継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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三日月の変貌

巻雲と朝霜による夜襲は撤退にまで追い込むことは出来た。が、被害は甚大だったし、最後はほぼ負け戦だったというのにあちらが撤退してくれた。命あっての物種とはいうものの、悔しい大敗である。

誰も死ななかったとはいえ、私、若葉は自ら限界を超えることにより身体が動かなくなるほどに消耗。雷は未だに気を失ったままであり、他も息絶え絶え。

 

そして、問題は三日月である。私と同じように、負の感情の増幅によるためか姫のパーツの侵食が強まってしまった。今まで片目だった深海の輝きが今は両目。そして、戦闘中は自分の身体を顧みず無理をし続け、最終的には鼻血を吹いて倒れることになった。

今は海風の肩を借りて施設に戻ってこれたものの、結局無表情無感情のままであり、一点を見つめてボーッとしている。まるでロボットみたいだった。

 

「怪我人はいるか!」

 

工廠に戻るなり、飛鳥医師が叫ぶ。私は消耗が激しい以外だと、背中や腹に攻撃を受けて骨が軋んでいる。動かすと鈍い痛みがあった。戦闘の時に何本か折れた感覚があった。これは治療の必要があるだろう。

仲間内でも重傷に見えるのは雷だった。ただ消耗しているだけでなく、ボロボロにされている。骨に支障があるようには見えないだけマシだが、全身に傷があるような状態。

 

「異常があるものは医務室に頼む! 他の者もすぐに休んでくれ!」

「山風……すまない、医務室まで運んでもらえるか……」

「わかった……もう少しだから」

 

摩耶が何とかしておいてくれるということで何とか艤装を外し、工廠に転がしたまま医務室へと向かう。夜襲ということで眠気も来ている。ベッドに寝そべったら、そのまま落ちていく自信がある。

 

「三日月さんも運びますよ!」

「はい、お願いします」

 

海風の問いにも無感情で答える三日月。侵食の影響でああなってしまっているのだとしたら、一番の被害者は間違いなく三日月だ。治療出来るものかはわからないが、まずは診てもらわなくては始まらない。

だが、医務室に着いた途端に、視界が真っ暗になった。身体は限界を超え、頭も限界だったらしい。戦闘が終わったことに安心して、私はそのまま眠りに落ちていった。

 

 

 

翌朝。いつもよりも大分遅い朝だった。目を覚ますと、自室のベッドに寝かされていた。身体を動かそうとすると、未だに骨がギシギシと軋み、鈍い痛みが身体を駆け巡る。さらには肌から切られたような痛みも。立てないことは無いが、身体を激しく動かすことは出来ないだろう。

隣のベッドには三日月も寝かされている。まだ眠っているようだが、寝顔はいつもと違って無機質だった。やはり侵食が原因で、三日月から表情と感情が失われている。

 

「……ぐ……」

 

軋む身体に耐えながら着替える。胸に小さい縫合痕があることがわかった。昨日眠っている間に処置をされたのだろう。折れた骨の接合でもしてくれたか。

どうにか着替え終わると、三日月を起こさないように部屋から出た。私が着替えている間も、三日月はピクリともせずに眠り続けていた。

 

今日は全体的に遅い立ち上がりの施設。私ですらそれなりに早い内に入るらしい。起きているのはあの戦場に出ていなかった者や、比較的軽傷で済んだ後発組。私と共に戦闘した先発組は、その消耗からほぼ全員が目を覚ましていない。新提督と下呂大将は、この現状を大本営に伝えるべく早々に帰投したそうだ。

立ち上がりが遅かったからか、食堂に行くとまだ他の者が朝食を摂っている最中だった。私が起きてきた姿を見て、安堵の息が食堂中に響く。

 

「若葉、身体の方は大丈夫か。医務室に着いた途端気を失ってしまったから、眠っている内に出来る限りのことはしたが」

「まだ骨が軋むような痛みはあるが、昨日ほどではないな」

 

身体が動くだけでも回復はしている。折れた骨も繋がっているように思えた。こういう時は艦娘の身体というのがありがたい。さらには深海の侵食で回復能力も艦娘以上になっているのだろう。

 

「若葉は今日は安静にしていてくれ。昨日確認した段階で、あばらが3本折れていた。接合処置はしたが、完治するまでは今までの経験則で言えば3日はかかるだろう」

「了解した。少なくとも今日は安静にしておく」

 

