決意も新たに、練度を上げていくことを誓った我ら施設の駆逐隊。明日からは施設に戻り、普段のことをやりつつも確実に練度を上げ、敵の襲撃に備えることにした。
特訓に付き合ってくれるのは、足柄と羽黒。足柄がそのことを来栖提督に伝えると、必要なことだということで許可を出してくれた。下呂大将は戦力増強に関してはほぼ許可すると言ってくれていたらしく、これも問題ないだろうとのこと。この後すぐに連絡して、許可をしっかりととってくれた。
施設への帰投は明日の朝。それまでは、来栖鎮守府で身体を休めることになる。
私、若葉は、明石から貰った少量の高速修復材を使い、処置により接続されていた肋骨の修復も完了。縫合痕もキレイさっぱり無くなった。これで私も完治。
「これで一安心だな」
「そうですね。明日から激しい運動も出来ます」
相変わらず私の左隣を動かない三日月。与えられた部屋には当然ベッドは2つあるのだが、何も言わずとも私のベッドに潜り込む気満々である。
「三日月、お前のベッドは」
「一番落ち着ける状態で眠りたいので、よろしくお願いします」
左腕を抱きしめてきた。先程の駆逐隊での話し合いの時ですら、私の左手から手を離さなかった。気持ち表情も穏やかに思える。
深海の侵食により、私の存在を今までとは少し違うものとして見るようになってしまった三日月。私のことを
「落ち着きます……同じものを持つ人がいてくれるのは、とても心強いです」
物腰は若干柔らかくなっているのだが、どうも危うさを感じてしまう。心を落ち着かせるために私に依存してしまっているような、そんな雰囲気。三日月から漂う匂いも、深海の匂いが若干薄れる代わりに、大きな安心とほんの少しの興奮が感じ取れる。前者はともかく後者は危ない。
だが、落ち込んで当初の三日月に戻ってしまうのも良くない。私としては別に拒絶する理由がないのでそのままにすることにした。より危険な方向に進んだ場合は止めよう。
「何度も聞くようだが、本当に身体には何も無いんだな?」
「はい、問題ありません。あ、強いて言うなら、眼がよく見えるようになったくらいです。両眼になった分、夜目がより利きますね」
それくらいなら問題はない。むしろ、今後も夜襲ばかり仕掛けてきそうなのだから、夜目が利くことは有利だ。それに、赤い花弁を見つけたときのように、深海のものを見つけるのにも有用。
「客観的に見て、私の眼はどうでしょう。変に光って迷惑ではないでしょうか」
「目を瞑れば大丈夫だから心配するな」
「よかった。なら添い寝も出来ますね」
開いていると確かに淡く光っているように見えるが、閉じればその光も漏れることは無い。眠っていれば大丈夫だろう。と言ったところで、添い寝に問題ないことを認めることになってしまった。
「まぁ、別に構わないが」
「ありがとうございます。今は若葉さんと一緒にいたいです。本当に落ち着くので」
嫌ではないが、積極的すぎるのも驚く。恐怖を払うための添い寝ではなく、ただ一緒にいたいための添い寝は意味合いがまるで違う。人が変わったと言うと言い過ぎかもしれないが、以前までの三日月なら絶対にこんなことは言わない。
いい傾向なのか、悪い傾向なのかは、今はまだわからない。
翌朝、施設へと帰投する前に、来栖提督から頼まれた仕事をこなした。この鎮守府に滞在している、治療された人形41名の匂いを確認する仕事だ。
これに関しては、朝食の時間を使って一気に終わらせた。まだ禁断症状に苛まれているものは多数いるが、匂いとしては全員が問題無し。妖精の力により、飛鳥医師の治療が完全に模倣されたことが確認出来た。
「ありがとな、若葉。これでうちのドックで全部終わらせることが出来ることが確定したぜェ」
「ああ。うちの負担も減るからありがたい」
「禁断症状も治った奴から大将に引き渡して、他の鎮守府に配属出来るように便宜を図ってもらうつもりだ。後は任せてくれや」
禁断症状の回復は個人差があるため、今のところは全員が配属未定の状態。もしかしたら全員を来栖鎮守府で引き取るかもしれないし、うまく分散して負担を減らすかもしれない。どちらにしろ、順調に回復しているのは確かだった。
