継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

114 / 303
自ら限界を

大淀の手の者、巻雲と朝霜に夜襲を受けた施設。下呂大将が先に手を回し、施設自体の耐久性がとんでもなく向上していたおかげで、対地攻撃を受けても何も破壊されずに済んでくれた。中には部屋が散らかってしまった者がいるかもしれないが、その程度なら問題ない。

先行部隊として私、若葉が率いる第五三駆逐隊と姉、初春が率いる第九二駆逐隊、そして下呂大将の秘書艦である神風が戦場に到着。それよりも先に航空戦を仕掛けていたのだが、敵はそれを全て撃退、もしくは回避しており無傷。

 

「自爆装置は無いようだ。火薬の匂いはしない」

「ならあの身体になった時点で取り払われてます。あの子達も仕込まれていたはずです」

 

敵の内情はある程度夕雲が把握している。呂500は例外なのか、巻雲にも朝霜にも本来は自爆装置が仕込まれていたらしいが、今はその匂いが一切感じ取れなかった。有用性があるから取り外したか、身体の変化により自爆装置すら巻き込まれてたか、それは定かでは無い。

それは多少は安心出来た。人形の方は相変わらずのようだが、こちらはそういった部分をいちいち気にしなくても済むだけで、多少は戦いやすくなる。

 

「淀さんにゃ若葉は生かして連れてこいって言われてっけど、事故で死んじまったら仕方ねぇよなぁ!」

 

相変わらず私を標的にしている朝霜。周りからの攻撃など見向きもせず、まっすぐ私に突っ込んできた。異常過ぎる速さで一気に間合いを詰められ、その速さも乗せた棍棒での殴打。

武器も雑なら攻撃も雑。ただ打ち負かすだけの喧嘩殺法。だが、それが一番性に合っているのだろう。雑なのに洗練されている攻撃。受け続けていたらナイフが保たないため、私も回避を選択。

 

「若葉さん!」

「貴女達の相手は、巻雲とお人形さん達ですよぉ」

 

私の援護をしてくれようとした三日月に向け、巻雲が砲撃。腹への直撃コースだったが、危機回避によりどうにか紙一重で避けた。少し浴衣を掠めるが、致命傷にはならない。

 

「後発組、到着しました!」

「人形はあたし達がやるよ〜!」

 

ここで二二駆と二四駆が到着。周りの人形を1人ずつ気絶させるため、私達から少し離れた戦場へ。艦載機はまだまだ飛んでくるため、人形の足止めはこれで出来ているはずだ。これで戦いやすくなった。

それでも安心してはいけない。あの空爆を潜り抜けた人形だ。手練れの駆逐隊2つだとしても、食い止め切れるかはわからない。

 

初期の9人で朝霜と巻雲を相手にすることになる。巻雲はまだ全容がわからないが、朝霜はパワーとスピードを両立した難敵だ。なるべくなら2人同時に相手をしたくないため、4人ずつにわかれて対処。神風はどちらかについてもらいたかったが、

 

「私は人形の自爆装置を破壊してくる! そっちはよろしく!」

「ああ、頼む!」

 

人形処理の方も大事だ。本来なら私と曙も人形の処理に行かなくてはいけないと思うのだが、少なくとも私を朝霜が見逃してくれそうにない。今でさえ滅茶苦茶な猛攻を必死に回避しているところだ。

 

「他所に気を取られて余裕かよ!」

「余裕なんて無いぞ!」

 

ただの殴打でも当たれば致命傷なほどの腕力。回避一辺倒になりつつあるが、暗がりの中でも何とか避け続けることは出来ている。いい加減、夜襲も慣れてきたものである。

戦場の全体を見ることなんて、今の私には到底出来ない。自分のことで精一杯だ。だからこそ、朝霜は私に引き付けて、他の者の援護を求める。完成品相手に1人で立ち向かうのは流石に無理がある。

 

「っと、不意打ちかよババァ!」

「誰が婆か。それに、夜にしか攻めない貴様らに言われとうないわ」

 

回避した瞬間、姉の空飛ぶ主砲が死角から朝霜を撃つ。当然出力は最大、艤装は破壊出来ずとも、生身の部分に当たれば大きなダメージになる。だが、死角からだというのに当たり前のように避けた。電探でも積んでいるのか。

 

「先に殺されてぇのか!?」

「誰が殺されるかや。わらわに気を取られて大丈夫かえ?」

 

