継ぎ接ぎだらけの中立区   作:緋寺

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次への備え

翌日、曙は無事回復したが、大事を取って1日休息となった。病み上がりにあの訓練は厳しいと判断され、1日かけて身体を休めることで、明日からの訓練に耐えられるようにする。

当然、曙はその指示に反発した。ただでさえいつ襲撃されるかもわからないこの状況で、たった1日でも無駄にしたくないと訴える。貴重な1日を休息に使ったことで、自分だけ置いていかれることを嫌い、自分が足を引っ張ることを拒んだ。

 

「君の言いたいことはわかる。だが、今日やってまた風呂で倒れたらどうするつもりだ」

「倒れなきゃいいんでしょ! 私はまだ」

「現に倒れている者が何を言っているんだ。何で倒れたかわかっているのか? 睡眠不足とストレスだぞ。足を引っ張りたくないなら、今は寝るんだ」

 

曙は言い返せない。体調不良を起こしている本人だからこそ、飛鳥医師が言いたいことは痛いほどわかっているはずだ。医者故に、こと医療に関しては絶対に嘘をつかず、今やらなくてはいけない最善の治療法を提案している。

心底悔しそうな顔。涙目で自分の無力さを痛感していた。自分のせいで足止めを喰らい、誰を責めることも出来ず、頭を抱える。ここで雷や呂500のことを言わないだけでも充分に強い。

 

「身体を休めることも訓練の内だ。最善の状態で鍛えるからこそ、身につくんだぞ。不調を繰り返していたら、その努力は無駄になる。強くなりたいなら寝ろ」

「……薬ちょうだい。多分寝られないから」

「わかった」

 

曙も流石に諦めて眠ることにしたようだ。これ以上粘っても飛鳥医師は折れないし、寝かせるために別の手段を考えてきそうだし。以前に姫にやった昏睡させる手段まで使ってきそう。こうなった時点で、素直に寝る以外の選択肢が無かったわけだ。

 

 

 

今日は少し久しぶりに監査が来るそうだ。定期的に来るとは聞いており、状況が状況だけに急を要する部分もあるのだろう。何せ、鎮守府でもない医療施設が、武装することを許可された()()()()()とされたからには、監査は入念に必要である。

少し空気が湿った匂いがするが、こんな時にでも来なくてはいけないとは大変なものだ。下手したら、今日は嵐が来るのかもしれない。

 

「今回も私が来ることが出来たことに安心している」

 

大本営の監査は今回も新提督。勿論、下呂大将も添えて。護衛も瑞鳳と神風と前回と同じ。運転手のまるゆは相変わらずシロクロのところへと向かっていた。

私、若葉は飛鳥医師の隣で、新提督と下呂大将を迎える役を与えられた。信じていないわけではないが、私の嗅覚で随時確認しておくためだ。何事もないことは監査に来るのと同じで、こちらから見ても何事もないことをしっかり確認しておかなくてはいけない。

 

「連絡ありがとうございました。現在、実弾兵器による訓練中です」

「そうか。我々が毎度ここにいるとは限らないし、戦力を常に割けるとも限らない。頼んだぞ」

 

今回は監査であるため、前回と同じように施設を回っていくことになる。差し当たって前回から変わったところはほとんどない。実弾兵器の訓練をしていることと、姉と霰が第二改装をしたこと、そして、三日月が第一改装を行なったことが大きな変化点。

三日月は新提督のことを良く思っていないため、監査が来ると聞いてからはそちらに気を取られないように、より一層訓練に勤しんでいる。今日からは二刀流も訓練に取り入れ、より攻撃的なシフトも鍛えていた。

 

「少し見ないうちに、大分鍛えられていますね」

 

訓練の様子を見て下呂大将が感心していた。3日間ミッチリ撃ち続けた甲斐はあり、動かない的に対しての命中率はほぼ100%。練度も上がり、全員が一線級の実力を手にしていると感じられる。

しかし、これでも巻雲と朝霜に敵うかどうかはわからない。さらにいえば、襲撃にまたその2人が来るとも限らない。力が付けられる時間があるうちに、やれるだけやるのが今の方針だ。

 

「実弾兵器に慣れるところから始めましたが、今ではここまで来ています。僕に訓練案は出せませんので、教官として立っている足柄と羽黒の発案であの訓練をしています」

「来栖のところの2人ですか。基礎を確実に鍛える感じ、来栖のやり方ですよ」

 

なるほど、この堅実な訓練方法は来栖提督仕込みだったのか。人相からは想像できないくらい確実性のある手段。

応用をするためには基礎を完璧にしなくてはいけないという方針のおかげで、私達は既にある程度戦えるくらいにはなっている。

 

