継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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感情への侵食

戦闘の傷の治療は概ね完了。傷としては一番重かった私、若葉は、今日の間は安静にしろというお達しを受けている。完治まで見込みで3日。その間はあまり激しいことは出来ない。

それまでの間に、私達第五三駆逐隊と姉率いる第九二駆逐隊は、来栖鎮守府に出向くこととなった。理由は姉と霰の第二改装、そして、深海のパーツに脳を侵食され、一切の感情を失ってしまった三日月の第一改装のためである。

 

「お前さんと相乗りっつーのは初めてだなァ」

「安静にしろと言われているからな」

 

その来栖鎮守府への航路。私は来栖提督と自身の艤装と共に、大発動艇で運ばれていた。操縦する文月も、私が怪我人ということでかなり丁寧に運んでくれている。

だが、どうしても三日月が気にかかるようだ。航行していても、どうしても視線はそちらの方に。

 

「ああなっちまったんだから、気にはなるわな」

「ああ……正直、若葉も辛い」

 

私以外は自分で航行可能であるため、自分の脚で来栖鎮守府に向かっている。当然三日月もその中の1人なわけだが、事務的についてきているだけで、自らの意思は何処にも無かった。記憶があるから私達は仲間だが、感情がないから好きも嫌いも無くなってしまっている。

 

「三日月ぃ、なんか今日は近付きづらいオーラ出てるよ?」

「そう思うなら近付かなくてもいいです」

「いつになく冷たい!」

 

三日月がどうなっているかは全員に通達されているが、気にせず皐月と水無月は接触を図る。しかし、感情のない無機質な返答に、テンションの高い2人もタジタジ。どれだけちょっかいをかけても、喜びもしなければ怒りもしない、淡々とした受け答えに、見ているこちらが辛くなる。

2人が話せば少しは変わるかと思っていたが、そんなわけが無かった。脳への侵食はそれほどにまで重い。私の腕とは重みが違う。

 

「……若葉がもう少し強ければ」

「若葉よォ、それはちょいと違うぜェ」

 

私がもう少し戦えれば、三日月が負の感情に呑み込まれることは無かったと思う。三日月を不安にさせたのは私が弱かったからだ。だが、来栖提督はそれは違うと慰めてくれる。

 

「三日月がああなっちまったのは、誰のせいでも無ェよ。強いて言うなら、ああなる原因作った大淀だろうが。お前は自分を責めるんじゃねェ」

「だが……」

「んなこと言ったらよォ、お前、仲間全員を貶めることになるぜェ? 自分も含めて弱ェから三日月がああなっちまったってなァ」

 

そう言われてしまうと口を噤んでしまう。私も含め、あの時までに出来ることは全てやってきたはずだ。

 

「今回は敵が強すぎたんだ。初めて見る敵にお前らは充分健闘してんだよ。だから、次は負けねェって意気込んどけ」

 

ニカッと笑って頭を撫でられた。相変わらず人相は悪いが、不思議と落ち着けた。

文月達はいつも、この人に背中を押されて戦っているのか。これなら力も出ることだろう。

 

「……そうだ、1つだけ聞かせてくれ。絶対問題ないのはわかっているんだが、ちょっとだけ」

「あん? 俺にか」

「巻雲と朝霜がな、来栖提督が内通者だとぬかしたんだ」

 

撫でている手が止まり、表情は変わらないが怒りの匂いが漂う。だが、嘘を暴かれた時の焦りや緊張の匂いは一切無い。

良くも悪くも直情的な来栖提督は、匂いから感情が判断しやすい。気持ちいいくらいに素直だ。それは他の艦娘達を見ていればわかる。特に文月。

 

「若葉がいなかったら、俺ァ疑われっぱなしだったろうなァ。お前の嗅覚に感謝してるぜェ」

「なら、来栖提督は内通者じゃ無いんだな」

「ッたりめェだ。俺ァ大将の前で嘘つき通せるほど頭良くねェよ。あの人は戦術とかとは別の位置にいる人だからな。それに、大将が先に俺のこと徹底的に調査してんだ。ありゃ隠しきれねェ」

 

嘘の匂いは引き続き無し。いくら来栖提督が自分を隠すことが恐ろしく上手いとしても、全方位からの調査をされて疑いようが無いことは判定出来ている。下呂大将の目は誤魔化しようがない。

 

