継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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改善に向けて

翌日からも足柄と羽黒の訓練は続いた。片腕での砲撃が出来るようになってからは、ただひたすらに命中精度を上げる訓練。

何事にも基礎がちゃんと出来ていないと先に進めないとは羽黒の談。命中率が限りなく高い状態になって初めて技を編み出すに至るとのこと。それこそ、ノールックで的に当てられるくらいにまで行ってようやくスタート地点だと。

 

「こんな愚痴は言いたくないのですが」

「どうした夕雲」

「姫の時でもここまでハードな訓練はありませんでした」

 

撃ちすぎてやはり腕が上がらなくなっている夕雲。薬湯に浸かれば元通りとはいえ、この訓練がハードすぎることを物語っている。かくいう私、若葉も、他の者より反動が小さい拳銃にもかかわらず、腕を上げるのが辛いほどにまで消耗していた。

夕雲だけではない。私達もみんな同じ状態だ。武装が重い。二の腕がパンパン。薬湯が無ければ筋肉痛で腕が少しも上がらないくらいになっているだろう。

 

雷を除く五三駆と九二駆は、丸一日実弾主砲を撃ち続け、命中率を確実に上げていった。雷も、リコが付きっきりになり訓練をしていたため、メキメキと実力は向上している。

 

「ちゃんと出来てきていますね。でも、もっとです」

 

今だけは羽黒が鬼に見えた。

休憩無しで撃ち続け、ダウンしたら薬湯、そしてまた休憩無しで撃ち続ける。水鉄砲による初めての射撃訓練で、雷と三日月がグッタリしていたのを思い出した。これを延々やり続けるのはハードすぎる。

それでも、訓練が徐々に効いてきていることが実感出来た。やればやるほど命中率は上がる。百発百中には程遠いし、未だ動いていない的を相手にした訓練だが、着実に前進出来ている。

 

「あとどれだけの猶予があるかはわかりません。なので、どうしても詰め込みになってしまいます。それでも確実に力になれるように、私も足柄姉さんも力を尽くしますからね」

「ええ、絶対に勝てるようにするのが私達の仕事だもの! 詰め込みでも付け焼き刃でも、アンタ達に勝利を与えるわ!」

 

足柄には余裕がある時に近接戦闘の訓練も見てもらいたいと思っている。砲撃訓練も当然だが、私と曙は前衛としての近接戦闘も重要だ。そちらもレベルアップしておきたい。当然、基礎訓練も大事。ストレッチから始まり、筋トレのような肉体強化も忘れていない。やれることは全て。

寝る間も惜しんでやりたいくらいだが、そこは飛鳥医師に禁じられている。規則正しい生活が、最も効率の良い訓練となると常々言っており、誰もがそれに同意している。三食きっちり食べ、眠ると起きる時間もきっちり揃えて、健康的な生活を続けるのみ。

 

「さぁ、ドンドン撃ちましょう! 外れなくなるまで撃って撃って撃ちまくるのよ!」

 

反復練習が一番伸びることはよくわかった。私達はただひたすらに撃ち続ける。戦いは近々来るのだから。

 

 

 

足柄と羽黒の訓練が始まり3日。夜襲から5日経過。

訓練は確実に実になっていた。止まっている的であれば、全員が確実に命中させるところまで漕ぎ着けた。嫌というほどに撃たされ、無駄に筋力が付くほどになった。片方の腕だけではダメと、もう片方の腕でも撃てるようにされた。いざという時は、同じ装備を2つ持つ()()()なんてことも出来るだろう。

 

「今日も疲れました……」

「よく頑張った」

「満たされますね……薬湯でも、若葉さんの温もりでも」

 

風呂、ダルンダルンの三日月が私にしなだれかかるようにしてきた。もう人目も憚らない。侵食による思考の変化はそれほどまでに大きい。

私もかなり疲労が溜まっているため、これを振り払うことはしないし出来ない。

 

「強くなってるのがわかります。今日、ほとんど外しませんでした。最後は全部当たりましたよ」

「ああ、若葉も見ていた。二刀流も出来るかもな」

「はい。それが出来れば、若葉さんのサポートもより一層出来ますね」

 

私が基本敵に近付くため、サポートする側も難しいと思う。それでも三日月はコンビとして意識してくれている。同じ姫のパーツを持つ者として、最高のパートナーとなるべく、お互い切磋琢磨出来ている。

今はあくまでも実弾兵器に慣れることが大前提となっているが、そろそろ基礎訓練を一度終わらせ、実戦訓練に入るという話も聞いている。そうなったら、コンビプレイも鍛えることになるはずだ。

 

「強くなります。強くなって、若葉さんを守ります」

「頼む。若葉は大分無茶をすることになる。三日月に命を繋いでもらう可能性も高い」

 

