来栖鎮守府にて、三日月の改装が完了した。元々は深海棲艦のパーツの侵食を恐れて控えていたが、それより先に負の感情での侵食が発生してしまったため、改装によりその影響を緩和出来ると考えて実施。結果、三日月は侵食の影響で失われていた感情を取り戻すことに成功した。
代わりに、思考の方に影響が出てしまっていた。元に戻ったように見えて、少し歪んでしまっている。私、若葉の腕が
「三日月、これは流石に」
「落ち着くんです。これが一番」
その三日月、今は私の左腕に抱きつくようにベッタリである。元々私の側にいることが多かったものの、ここまででは無かった。失った感情が戻ってきたら、今まで以上に感情を出すようになったというか。豹変と言っても差し支えが無いほど。
こうしていると、三日月の深海の匂いは少し控えめになる。心が落ち着いているからかは定かでは無いが、あまり濃すぎるのも問題はあるため、私はやりたいようにやらせている。歩きづらいが。
「ふむ、やはり三日月はわらわの妹のようじゃの」
先に改装を終えた姉が、私の状況を見ながらしみじみと呟く。現在霰が改装中。
今の姉は改二。服も変わっているが、一番目につくのは、やたらとボリュームが増えた髪の量。以前から長いとは思っていたが、改装によりそこも強化された様子。
第二改装は姿も変化する者がいるとは聞いたが、姉はそれに該当したらしい。私には今のところ縁がない話だが。
「初春さん、今後ともお世話になります」
「うむ、それが一番落ち着くのならそうすれば良い。もののけも落ち着いておるからの」
私の意思は何処かに行ってしまったようだが、三日月が落ち着けるのならそれはそれで。
「おわったよ」
最後に改装していた霰が戻ってきた。行く前と後で身長が変化し、姉以上に大きな変化に見える。制服も変わり、少しだけ大人びた雰囲気。今までは私達よりも小さく幼いイメージだったが、それも払拭されたようだった。話し方は改装前から変わっておらず、外見だけが改装されたと言える。
それともう一つ、施設に所属する艦娘としては最上級の能力を提げてくる。
「だいはつどーてー、つかえるようになった」
「おお、我々には無い、唯一無二の力じゃな。九二駆は輸送も可能になったのう」
フンスと鼻息荒く、ダブルピースしながら宣言。これにより、施設外の者の力を借りずとも、緊急時に施設からいろいろ運び出せるようになった。これで霰は施設に無くてはならない存在となるだろう。
この改装をする前から、霰は禁断症状を完全に克服している。突然の幻覚に襲われることもない。時間はかかったが、霰は完治したことになる。胸に入っているのは深海棲艦の胸骨ではあるが、元通りになったと自信を持って言えるだろう。
「おう、全員終わったかァ?」
霰の改装が完了したことで、来栖提督も工廠にやってくる。これまでの時間、裏で飛鳥医師や下呂大将にいろいろと連絡してくれていたらしい。
来栖提督の姿を視認しても、三日月は私の陰に隠れるようなことはしなかった。ようやくこの人相にも慣れたようだ。
「霰は大発使えるようになるんだよな。それを大将に話したら、大発1個持ってけってよ。飛鳥んトコにも1つありゃ便利だろ」
「ありがとう、しれいかん」
「恩に着る。我々九二駆のさらなる躍進に繋がるのう」
大発動艇は武装でも無いので、なんの気兼ねなく渡せるのだそうだ。至れり尽くせりである。
「三日月、お前は大丈夫かァ?」
「はい、おかげさまで」
無表情なのは変わらないが、声色に感情が乗っていることがわかり、来栖提督もご満悦。私の左腕に抱きついていることはあえてスルーする方向である。
「今日はもう時間が遅ェからな、一晩泊まっていってくれや。飛鳥にゃもう伝えてあるからよォ」
「すまない、助かる」
さすがに今から帰投したら、施設に着くのは真っ暗闇の夜だ。まともな武装も持たない状態で進むわけにはいかないし、帰るからと言って誰か護衛に付けてもらうのもどうかと思う。
それに、いつもとは違う場所で寝泊りさせてもらうというのは、少しだけテンションが上がるというものである。私達は喜んで来栖提督の申し出を受けた。