「あいつらがこちらで遊んでるのはよくわかった。生きていることを後悔するくらいにぶちのめしてやる。やるのは俺じゃなくて仲間だが」

「しれーかんの分まで、あたしがやっちゃうよ〜」

 

文月がニコニコ笑いながらこちらの話に加わってきた。表情は笑顔だが、怒りの匂いが漂ってくる。三日月のこともあり、怒り心頭のようだ。笑っていることが余計に怖かった。

 

 

 

久しぶりの来栖鎮守府。今回は飛鳥医師は来ず、五三駆と九二駆が出向したのみ。出迎えは今回も明石だった。

 

「事前に話は聞いています。これ、若葉のために修復材の残りを用意しておきました。使ってください」

「助かる。安静にしているのは性に合わない」

「飛鳥にも使ったってことを連絡しとくぜェ」

 

この場で使うのは躊躇われるので、全てが終わった後に使わせてもらおう。まずは本題を終わらせなければ。

 

「3人の改装ですね。初春と霰の第二改装と、三日月の第一改装ですか。三日月は大丈夫なんですか?」

「改装しねェとマズそうなんだ。アレ、見てみな」

 

明石を促す来栖提督。視線の先には、今回の主役である3人が集まっている。改装を受ける前に、改めて三日月の状況を姉が視ているところ。医学的な飛鳥医師、感覚的なシロに加えた、霊感的な姉の見解はまだ聞いていなかった。

 

「ふむ……若葉と同じじゃの。深く馴染んでおるが、取って食おうとはしておらん。じゃが、お主自身の身体がそれに耐えられないようじゃ」

「そうですか」

「そっけないのう。改装してしまえば、また何か変わるじゃろ。もののけもそれがいいと頷いておるわ」

「そうですか」

 

返答も無感情なため、姉は苦笑していた。霰もボーッと眺めているが、少し心配そうにしているのがわかった。

3人目の見解まで含めると、三日月の侵食は脳の感情を司る部分にまで及んでおり、それが改装が一切されていない三日月には悪影響を及ぼしている。そのせいで感情が失われ、機械的な反応しかしなくなってしまっている。

今回の改装で三日月の素体の能力が底上げされれば改善されそうであるという飛鳥医師の読みは、姉の見解により間違っていないという方向に向かいそうである。三日月に憑いているというもののけがそれを望んでいるようだし。

 

「感情が……失われてる?」

「おう、若葉の腕の痣と同じことが、頭ん中で起こっちまったらしい」

「なるほど……改装で緩和される可能性があるんですね。了解です」

 

すぐに納得した明石が改装の準備に取り掛かる。順番はこちらで決めていいとのこと。

 

「まずは三日月がええじゃろ。早めにやっておいた方が良い」

 

霰も頷く。一番重い問題であろう三日月の改装は、早いうちに終わらせたほうがいいだろう。誰もが気が気でないのだから、解決は早急に。

三日月は何を言ってもただ従うだけなので、すぐに改装を始めてもらった。私も気になるので、明石の邪魔にならないようにドックの近くで待たせてもらうことにした。

 

 

 

時間にして僅か10分。私達が改装を受けた時と同じくらいの短時間で改装終了。短い時間ではあったが改装を身近で見ていた限り、なんのアクシデントもなく、最初から最後まで順調だったようだ。

明石も何事もないことには安心していた。新しく用意されていた三日月の制服を準備し、ドックを開く。その瞬間から、先程よりもさらに強い深海棲艦の匂いが漂ってきた。侵食が強まっているのはこの時点でわかる。

 

「はい、終わりました」

 

私と同じなら、外見的な侵食も進んでいるはず。だが、そこが問題なのではない。三日月の場合はより大きく脳を侵食する可能性が非常に高いことが問題。

 

「ん、んんぅ……」

 

先程までと違い、気怠さを感じる呻き声と共に身体を起こした。それだけでも感情が戻ってきているように聞こえた。侵食の度合いがどう変わったのか。

身体を起こした三日月は、以前から少し変化していた。白髪の割合が以前よりも増えており、半分だったものが7割に。私は肌の色の変化だったが、三日月にはほぼ髪に影響が出たようである。

 

「お疲れ、三日月」

 

声をかけると、すぐに私の方を向いた。これも先程までと違うところ。

 

「……さっきまでの自分が別人みたいに思えます」

「ああ」

 

