夜も更け、ようやく飛鳥医師達の話し合いも終わったようだ。その頃には施設の全員が1日の作業を終え、もう寝床に入ろうとしている時間帯。これだけ長々と話をしていたら、流石に全員が全てを理解したと思う。ここの事情に一番疎かった新提督も、今なら施設の事情を全て把握出来ているだろう。
彼らの食事事情は雷がしっかり抑えており、夕食の残りや夜食まで用意して振る舞っていた。本当に気遣いがよく出来るものである。さすがは最初期からこの施設を維持してきた者。
今では拡張されたおかげで部屋も足りており、全員がちゃんと部屋で眠ることが出来た。来客も今回は客室で寝泊り。談話室で寝てもらうようなことは無い。
「窓の外で何か光ったな」
「リコさんの夜偵ですね。私達が眠る前に、一度飛ばしているそうですよ」
私達の部屋は、運良く海の方に窓がある部屋だ。そこから外を見ると、小さな光を見つけた。何でも、こういう一番気が緩む時こそ何が起こるかわからないと、リコが自分からやっているらしい。早朝や深夜と、こういう確認をしてくれているから私達の安全が保たれていると思う。
他の作業をあまりしない代わりに、完全に護衛としてこの施設に滞在してくれている。リコ自身も、仲間を殺された恨みと、脚を壊された憎しみが大きい。大淀の配下が襲撃してきた時は、容赦なく殺意を持って相手をすると宣言しているくらいである。
「……そろそろ来るかもしれないな」
「そう……ですね。あれから1週間以上経ちますし」
私の予想なんてまだまだではあるが、嫌な予感だけはしていた。呂500の漂着が、何かのトリガーになっているのではないかという淡い不安。
呂500が
「どうであれ、若葉は戦うだけだ」
「はい。私も……戦います」
「ああ、一緒にな」
何も来ないで終わってくれるのが一番だが、そうも行かないだろう。その時まで、私達は力を溜めておくしかない。
その日の深夜。突然の爆音で飛び起きる事となる。
「何があった!?」
「わ、若葉さん、あれを……」
同じように飛び起きた三日月が、一直線に窓へ向かい外を確認する。水平線の辺りが、妙に明るかった。
外を確認するのも大事だが、今は避難が必要だ。窓際にいたら何があるかわからないため、三日月と共に部屋から出る。滞在している全員がほぼ同じタイミングで廊下に出たため大混雑に。
「落ち着きなさい。おそらく敵の対地攻撃です」
階段の下から下呂大将が現れる。既に軍服姿なのは驚いたがそれは置いておいて、提督業に就くものからの指示は艦娘にとっては強力なバックアップだ。静かに指示を待つ。
「この施設はあの程度の対地攻撃で破壊されるほど柔ではありません。私がそのように指示をしていますから」
施設の修復は職人妖精達にやってもらっているが、こうなることを最初から予期して、いろいろと指示を出していたそうだ。深海棲艦の艤装まで取り込まれたこの施設は、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。
事実、爆音と大きな揺れはあったが、窓にヒビすら入っていなかった。安心安全な妖精建設、これは拠点としても優秀である。
「リコとセスはいち早く工廠に向かったぜェ! 速攻で夜偵飛ばしてくれた!」
今度は来栖提督の声。準備が比較的早い深海組の2人、特にセスは艤装と一緒に部屋にいたのだから特に早い。リコも工廠で呼べば来るような艤装であるため、工廠に到着するや否や、即座に戦闘機をありったけ飛ばしたようだ。
「瑞鳳いるか!」
「はいはい、いますよ提督」
「夜戦仕様にしてきた甲斐があったな。外の深海棲艦と共に、施設を守ってくれ」
新提督も既に準備していた。言うが早いか、瑞鳳は階段を飛び降りてすぐに工廠へ。
「先発は五三駆と九二駆! あとは先生のところの神風だ! 二二駆と二四駆は援護のために後発!」
「君達は実弾兵器でしたね。足止め程度には問題ありませんが、なるべく命を奪わないように注意を」
敵がどうであれ、目指すのは全員の救出だ。大淀以外は殺さずに撃破するのがこの戦いの目的。自爆される可能性も非常に高いが、それを処理出来るのは私と神風だけ。
本当にまずいと思った場合は、命を奪うことになるかもしれない。だが、こんなふざけた敵のために手を汚すことは間違っている。そんなことのないように、私達がどうにか自爆装置だけは押さえ込む。もしくは自爆する前に気絶だ。
「曙、工廠に君のための武器が用意されています。思う存分振るいなさい」
「わざわざ言うってことは、若葉と同じ仕様の槍ってわけね」