姉の方を向いた瞬間に身体を倒した。元々頭のあったところに、三日月の砲撃が通り過ぎる。死角からの攻撃をことごとく回避するのは、何の仕掛けがあるのか。

以前からおかしい装備はあった。ソナーに引っかからない潜水艦、加速度がおかしいタービン、そしてコレだ。主砲の威力も桁違い。違法改造のオンパレード。素体のスペックが異常に加え、装備まで異常となるともう笑えない。

 

「テメェら、誰から死にてぇ!」

「だれも、しなないよ」

 

私の陰から霰が顔面に撃っていた。前衛の私を盾にして、確実な攻撃を加えるのは策としては上等。そういう形ならいくらでも使ってくれて構わない。だがこれも避けられる。そろそろわけがわからない。

 

「寄ってたかって鬱陶しい奴らだなぁおい!」

 

3連続の回避運動をさせたところで、すかさず私が突撃。速さなら似たようなものだ。例えあちらの方が速かろうとも、体勢が崩れたところを見計らって棍棒を打ち払う。

これで胴がガラ空きになる。はずだった。

 

「テメェからだな、オラァ!」

 

逆側の脚が私の右の脇腹に飛んできていた。体勢が崩れていたはずなのに、あまりにも重い一撃。咄嗟に回避行動を取ったおかげで最悪なダメージは免れたが、脇腹がジンジン痛む。モロに受けていたら、骨までやられていた。

面子が違うとはいえ、4人がかりでここまでとなると、あの時の大淀と大差ないということになる。そうなると勝ち目が一気に遠退くことになるが、ここで屈するわけにはいかない。

 

「曙、そっちは!」

「何なのよアレ! 手に負えない!」

 

巻雲の相手をしている残り4人も、傷一つ付けることが出来ないまま消耗させられている。

朝霜とは違う、完全な遠距離タイプの巻雲。まず曙が近付くことが出来ないところから始まり、3人で砲撃を放とうにも、それ以上の砲撃がたった1人から繰り出されて回避一辺倒に。まともに攻撃出来ないのに、あちらの主砲は深海製。海の上なら砲弾無限と来た。

 

「つまんないですよぉ。やっぱり姉様は出来損ないなんですねぇ。風雲はもっとダメダメですねぇ」

 

ほぼ遊び感覚にこちらに殺意を向けている。私達など敵ではないという態度がありありと伝わってきた。事実、こちらは徹頭徹尾手を抜いていない。殺傷兵器を持っていないことくらいである。

いくら助けたくても、艤装が破壊出来ないのはダメだ。ただの姫ならまだしも、この完成品はあまりにもおかしい。殺す程度でなくては救えない。

 

「何ですかその水鉄砲。当たるのは癪なので避けてますけど、巻雲のこと、嘗めてます? そんなもので倒せるんですかぁ?」

「夕雲達は、貴女達を救うために戦っています。殺すわけにはいかないんですよ」

「はぁ、そうですかぁ。それで死んでたら意味無いですよねぇ」

 

呆れたような声で、砲撃をさらに苛烈にしていく。

 

「自分の心配したらどうだよ!」

 

あちらに少しだけ意識をやった途端に朝霜の攻撃も苛烈になっていった。相変わらず私に集中攻撃。3人からの砲撃も綺麗に避けながら、それでも私から視線を外さない。

先程脇腹をやられたことで、地味に動きに支障が出てしまっている。骨はやられていないが、未だにジンジンと疼くような痛み。正直きついが、もっと力を出さなければ救うどころか勝つことすら出来ない。ならば、身体を張るしかない。死ななければいいのだ。ここにいるものは、誰も命を落としちゃいけない。

 

自分の意思で出来るかはわからない。あの時の私も理性を失っていた。勝手に私の全部の力が溢れ出していた。今はそれを使わなくてはどうにもならない。せめて朝霜を処理しなくては。

 

「あああああっ!」

 

大きく吼えて、左腕に意識を集中。一度無意識に出来たのだ。自分の意思で、私は私の限界を超える。あの時のように、左腕の姫が私に力を貸してくれると信じて。

 

ドクンと、心臓が高なった。左腕の疼きが拡がる。痣が拡がるわけではないが、痣のある全ての部分が熱くなるように感じた。しっかりと応えてくれた。脇腹の痛みも消え、ナイフを握る手にも力が入る。

 

「おいおい、遠吠えまでして、マジで犬じゃねぇか!」

 