今までの大規模なものとは違い、小さめな処置のため、見込みは3日。それくらいなら安静にしよう。あわよくば高速修復材を使ってもらいたいものだ。

 

「昨日の今日で襲撃してくるかはわからないが、準備だけはしておきたいと思う。僕はこの後少し休ませてもらうつもりだ」

 

全員の治療を徹夜でやったらしい。今も少し仮眠をとっただけとのこと。治療は全員終わったため、安心して眠れるだろう。

 

「この後、五三駆と九二駆には来栖の鎮守府に行ってもらう」

 

治療ではなく、改装のため。姉と霰は第二改装が可能となり、それを実施することが目的だという。霰には少し特殊な書類が必要らしいのだが、それは下呂大将が特別に用意してくれることとなった。

施設の戦力増強は急務として誰もが認識している。それは新提督もである。そのためには協力を惜しまないと話してくれたそうだ。実際に被害にあったのだから、監査など関係なしに対処しなくては勝てるものも勝てないと判断した。

 

「全員目覚めてからだから、おそらく昼からになるだろう。雷も気を失ってはいたが身体中の傷を治療する程度で終わったからな。その内起きてくるはずだ」

 

骨まで行っていたのは私だけだったようで、実際一番の重傷は私だったらしい。その私が先んじて目覚めることが出来たのだから、後は時間の問題だろう。

ただし、と飛鳥医師が少し言い淀む。引っかかるのはおそらく三日月。見た目はそこまで傷を負っていなかったが、中身は別。特に頭が大変なことになっている可能性が高い。

 

「詳しくは三日月が起きてからにしよう。万全な状態にしておくことだ」

「了解」

 

一晩眠り、多少は回復したものの、安静を言いつけられているのは確かだ。今日は私が車椅子生活かもしれない。

 

 

 

しばらくして、昼近くにようやく三日月が目を覚ました。それまでに全員が目を覚ましており、それだけ激しい消耗をしていたということがわかる。

さすがに全員が私と三日月の私室に入ることは出来ないため、五三駆の面々と飛鳥医師だけが部屋に入っていた。飛鳥医師の名誉のためにも、三日月の服がおかしなことになっていないことは確認している。男の目に触れても問題ない。

 

「三日月……大丈夫か」

「はい」

 

無機質な表情で私をチラリと見て、身体を起こす。何に対しても興味がないような、そんな感じ。

改めて三日月の匂いを嗅ぐと、やはり深海の匂いが強くなっていた。それも、頭の方がより強めに感じる。左眼だけから両眼になり、さらには内側にまで侵食の根が伸びているのなら、そうなってもおかしくないか。

 

「身体の具合はどうだ」

「特に何も」

 

飛鳥医師の問いかけには冷たく返す。昨晩の戦闘と同じだ。感情のないロボットのような受け答え。頭は飛鳥医師の方を向いているが、目はその姿を捉えていないような、そんな表情。

 

「昨晩、シロにも診てもらっている。僕は医学的にしか確認出来ないから、シロには感覚的に確認してもらった。それに、深海のことはシロの方が確実だ」

「そうですか」

「左眼からの深海の侵食が脳に届いている、だそうだ。若葉の腕と同じように」

 

シロの感覚的な判定と、飛鳥医師の医学的な判定が組み合わさると、今の三日月の症状に辻褄が合うらしい。

 

私達艦娘は人間と同じ構造であり、身体の中身の配置なども全て同一。それを前提とした場合、眼球から奥に進んだ場所に感情などを司る脳の部分が存在するという。三日月の左眼の侵食は逆側の眼に辿り着いた後、奥側のその部分にまで達したのだろうと飛鳥医師は判断した。

侵食によりその部分が完全に壊されたわけではなく、()()()()()と考えた方がいい。そうでなければこんな反応すらしない。

 

「僕とシロでの見解だが、初春や霰と同様、三日月にも改装を受けてもらおうと思う」

「えっ、それって危険なんじゃないの!?」

「ああ、前まではそう思っていた。だが、既に侵食されているのなら、改装した方がむしろいい」

 

深海の要素が身体に馴染んでいない状態で、負の感情による侵食が進んだことで、脳の機能が狂わされているというのなら、要素を馴染ませて少しは緩和できるのではないかという見解だそうだ。

そもそも、姫の体液は第二改装をしなければ耐えられないというのが、大淀のやり方である。それを加味すると、第一改装すらしていない三日月なら耐えられるわけがなかった。それ故に狂ってしまっている。下手をしたら、今の状態はかなり綱渡りの状態なのかもしれない。