これで曙も救出組に加われる。3人で足りるかはわからないが、戦力が1人でも増えてくれるのはありがたい。
「私がここにいることを見越した夜襲にしか思えない。まだ内通者がいるというのか」
「でしょうね。目出だけで終わるとは思っていませんでした」
下呂大将は既に推理モード。大本営の遣いがここにおり、さらにはまだ帰っていないことがわかるものなど、同じ大本営所属の者くらいである。帰れないことは私達が眠る前には連絡していたようだし、そこから漏れたか。
誰もが寝間着から着替えることもなく、艤装を装備して出撃。夜襲はこれだから困る。完全防備と行かない三日月も大分困っている。
「アンタ、もしかしてその下何も着てないの!?」
「寝るときはその方が落ち着くんだ。だから夜の急な出撃はあまり好きじゃない」
戦闘になってしまえば気にならないが、普段の制服よりも浴衣は動きづらいのは目に見えている。同じものを選択した三日月は後衛での援護のためまだマシかもしれないが、近接戦闘には支障が出るかもしれない。刀なら神風のように振る舞えるかもしれないが、ナイフを使ったスピード重視の戦術には向いていないか。
「……傷が隠せない……イライラします……」
「三日月、落ち着いてね。気持ちはわかるわ。すぐに終わらせましょ」
脚の傷が見えてしまっている三日月は、そのせいでイライラしているようだった。精神状態で戦闘に支障が出るのは問題。
こうして戦場となる場所に向かう間も、艦載機がその方向に向かっていく。夜だというのに尋常ではない数ではあるが、あちらもそれを的確に回避、もしくは撃墜しているようで、なかなか一筋縄ではいかない。
どれほどの人数を用意したのかは流石にわからないが、あの数の艦載機をどうにかしてしまうほどということは、かなりの人数か、精鋭揃いか。後者の場合、大将襲撃のときの難敵である可能性が高い。
「リコとセスが苦戦してるのか……瑞鳳のはどうなってるんだ」
「わからぬ。蹴散らしてはおるようじゃが、数が減っているものか」
「まだ見づらいです。ああもう、目が変に光る……」
暗くてよくわからない。片目だけだが夜目が利く三日月でも、まだ遠くて見えていないようだ。
だが、ここで急に嫌な匂いが漂った。今までにない殺意の匂い。矛先は私。今までなら呂500の海中からの狙撃だ。だが、この匂いは真正面、さらにはまだ遠方、そして、私よりも少し
「っしゃらあああ!」
突如叫び声と共に真正面から突っ込んできた。神風に匹敵するほど速く、それでいて雑に、私だけを標的にして突っ込んできた。持っているのはただの棍棒に見えるが、当たったらひとたまりもないことはすぐにわかる。
「クソ……!」
どうにかナイフで受けるが、今までに感じたことのない重さ。なんとかその場で押し留めることは出来た。ナイフが頑丈で助かる。
「おうおう! お前が黒い痣の若葉かい!?」
「お前は……!」
どう考えても大淀の手のもの。夕雲と同じ制服を着ているということは、夕雲の妹だ。リコが以前に言っていた銀髪の夕雲型、朝霜。
「お前がリコリス棲姫を襲ったという朝霜か!」
「ん? ああ、んなこともあったなぁ。用済みになったから口封じにな!」
再度振りかぶってきたが、今度はそうはいかない。1人で突っ込んできたのだから、私の仲間達が容赦しない。三日月と雷が頭に向けて既に主砲を放っていた。出力は最大。水鉄砲とはいえ、直撃したら人間なら死にかねないくらいの威力になっている。当然、弾速も速い。
だが、朝霜はそれを
「うそっ、あれ避けるの!?」
「あたいは若葉と話してんだ。邪魔すんじゃねぇよ!」
気付けば雷に接近していた。三日月の危機回避能力すらも上回る速度で近付き、持っている棍棒を横薙ぎにする。
「雷!」
今度は私の番だ。持てる限りの速度を出して、朝霜の攻撃を止めに走る。
痣の侵食後、初めての実戦。脚は私により強く力を貸してくれる。海面を一蹴りするだけで、朝霜の背中に手が届くほどにまで跳べた。大淀との戦闘での力が、今も出ているようだ。
たが、それは諸刃の剣、使い続けると消耗しすぎて身体が動かなくなる、簡易なリミッター解除だ。切羽詰まった戦場では長くは使えない。
「お前の相手は若葉だろう!」
「ちょっかいかけた奴が悪いんだよオラァ!」
私が近付いたことですぐに対応してきた。雷への攻撃をすぐに取りやめ、振り向きながらも強烈な薙ぎ払いが飛んでくるが、これもどうにかナイフで受ける。
今の朝霜は私しか見ていない。狂気に染まったような笑顔で私を見据え、少しだけ間合いをとった。
「朝霜ぉ、勝手に突っ込まないでよぉ」
