊まりじゃないかしら。まだ中の声がヒートアップしてるもの」
「そんなにか」
「現場の声が聞けるんだから、新司令も躍起になってんの。ここの存続もかかってるし、事件の解決にも繋がるし。うちの人にも伝わってないことがあるみたいだから」
飛鳥医師しか知らないことだっていくつもある。それを包み隠さず全員に伝えるため、今回はここまで時間がかかっているようだ。
ただし、特に曙の蘇生の方法だけは絶対に話さないと断言したそうだ。私達にはいい方向に進んだコレも、人によっては悪用されてしまう。これは信用しているしていないの問題ではない。恩師にも、大本営にも話せない、飛鳥医師だけの秘密。
「私も流石にこれは待ってられないわ」
「雷が夕飯を準備している。帰るにしても、食べていってくれ」
「ありがと。ちょっと中に話してくるわ」
中で話していることは関係なしに、ズカズカと入っていった。さすが神風、怖いもの知らずである。
数分後、なんだかんだ神風だけが部屋から出てきた。
「後からだってさ。私は先にいただくわ。案の定泊まりみたいだし」
「了解した」
それを聞いて三日月がホッとしたのがわかった。新提督と顔を合わせないことに安心したようである。まだ三日月の信頼を得るには時間が足りない。
ここに三日月がついてきたのは、新提督と面と向かうことで耐性をつけるためだったのだが、いざここに来ると尻込みした模様。
「あの人達は思う存分やってもらいましょ。指示が確実だもの、私達は任せるしかないわ」
「ああ」
作戦を立てるのは、提督業の人間に任せるのが一番だ。慣れたものがやるべき。私達はそれを待つのが最善である。
食堂には施設に所属する者や護衛艦隊など、今ここにいる全ての艦娘が集まっていた。こうして見ると、その大半が駆逐艦である。これだけだと鳳翔を中心に大人達が取り仕切る学校みたいだ。私も含め、制服ばかりだし。摩耶は学年が上で、リコとセスは少し異質に見えるか。瑞鳳に関しては、申し訳ないが私達サイドに見えてしまう。
「今日は鳳翔さんも手伝ってくれたの。全員分作るのは大変だったけど、こういうのも楽しいわね!」
「こんなに多く集まることも早々無いでしょうからね。雷さんだけでは大変でしょうから、私も腕によりをかけさせてもらいました」
施設の料理人雷と来栖鎮守府の達人鳳翔による食事に、みんなで舌鼓を打つことになった。
こんなに大勢で食事をするのは、来栖鎮守府に匿ってもらっている時以来だ。施設の仲間達と食べるのもいいが、こうやってワイワイ食べるのもいいものである。
だが、これだけ人数が多いといろいろな部分が見えてくる。特に今回からは呂500が食事に参加しているので、曙は最初から離れた場所に座って、他の者で視界に入れないようにしているのが丸わかり。逆に雷は呂500に付きっきりで、曙の姿を視界に入れない位置に。
これはまぁ最初からわかっていたことだ。少し前に大きな確執を面と向かって言い放ったくらいだ。誰も咎めないし、仕方ないことだと誰もが納得している。だから誰も不用意にそのことには触れない。
「ローは潜水艦としてなんかやったりするの?」
「まだわからないわ。今は私のお手伝いをしてもらおうと思ってるの」
「そっかー。じゃあ暇な時は私達と海の底行こうね。マルユも一緒に!」
「ま、まるゆもですか!? まるゆ、潜水艦だけど潜るの苦手で……」
「じゃあ練習しよう! 海の底はいいよ、最高!」
クロは相変わらずコミュニケーションに全振り。以前は敵対していたというのに、そんなこと忘れたとでも言わんばかりに近付き、仲良く話をしている。そんなクロに、呂500も笑顔であった。
逆にシロの方は、処置後にも呂500が
「雷が側にいると安定しておるのう」
それを遠目に眺めているのが私と姉。姉は呂500には混沌としたものが憑いていると言うため、こちらも警戒しているところ。
