午後からは三日月の精密検査が行なわれるため、私、若葉は一時的にフリー。三日月から離れることにはなるが、だからといって不安定になるわけでもなく、なったらなったで検査によりそれが明確になるため、一度三日月を1人にした。
その間はいつも通り、工廠で自分の艤装の整備をしておく。特訓は急務であるのだが、足並みを揃えるため明日からとなっている。それに向けて、万全な状態で挑みたい。自分のものは自分で。それが終わったら三日月のものを整備しておこう。
「……大分傷んでいた」
「前回の戦闘の分が整備出来てなかったな」
曙の艤装を整備している摩耶に言われた。あの戦闘の後、一番ダメージが大きかった霰の艤装を優先して修理していたらしく、私のは最小限だったらしい。外見だけならあまりダメージは無いように見えたから後に回したのだろうが、このまま戦闘していたら間違いなく戦闘中に大惨事を引き起こしていた。
「つっても、それはちょっと違う傷み方だな。内側から負荷がかかったみたいな」
「ああ。朝霜や巻雲にやられた傷じゃない」
「どういう戦い方すりゃ、こんな傷が出来んだよ」
まるで、出力を上げすぎたせいで捻じ切れかけているような傷み方。同じようなことを何度かやったら、まず間違いなく内側から壊れていた。
理由はすぐに思い当たる。強引に自分の限界を超えたあの時だ。私だけじゃなく、艤装にも特大の負荷がかかっていたわけだ。先に私がダウンしてしまったが、もし私がダウンしなかったとしても、艤装がおしゃかになっていた可能性は高い。どちらにしろ、戦闘不能になっている。
「もしかして、艤装の方がついてきてないのか」
「おそらく」
「確かお前、その身体になった時に自分でリミッター外したんだったよな」
流石工廠担当。艤装の傷だけでその辺りがすぐわかる。大きく溜息をつき、小突かれた。
「艤装がダメになるレベルだと、お前自体がぶっ壊れるぞ。つーかお前、自力で外したのかよ」
「わかってる。だが、あの時はこれしか手段が無かったんだ」
そして、その手段を使っても勝てなかった。それが特に悔しい。相手が違法改造されているのはわかっているし、そもそも艦娘から逸脱した能力を植え付けられているのもわかっているが、それに負けるのは嫌だ。
「ならお前が強くならねぇとな。リミッター外しても耐えられるくらいによぉ」
「……そうだな。そうでないと太刀打ち出来ないと思う。だが、若葉だけじゃダメだ。みんなでやらないと勝てない」
「だな。だから、あたしがまず艤装をフル改造してやる。ギリギリ限界までスペックを上げてやるよ」
なんと心強い言葉。摩耶の腕はずっと見てきたのだ。信用出来る。
「とはいえ、法の範囲内でな」
「わかってる。違法改造なんて以ての外だ。奴らと同じことはしない」
「おう、わかってんならいい。あたしに任せとけよな」
あくまでもズルはしない。奴らと同じになってしまう。毒を以て毒を制するなんてことはしたくないのだ。そんなことをして勝ったところで、今度の敵は大本営になるだけだろう。
あくまでも真っ当に、この施設の正しさを示す必要がある。勝つことが難しくても、勝った後のことを考えなければならない。
夕食からはずっと三日月は私と一緒にいることになっている。私の前では身体中の傷を見せることもそこまで気になっていないようだ。いつもは仲間内ですら風呂に入ることに抵抗を見せていたのだが、今は私しかいないため割と堂々。変われば変わるものである。
「精密検査の結果も、異常無しでした」
「そうか。それはよかった」
湯船の中で三日月に午後の検査の結果を聞いた。ここで調べられることでは、三日月の身体には何も異常無しと診断されたそうだ。だからこそ飛鳥医師は頭を抱えることになるのだが、姉とシロの保証によりひとまずは現状維持ということになったらしい。
現に三日月は、侵食される前よりも元気と言える。私に依存しかけていることさえ除けば、無理に治療する必要は無いくらいに思えるほどだ。出来ることなら、顔の傷は消えた方がいいと思うが。
「明日からの特訓にも、支障はありません。強くなります」
「ああ、若葉もだ。摩耶も後押ししてくれた」
こうやって話している間も、三日月はずっと手を握っている。そうしている間は、表情も穏やか。笑顔すら溢れるほどになっていた。こんな三日月は初めて見る。
「ホント仲いいわねアンタ達」