「何故雷だけは別にやっているのだろうか」

「雷は水鉄砲を極めると決めたので。実弾兵器には出来ずとも水鉄砲には出来る仕事もあります。雷はそちら専門になりますね」

「なるほど。今回は敵の殲滅だけではないからか。1人くらいはそういうものも必要だろう」

 

雷の方針を、新提督は良しとしてくれた。ああなる経緯もいろいろあったわけだが、認めてくれる人が1人でもいれば雷も喜ぶだろう。私としても、完全に補助に回った者というのは1人はいていいと思う。

摩耶が武装をいろいろ調整してくれており、実弾と水鉄砲を簡単に切り替えられるようにはしてくれているため、誰でも不殺のサポート役に回れるようにはなっている。雷だけでは足りないとなったら誰でもそちらに回れる。

 

「曙の姿が無いようですが」

「彼女は現在体調不良で休んでいます。今日1日は休息です」

「ふむ、珍しいですね。艦娘が体調不良とは」

 

下呂大将もその辺りは引っかかるらしく、飛鳥医師が軽めに説明したところ、納得してくれた。新提督も少し考える仕草をした後、そういうこともあるのかと納得。

こういった部分で、艦娘が人間に近い存在であることをより理解してもらえたのは不幸中の幸い。尚のこと、敵が非人道的なことをしていると思ってもらえたか。

 

「見舞いはしない方がいいか」

「睡眠不足から来る体調不良なので、今は睡眠導入剤を使って眠ってもらっています。見るだけで終わらせてもらえれば」

「そうか、ならそうさせてもらおう」

 

監査とはいえ、わざわざ起こす必要もない。姿だけを確認するに留まるという。病人はそっとしておくが人間のやり方。

 

「ここに所属する艦娘はほぼ訓練に集まっていますね。来栖の艦娘は近海護衛に出ていますか」

「はい。残りは施設内に散らばっていますね。雷の訓練中は、呂500はシロクロが見てくれているでしょうから、残りはおそらく全員工廠です」

 

呂500の名前が出ると、新提督が少し悲しそうな顔になる。心底心配している感情も匂いとして感じ取れた。

 

「呂500は元気にやっているのか?」

「そうですね。不調は見せていないです。ですが、改善もまだされていませんね。言葉は未だに話せません」

「そうか……いや、元気ならいい。子供は元気であることが一番だからな」

 

呂500は基本的には雷と共に行動をしており、訓練中はシロクロと一緒にいることが多い。雷と共にいる時は家事を手伝ったりしているが、シロクロと共にいる時は一緒に泳ぎに行ったりして自由気ままに過ごしている。

潜水艦としてのスペックは最上級であることはシロクロから聞いている。失敗作として捨てられているものの、その存在自体は姫と同じ。むしろそれ以上と見做してもいい。戦力としてカウントするのは難しいものの、もし戦えるのならとても心強い。

 

「呂500の言葉を戻す研究もしていますが、正直今は見込みがありません。脳を侵食されているというのは、思った以上に難しいです」

「そうか……引き続き頼む」

「了解しました」

 

呂500のことにもあまり深く触れない。施設のことをよくわかってくれている。下呂大将が見込んだだけがある。

今回の監査は比較的簡単に行なわれるようで、所属する全員の姿を見ることが出来れば良しとするらしい。と、その前に、新提督が瑞鳳の行動に眉をひそめる。

 

「瑞鳳、どうした」

「リコちゃんの戦闘機、初めて見るタイプ! あとから見せてもらおうかな!」

 

雷の訓練をジッと見ていた瑞鳳だったが、基地航空隊からの戦闘機ということで、セスとも違うためか興味津々だった模様。本当に艦載機好きである。新提督も溜息をついていた。

 

訓練を見た後は、一度曙の眠る部屋をチラリと確認し、まだまだ熟睡中であることを確認した後に工廠へ向かうルート。

なるべく小さくしたつもりだが、どうしても音が立ってしまうものの、曙は身動きすらせず目を覚ますことは無かった。随分と落ち着いた表情で、ストレスを感じていない寝顔をしていたため、安心して部屋から出ていくことが出来た。

 

「よく眠っているように見えたが、起きていなかったか?」

「大丈夫。そんな匂いは感じなかった。熟睡している」

「そういうのもわかるのか。本当にここの若葉は優秀だな」

 

褒められるのは満更では無い。この嗅覚と付き合い始めて大分経つが、日に日に感じる匂いの幅が拡がっているようにも思える。それがいろいろなことに役に立っているため、何も苦ではない。

 

その後、工廠にも行って全員の姿を見ることが出来たので、一旦監査は終了。摩耶が武装を作っているところをしっかりと見せ、この施設の今後のやっていき方が確認出来たと思う。

 

「反旗を翻すような行ないは無いと判断した。引き続き、よろしく頼む」

「ありがとうございます」

 