機械的に答えるときも、視線は変えずにボソリと呟くように話していたのが元に戻っている。言葉にも感情が戻ってきてくれていた。安心からドッと力が抜けるようだった。

だが、これで本当に安心するのはまだ早い。一言二言では人格への影響はまだわからない。

 

「……傷痕は本当に消えないんですね……残念です」

 

ドックから出て、身体を晒す。私の時と同じように、残念ながら全身にある縫合痕は1つたりとも消えていない。これが三日月の身体であると定着してしまっている。

それよりも私は、自分の傷痕に拒否反応を示していることにさらに安心した。これにより、本当に三日月は帰ってきたのだと実感した。本人には申し訳ないが、あのコンプレックスの克服の仕方はやはり間違っている。

 

「三日月、気分は悪くないか。何か違和感は」

「今は特に……大丈夫です。その、服を貰ってもいいですか」

「はいはい、用意してますからね」

 

明石が手渡した服をそそくさと着る。気心が知れた私にだって、長く傷を見せることを嫌がる三日月なのだから、これがいつものことだ。特に今は、この場にある意味部外者である明石もいるのだから、気が急いても仕方ないこと。

明石も今までのことがわかっているので、いつも貸し出している私のタイツも用意してくれていた。それがわかるや否や、脚の傷を晒していたくないという気持ちがありありとわかるように穿く。

 

「あの戦いの中……突然頭の中が真っ黒に染まるような……そんな感覚がしたんです。そうしたら……敵を倒さなきゃって、若葉さんを守らなくちゃって、それしか頭の中から無くなって……」

 

着替えながらあの時のことを話してくれた。

三日月を除く仲間達が次々とやられていき、私が限界を超えた代償で身動きが取れなくなってしまったことで、朝霜に殺されようとしていた時だ。過剰なストレス、負の感情に呑み込まれたことで、眼からの侵食を促した時、三日月は()()()()()()()()()という感覚を感じたらしい。結果があの無感情状態。

その後、やらなくちゃいけないと思っていたことが終わったため、何事にも興味が無くなったと。守るべきものが守れたことで、守ったものへの興味すら無くなってしまっていた。おそろしく極端な思考回路。

 

「今は大丈夫なんだな?」

「はい、おそらく。ですが……感情を司るところを侵食されたと言ってましたよね。その影響があるかもしれません……」

 

目がチラチラと輝き、鱗粉のようなものが散らばっているのがわかった。感情が昂ぶると光り輝く三日月の眼だが、これは今までにあまり無い輝き方。

 

「おそらく……若葉さんの腕と、私の眼の元々の持ち主は同じなんだと思います……だからか、若葉さんのことが……他人と思えなくなっているんです」

 

侵食がさらに拡がったか、思考にも少しだけ影響があるようだ。同じ姫のパーツが私と三日月に分かたれたことで、三日月は私に対して()()()()()()()()()()()という感覚を持ってしまっているらしい。

思考が本来の持ち主に近付いてしまったのだろうか。それは、今ここにいないシロに診てもらうのが良さそうである。

 

着替え終わり、肌を極端に隠すようになった三日月は、徐に私の左腕に触れた。両腕が姫のものではあるが、左腕は特に顕著にそれが出てしまっているため、三日月としてはそれがとても落ち着くようである。

 

「落ち着きます……()()()のよう……」

 

危険な思考であることは間違い無いだろう。眼から脳に侵食されて、その深海棲艦と同調していることは間違い無い。攻撃的ではなく、私には特に友好的ではあるが、本来の三日月は少し薄れてしまったようにも見えた。

侵食が脳に複雑に絡み付いてしまっているようだった。失われた感情は戻ってきたが、戻り方がおかしいとも考えられる。狂っているとは思わないが、()()()()()ようには思える。

 

「とりあえず、改装は無事完了ということでいいですかね?」

「あ、はい、大丈夫です。明石さん、ありがとうございました」

 

三日月が無事元に戻った、というのは少し違うかもしれないが、無感情のロボット状態から脱却出来たのは素直に喜ぶべきだろう。より深く侵食は進んだが、悪い方向には向かっていないようである。

しかし、私の腕と三日月の眼の本来の持ち主、駆逐棲姫は一体どういう者だったのだろうか。施設に残る協力的な深海棲艦のように、この駆逐棲姫も私達に友好的な存在だったのかもしれない。

 




三日月は見た感じ元に戻りましたが、どうしても侵食は免れず。今後これがどういう影響を与えるでしょうか。


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