部屋割りは以前匿ってもらった時と同じで、私は三日月と相部屋となる。雷と曙、姉と霰、夕雲と風雲できっちり4部屋。夕食も振る舞ってもらえるということでとてもありがたいが、雷は家事をやらないことで相変わらずソワソワしていた。
それまでの時間は当然フリー。そこで私達は、一度集まって今後のことを話す。最終的な決定権は私達には無いのだが、意思表示が出来ればと思った。
割り当てられた部屋に8人も入れないため、都合よく誰もいなかった談話室を使わせてもらう。どうせならと、許可を貰って雷がお茶を淹れてくれた。心を落ち着けて話さなくては、いい案も出ない。
「私達には力が足りないわ」
曙が第一声。悔しそうに搾り出した。
「巻雲相手に近付くことも出来なかった……私にはそれしか無かったのに」
「正直、朝霜より巻雲の方が厄介よね。撃っても避けられて、そもそも撃たれてまともに攻撃も出来なかったし」
「当たったところで水鉄砲じゃ艤装は破壊出来ん。それを見越して、彼奴らはわざと艤装で止めよる。我らが無力であることを嘲笑うようじゃった」
あの2人は、あの時には正直どうにもならなかった。まともな武装でも相手が出来たかどうかわからないほどに強かった。艤装も本人もインチキの塊。
だが、攻略出来ないわけではない。あの戦場で、私は2人の弱点に気付けた。
「巻雲は近距離に弱いと思う。朝霜は逆だ」
「なんでそう思ったの?」
「巻雲は間近に張り付いた長月を引き剥がせないようだった。多分、あいつの馬鹿みたいな乱射は誰にも近付けさせないためだろう。朝霜はリコの爆撃を潜り抜けて近付くことが出来なかった。あの俊足を封じられて防戦一方だったぞ」
単純なことだが、身体が動かず倒れ伏していたからこそ、霞む目でもそれだけは確認出来た。
弱点らしい弱点はわかったが、それを突くことが出来るかは私達の実力次第ではある。私と曙が巻雲の乱射を潜り抜けて近付くことが出来れば良し。朝霜がこちらに近付く前に6人がかりの掃射で足止めできれば尚良し。
だが、今の私達の力では、それは出来ないだろう。朝霜はいの一番に私に突っ込んできた。あれは巻雲を守るためでもあったのだろう。私の速さなら乱射を潜り抜けてくるかもしれないという可能性を加味して、先んじて封じてきた。
「朝霜は単純ね。なら問題は巻雲か」
「不意打ちに弱いのもわかりましたよ。長月さんの蹴りが当たったわけですし」
「言ったら朝霜もよね。リコの蹴りがモロに入ってたわ。アンタもね」
「あれは……まぁ……あの時はいろいろありまして」
曙から目を逸らす三日月。無感情の戦闘はあまり思い出したくないらしい。
「あれ何だったのよ。あいつらの攻撃全部避けたわよね」
「あれは……ですね。考えた時には身体が動いていたというか……避けたいと思った時にはもう避けていたというか……」
本人もよくわかっていないようだ。あの状態だと、考えるまでもなく勝手に身体が動いてしまったとのこと。理屈はよくわからないため、戻ったら飛鳥医師に聞いてみよう。
「若葉と曙で巻雲を叩くのがいいと思う。6人で朝霜を止めてほしい」
「簡単に出来れば苦労しないわよ。アンタはともかく、私は速さが足りてないわ」
だからといって、1人で突っ込むのは得策ではない。それこそ、無感情の三日月に補助してもらうくらいでないと難しい。そもそもそれでも勝てるかどうかわからないほどの難敵だ。
なら、足りないところを補うしかないだろう。もっともっと鍛えないと、奴らには勝てない。今持つ技能をさらに極め、持っていない技能も持つくらいで無ければ。
「また吐くほど特訓するしかないな」
鳳翔にしてもらったあの訓練、何人かトラウマになっているのか、ビクンと震えた。特に危なかったのは霰。余程刻まれてしまったか。
「が、がんばる。あられも、かちたいから」
「うむ、あれは厳しいが確実に力になるからの。せっかくの第二改装じゃ。有意義に使わねばな」
やる気満々の霰と姉。巻雲に撃たれ一撃でやられたのが悔しいと、匂いも物語っている。勝ちたいという気持ちが大きく、どんな特訓にも耐えてやるという覚悟も伝わってきた。
「私なんて気を失ってたんだもの! あんなの嫌だから、強くなりたい!」
「ホントよ。アンタが気を失ってる間、私がずっと守ってたんだから。せめて自分の身くらい自分で守ってくれない?」