呆れ顔な曙が風呂に入ってくる。雷と呂500が入る時間からズラした結果、私達が入っている最中に入ることになったようだ。今なら大人数でも入ることが出来るので、1人や2人追加しても全く苦では無い。
「……はぁ」
「どうした曙。聞くまでも無いが」
私の隣に腰を落ち着けるや否や、大きく溜息をついた。理由など言わずともわかる。この施設に戻ってきたことで、呂500と顔を合わせる機会が増えたことだ。
面と向かって罵詈雑言を並べ立てた時に、これ以上ストレスを溜めたくないと言っていたが、同じ建物の中にいる時点で無理だった。
「……ストレスが溜まってんのよ」
「ああ……」
雷が呂500と相部屋になるということで、部屋の移動は済んでおり、曙は今1人部屋だ。今まで相部屋であり、カウンセラーとして優秀な雷が、今の曙の悩みの種にもなってしまっているため、なかなか話せる者がいなかった。
新たなカウンセラーである姉は、現在リコと相部屋。あそこはあそこで面白おかしい部屋になっているらしい。なかなかどうして相性がいいようである。
「話くらいなら聞くぞ」
「そうです。話して気が楽になるなら話した方がいいですよ」
「アンタ本当に三日月? テンション違い過ぎない?」
言いたい気持ちはわかる。
もう一度溜息をついた後、ポツリと溢した。
「……なんで私が逃げ回ってんのかしら」
呂500と顔を合わせたくない一心で、曙側が対策している。雷からも聞き、呂500の行動範囲から避け、食事の時も席を対角に取り、絶対に視界に入れないようにしていた。曙自身の保身もあるが、呂500が変に思い出さないようにする理由にもなっている。
それが曙のストレスの原因。自分のせいではないのに、自分が行動しなくてはいけないということに疲れている。
「顔を合わせたくないからだろう?」
「私には何にも罪はないのよ。そりゃアイツにも罪はないかもしれないけど、私は殺されてんの。一から十まで被害者よ」
それは曙の胸と背中にある傷が物語っている。完全に貫いている傷。心臓と肺を潰され、命を奪われた証拠である。
その傷を作ったのは、洗脳されていたとはいえ紛れもなく呂500。そして本人はそのことを忘れてしまっている。それが曙には引っかかるのだろう。
「道を開けるのはアイツの方よ。アイツが私に気を使えって話」
「だが、罪悪感はあれど、それが何故かがわかっていないから」
「私の顔を見るたびに訳わかんないけど辛いって顔すんの。何なのよもう……気分が悪いのはこっちだっての」
行き場のない感情が晴らせず、悶々としているのだろう。それがストレスになり、疲労に繋がっている。
曙の根っこの優しさが原因だ。曙が優しいから、不要な罪悪感まで感じてしまっている。良いことではあるのだが、それが今の苦痛に繋がっているのだから報われない。
「飛鳥医師には相談したか?」
「するわけないでしょ。こんなくだらないことで」
「くだらなくないだろ。お前の健康状態に関わるんだぞ」
三日月もうんうんと頷く。今は誰一人として不調を出せないくらいの切羽詰まった戦況だ。いつ攻め込まれてもおかしくなく、対抗手段もまともに持てていない状態。少しでも崩れていたら、そこからつけ込まれる。
曙だって、自分が穴になっていたら嫌だろう。だからこそ、常に万全でいたい。簡単に出来れば苦労はしないが。
「どうしたい。憂さ晴らしに愚痴大会するか?」
「先日は聞いてもらいましたし、今日は曙さんの話を聞きますよ」
「……別にそこまでしなくてもいいわよ」
そっぽを向く曙。湯船にあてられたわけでは無いと思うが、少し顔が赤い。気を使われることに慣れていないのだろうか。
「遠慮するな。お前、心が相当疲れてるぞ」
「そんな時に1人部屋なんて眠れなくなりますよ。安眠は心を落ち着けてこそです」
妙に説得力がある三日月の言葉。今は私が添い寝することで安眠出来ていると熱弁。その勢いに曙も引き気味である。
とはいえ、曙は精神的に疲弊している。午後は何をしていたか知らないが、何だかんだ呂500から逃げ回っていたのだろう。ずっと神経を張り巡らせていたのだから、疲れるに決まっている。
「曙、若葉達は仲間だ。頼れ」
肩をポンと叩く。機嫌が悪いなら容赦なく振り払うだろうが、それも無かった。思った以上に消耗しているのかもしれない。
「今日だけ。今日だけよ」
「ああ、それで構わない」