三日月が私を好いてくれるのなら、私もそれに応えよう。

 

「若葉は三日月を守るし、三日月は若葉を守ってくれる。いいコンビになれそうだな。若葉達は」

「はい。同じ姫を持つ者ですから。他人じゃありませんからね」

 

薬湯のおかげで回復したからか、より強く私の腕に抱きついてくる。それをニヤニヤしながら眺めてくる姉の視線がくすぐったい。

 

「お主らは本当に仲が良いのう。わらわとしては嬉しいぞ?」

「そうか」

「で、まだいろいろ問題がありそうなそっちじゃが……」

 

チラリと曙の方を見る。雷と並んで湯船に使っているが、無言。先日の溝は深まりこそしないが、無くなりもしない。単純に言えば、()()()()まま。

あの大喧嘩以降、お互いに話す姿はほぼ見ていない。必要最低限の会話のみ。ここ最近は風呂でも会話は無い。

 

「ふぅむ、まぁこれは仕方なかろう。わらわが口を出す問題ではあるまい」

 

雷は苦笑するしか無いようである。が、曙は姉の憎まれ口にも反応が無い。いつもなら雷のことを気にせずに反論してくるものだが、それすら無いのは少しおかしい。あまりに疲れすぎて眠ってしまったか。

 

「曙よ、何も反応が無いのは、わらわとて少し寂しいのじゃが」

 

皮肉たっぷりに言うが、やはり反応が無い。流石に心配になって雷が声をかける。

 

「曙?」

 

肩を揺すると、雷に向かって倒れてしまった。あまりに静かだったから気付かなかったが、妙に荒い息をしていた。眠っているわけでもなく、体調が悪いような表情。

さっきまでそんな素振りは見えなかった。匂いもそういう感じのものはわからなかった。訓練による汗の匂いだと思っていたが、具合が悪かったことによる汗だったというのだろうか。

 

「ちょっと曙!?」

「医務室に運び込むぞ!」

 

このまま風呂に入れておくわけにはいかない。みんなで協力して、曙を風呂から運び出した。

 

 

 

医務室に、曙を運び込んだのは、私と雷。運び込んだらすぐに飛鳥医師が診察してくれた。医者が常設されているというのはこういうとき便利である。

曙には申し訳ないが、風呂上がりということなので、大分ラフな姿にしてしまったが、緊急事態なので諦めてもらう。

 

「軽い風邪だな。一晩ゆっくり寝れば治る程度のだ」

 

溜息をついて症状を話す。

 

「ストレスと寝不足、あとは体力の消耗だな。ストレスについては話を聞いている。消耗は訓練の結果か。寝不足は……本人に聞くしかないな。曙、起きているだろ」

 

目を瞑っている曙に声をかける。飛鳥医師の声に反応してビクンと震えた。途端に冷や汗の匂いが漂う。起きてるじゃないか。

 

「1人部屋で寝れないなら、誰かに相部屋になってもらうが?」

「……別にそこまでしなくていいわよ」

 

ここに運び込まれた時点で目を覚ましていたらしい。診察も寝たふりでスルーしようとしていたようだが、飛鳥医師はそんなことでは騙されない。険しい顔で曙を睨んでいた。

医者であるが故に、他人の健康には人一倍敏感。さらには不摂生による体調不良のものに対しては割と容赦がない。この曙の体調不良は、曙自身に問題があることで起きていることのようで、尚のこと気に入らないようだ。

 

「君の症状は、ストレス性睡眠障害と極度の疲労から来るものだ。艦娘の強靭な身体で起きたということは、余程寝不足でないと難しいぞ」

「うぐ……」

「理由を話してもらう。医者としてそれは聞いておかないといけない」

 

話すまでは解放しないという意思を感じた。曙もさすがに諦めて話し始める。

 

案の定、1人部屋となった後から、あまり眠れていないらしい。飛鳥医師がストレス性睡眠障害と診断しただけあり、()()()で悶々としすぎて眠れない、もしくは極端に眠りが浅かったとのこと。

今までの訓練も、私達には寝不足を隠していたようだった。訓練による汗で冷や汗が判断出来なかったのは私の落ち度。嘘や狂言は判断出来ても、仲間が無理しているのが判断出来なかったのは少し辛い。

 

「あまり眠れないなら、睡眠導入剤を使うか?」

「……夜襲の時に起きれなかったら……困るじゃない」

「そんな状態で戦われる方が困るが?」

 

訓練だったからよかったものの、これが戦闘中に起きていたら曙は死んでいたかもしれない。そうなるぐらいなら、しっかりと眠ってもらいたいものだ。眠っているのなら無理にでも起こせばいいが、寝不足は寝てもらうことでしか解消出来ないのだし。

 

「曙……私のせいで眠れないのね……」

 