「もう、曙は素直じゃないんだから。守ってくれてありがと。今度は私が守ってあげるんだから!」
雷も意気込み充分。1人だけ気を失っていたという事実が、他よりも強い悔しさに繋がっていた。曙も憎まれ口を叩きながらも、雷とはいいコンビをしている。
「若葉さんは私が守りますから」
「頼む。若葉は突っ込むしか出来ないからな」
「何にも邪魔をされずに突っ込めるように、私も強くなります」
距離がやたら近いが、三日月も私を守ると躍起になっていた。思考の変化からか、少しだけ好戦的になってしまっている感が否めない。それでも、私達と共に立ち向かうと誓ってくれたから安心だ。
と、ここでずっと黙りこくっていた夕雲と風雲が大きく息をついた。
こうやって集まる前から今の今までずっと考えていたのだと思う。相手は実の姉妹だ。攻撃するのに抵抗だってあるだろうし、攻撃されることが心を抉るだろう。それが嫌で戦えないと言ったとしても、誰も文句は言わない。
「夕雲、風雲、無理はしなくていい」
「……無理じゃないわ。でも、やっぱり姉妹に刃を向けるってのはちょっと考えちゃうよねって」
「ええ、覚悟は要ります。ですが、やらなくては全滅してしまうのも間違いありません」
ギュッと拳を握り、決意したように顔を上げた。考えて考えて考え抜いて出した結論だ。相手が姉妹であろうと、今は私達の最大の脅威。あちらが姉妹でも関係なしに殺しに来るのだから、それ相応に相手をする必要がある。
「強くなります。強くなれば、巻雲さんも朝霜さんも救えるのでしょう」
「まずは倒さないと話にならないんだもの。なら、倒せるだけ強くならなくちゃいけないでしょ」
勿論そうだ。倒せるくらいに強くならなければ救うなんて以ての外だ。返り討ちに遭うのがオチ。私達の目的を果たすためには、あれを大きく上回らなくてはいけない。1人1人の力では届かなくても、仲間達と共に上回ればいい。
ここにいる者だけではない。施設にはまだ仲間がいるのだ。みんなで力を合わせれば、きっと上手くいく。いい方向に行く。
「だが、どう強くなる。やっぱり鳳翔か」
「それが妥当でしょ。せっかく施設にいてくれるんだし」
今まで鍛え上げてくれた鳳翔なら、私達をより高みに引き上げてくれるだろう。そう話していた矢先、談話室の入り口に飛び込んできた1人の艦娘。
「話は聞かせてもらったわ!」
それは足柄だった。私の戦闘スタイルの模倣相手。接近戦では獣のように駆け回る、勝利に飢えた狼。
「勝ちたいのよね。勝ちたいのよね! なら、私達がアンタ達を鍛え上げるわ!」
「ね、姉さん、いきなり割り込んじゃダメですよ……」
その後ろには羽黒も。五三駆を鍛えてくれた重巡洋艦2人は、私達の話をずっと陰から聞いていたらしい。羽黒的には、私達に全ての選択を任せるつもりだったらしいが、いてもたってもいられなくなった足柄が乱入したことで、それは全て頓挫したようである。
しかしながら、この2人はとても心強い。事実、雷と三日月はこの2人に鍛えられて砲撃の技術を学んでいる。それだけ教えるのが上手いということだ。前衛組と同様に詰め込みであったものの、それでも十分に戦えていた。
「提督に許可を貰ってくるわ! 明日からは私達も施設に住み込んで、鍛えて、鍛えて、鍛えまくるわよ!」
「姉さん、圧が凄いです……」
それだけ気合を入れてくれているのならありがたい。今の私達は、すぐにでも強くなりたいのだ。詰め込みでも一夜漬けでもいい。それほどまでに敵は強大なのだから。
思い立ったが吉日と、足柄はすぐに来栖提督に直談判しに行ってしまった。本当に嵐のような人である。
「ごめんね? 姉さん、ああいう人だから……」
「ホント喧しい人ね……」
だが、悪い気はしない。ああいうノリが苦手な三日月も、キョトンとしているだけで終わっている。嫌がっていない。
私達の勝利のために、みんなが協力してくれる。ならば、それに応えなくてはいけないだろう。そうでなくても、私達は強くなりたい。
楽しく生きるためには、それ相応に力もいる。まずはみんなで強くなり、勝利を掴み取るのだ。
足柄と羽黒まで施設に来たら、来栖鎮守府の守りはどうなるんだって話ですが、ここには強力な艦娘も多数いるので問題ありません。鳳翔があそこまでの実力ですからね。