好きなように言わせておけばいい。何を言われようが、このスタンスで行かなくては勝ち目がない。

力が湧き出るが、これはいろいろと削っている力だ。完全に()()()()()。後から大きな負荷が来ることはわかっているが、知ったことか。

 

「っらぁっ!」

 

棍棒による攻撃に合わせて懐へ。先程までとは違う速さで飛び込み、今はもう無い自爆装置を破壊するかのように、ナイフで腹を薙ぎ払う。専用のナイフで即座に修復されるとはいえ、痛みはある。

このナイフだからこそ、殺す気で行っても殺さずに済む。嘗めていると言われればそれまでだが、それがこちらの信念だ。

 

「っぶね! なんだなんだ、いきなり動きが変わったじゃねぇか!」

 

それすらも避けられた。だが、避けた方向に即座に移動。絶対に逃がさない。それに、ここまでやれば意識はもっと私に集中するだろう。そうすれば、違う攻撃のチャンスが訪れる。

 

「皆の者、撃て撃て撃てぇ!」

 

姉がすぐに気付いてくれた。私が限界を超えた動きで朝霜さえ翻弄すれば、他の3人の攻撃する隙が作れる。それに、その攻撃を回避している間に私が攻撃する隙が出来るはずだ。

今の状態なら、私も攻撃を()()()()()()()()()()()()()。私が朝霜に接近していたとしても、容赦なく撃ってくれて構わない。

 

「若葉さんなら避けられます!」

「うつよ……!」

 

私がいても関係なし。3方向からの集中砲火。しっかり散開して、避けられる場所を限定する連携。

 

「んなろ、こいつらふざけやがって!」

 

それもしっかりと避けていこうとする朝霜だが、おかげで私が攻撃するタイミングが出来た。

ここまでしてようやく私は朝霜の速度を超えている。すぐに背後に回り込み、艤装の一部を破壊。まだ少しだけではあるものの、この異常と言えるスペックを削ぐことには成功しただろう。

 

「テメェ!」

「余所見かえ!?」

 

艤装に触れられ私の方を見た瞬間に、姉の空飛ぶ主砲による砲撃が朝霜の肩を撃ち抜いた。水鉄砲ではあるが、脱臼を誘発するくらいの威力はある。

だが生身も異常に強化されているらしく、肩を押されたように体勢を崩す程度。体内が深海棲艦となっているからか、何もかもが常人離れし過ぎている。

 

「鬱陶しいんだよテメェら!」

 

棍棒を海面に叩きつけた瞬間、魚雷が爆発したかのような水柱が立ち上った。完全に視界が封じられ、匂いに頼ろうとした瞬間、眼前に棍棒が振り下ろされていた。

棍棒を無理矢理打ち払い、その場で小さく跳ぶ。水柱など関係なく、嗅覚のままに朝霜がいるであろう位置に蹴りを放った。

 

「当たるかよそんなチャチな攻撃! 返り討ちに」

「なら、これはあたる?」

 

私の蹴りは外れたが、水柱が晴れたところでこめかみを撃ち抜くような霰の砲撃。回避はされたが、おかげで私への反撃はキャンセルされ、間合いを取る時間が出来た。

自分のリミットが近いことがわかる。理性があるから身体のことがすぐに自覚できる。このままではまずい。

 

「当たらねぇ!」

「ならばこちらは」

 

すかさず三日月の回避方向に合わせた砲撃。これは流石に直撃だと思いきや、棍棒で砲撃を弾いてしまった。水鉄砲だからこそ起こりうる回避方法。

だが、これでまた隙が出来た。先程と同じように艤装側に回り込み、追加で破壊。

 

しようとした瞬間、嫌な匂いが私に向かって伸びていた。気付いた瞬間に回避しようとしたが一歩間に合わず、何とか艤装を盾に直撃は防いだものの、砲撃をモロに受けることになった。

 

「な……に……!?」

「ダメダメですよぉ。朝霜、そんなのに苦戦しちゃあ」

 

巻雲に撃たれていた。摩耶と私自身で整備したおかげで艤装自体も頑丈ではあったが、それでも半壊。主機の機能は損なわれていないため、まだ航行は可能。だが、私の身体がそれを許してくれなかった。

背中がミシミシと音を立てた。タイミングが悪ければ、身体ごと持っていかれていた。これで済んでいるだけでも良しとしなくてはいけない。

 