「若葉にはよくわからない」
「わらわにしか視えんのじゃから仕方あるまいて。彼奴に憑いておるものは、確実に蝕んでおる。故に、言の葉を失ってしまったのじゃろうな」
まだ精密検査の結果は聞いていないが、姉的にはそのもののけが呂500の言葉を奪っているのだという。つまり、深海の要素が脳にまで侵食しているということだろう。
しかも、混沌というのだから1体や2体じゃない。シロが中身がグチャグチャと表現した程だ。相当入れられている。
「まぁ、あれ以上にはなるまい。良くなれど悪くはならんよ」
「なら安心だ。あのままというのもなかなか辛いものがあるが」
「割り切るしかあるまい」
自分も同じ加害者であり被害者であるからか、呂500に対する感情はそこまで重くないようである。
特に姉は、人形としての活動期間が極めて短いため、そもそもの罪悪感が少なめ。救出されたものの中でも最も軽い症状であることは間違いない。そのおかげか、既に完治と言っても過言ではない状態だ。救出者を客観視がしやすい環境にいる。
「初春さんは……なんというか、サバサバしてますね」
「気にしておってもな」
相変わらず私の隣を陣取る三日月が感心するほどである。姉なら私達のように憎しみに呑まれるようなことは無いだろう。そもそも身体の中に深海のパーツも無いのだから、私のような暴走の心配は無いし。
「……ろーさんは夕雲達とは違うんですね」
「うん……あの時の記憶が無いなんてね」
逆に少し重く受け取っているのは、私の対面に座っている夕雲と風雲。呂500と組んで行動をしていたことも多かった2人は、罪悪感も同じ。何人も手をかけ、その幻覚と幻聴に今でも苛まれている程だ。
それが呂500には無い。飛鳥医師の見立てでは、あの身体になってしまったことで麻薬の禁断症状が無くなっており、罪悪感は残っているものの、自分がやってきたことは朧気になってしまっている。夕雲と風雲が受けている苦痛は全く受けていない。
「気になるか?」
「まぁね。私、結構ろーちゃんと組んで動いてたし」
「嫌なことを思い出させたか」
話はすぐに切り上げた。洗脳され、傍若無人に振る舞っていたときのことだ。誰だって思い出したくないだろう。
だが、それがきっかけになってしまったか、2人の目の焦点が定まらなくなってくる。
「……あの子は罪を忘れてしまっていますが、罪悪感だけは残っているんです。だから、そういう風に言うのはやめてあげてください。夕雲が言える立場では無いかもしれませんが……」
「悪いのは大淀さんなの。ろーちゃんも酷いことはしたわ。でも、私に向ける言葉をろーちゃんに向けちゃダメよ」
そして同時に禁断症状へ。2人の幻覚は呂500すらも罵っているようである。
ここ最近は禁断症状に入るのも大分少なくなってきたらしいが、まさかこのタイミングで入るとは思わなかった。呂500と同じ部屋にいるということがストレスになっていたところに、私がトドメを刺してしまったかもしれない。
「せっかく助かったんですもの。一緒に生きていきましょう。夕雲がここで更生させてもらえているんですから、ろーさんも大丈夫です」
「夕雲姉さんの言う通りよ。だからそんなこと言っちゃダメ」
違う幻覚を見て、違う幻聴を聞いているはずなのだが、同調している言動。今だけは同じものを見てしまっているのかもしれない。
あの時の曙のように、幻覚もいい気味だ、ザマァ見ろと罵っているのだろう。どんな表情で、どんな口調でそれを言っているかは当然わからないが、幻覚に謝罪している夕雲がそれを止めようとしているくらいなので、かなり強い口調なのだと想像出来る。
「夕雲、風雲、前にも言うたが、仲間を頼るんじゃよ。お主らに視えておるものは、わらわにはよくわからんが、仲間が見えなくなるわけではあるまい」
食事中ではあったが、姉はそれを一旦中断して2人の間に。首に腕を回し、禁断症状が落ち着くまでやんわりと撫でる。