「こんな馬鹿げた時間はさっさと終わらせなくちゃならねェ。俺らも全員協力するからな」
「頼む。若葉達だけでは手に負えないのはわかってるからな」
「おうよ。それじゃあな。またいつでも来てくれ。鳳翔にもよろしく伝えてくれや」
これにて来栖鎮守府でやらなくてはいけないことを全て終え、施設へと帰投することとなった。おそらく時間が終わるまでに何度も来ることになるだろう。この縁は大切にしていきたい。
今回は来栖提督は鎮守府に残り、私達駆逐隊と、次の特訓を手伝ってくれる足柄と羽黒で航路を駆ける。行きに艤装を積んできたため、帰りは私も艤装装備で航行。霰の操縦する大発動艇は、何の荷物も載せていない空っぽ状態。
「若葉、修復材使ったのね」
「ああ、昨日寝る前にな」
「良かったわ。今日からでも特訓出来るわね!」
にこやかな雷。力を得ることに積極的なのは雷だった。あの戦場で唯一気を失ってしまったという悔しさが大きいのもあるが、施設の艦娘の中で最古参ということで、居場所を守ることに燃えていた。
こんなに好戦的では無いはずなのだが、みんなのためになることだからとなると途端に積極的になる。
「三日月も大丈夫そうね!」
「はい。もう大丈夫です。若葉さんがいれば」
「本当に仲良くなったわね」
雷も苦笑するほどだった。
朝は案の定、左腕をガッチリホールドされた状態で目を覚ました私。一晩経っても三日月のノリは変わらず、基本は私と一緒に行動。施設に戻れば別行動も多くなるだろうが、今はそういう場ではないので、過剰なくらいにスキンシップを求めてくる。特に左腕。
脳への侵食がどれほどまでに影響を与えるか、この半日程度で痛いほど思い知った。だが、これまで改装をしないでいたからこれくらいで済んでいるのかもしれない。それに、負の感情での侵食が入る前に改装していたら、これ以上におかしくなっていたかもしれない。
「アンタ達、いいコンビじゃない」
「まぁ……それはそうだな。認める」
前衛としては曙と組んでいるが、基本的な戦闘では三日月と組む方針で今までもやってきている。二四駆との演習でもそれを鍛えてきていた。本番となったときには2人でやれるような敵が来ないため、チームワークがなかなか活かせないでいるだけだ。
三日月の心持ちが変化したことで、チームプレイはよりうまく行くようになると思う。むしろ私が頑張って合わせることになるかもしれない。その辺りも特訓していきたい。
「曙、私達もこれくらいのチームワークを目指しましょう!」
「無茶言わないで」
曙は雷と少しだけ心が離れているように思えた。その原因は間違いなく呂500である。雷が呂500の面倒を見ることになったことで、部屋も別室になってしまった。
普段の行動から別々になったことで、チームワークに支障が出なければいいのだが。万が一の場合は、駆逐隊の中でメンバーチェンジもあり得るかもしれない。出来ることなら仲違いはよしてほしい。
「あ、二四駆が見えてきたわ!」
施設の護衛艦隊である二四駆の姿が見えてきた。私達は無事に帰ってこれたこと、そして、施設自体がしっかりと残っていることがわかり、少し気が抜ける。襲撃を受けないでよかった。対策も出来ていないのに、立て続けに襲撃を受けていたら、まず確実にやられていた。
「お帰りー。三日月はどうなったンだ?」
「お騒がせしました。改装されてきました」
「大丈夫だったんですね。安心しました」
海風と江風に出迎えられ、三日月は少しだけ私の後ろ側に回り込む。態度は前よりも前向きではあるが、まだ面と向かって話すのは苦手なようだ。完全に心を開けるのは、私だけなのかもしれない。
「……若葉、傷、治ってる」
「ああ。心配かけた」
「山風が他人の心配するたぁ、珍しいこともあるもんだねぇ」
私に山風と涼風が駆け寄ってくる。一番重傷だった私が、自分の脚で帰ってきたことを喜んでくれている。涼風に冷やかされて山風が憤慨しているようだが、可愛いものだ。
「鳳翔さん、今日からは私と羽黒もここに入りますね」
「ここの駆逐隊を鍛える必要があるということで」
「はい、事前に伺っています。私もお手伝いしますので、頑張りましょう」