一層落ち込むのは、その原因になっているであろう雷。自分のせいで曙が体調を崩したと思い、顔が上げられず曙と目が合わせられない。それに対して曙はだんまり。事実なのだから否定できないというのがある。

 

「君の悩みがわからないわけではないが、体調不良を隠して生活していたのはよろしくないな。曙、今日は睡眠導入剤を使わせてもらうぞ」

「……ええ」

 

体調が悪いだけあり、曙も普段よりしおらしい。何も文句なく、飛鳥医師の指示を素直に聞いていた。今回ばかりは文句が言えないほど飛鳥医師が正しい。

 

「やはり部屋割りは考え直した方がいいな。少なくとも、曙はもう1人には出来ない」

「……私は……1人でも」

「そうしたせいでこうなっていることを自覚しろ。不健康は最大の敗因だぞ」

 

テキパキと薬やら何やらの準備をしていく飛鳥医師。今は1人部屋なので、医務室で寝ようが自室で寝ようが変わらないということで、今は部屋に帰すことにしたようである。

 

「準備が終わったら薬を持っていく。君は部屋で寝ること。夕食は今すぐじゃなくてもいいだろう。まずは寝る。深く寝る。これが最善の治療だ。文句はないな? あったところで知ったことではないが」

「……ええ」

 

曙も落ち込んでしまった。体調不良は心へのダメージが思った以上に大きい。

 

 

 

夕食を終え、見舞いと称して曙の部屋へ。さすがに空腹のまま眠るのはよろしくないということで、おかゆを作ってもらい、食べてもらうことになった。

部屋では一層体調が悪そうにしている曙が、荒い息で横になっていた。気が抜けたのか、身体が動かせないほどに消耗。しっかり眠れば回復するということは保証されているが、それまでが辛そうである。

 

「曙、夕食だ」

「……アンタが持ってきたわけ……?」

 

憎まれ口が叩けるだけマシか。なんだかんだ、私が持ってくるのが一番当たり障りが無いと思っただけだ。三日月もサポートしてくれている。

 

「嫌だったか?」

「……別に誰が持ってきたって変わらないわよ」

「最初は呂500が持っていきたいと言ったんだ」

 

名前が出るだけで反応した。今は体調が悪いため、騒ぎ立てることはなかったが、明らかに機嫌が悪くなるのはわかった。

謎の罪悪感の原因である曙が体調不良で倒れたと言われたら、心配するのも無理はない。記憶が無い呂500からしてみれば、曙を嫌う理由はないわけだし、嫌われている理由すらよくわかっていないのだ。献身しようと考えても無理はない。

 

「……アンタで良かったわ」

「だろう?」

 

ゆっくり食べさせていく。自分で食べると言ったが、手に力が入らないらしく、私が食べさせることでどうにかなった。三日月が軽く嫉妬したようだが、病人に嫉妬するなど建設的ではない。ずっと後ろから羨望の眼差しを受け、曙もタジタジ。

 

「寝れないなら薬を使ってでも寝た方がいいと思うぞ」

「……そうね……」

 

やけに素直。それでも、失言はしないように少し慎重に取り扱う。

 

「……私が意固地なのはわかってんのよ」

「曙?」

「記憶が無いんだから……新しいものって考えて……接してやるのが普通なんでしょうよ」

 

素直になったことで、静かに思っていることを話し始めた。呂500のことは嫌っているが、割り切ろうと考えていることを教えてくれる。簡単に出来たら苦労はしないが。

 

「私の仇は死んだ……あれは新しいろー……それでいいんだと思う。だけど……まだ私にはそれが難しいわ」

「なら時間をかけて接していけばいい。改善できた例があるんだからな」

 

この世の全てを呪いそうな程だった三日月も、今やそんな過去を思い出させないくらいに穏やかになった。私の側ではより落ち着いているほどだ。時間をかければ多少は変わることが出来るだろう。

曙が変わろうとしているのなら、きっといい方向に向かう。雷との軋轢もいずれ消えるだろうし、呂500との関係も改善されていくはずだ。

 

「……ごちそうさま。今は寝るわ」

「ああ、そうしておけ」

 

自分を殺した相手をそうやって見るというのは、激しい苦痛を伴うことだ。睡眠不足になるほど悩みに悩んで、それでもまだ結論が出せずに苦しんでしまっているが、ずっとつっぱね続けているわけでもない。

いつか、呂500と仲良くしている姿が見れそうだ。光が見えたようにも見えた。やはり曙は強い。

 




曙と同室になれそうなのは、カウンセラー初春辺りがいいでしょうか。今初春と相部屋であるリコは、1人部屋でも苦では無さそうですし、曙の悩み相談は心理カウンセラーにしてもらうのがベストかもしれません。

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