 

「それで余計におかしくなることはないわけ?」

「絶対に無いとは決して言えない。とはいえ、三日月自身に強くなってもらわなくては、この侵食のせいで最終的に脳が破壊されてしまう可能性だってあるんだ。そうなったら、三日月は最悪の場合死ぬことになってしまう。なら、より確実な方を僕は選択したい」

 

第二改装ではないものの、無改装の状態よりはマシだろうと考えたようだ。それに、改装によって侵食の具合が変われば、感情が戻ってくるかもしれない。

このままでいるよりは死から遠退く。ただでさえ、少し戦闘しただけで鼻血を吹いたほどなのだから、素体そのものの強化が必要だろう。

 

「三日月、記憶が消えているとか、そういうことはないだろうか。何か違和感があったら何でもいい。教えて欲しいんだが」

「何も。ここに漂着してから今までの記憶はあります」

 

それはよかった。感情と共に記憶まで失っていたらどうしようかと思った。

 

「飛鳥医師、1つ聞きたいんだが、三日月の脳に直接触れるというのは」

「やめた方がいい。いくら何でも危険過ぎる。それは本当に最後の最後にするべきだ」

 

駄目元で聞いてみたが、やはりよろしくないか。それはそうだろう。万が一でもその処置がほんの少しでも失敗した場合、元に戻るどころか再起不能になってしまう。いくら処置をするのが飛鳥医師だとしても、その不安だけは拭えない。

それなら、改装という形を取った方が、より確実性がある。こと艦娘の身体を弄ることに関しては、飛鳥医師よりもドックの妖精の方が上だ。

 

「では三日月、昼食後、来栖の鎮守府で改装を受けてもらう。いいか?」

「構いません」

 

以前の三日月なら、考えて考えて結局改装を受けないという選択をした。侵食される前の三日月なら、今の飛鳥医師の問いに対し拒否をしていたはずだ。それが、ノータイムで許可。やはりおかしくなっているのは確かだった。

今の三日月は、恐怖も感じていないように見える。だから自分が壊れるかもしれない今の状況でも何の抵抗もなく首を縦に振ることが出来てしまった。戦闘中に身体のことを考えていなかったのもこのせいか。

 

「……準備をしてくれ。僕は出て行った方がいいだろう」

「当たり前でしょ。着替えるんだから」

 

曙がシッシッと手を振り飛鳥医師を部屋から追い出した。

 

「三日月、着替えてくれ」

「はい」

 

他の者の目があっても関係なしにその場で寝間着を脱いでいく。ただでさえ身体の傷を見られることを嫌うのに、そんなことを忘れてしまったかのように全裸に。私と一緒の時でも傷を隠しながら着替えるというのに。

ここにいるのは仲間同士ではあるが、ここまで躊躇いが無いと不安になった。あまりにも違いすぎて、曙すら変な顔に。

 

「アンタ、傷を見せるのはいいわけ?」

「別に」

 

こんな形で吹っ切れられるとは思わなかった。感情が失われているということは、羞恥心やトラウマすらも失われているということだった。これでは本当にただの機械だ。意思表示のある人形のような嫌な感じ。

ただ、記憶は失われていないため、それまでの自分の立場というのは守ってくれている。私を守るために戦ってくれたし、敵にはしっかりと躊躇なく攻撃してくれていた。

 

「三日月、これはどうする」

 

傷を隠すためにいつも貸し出している私のタイツを手渡す。指示ではなく、選択を促した。だが、

 

「別にどちらでも」

 

それにすらも興味なさげ。この変貌は心に刺さった。狂ってしまっていることが一番わかる瞬間だった。もうこれでは、私達の知っている継ぎ接ぎの三日月は何処かに行ってしまったとしか思えなかった。

 

三日月が改装により元に戻るかはわからない。むしろ、より悪化する可能性だって秘めている。死なないよりは生きていてほしいのは当然だが、これ以上の変貌を見せられたら、心が折れそうになってしまう。

 




眼球の後ろ側の方には扁桃体という部分があるそうで、三日月はそこが侵食された形になります。扁桃体は、『情動・感情の処理(好悪、快不快を起こす)、直観力、恐怖、記憶形成、痛み、ストレス反応、特に不安や緊張、恐怖反応において重要な役割も担っている』とのこと。
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