私達の師となる3人は、早速特訓プランを考え始めていた。早急に強くなれるのなら、どんなことでもやろう。
「さぁ、まずは元気な姿を先生に見せてあげてください。特に三日月さん、先生が心配していましたよ」
「わかりました。若葉さん、行きましょう」
「ああ」
護衛艦隊との話はここまでにして、私達は施設へ。1日留守にしただけでも、なんというか恋しく感じた。
帰投すると同時に、すぐに医務室へ。私と姉、そしてシロを加えたいつもの面々が揃い、改めて三日月の診断を始める。
「無事に帰ってきてくれてよかった。感情は戻っていているみたいだな」
「はい、改装したことで、今の私になりました」
「少し顔色が良くなったか。体調は良いみたいで何よりだ」
話しながら医学的な診察をしていく。入渠したようなものなので、健康そのものであることはわかっているのだが、念のため。その間に私と姉が匂いと霊視を実施する。
「匂いは昨日と変わらない。改装前から少し深海の匂いが強くなっている。特に頭の周辺だ」
「もののけは落ち着いておるのう。協力的な雰囲気なのは若葉のものと変わらん。……今気づいたが、見た目も似ておるな」
姉曰く、私と三日月に憑いているもののけは、姿がかなり似ているとのこと。やはり同じ姫のパーツを使っているだけある。
「一度聞きたかったんだが、そのもののけというのはどう見えるんだ?」
飛鳥医師が素朴な疑問をぶつける。私達には見えていないものなのだから、どう見えるかは気になるところだろう。三日月と似ていると言われれば、私も少し気になる。
「わらわに見えるのは人型の影のようなものじゃな。何者かはわからぬが、表情はわかるんじゃ」
「ふむ、シルエットが見えるという感じが」
「そうじゃの。若葉と三日月のもののけは、髪を片側で括ったような影に見える。若葉は左腕、三日月は頭を、こう、なんじゃ、絡みつくようにしての」
髪を括った姿というのは、駆逐棲姫に該当する外見らしい。解剖した飛鳥医師が言うのだから間違いない。
こうやって話していても、そのもののけは温厚なのだそうだ。協力的というかなんというか。だが、それのせいで三日月の思考が侵食されているとも考えられるので複雑な気分である。
それ以外にも小さなもののけが憑いているということで、おそらくは私達に使われた深海のパーツの持ち主ではないかと思われる。深海棲艦ではあるが協力的。イロハ級でも温厚。それこそ、私達と繋がったことであちらにも影響を与えているかもしれない。
「ハツハルの言うこと……全部合ってるよ多分……」
シロが三日月の頭に触れながら話す。
「侵食が……もっと進んでる。これ以上にはならないと思うけど……絡み付いてる感じ……かな」
「うむ、わらわにもそう視えるのう」
「でも……昨日よりはいい。悪いことにはなってないよ……」
シロからもお墨付きを貰えた。安心と言うのは違うかもしれないが、三日月が安定したのなら良しとするべきだ。今の状態を悲観するのは、三日月に悪い。
「身体としても健康そのものだ。精密検査は受けてもらうが、安心していい」
「そうですか、よかったです」
「あとは問診だが……何か変わったことは」
ここで話題になるのは当然、私の見方が変わったことだ。話を聞いていくうちに、飛鳥医師の表情も複雑なものになる。どう反応していいのかわからないのだろう。
「まぁ、生活に支障が無いならいいだろう。若葉、普段の生活では三日月のことを頼む」
「ああ。ここでの作業中は別行動もあるだろうが」
「基本は一緒にいます。落ち着けますので」
医学、感覚、嗅覚、霊感の全てから、三日月は今は安定していることが証明された。思考への影響に関しては、そのどれでも推し量れないものであるために現状維持。また何かしらの悪化が見えたら考えるということになった。
私もそうだが、三日月も毎日診察を受けて、現状維持出来ているかを確認していく。そういうところも私と同じになっていることに、三日月は喜びを隠さない。表情はいつになく穏やかに見えた。
若葉が中性的なので、三日月とはとてもいいカップリングに見えなくもないです。個人的な設定ですが、身長差は曙>若葉≧雷>三日月のイメージ。