足柄と羽黒による訓練、初日が終了した。まずは実弾の主砲に慣れるということで、朝から晩までひたすらに砲撃訓練。
姫であった時に扱っていた夕雲と風雲、人形として活動させられていたときに扱っていた霰、そもそも手で持たない姉に関しては、早々に慣れることは出来たが、やはりまだまだおっかなびっくりである。ここの主砲は普通の駆逐主砲より威力が上がった深海仕様。いくら使ったことがあったとしても、今までとの違いに動揺を隠さないでいた。
「……これは怖いですね。どうしても射軸がズレます」
「掠めること考えてるのに直撃しちゃいそうになるのよね……」
今見えている難敵は2人の姉妹だ。万が一のことを考えたら恐怖を感じてもおかしくない。最悪の場合、自らの手で姉妹の命に終止符を打ってしまうことになるからだ。
霰は痺れた手を擦りながら息を荒くしていた。第二改装を終えたとはいえ、私達の中では華奢な方。慣れたものの、水鉄砲とは比べ物にならない反動で疲れ果てているようである。
「はつはるちゃん……うらやましい」
「わらわの真骨頂じゃの……じゃが、やたら疲れるのは変わるまいて」
腕を組みながらでも砲撃出来るというのは利点であるが、その分遠隔操作で頭を使うらしく、姉は他よりも疲れた顔をしていた。射角から反動軽減までを遠隔で考えなくてはいけないというのは、私達には無い苦労。
九二駆の4人は気苦労により疲労していたが、五三駆は、肉体的にも大きく疲労していた。
まず実弾となった主砲を扱う三日月と曙だが、なんとか片腕で放てるようになったものの、照準はまだブレブレ。的に掠めることはあれど、命中は未だ出来ていない。特に曙は、主砲自体がここに所属して初めてのことだ。
「こ、これは、キツいです……今までと違いすぎます……」
「摩耶さんにもっといい武器作ってもらうわ……槍との併用は無理よこれ」
主砲そのものの重量は変わらないものの、反動を何度も受けていると腕がおかしくなってくる。最後は主砲を持ち上げることも難しくなっていた。こればっかりは筋力とかそういうところに関係してくると思うので、そちらも鍛えなくてはいけないだろう。
私、若葉はというと、摩耶に専用に作ってもらった新武装、試製拳銃付き軍刀を試していた。三日月や曙の使う主砲よりは小さく、反動も少ないが、そこに刃が乗っているために重量は似たようなもの。
「悪くない。反動も慣れれば問題ないぞ」
「腕上がってない状態で言われても説得力ないわよ」
心臓も侵食されたおかげで、曙程ではないが持久力が上がっている。だが、筋力にはあまり影響が無いため、腕が重さで上がらない。
新武装ということで神経を使い、さらには殺傷武器。身体中がギシギシ言いそうなくらい疲れ果てていた。特に腕。今この場で普通にしていられるのは曙だけだ。
そして、実弾主砲を拒み、水鉄砲一筋で行くと決めた雷だが、羽黒が頼み込んでリコによる訓練が行われていた。基地航空隊による360度からの集中砲火を回避しつつ撃ち墜とすという苛酷極まりない訓練。当然実弾は使っておらず、リコ側も水鉄砲である。
水鉄砲だからこそリコも受け入れたし、リコの戦闘機が空中で停止したりバックしたりと意味不明な挙動が出来るからこそ成立する訓練。
「よくもまぁ避けるものだ。だが、当てられていないな」
「わっ、私もっ、頑張って、るんだけどっ」
実弾に慣れるだけの私達とは違う、実戦さながらの訓練にヘトヘトな雷。演習とも違う、一方的に嬲られるという有様。水鉄砲を喰らい続けて、濡れ鼠になってしまっていた。
目下の難敵である巻雲と朝霜相手には不要な技能かもしれないが、視野が拡がる訓練だと思えばこれも有用。人形の集団に囲まれる可能性だってあるのだから、充分すぎるほどの訓練。
「そろそろ時間ね。今日のところは終わりにするわ。一応全員ノルマは達成したわね!」
足柄の宣言により、本日の訓練は終了。
実弾の主砲を片腕で撃てるようにする、というノルマは全員達成。そのおかげで全員腕がパンパンだったが、これで取り回しは出来るようになった。しかし、命中率は散々。より使いやすくされている私ですら、まともに的に当てられなかった。
1人、雷だけはフラフラ。肩を貸さないとその場から動けないくらいにまで消耗していた。鳳翔や神風から訓練を受けていた私達くらいにされている。
「ほら、ちゃっちゃと歩きなさいよ」