監査として、中立の立場としても、今の私達は大本営に牙を剥くことは無いと判断してもらえた。これが定期的に行なわれるとしても、何も変えていかないのだから、今後もこの調子で監査を越えることが出来るだろう。

 

「では、本題の方に行きましょうか」

「ああ、そうだな。飛鳥医師。我々の今回の目的は監査だけではない」

 

改めて、監査ではなく大本営の遣いとしての立場で話が始まる。こうなると今度は下呂大将が話の主体に。

 

「敵の再襲撃は今晩です。それを伝えに来ました」

 

 

 

訓練は一旦中止。全員が万全の状態で話を聞く。欠席は熟睡している曙のみ。目を覚ましたら改めて話をしておこう。

 

「先に現状報告を少しだけ。大淀の本拠地は申し訳ありませんがまだ調査中です。彼女は実に巧妙に姿を隠している。おそらく拠点を複数持ち合わせているのではないかと思います」

 

そこは仕方のないことだ。それを調査出来るのは下呂大将のみであり、その指示は大本営ありき。

つまりは、まだ大本営に内通者がいるということである。下呂大将の動きをある程度把握して、近くを調査しているときはそこから離れている、もしくは確実に隠蔽出来るようにする。

 

「大将、無礼を承知で聞きたい」

「何ですか若葉」

()()()()()()()()()()()()()

 

私の言葉には驚きもせず、疑われても仕方ないという匂いが漂う。ほんの少しの動揺もなく、まるでいつか聞かれるのではないかと予想していたかのような振る舞い。

下呂大将なら匂いまで偽装できそうなイメージがあるため、これを本当に信じてもいいかは何とも言えないが。

 

「若葉、それは流石に失礼だ」

「いえ、構いません。その疑問はいつか出ると思っていました。ここまで探せないとなると、私自身が隠蔽しているという可能性に辿り着くのは当然というものです」

 

一度、朝霜が来栖提督が内通者であるという嘘をついたことから、ほんの少しだが周囲の人間にも疑問を向けた方がいいのではと考えるようになった。それをしているのは私だけだろうが。

 

「若葉、君の見解は」

「匂いに変動はない。新提督からもだ」

 

新提督も同じだ。私がこういうことを聞いたということに驚いたようだが、隠蔽がバレたとか、そういう負の感情の匂いは一切しない。信用出来る匂いだ。

 

「なら、それが答えですね。我々はそういう存在ではありません」

「すまない。少し敏感になっていた」

「1人くらいはそういう者がいるべきですよ。私は君を評価します」

 

話を逸らしてしまったが、軌道修正。

 

「再襲撃が今晩と判断した理由ですが、今日の夜は嵐ではないですが大雨が降ると予想したことです」

「天気予報では小降りとありましたが」

「いえ、この付近だけは大降りです。風は無いので安心してください」

 

凪だが大雨という、少し変わった状況のようである。空気中の匂いから雨は降りそうだとは思っていたが、大雨になるかどうかは予測出来なかった。

 

「それに加え、タイミングとしては今です、前回の襲撃から5日ほど経過していますから、あちらの再襲撃の準備は整ったでしょう。連日襲撃しないということは、それにも意味があるはずですから」

 

例えば、一度の出撃で必ず入渠が必要なくらい燃費が悪いとか、と下呂大将は語る。確かに、巻雲の乱射や朝霜の滅茶苦茶な格闘戦は消耗が激しそうだ。それに、身体がまともでは無いのだから、回復にも何か特殊なシステムが必要なのかもしれない。

 

「そして最後、必ず今日に来させる要因として、我々がここに監査に来ました。前回と同じように、まとめて処理出来る状況を作ってあげたということです」

 

ある意味、新提督と下呂大将が()としてこの施設に一時滞在するとのことで、再襲撃のタイミングを今日にするように差し向けていた。おおよそ8割くらいだった確率を、これにより10割にまで持っていく。

こちらの準備が整ったわけではないが、心構えがあれば急襲されるよりは戦える。

 

「これは内通者の炙り出しにも繋がっています。ある程度は選定しているのですが、今回襲撃が来た場合、ほぼ確定させられますから」

「なるほど……ですが先生、あまりに身体を張り過ぎなのでは」

「私もそう言ったんだが、先生は話を聞いてくれなくてな……」

 

元気すぎるのも考えものである。

とはいえ、襲撃のタイミングが固定化出来たのなら、迎え撃つことが出来る。今までの訓練の成果を出すチャンスだ。来ないなら来ないで問題ない。緊張感は高まるが、何もないならまだ時間が作れる。

 

これにより、今からは襲撃に備えて行動をすることとなる。最善の状態、最高のポテンシャルで迎え撃つのだ。前回のようにはいかない。そのために準備してきたのだから。

 




飛鳥医師を取り巻く人間に裏切り者はいません。下呂大将が裏切り者だった場合、その時点で詰みです。
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