姉は2人よりも小柄ではあったが、その老成した言葉遣いと振る舞いから、なんだかんだ第九二駆逐隊のリーダーになっている。霰は一足早く禁断症状からも回復し、今はシロクロと一緒にいるが、この2人は根深いため、こういう場では気にかけているらしい。
「心を落ち着けよ。目を閉じ、別のことを考えるのじゃ。そうさの、このご飯は美味い、それを考えておけばよい」
撫でながらも2人の目を手で隠し、言い聞かせるように耳元で呟く。自然と2人は落ち着いていき、深呼吸を繰り返すように。
姉もカウンセラーの素質があるかもしれない。雷とは違う方向で癒しが提供出来ている。
「……初春さん、凄いですね」
「なに、問題ない。仲間を気遣うのは当然のことじゃて」
私の尊敬する姉。心を乱さず、飄々と生きている姉は、見ていて気持ちがいい。三日月も、姉と一緒にいると普段より落ち着いているように思える。
「落ち着いたかの?」
「はい、初春さん、いつもすみません」
「助かるよ。あの子達、私だけならともかく他の子まで罵るなんて初めてのことだからさ」
禁断症状が終わったようで、姉が2人から離れた。目を隠していた手を離すと、2人とも焦点は定まっている。僅か数分で落ち着かせることが出来るのは、姉の技か何かか。
「ふむ、あまり良い傾向ではないの。わらわの見立てでは、お主らの視ておる其奴らは、お主らの
夕雲も風雲も、心の何処かで呂500に死ねと思っていたというのか。まだ見立ての段階なので確定ではないが、姉のいうことは割と辻褄があっている。
この見立てが真だとした場合、今までは本人に対して死ねと罵ってきていたが、それは夕雲も風雲も、死んで償おうと考えていたからだろう。心の奥底で、自分は死ぬべきと思っていたから、それが禁断症状に表れてしまった。
だが、今はその矛先が呂500に向いてしまっている。これはよろしくない。
「嫉妬かえ?」
「……そう……かもしれません。夕雲は、ろーさんが
「私も……かな」
理由なんて聞かなくてもわかる。自分達が苦しんでいる罪悪感の正体を知らずに過ごしているのだから。思い出したくもないことを思い出して苦しむことが無いというのが、2人には羨ましいのだろう。それを、禁断症状の幻覚幻聴が口汚く表に出してしまっていた。
「夕雲も、忘れられるのなら忘れたいと思ったことはあります。でも、忘れてしまったら償えません。あの子達に謝りながら生きていくのが、夕雲の生き方ですから」
「私も忘れたいとは思ったことあるの。でも、そうしたら何のために仇討ちするかわからなくなっちゃうじゃない。だから、これも受け入れてるつもり」
最悪の記憶があるからこそ、2人は前に進めているようだ。そういう意味では、呂500はこれで停滞してしまう危険性がある。そこは雷達がカバーしてくれそうだが。
「自覚することはいいことじゃな。口に出したなら、次からは多少変わると思う。安心せい」
「いつもいつも、ありがとうございます初春さん」
「ホント、助かるわ。さすが私達のリーダーね」
「そう褒めるでない。こそばゆいではないか」
ほほほと優雅に笑って元の場所へ。夕雲も風雲も清々しい表情に。
これが姉の力だと思うと、やはり誇らしい。こんな姉を持てて私は幸せだ。
「三日月よ、お主も何かあればわらわに言うが良い」
「はい……その時は、また」
三日月もしっかり心を開いているため心配が無い。嫌なことがあれば相談するだろう。勿論、私もだ。
「何かお供え物でもした方がいいかしら」
「こらこら風雲さん、初春さんはそういう人じゃありませんよ」
「わらわは神でも仏でもない。ちょっと助言が出来る、小粋なお姉さんじゃ」
いろいろあったが、和やかな時間が過ぎていく。こんな時間が続いていけばいいのに。
カウンセリングどころか催眠療法みたいになってしまった初春の対処法。九二駆リーダーはやっぱり初春。