「悪ぃな巻雲姉、そっちは?」

「しぶといからまだ死んではいないけど、動けないんじゃないかなぁ?」

 

巻雲の相手をしていたはずの4人は、その場から動けなかった。

ボロボロになった雷は気を失っているようで、比較的まだ傷が浅い曙が守るように前に陣取るが、それでも腕から血を流しているほど。夕雲と風雲も膝をついて荒い息を吐いている。

たった1人で駆逐隊、いや、連合艦隊レベルの火力をやってのけているため、4人では太刀打ち出来なかった。本当にまずかったのは朝霜ではなく巻雲。

 

「わ、艤装壊されたのぉ?」

「あの若葉だけ別格なんだよ! それでもあたいにゃ及ばねぇけどな」

「はいはい、そういうことにしとくねぇ」

 

後発組と神風は、少しずつは減らせているものの未だ人形の処理に苦戦している。遠方からの航空隊も次から次へと来ては墜とされの繰り返し。意思なき人形にすら隙がない。

 

確かに私達は被害者の寄せ集めである継ぎ接ぎの駆逐隊だ。だが、ここまで来るのにみんな努力している。死に物狂いに鍛えているのに、こうまで差があるというのか。

心を折るわけにはいかない。膝をつくな。立ち上がれ。だが、前借りしていた力の代償は、最悪なタイミングで払わされることになる。

 

「っぎ……嘘だろ……」

 

朝霜が眼前に迫る中、時間切れ。今まで湧いていた力が抜け、突然目が霞む。脚に力が入らない。立ち上がれない。

 

「よくもやってくれたなぁオイ」

「若葉!」

 

それにいち早く気付いてくれた姉が砲撃を放つが、軽く避けられた後、私の腹に強烈な蹴りが入っていた。縫合された深海の皮膚側だったおかげで多少なりダメージは軽減出来たが、骨がミシミシと音を立てたのがわかった。

 

「っがぁ!?」

「さっきまでの威勢はどうしたよ。立てよオラ!」

 

もう一撃。今度は何本か折れた。限界を超えた代償のせいで、身体が脆くなっているようにも思えてしまう。

 

「若葉!」

「キャンキャン煩いですよぉ。うちの妹をバカスカ撃ったのは、初春ちゃんですかぁ?」

 

巻雲の砲撃により、姉も被害甚大。直撃は免れても、その衝撃で身体がボロボロに。

その光景を見て、霰は脚が竦んでいた。それも見逃されず、巻雲はすかさず霰にも砲撃。なんとか艤装を盾にしたが、それでも航行に支障が出るほどのダメージ。

 

あの大淀2人分とも言える戦力相手に戦うこと自体が間違っていたのかもしれない。ここにいる全員でかかればどうにかなったかもしれないが、そうなると人形が止められずにここまで戦えない。航空隊すらもこれである。

力の差は歴然としていた。実戦経験の差もあるだろうが、これはそれだけじゃない。単純なスペックの差。

 

「お前らが終わったら、次はあっちな。人形相手に拮抗とか敵でも無ぇよ。危ねぇのは神風だけか」

「神風ちゃんは巻雲がやるよぉ。でもその前に、これを終わらせないとねぇ?」

 

諦めてなるものか。だが身体は動いてくれない。どうすればいい。どうすれば勝てる。どうすれば。

 

「……っあ、あああっ! あぁアアあアっ!」

 

突如響き渡る叫び声。その声の主は、三日月だ。今までになく輝く左眼を押さえながら、敵を見据えていた。押さえている手から光が溢れるほどだ。

 

「なんだなんだぁ? 突然叫び出しちまって。怖いなら逃げてもいいんだぜ。逃さねぇけどな」

「大淀さんが言っていた、見窄らしい三日月ちゃんってヤツですかねぇ。確かに外見がちょっと残念ですぅ」

 

嘲り笑う2人に、私も怒りが限界に達する。だが身体は動かない。このままだと三日月もやられる。全滅してしまう。1人ずつ嬲り殺しにされる。それだけは嫌だ。力が欲しい。みんなを救える力を。

 

 

 

刹那、朝霜が宙を舞っていた。

 

 

 

「は?」

 

痛みを感じていないような素っ頓狂な声をあげた。私も、巻雲も、ここにいたものは誰も理解出来ていなかっただろう。何が起きたかわからなかった。

 

私の前には、三日月が立っていた。

 

()()()()()()()()()()()()三日月が、私の盾になるように立っていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。