すかさず肩を貸したのは曙だった。さすがはコンビを組んでいるだけある。何だかんだ優しい。
「ご、ごめんね、曙、ちょっと無理……」
「アンタが自分で選んだ道でしょうが。私に面倒ごと押し付けないでもらえる?」
半ば引きずるように運んで行った。嫌そうに言うものの、誰よりも早く動いた辺り、曙は雷のことを心配していた。雷も、そう言われながら何も反論せずに苦笑しているのみ。
呂500の件で少しだけ軋轢が生まれそうではあったが、雷はそれを望まないし、曙はその辺りは多少割り切っている。ただし、関わりを持ちたくないという気持ちはありありと見せつけているので、雷が一歩引くことで均衡を保っている状態。
それでも素直すぎるが故に顔に出てしまうことが多いので、昨日の曙の愚痴に繋がるのだが。なんだかんだ、少し壁が出来てしまっていることは否定出来ない。コンビを組んでるから付き合っている感じか。
「私達も行きますか」
「ああ、三日月は大丈夫か?」
「腕は上がりませんけど、比較的大丈夫です。基礎訓練のおかげですかね」
それを追うように、私と三日月も風呂へと向かった。正直あの2人のことは心配である。
遅れて風呂に入ると、既に雷が浮かんでいた。薬湯により急速回復中。溺れないように曙がしっかりと腕を掴んでいた。
「手間かけさせんじゃないわよ」
「ごめんごめん」
薬湯に浸かったことでようやく自力で座れるくらいには回復したようである。支えがなくても座れるようになり、ようやく一息つく事が出来たようだ。それがわかると、突き放すように曙も支えるのを止める。
そこからは遠目に見ていたが会話も無し。雷が気まずい雰囲気を醸し出すというのはなかなかに珍しい。お節介を焼くことはするが、それ以上話すことはしない。
「何というか……空気が重い」
「そうですね……雷さんがあちら側というのが……」
来栖鎮守府では普通に話をしていたが、ここに戻ってきてから一気に関係が悪化したように見える。
仕方ないといえば仕方ないことだ。私と三日月も盛大な愚痴を聞いたくらいなのだから、ある程度は理解している。曙が一方的に気分を害している部分もあるし、同情出来る部分だってある。
「……あ、あのさ、曙」
「何よ」
意を決して雷が話しかけた。対して素っ気ない態度の曙。より空気が重くなるように思える。
「……私のこと、そんなに嫌だった?」
「はぁ?」
「だって……若葉と三日月に話してたわよね……私のこと嫌だって」
昨晩の愚痴大会の話を聞かれていたらしい。
私と三日月が聞き手になって、さんざんぶちまけたあの夜、私達の部屋の外には、たまたま部屋から出た雷がいたようだった。部屋の外の匂いまでは私にもわからないため、誰かがそこにいたなんて考えもしなかった。
愚痴も陰口の一種。本人に聞かれたくないようなことだから、ああやって聞かれないところで吐き出すのだ。だが、それを聞かれていたとなると、話は変わってくる。雷は何処かよそよそしくなるし、気まずい雰囲気も出てしまうだろう。
「私、知らず知らずのうちに曙に嫌われるようなことしてたのよね……だからちょっと厳しめに言ってくるのよね」
「……アンタねぇ」
「ちゃんと改善するわ。だから、面と向かって言ってほしいの。私は……私は、そう思われてるっていうのが、嫌だから」
そういう負の側面での隠し事はやめてほしいと、雷はそう言っているようだった。
雷には数少ない仲間だ。事が済んだ後でも、ずっとここで一緒に生きていく相手に嫌われているというのは、実弾兵器を使うこと以上に辛いことだった。
「……なら言ってやるわよ。泣いても知らないわよ」
「うん、いいわ。曙の思ってること、私知りたいもの。仲間なんだし、コンビなんだし。わだかまりとか持ってたくない」
面と向かって言われることの方がわだかまりが出来る可能性が高いと思うのだが。
風呂という場、さらには私達以外にも九二駆だってこの場にいる。雷はともかく、曙が拒みそうなものだったが、雷の真っ直ぐすぎる瞳に根負けし、ほぼ喧嘩腰で愚痴をぶつけることになった。
私と三日月しか聞いていなかった曙の本心を、雷は真摯に受け止めた。そんなこと言われてもというクレームレベルなものもあり、流石に反論してもいいのではという物言いに対しても、雷はまず全て聞いていた。