甘ったるい声と共に、雷が撃たれた。辛うじて三日月が回避させたようだが、完全な不意打ち。リコとセスに加え、瑞鳳の艦載機まで加えた航空戦力を潜り抜けて、私達の前に現れた。
またもや夕雲型の制服を着た、桃色の髪の艦娘。リコの因縁の相手、巻雲。
「巻雲……!」
「あ、名前知ってたんですねぇ。はい、巻雲ですよぉ」
巻雲も朝霜と同じようにまだまだ余裕そう。だが、私にはそれだけではない。三日月も勘付いているだろう。この2人の危険さを。
「……お前ら、まさか」
「匂いで勘付くんでしたっけ。そうですよぉ、巻雲と朝霜は、
2人から
何らかの改造を受け、さらには負の感情を増幅させられた結果、私と同じ形で体内を侵食されて一部が深海棲艦になってしまっている。呂500が失敗作であり、この2人は成功作。意思も理性も残ったまま、ただただ力だけ手に入れたバケモノ。
「あんなゴミみたいな潜水艦と一緒にすんなよ。あたいらは制御出来てんだ」
「自我が無くなっちゃうなんてこともありませんでしたからねぇ。おかげですっごい力が手に入っちゃいましたぁ」
不意に夕雲に向けて砲撃。視線を向けることなく、一切の躊躇なく撃った。
「ボーッとしない」
その砲撃は神風が斬り払う。夕雲は妹の変わり果てた姿に茫然としてしまっていた。無理もない。いつかこうなる時が来るとは考えていたが、ここまで変えられての再会とは思っていなかっただろう。
外見は私達のようにはなっていない。私が言わなければ、ただの艦娘と勘違いするだろう。だが、2人は深海棲艦の艤装を身につけている。いや、艦娘のも混ざったハイブリッドか。
「何故ここに呂500がいることを知っている」
「んなモン、決まってんだろうが。教えてもらったんだよ」
「誰にだ」
「
空気が凍り付くが、私は騙されない。私達を混乱させてやろうと考えて出た、感情変化の匂いがすぐに漂ってきた。それは巻雲からもだ。こう聞かれた時にこう返そうと事前に打ち合わせていたのだろう。考えていた流れ通りになってテンションが上がり、2人とも僅かに発汗したことが匂いからわかった。
ここに来て嗅覚はさらに敏感になっている。夜の闇の中、かつ寝間着での戦闘という極限の状況で、さらに私の能力は上がっていた。
「嘘だ。若葉には嘘はつけない」
「何を根拠にですかぁ?」
「僅かな昂揚の匂い。ゲスな匂い。お前らからは若葉達を騙そうとしている匂いしかしない。おちょくってるんだろう。そうすれば本調子が出せないだろうからな」
私の嘘発見器としての性能は、下呂大将のお墨付きだ。私の返答で、凍り付いた空気は逆に燃焼する。こちらの仲間を陥れようとしたことで、より強く怒りが込み上がる。
「マジかよこの犬。淀さんは深海の匂いを嗅ぎ分けるとしか言ってなかったぞ?」
「ちょっと計算違いでしたねぇ。でも、やることは変わりませんよぉ」
2人の配下であろう人形達は、本当に精鋭だらけなのだろう。少数であの膨大な艦載機群を処理し、次々とこちらに流れ込んでくる。どれだけ用意しているというのだ。
「なんと禍々しいもののけか。見るに堪えん」
「あん? お前、何言ってんだ?」
「穢らわしいと言っておるんじゃ」
姉の煽りに反応したのは朝霜。口が悪いだけあり、煽りには即座に反応してきた。煽るのは好きだが煽られるのは嫌いな典型的なタイプ。これが元々の性格ではないのはわかってはいるが、今は壊された性格を利用させてもらうのがいい。
「夕雲、風雲、わかっておろう。奴らを救うためには」
「瀕死にまで追い込みます。わかっています。妹の痴態は、夕雲もこれ以上見たくはありません」
「自分もああだったと思うと気分が悪いわね……」
霰も無言で頷く。この時のために鳳翔から異常とも言える訓練を受けてきたのだ。あちらがどれだけ強化されていようとも関係ない。勝たねば、施設が破壊される。
「夕雲姉様、まだ生きてたんですねぇ」
「巻雲さん、必ず救いますから」
「結構ですよぉ。早々に退場した出来損ないの姉様には、愛想が尽きました。巻雲がちゃぁんとここで息の根を止めてあげますからねぇ」
おそらく勝つのは難しい。そもそもの練度に改造も上乗せ、さらにはあちらの方には精鋭の人形までいる。それでも、せめて口だけは強く持っておかないと気圧されてしまう。それはよくない。
私達は、負けが許されないのだ。施設を守るためにも、ここは正念場だ。
若葉:浴衣(中未着用)
雷:パジャマ
三日月:浴衣(中着用)
曙:シャツとホットパンツ
初春:浴衣(中未着用)
夕雲:パジャマ
風雲:シャツとホットパンツ
霰:パジャマ
神風:浴衣(中着用)