望んでいたのか折れただけなのか、今日だけは曙と相部屋ということになった。雷を仲間外れにしているようで少し心が痛むが、今回は曙のメンタルケアを優先する。
もう寝るだけでという状態になり、私と三日月の部屋に曙を招いた。ある意味パジャマパーティーみたいなものだ。女子会とも言えるか。
そこで今までの溜めに溜めた愚痴やら罵詈雑言を思う存分吐き散らした曙。釣りの時にもやったものの、その時以上に酷かった。あまりにも酷いものだから、私の腕を抱きしめる三日月の力が少し増したほどだった。
最初は呂500への不満だった。先程言っていた『何故自分は悪くないのに自分が逃げ回らなくちゃいけないのか』というところから始まり、罪を忘れていることへの不満、自分に向ける視線への不満、謝られても気分が悪いと、稀に理不尽な不満まで出てくる。それだけ悶々としていることがわかる。
だが、途中から雷への不満が出てきた。呂500と一緒にいるときの自分への視線が気に入らないとか、言葉では言わないが呂500を許してあげてほしいと態度に現れているなど、いちゃもんレベルの要望まで。
「はぁ……はぁ……ったく、冗談じゃないわよ」
小一時間ほど愚痴を吐き続けたせいで、息が荒い。事前に飲み物を用意しておいたため、それを一気飲みして身体を落ち着ける。
それを聞き続けた三日月は、顔が引き攣っていた。自分もこんなだったのだろうかと不安そうにしていたが、私としてはノーコメント。
「アンタ達にはわからないでしょ。私の気持ちは」
「わからないな。若葉達は
「はい、私にもわかりません」
曙の辛さをわかってあげることはまず出来ないだろう。同じ経験が出来ないのだから、慰めも言葉だけに捉えられても仕方ない。
だが、聞かせてくれただけでも良かった。悩みなら打ち明けてほしい。慰めはいらないかもしれないが、共有することで救われることもある。悶々として生きていくよりはマシだ。
「……どうせアンタ達も私が間違ってるって思ってんでしょ」
「思ってませんよ。仕方ないことですし」
「人がどう思おうと勝手だ。それだけお前が呂500に深い恨みを持っていることくらい、理解しているつもりだ」
自分が今言ったことが良くないことであることを理解している上で、これだけの文句を言い放っていることも理解していることは、匂いが全てを物語っている。今言ったことが本心であることも。
こればっかりは仕方ないことだと思う。私達には無い
それを知って尚、曙は正気でいられるのだ。誰よりも精神が強いとしか思えない。尊敬に値する。
「若葉は愚痴を聞くくらいしか出来ない。辛かったら、いつでもここに来てぶちまけてくれ。雷や姉さんほど役には立たないだろうが」
「そうですね。私も聞いてもらうんですから、おあいこです」
「……アンタ達の気分が悪くなっても知らないわよ」
「構わん」
促さないと口に出すこともしないだろう。口は悪くても、曙は本当に真面目だ。だからこそ潰れずに済んでいるのかもしれない。危ないところまで来ていたのも真面目故かもしれないが。
「ふぅ、今日はもういいわ。なんか言いたいこと言ったらスッキリしたわ」
「それは良かった」
これほどまでぶちまけたからか、曙は随分とスッキリした顔をしていた。ほんのりと笑顔も戻ってきている。やはり適度なガス抜きは必要である。
「明日からは特訓で憂さを晴らせばいい」
「そうね。アンタと模擬戦くらいしたいところだわ」
「そうだな。朝霜対策は若葉で慣らす方がいい」
力一杯愚痴を言ったのだから、次は身体を動かしての発散だ。ちょうどいいタイミングでその機会が来たかもしれない。
「……雷さんと顔を合わすことになりますけど」
「構わないわよ。アイツらをぶちのめすためならなんだってやるわ。それに、別に私は雷のこと嫌いじゃないもの」
今のは失言に聞こえたが、詮索はやめておこう。
今後もストレスは溜まると思う。その度にこうやって相談してくれればいい。仲違いに発展しなければ問題はない。それに、我慢しろとは口が裂けても言えない。
施設部屋割り(現在12部屋、順不同)
01:若葉、三日月
02:雷、呂500
03:シロ&クロ、霰
04:夕雲、風雲
05:摩耶、セス
06:初春、リコ
07:曙
08:鳳翔(出向)
09:海風(出向)、山風(出向)
10:江風(出向)、涼風(出向)
11:足柄(出向)、羽黒(出向)
12:空き部屋