逆に泣きそうなのは曙だった。悶々とした鬱憤をどれだけ言っても受け止めようとしてくれる雷を相手にしているため、自分が間違っているように思えてしまっているのだろう。
「……気分が悪いなら言い返しなさいよ」
「ううん、曙が私のことどう思ってたかわかったのは、私は嬉しい」
どこまでも前向き。目の前で自分の文句を言われても、それをしっかりと受け止めて、最善の自分へと昇華していこうとする雷。そんな雷が眩しすぎて、曙には癇に障ったようだった。
ギリッと歯軋りが聞こえた後、風呂だというのに掴みかかるほどの勢いで詰め寄り、肩を強く掴んだ。
「そういうところよ! アンタがそうしてると、悪くないのに私が悪いみたいに思えんのよ!」
掴まれたことで雷が顔を顰めたが、曙から目を逸らすことは無かった。
「ふざけんじゃないわよ! 私は悪くない! 悪くないのに、そんな目で私を見るな!」
「あ、曙……痛いわ……」
「私はもっと痛いわよ! アンタが私を気遣いなさいよ!」
そこからまた罵詈雑言が始まる。ただの文句だけじゃない。ありったけの悪意をぶつけるような、抵抗しない雷だから済んでいるくらいの酷い言動。私達が愚痴を聞いても、溜まりに溜まった鬱憤はまだまだ全然発散できていなかった。
雷もここまで言われるとは思っていなかったのだろう。徐々に泣きそうな顔になっていった。
それに対して、私達は傍観することしか出来なかった。曙の鬱憤はみんなが理解していること。止めることが躊躇われる。だが、雷もそれを一身に受けてしまっているので、止めなくてはいけないとも思える。葛藤のせいで、誰も動けない。
「はぁ……はぁ……何なのよ……なんで私がこんなに悩まなくちゃいけないのよ……」
ようやく止まった時には、雷も泣きじゃくるほどになっていた。今までここまでの悪意をぶつけられたことは無かった。さらに言えば、ほぼ曙に非が無い。だからといって雷に非があるわけでもない。誰のせいでこんな事態になっているかと言われれば、満場一致で大淀のせいである。
「……曙、ごめんなさい、曙がそんなに悩んでるなんて、気付かなかった。すごく強い子だって、思ってた。甘えてたのかも」
「私は強くなんか無いわよ。結局アンタに当たるくらいしないと、鬱憤が晴らせないんだもの。本当ならろーをぶん殴ってるわ」
「充分強いじゃない……これで止まれるんだから」
幾分かお互いにスッキリしたようだったが、空気は重い。わだかまりは確実に残っている。
「……コンビは解消した方がいいわよね……」
雷がボソリと呟く。曙が一方的だったとはいえ、ここまでの大喧嘩をしてまだ組んで戦うことが出来るとは思えなかった。
だが、曙からは予想外の言葉が聞けた。
「……私は別にこのままでいいわよ。面と向かって言いたいこと言えたからスッキリしたわ。アンタが嫌ならやめればいい」
あれだけのことを言っておきながら、コンビ解消はどちらでもいいと。
こんな大喧嘩を間近で見たのだ。ここでコンビ解消したとして、新たに曙と組もうとするものがいるかと言われればわからない。曙も雷も単体で戦うという道はあるのだが。
「私は……私は曙とやっていきたいわ。ずっとやってきたんだし、これからも一緒に戦いたいもの。1人で戦うよりそっちの方がいいと思う」
「ろーと一緒に行動してる時点で、私は基本アンタと関わり持たないわ。戦闘の時だけは協力してあげる」
一度文句が言えたからか、雷相手には何も隠さずに文句も言うようになったようである。文句を溜め込むからストレスも溜まるのだから、言えることはハッキリ言った方がいいという方針となった。
包み隠さず、曙は呂500が嫌だと明言したわけだ。それに対して雷は、一切否定しない。こんな凸凹なコンビが成り立つかはわからないが。
「それでいいわ。曙、これからも……よろしくね?」
「はいはい。でも、アンタにはもう溜め込まないわ。気に入らないことがあったら即言うから」
「うん、それでお願い」
すごく不安定な関係な気がするが、それで成立するならそれでやっていってもらうしかあるまい。戦場で足を引っ張るようなら、私達が2人に文句を言えばいいだけだ。
これで曙のストレスは少しだけ解消されたか。あれだけのことをやったというのに、これからも関係が続けられるというだけでも、曙も雷も強い。私には真似出来そうにない。
喧嘩するほど仲がいいという言葉がありますが、この場合はどちらになるんでしょうね。